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世界で一番売れているスマートロック「SESAME」の製造工場に潜入!

 CANDY HOUSE(キャンディハウス)は、台湾出身のジャーミン(古 哲明)氏が立ち上げたスタートアップ企業。同氏がスタンフォード大学の大学院へ留学中に構想したスマートロック「SESAME」は、アメリカのクラウドファンディングサイト・Kickstarterにて1.4億円を集めたことで話題となった。既に世界での販売台数は5万台を突破。日本からの購入者も多いという。

右が「SESAME(US版)」で左が日本向けに新開発した「SESAME mini」

 「SESAME」は、既存のドアの鍵の上に、かぶせるようにポンッと両面テープで貼り付けるだけで、スマートロック化できるデバイス。スマートフォンの専用アプリを使って施錠/解錠できるほか、近づくだけで、もしくはスマートフォンを3回手でノックするだけで解錠できるようになる。また、オプションのWi-Fiアクセスポイントを使えば、外出先からでも施錠/解錠の操作が可能。工事不要で簡単に取り付けられる点や、価格がリーズナブルな点が特徴だ。

 そして、CANDY HOUSEは今年の春に日本法人を立ち上げ、日本国内向けに本体サイズを小型化するなどの、チューニングを施した「SESAME mini」を開発した。「SESAME mini」は、現在クラウドファンディング「Makuake」にて販売予約を実施中。開始から6週間の現時点(10月12日)で支援者は4,152人、集まっている金額は6,340万円弱となっている。

CANDY HOUSEのジャーミン(古 哲明)氏

 今回は、そんなCANDY HOUSEのジャーミン氏とともに、SESAMEおよびSESAME miniの台湾における製造現場を訪ねるプレスツアーが開催された。

 同氏によれば今回のプレスツアーは、SESAMEをより理解してもらうのはもちろんだが、台湾の製造業を理解してもらいたいとのこと。プレスツアーの中で、ジャーミン氏は何度も「台湾でなければ、これだけ速く、SESAMEを量産化することはできませんでした」と繰り返していた。そうした台湾のスピード感を感じられるツアーとなった。

スタートアップのバックアップ体制が充実する台湾

 まずは、ツアーでは最後に訪れた「龍駿国際科技股份有限公司(DoTop)」の話をしていこう。というのも、同社でCANDY HOUSEを担当している星野 準二氏が、台湾の産業構造の変化について、分かりやすく説明してくれたからだ。

 星野氏によれば、現在の台湾では製造業の空洞化が進んでいる。もちろん、対岸である中国本土の存在感が高まったからだ。SESAME miniで最終の組み立て工程を担当している同社も、少量生産や高付加価値製品は台湾の工場で、大量生産品は大陸にある工場で製造しているという。

台湾の産業が空洞化してきている
龍駿国際科技股份有限公司(DoTop)の星野 準二氏

 そうした環境の変化に伴い、同社ではスタートアップ企業のバックアップやサポート業務にも力を入れ始めたのだという。

 「もともとベンチャーと言われた会社が、3〜4年前くらいからスタートアップと呼ばれるようになりました。ソフトウェアだけでなくハードウェアを作る人が増えた頃ですね。スタートアップの存在は、台湾の電子産業に新しい風をおこしてくれています。

 しかし、スタートアップ企業はアイデアはあるけれど、それをどう製品化すればよいかがわからないという会社が多いです。当社はそうしたスタートアップを、資金面を含めて、各工場とのやり取りの仕方などまでサポートしています。」

 もちろん製造工程におけるアドバイスも行なう。星野氏によれば、同社がスタートアップとの取引にも力を入れるようになってから3〜4年が経った今では、同社の売り上げの15〜20%くらいまで成長してきたという。

 実際に星野氏は、今回のプレスツアーのほとんどに同行してくれ、ツアーコーディネーター兼通訳のような役割を果たしてくれていた。そうした様子からも、同社がどれだけスタートアップに期待しているかが見て取れる。

 同社のディレクター、陳 之軒(Eric Chen)氏もまた、次のように語っていた。

 「スタートアップは業界に非常に大きな影響を与えていますし、スタートアップと取引することは、将来に向けた大きなチャンスだととらえています。特にCANDY HOUSEは、台湾の製造業にとって明日の希望です。当社のリソースを使い、全身全霊でサポートしていきたい」

