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かまどと炊飯器のごはんを食べ比べ。パナソニックの「米がおどる」秘密を神戸で見てきた

かまどで炊いたごはんと、パナソニックの「おどり炊き SR-VSX1シリーズ」で炊いたご飯を比較試食した

最近では、一人暮らしや少人数世帯の家庭で炊飯器を持っていないということも珍しくなくなってきた。電気鍋や電子レンジ、土鍋など他の家電や調理器具でごはんを炊いたり、そもそも家でごはんを炊かない人もいる。

一方で、各家電メーカーの炊飯器は毎年のように機能の進化を続け、特に10万円を超える高級なモデルも引き続き注目されている。外出自粛の時期に、家でのごはんを見直して炊飯器を買い替えた人もいることだろう。

「おどり炊き」で知られるパナソニックの炊飯器は「かまどを超える炊き技」を目指して開発されているのが特徴。米が「おどる」とは一体どういう炊き方をしていて他とどう違い、どんな仕上がりになるのか。兵庫県神戸市にあるパナソニック くらしアプライアンス社 キッチン空間事業部の開発拠点で取材してきた。この地で実際にかまどで炊いたごはんと、炊飯器のごはんの比較試食も行ない、その違いを実感できたのでお伝えしたい。

神戸市にある、パナソニック くらしアプライアンス社 キッチン空間事業部で取材。新しい炊飯器を生み出すための研究開発が日々行なわれている拠点で話を聞いてきた

「かまどで炊くからおいしい」ではない?

パナソニックは1956年(当時ナショナル)に自動炊飯器を発売して以来、60年以上の歴史があり、1988年には世界初となるIHジャー炊飯器を製品化。その後、三洋電機との融合により2013年に登場した「スチーム&可変圧力IHジャー炊飯器」が、高級炊飯器の人気に火をつけることになった。

1956年の自動炊飯器
1988年の世界初IHジャー炊飯器

「世界初のIHジャー炊飯器を開発したパイオニアとして、当初からかまど炊きの技術を開発し、それを超えるものを目指した」(キッチン空間事業部 調理機器BU ビジネスユニット長の捧 雅之氏)とのことだが、そもそも「かまど炊き」のごはんはなぜおいしいのだろうか?

パナソニック キッチン空間事業部 調理機器BU ビジネスユニット長の捧 雅之氏

パナソニックの調理家電の調理ソフト開発メンバーによる組織「Panasonic Cooking@Lab」に所属する塚原知里氏は、かまどで炊いた時の特徴を「粒立ちがよく、ツヤがあり、旨みのあるごはん」だと説明する。

昔からの言い伝えとして「はじめチョロチョロ、中パッパ」という言葉を聞いたことがあるだろう。今でもアウトドアでごはんを炊く時などには思い出すことがあるかもしれない。

その手順を一つずつ説明すると「はじめチョロチョロ」は弱火(火起こし)で米が水を吸収し、「中パッパ」は最大火力で米表面のα化(糊化。ごはんとして消化しやすく、おいしい状態)が始まり、その次の「ブツブツいうころ火をひいて」で中火によりα化が進行。「一握りのワラ燃やし」は強火で水分がなくなってさらにα化が促進した状態、「赤子泣くとも蓋取るな」は蒸らしで余分な水分を飛ばす工程だ。

「はじめチョロチョロ、中パッパ」など昔からの言い伝えと、火加減のイメージ

このようにかまど炊きには「煮る」「焼く」「蒸す」の細やかな火加減によって結果的においしくなるもので、「誰でもかまどで炊けばおいしくなるのではない。炊く人の技によるものが大きい」という。

米が「おどる」とはどういうこと? 透明な窓付きの釜で見てみた

炊飯器のメーカー各社がそれぞれの方法でおいしさを競っているなか、これまでもよく話題になってきたのが、米が「おどる」「おどらない」とは結局何なのかということだ。

パナソニックのおどり炊き SR-VSX1シリーズ(一番右)と、それまでの同社製炊飯器

パナソニックは製品名の通り米をおどらせるのが特徴だが、他社では「おどらせない方がいい」との考えもあり、対立しているようにみえる。実際にパナソニックがいう「米がおどる」とはどんな動きなのか? 今回は釜の内部が見えるようにした特別仕様の炊飯器を見せてもらい、その炊き上がりを目で確認した。