 同社だけでなく、ツアー中の随所で感じたのが、CANDY HOUSEというスタートアップ企業が、製品を作り上げるまでに、様々な企業から手厚いバックアップを受けていることだった。ツアーで最初に訪れた3Dプリンターのショップも例外ではない。

発注から24時間以内に納品される3Dプリンターショップ

 製品開発に、今や3Dプリンターは欠かせない。SESAMEシリーズの開発で使われたのは、台北駅から車で20分ほどの北市中山区にある「Real Fun」という3Dプリンターのショップ。近くには実践大学という総合大学があり、周囲は閑静な住宅街という雰囲気だ。

 通りに面したビルの中に入り、地下に降りていくと、数十台の3Dプリンターが並んでいる。SESAMEでは本体の外装はもちろん、付属のアダプターなどのモックアップも、この店で製造してもらったという。

ショップは閑静な通りに面している
入るのを躊躇してしまいそうなビルの中へ
地下へとつづく階段を降りていくと……
3Dプリンターがずらりと並ぶ作業スペースがある(写真はその一部)

 「とにかく速いです。夜にお願いすると次の日には必ず出来上がっています。同じことをアメリカや日本でやろうとしても、数日は掛かってしまいます」(ジャーミン氏)。

 同ショップでは、樹脂を溶かしながらプリントするFDM(熱溶解方式)や、液体の樹脂をレーザーで硬化して形を作っていくSLA(光造形方式)のプリンターを備えている。それぞれ、価格がリーズナブルだけれど仕上がりが粗い、よりキレイな形状が作れるけれどコストが高いなど、メリットとデメリットがある。

SESAMEシリーズの本体はもちろん、アダプターなどの開発過程で、よく利用しているという
同店責任者・黃 嘯川氏

 ちなみに、ジャーミン氏が絶賛していた納品スピードについて、この店が他店よりも特別に高速で仕上げられる3Dプリンターを導入しているわけではない。「営業方針として、発注から24時間以内に納品すると決めている」(同店責任者・黃 嘯川氏)ため、そのコンセプトに沿って頑張っているだけだという。こうしたスピード感というマインドを共有できているのが台湾らしさなのかもしれない。

 3Dプリンターで出来上がったものは、隣室にいるスタッフによりバリ取りなどの最終仕上げが行なわれる。場合によっては、塗装も手作業で行なわれるという。

 同店には、CANDY HOUSEのようなスタートアップや学生からだけでなく、FoxconnやHTC、acerなど台湾を代表する企業からも発注があるという。こうした大企業と同等レベルの対応と仕上がりが保証されている点が、CANDY HOUSEにとっては大きなメリットだと、ジャーミン氏は語っていた。

金型製造の技術も光るプラスチック製造工場

 次に向かったのは、SESAMEのプラスチック部品を製造している「謹良實業股份有限公司(GINLIAN)」。こちらも台北駅から自動車で20分圏内の、新北市の新莊区にある。

大通りから少し入っていく
工場はビルの中にある

 ここではSESAME miniの金型と、外装のプラスチック部品を作っている。実は、初代機であるSESAME(US版)では、金型を中国本土の企業に依頼していたそうだが、その金型に不満があったために、SESAME miniでは、同工場に依頼したという経緯がある。

 「金型を台湾で作ると、中国本土と比較してコストアップになります。ただ、SESAME(US版)の金型には問題があり、結果的に製造工程で毎回、スタッフがつきっきりになる必要が出ています。

 一方で、ここGINLIANで作ったSESAME miniの金型は高品質で、製造工程でも心配がいりません。」(ジャーミン氏)。

ビル内の製造スペースには、小型電動式射出成形機などがずらりと並ぶ
様々なプラスチック部品が出来上がっていく
金型の数々
同じビルの別フロアでは職人が金型を作っている

台湾北部でトップ3の技術と規模を誇るカラーコーティング工場

 SESAME miniの外装のカラーコーティングをしているのも、台北駅から車で30分圏内の場所にある。

 とにかく製造工程に関わる各工場が、いずれも台北市から至近距離にあるのに驚く。何か問題が起きても、CANDY HOUSEのスタッフが、すぐに駆けつけられる場所にあるというのは、メーカーにとって大きなメリットだろう。

 さて、訪ねた皇盛科技股份有限公司は、台湾北部でトップ3に入る規模と技術を誇るカラーコーティング業者だという。実際に訪れた日は、大手PCメーカーや軍用通信機器の外装塗装を行なっていた。

大世紀塗料の製品は、日本の武蔵塗料と同じもので高品質だという説明があった
運ばれてきた製品に塗料を吹きかける機械
紫外線の照射で硬化するUV塗装を行なう
台湾の大手PCメーカーの塗装も担当している

電子基板の製造を担当

 貫崑科技有限公司(GWAN KUEN TECHNOLOGY CO., LTD)は、
主に電子基板の製造を行なっている。こちらも台北駅から車で20分ほどの新北市中和区にある。

貫崑科技有限公司
工場内には基盤製造用プリンターなどの機器が所狭しと並んでいた
基盤に実装される電子部品
次々と電子部品が実装された基盤が機械から出てくる

 ここは、SESAME miniの基盤を担当。工場内の別のフロアでは、手作業で大型の電子部品を基盤に実装していくエリアや、製品の組み立てを行なうラインも完備されていた。

都心のビルの同じフロアに、オフィスと製造エリアが隣り合う

 工場巡りの最後は、SESAMEの組み立てを行なっている「龍駿国際科技股份有限公司(DoTop)」を訪れた。新北市中和区の、その一画だけオフィスビルのような建物が並ぶエリアの、ビルの中にある。

 エレベーターを降りて、向かって正面がオフィスエリアで、後ろ側の半分が製造エリアになっていることに驚いた。ビルには、海上輸送コンテナに対応した搬入・搬出口あるとのこと。台湾では、こうしたオフィスと工場が同じフロアで隣接しているのが一般的なのかもしれない。

新北市のビル内にあるDoTop
オフィスエリア
組み立てライン。ここでは月に数千個のSESAMEを組み立てている
SESAME miniのモーター部
そのほか、モーターモジュールや電池ボックスなどのパーツを組み立てる
モーターに関しては、初期故障をスクリーニングするためのバーンイン(品質テスト)を行なう
完成したSESAME mini

 月産数千台のSESAMEシリーズについては、ここで組み立てられ、品質テストを経て出荷されていく。さらに生産台数が増えた場合には、同社の中国本土にある工場で対応できるという。

SESAMEというシステムを広めるのが狙い

 既存の錠前にサッと取り付けるだけで、スマートロック化できてしまうというイノベーションを、日本でも起こしてくれそうなCANDY HOUSEのSESAME。だが、ジャーミン氏が狙うのはB to B。実際、SESAMEと同じシステムを組み込んだ錠前を開発していく予定だという。

 「今年の年末に、中国の南京に子会社を立ち上げる計画があります。ある新規マンションのドアには、SESAMEのシステムが組み込まれる予定です。見た目はこれまでの錠前と同じだけれど、SESAMEのチップが内蔵され、同じアプリで同じように操作できるものです」(ジャーミン氏)。

今後の展望を語るジャーミン氏

 つまり、ジャーミン氏の狙いは、SESAMEのようなプロダクトを売るよりも、SESAMEのシステムを売っていくことにあるのだという。そのためには、現状のSESAMEをブラッシュアップさせる必要があり、そうした進化を遂げることで、“スマートロックと言えばSESAME”だと、できるだけ多くの人に認知されるようにしていきたいという。

 また日本市場には、法人向けの「Akerun」とコンシューマ向けの「Qrio」などのスマートロックメーカーが存在する。日本では、こうしたメーカーとも切磋琢磨していきたいと語る。

 「日本だけを考えていたら、すぐに中国本土の小米(シャオミー)などのような企業に、日本市場も取られてしまいます。それらの企業がまだ来ないうちに、もっと大きな視点に立って戦略を練る必要があると考えています」(ジャーミン氏)。