横に穴をあけた特製の炊飯器で中の様子を確認

炊飯器のカタログなどでよく見るイラストには、釜の中の水が激しく対流して米が上下に大きく動いているように見えるものがある。

おどり炊きをイメージしたイラスト

ただ、実際の動きについてパナソニックに話を聞いてみると、鍋でゆでているそうめんが湯の中で円を描くようにくるくる回るようなイメージとは、ちょっと違うようだ。

同社によれば、おどらせる目的は「旨みを引き出すため、お米の一粒一粒をすばやく均一に加熱するためで、ぐるぐるまわる必要はない」とのこと。正確にいうと「米がその場でおどるイメージ」だそうだ。

米が「その場でおどるイメージ」だという

そのために同社が重視しているのが、かまど炊きのように「沸騰によって釜底から激しい泡が上昇し、米と米の間に隙間を作る」こと。

米が「おどらない」と、内釜の鍋肌に近い所は中央に比べて熱が通りやすいため“バリア層”ができてしまい、加熱にムラが生じるという。

これに対し、おどり炊きは瞬間的な沸騰パワーによって発生した泡が、突き上げるように立ち上っていくことで“熱の通り道”のようなものを作り、バリア層が発生するのを防止。加熱が進んで水がだんだん減ってきても、加圧と減圧を繰り返しながら複数回に渡り沸騰のタイミングを設けることで、沸騰泡が米の粒の間を通り、ムラなく加熱できるという。

おどる場合とおどらない場合の沸騰の違い
おどり炊きの釜の内部
おどる場合とおどらない場合(炊飯のプログラムから可変圧力を抜いたもの)の炊き上がりの比較
粒の大きさやふっくら感に違いも

かまどとおどり炊き、その違いと共通点

かまどで炊く場合は、短時間で蓋の横から泡が吹きこぼれるほどの沸騰状態となり、沸騰泡が通った後がポツポツとしたくぼみの“カニ穴”になる。このカニ穴が「お米一粒一粒に熱が伝わっている証拠。α化を促進させることで、旨みのもとである“おねば”が生成され、粒が膨らむ」という。

かまど炊きの特徴と、おいしい理由

炊飯器の場合、かまど炊きの炎(約1,000℃)ほどの高火力は出せず、釜の外に吹きこぼれさせるわけにはいかない。こうした制約がある中でも、突き上げるような激しい沸騰の泡を生み出すのが「おどり炊き」が目指したものだという。

激しい沸騰の泡を生むための特徴的な技術は、一気に圧力を抜いて爆発的な沸騰を起こす「可変圧力」と、IHを高速で切り替えることにより激しい熱対流を発生させる「大火力IH」。

可変圧力と大火力IHが注目ポイント
可変圧力の仕組み
大火力IHの技術
おどり炊きの仕組みについて説明するパナソニック キッチン空間事業部 炊飯器設計部門 龍田修氏

一般的に気圧の高い状態では水の沸点が上がり(1.2気圧時は105℃)、その後で一気に減圧する(1気圧に戻す)と急激な沸騰を起こせる。

おどり炊きは、沸騰工程の中で1.1~2.2気圧に加圧炊飯する炊飯器において、沸騰初期段階に少なくとも1回、釜内を一気に減圧して突沸現象を発生させる。この“急減圧”を繰り返し、かまどの大火力のようなパワーを持つ爆発的な沸騰をさせる仕組みで特許を取っている。

IHは、釜のふたから底まで、6段もの細かく分かれた構造。これにより釜内の温度を一気に上げたり、部分ごとに火加減を調整することができ、「かまどを超えた全面加熱」を実現。言い伝えにある「はじめチョロチョロ」や「中パッパ」などの制御を、かまど炊きの名人でなくてもできるようにしたというわけだ。

かまどでの炊き技を、現代の技術で超えるための取り組み

「ライスレディ」改めPanasonic Cooking@Lab 炊飯部に。日々おいしさを研究

前述した塚原氏は、Panasonic Cooking@Labの“炊飯部”に所属。これまで「ライスレディ」と呼ばれる専門家集団として、科学的かつ論理的なアプローチでおいしさを追求。人による官能評価も含めて、製品の進化に寄与してきた。

Panasonic Cooking@Lab 炊飯部の研究室

2021年8月に立ち上がったPanasonic Cooking@Labは、炊飯器だけでなく、電子レンジ、調理小物、IHクッキングヒーター、冷蔵庫を含む調理事業の全カテゴリーの調理ソフト開発メンバーが集結した組織。

新組織になった現在も、塚原氏らは「ライスレディ」の取り組みを引き継ぎ、設計者と生活者の両方の視点から、ごはんのおいしさを追い求めてきた。おどり炊きの特徴でもある豊富な「銘柄炊き分け」についても、各銘柄を炊飯器のメニューとして採用するまでの産地との連携など、社外での活動も担っている。

パナソニックが初代炊飯器を発売してから約66年経つが、塚原氏は「おどり炊きの誕生以前からずっとかまどに学んで、かまどの炊き上がりを目指して炊飯器を開発してきた。おどり炊きの誕生により、かまどを超える炊き技を目指せる域に達した」と自信を見せている。

食味計など様々な機器と、人間の官能評価など様々なアプローチを組み合わせて、おいしいごはんを追求
各産地の銘柄米が常備。検証用にオリジナルでブレンドした米も
Panasonic Cooking@Labの担当者が米のとぎ方も実演してくれた

かまどごはんとおどり炊きを食べ比べ

パナソニックが“かまどに学ぶ”と説明してきた通り、今回訪れた神戸の開発拠点内にはごはんを炊くかまどがあり、今でもかまどでごはんを炊くことが開発に活かされているという。そこで、実際どのように炊くのか見せてもらいながら、かまどとおどり炊きのごはんの違いを試食して確かめてみた。

社内にあるかまどでごはんを炊いてもらった。見ているだけでも暑そうで、かなりの重労働のようだ

パナソニックの開発スタッフはこれまで何度もかまどで炊いたことがあるとのことだが、かまどの火に息を吹きかけたりうちわであおいで火力を高めていく作業は、見るからに大変そう。昔は家庭でもこのように炊いていたのかと思うと、気が遠くなりそうだ。また、キャンプなどでごはんを炊くと分かるが、ガス火やIHと違って火加減の調節も簡単ではない。

かまどで炊飯中。中が見える特製の釜で、おどり始めた米の様子が見える

今回かまどで炊き上がったごはんは、想定よりもおこげが強めだったようで、かなりの香ばしさ。粒立ちがしっかりして歯ごたえもよかったが、少し水分は少なめで、シャッキリ感が好きな人によく合いそうな仕上がりだった。

かまどで炊いた米。おいしさの証というカニ穴がしっかりできていた

おどり炊きのごはんは、表面のツヤ感が強くもっちりした歯ごたえとしっかりした甘み/旨みが印象的。前述の塚原氏によれば「数年前まではモチモチした甘いご飯が流行だったが、今のトレンドは粒感のあるしっかりめのごはんに振れてきた」とのことで、おどり炊きもその方向に合わせた部分があるという。実際、見た目にふっくらした感じはある一方で、歯ごたえもしっかり残っている。モチのようなかたまりにはならず一粒一粒が立っていてちょうどいい食感だった。

2017年の当時の高級モデルSPX7シリーズと、最新VSX1シリーズの比較。粒感や弾力を高めて今のトレンドに合わせた
かまどで炊いたごはん。香ばしさがすごい
おどり炊きのごはん。ツヤ感がしっかりして旨みも強い

近年は小麦の価格が上昇を続け、パンや麺類などにも影響が出ている。そうした中で比較的価格が安定している米や米粉に注目する動きも見られるという理由から、パナソニックは炊飯器について「米離れなどで長期的には減少傾向である米食について、改めて盛り上げることができる機会なのでは」と期待を寄せている。

毎年のように各社から新しい炊飯器が登場するなかで、数万円を超える高級モデルから何を選ぶかは簡単ではないが、パナソニックが強みとするのは、前述してきたかまど炊きの技を、誰でも失敗なく楽しめることにあるといえそうだ。

甘みや食感など、評価するための項目はいろいろある中、最新モデルでは特にどういった部分が向上したかを塚原氏に聞いた。「“お米に着目している”ことは当社の強みで、鮮度センシングによって、ひとつおいしさのランクが上がった。お米はまだ生鮮食品ととらえられておらず、(保管場所の温度などを)雑に扱われることも多い。今までは炊き方が一定だったため、お米の品質がそのまま炊き上がりに影響していたが、鮮度センシングなどでお米の状態を見極めながら炊き方を変えることで、よりおいしいごはんを食べられるようになった」と教えてくれた。

もう一つの進化として「銘柄炊き分け」も挙げる。「今までは“コシヒカリ一強”の時代が長く続いたが、当社が銘柄炊き分けを始めた時代から、お米の銘柄の数も増えてきて、色々なおいしさがあるということも、当社から提案できているのでは」と説明している。

Panasonic Cooking@Labの皆さん

家庭によっては、以前よりもごはんを食べる機会が少なくなったり、消費量が減ったりすることはあるだろう。そんな中でも、せっかく食べるならよりおいしく、好みに合ったごはんを家で味わうことができれば、毎日の楽しみも増えるはず。食べ慣れたごはんを改めて見直すきっかけとして、今よりちょっとだけ贅沢な炊飯器に目を向けてみるのもよさそうだ。

中林 暁