神原サリーの家電 HOT TOPICS

『エコにたし算』から『360°ハピネス』へ。2年間で日立の家電を変えた德永社長の思い

 日立の家電事業を担う日立アプライアンスは、2018年2月、それまで8年間掲げてきた「エコにたし算」というスローガンから「360°ハピネス」に変更すると宣言し、さまざまな変革にチャレンジしてきました。そして同社は、2019年4月1日に販売や保守・修理を行なう日立コンシューマ・マーケティング社と合併し、「日立グローバルライフソリューションズ」として新たなスタートを切ります。

 これまで取締役社長として変革に力を注いできた德永 俊昭氏にインタビュー取材し、着任してからの2年間を振り返るとともに、日立の家電への思いや後進の谷口新社長へのメッセージなどをうかがいました。

株式会社日立製作所理事 生活・エコシステム事業統括本部長 兼 日立アプライアンス株式会社 取締役社長・德永 俊昭氏

日立市出身で“日立の家電”に囲まれて暮らしてきた

――2017年4月に日立アプライアンス社の取締役社長に就任されるまでの経歴を拝見すると、それまでの10年間は情報・通信グループにいらっしゃって、白物家電とは畑違いの分野のようにお見受けします。着任されたときの日立アプライアンス社の印象はどのようなものだったでしょうか?

 「普通に考えると私などはまさに“よそ者”だと思うのですが、生まれも育ちも日立市で、常に日立の家電に囲まれて暮らしてきたんですね。ですから、日立の家電製品や日立アプライアンスという企業にとても親しみを感じていました。それに多賀工場の近くの中学校に通っていたのですが、この工場には当時の同級生が今でも働いていたりして、着任する前からインサイダー化していたわけです(笑)。事業そのものに共感していましたから、ファーストコンタクトの時点でいろいろなことが省略できたように思います」

――親しみを感じていた家電事業ですが、いざ、関わってみると社内の様子をどのように感じられたのでしょう?

 「家電というのは、これまで人々の生活を便利に変えてきました。それが中で働く人たちの誇りや愛着となり、日立を支える底力となっていたのだと思います。その後、品質や機能などを極めようとがんばってきたわけですが、生活者に寄り添うという視点から少しずつ離れてしまうところもあり、みんながモヤモヤしたものを抱えているように感じました。世の中は昔と違ってきているのだから、変わらなくてはならないと思っているのに、どちらを向いたらいいのか、それが定まっていない。それが2017年4月の時点での正直な印象でした」

生まれも育ちも日立市。「日立の家電に囲まれて暮らしてきた」と話す徳永社長

現状を認識して気づいたのが「お客様に寄り添うこと」

――日立という企業全体を見ると、ここ数年は家電が少し脇に置かれていた印象がありますが、それも影響していますか?

 「この5~6年、日立の社外メッセージとして、鉄道をはじめとするインフラやエネルギーなど、社会イノベーション事業に力を入れているという発信が強くなされていたのは確かです。それもあってか、日立アプライアンスの社員は自信を喪失していたようにも思います。でも出張で海外に行けば、日立という名前を出すと『家電の会社』だと言われるくらい、家電事業は日立のど真ん中にいる。まずはそれを社内で確認し合いました。2017年は『我々はどういう存在なのか』という現状の認識にひたすら時間を費やしてきたという感じです。そうでないと新しいことに取り組めませんからね」

――現状を確認する中で見えてきたことは何だったのでしょう?

 「他社のラインナップや機能を見比べて、他社に勝つための家電づくりであったり、POSデータの売れた売れないの数字から理由付けをするというような、独りよがりな事業になっているように思いました。『エコに足し算』で8年続けてきましたが、エコ(=省エネ)という数字に足し算するのが機能なわけですから、何か足りない。事業が横ばいになってきているのも仕方のないことかなと思いました」

――そこで新しいコンセプトが打ち出されたわけですね?

 「お客様に寄り添うこと、それに尽きると思い、2018年2月に新スローガンとなる『360°ハピネス』を打ち出し、新コンセプトを『ひとりひとりに寄り添い、暮らしをデザインする』と、初めてプレスの皆さんの前に立って、記者発表をしたのです」

――あの発表会は印象的でした。省エネや技術を前面に押し出す『エコに足し算』は、社会構造の変化や暮らしの変化と共にその役目を終え、生活課題の解決をし、暮らしをデザインしていくのだと。お客様視点での商品開発をさらに強化するため、発表に先駆けて2017年10月には社内の関係部門を集約したVOC(Voice of Custmer)センターを新設したり、従来からのプレミアム戦略を進化させた高品位デザインを採用するために、外部デザイナーとのコラボレーションも考えているとの発表もありました。

 「よく覚えていてくださいましたね。『エコにたし算』は当たり前という前提で、さらにその先の暮らしのデザインをすることを提案しました。省エネ性能ばかり競っても、それはお客さまにとって意味のある差なんだろうかと、社内でも一抹の寂しさのようなものを感じていたのです」

2018年2月の新コンセプトの発表時に出された、事業スローガンのスライド
外部デザイナーとコラボレーションした初の家電となる空気清浄機が、インタビューした応接室の一角に置いてあった。デザインは深澤直人氏によるもので、中国、東南アジア、中東で、3月中旬から順次販売されている

会見での一言が開発のきっかけになった冷蔵庫

――新コンセプトに基づくような、心に響く家電製品の変化としては、今年1月に発表された「ぴったりセレクト・まるごとチルド」機能を備えたKX/KWシリーズの冷蔵庫です。設定によって消費電力が異なるこの機能は、これまで省エネ性や消費電力を大切にしてきた日立さんとしては、かなりチャレンジされた製品のはず。お客様目線での提案で感動しました。

 「この冷蔵庫はおっしゃるとおり、新コンセプトに則ったシンボリックな家電なので、そう言っていただけるとうれしいですね。実は温度帯を自在に切り替えられるぴったりセレクトの機能は、昨年2月の会見の時に思わず一例として挙げたものが、開発のきっかけになっているのです」

――コネクテッド家電のところでフルで機能を詰め込むのではなく、取捨選択ができたり、ソフトウェアでの更新ができたりすることの便利さ。たとえば洗濯機では「どろんこ専用モード」、冷蔵庫では「各室の冷やし方」などで、これから企画を詰めていくというお話しがありました。あれですね?

 「宣言したのだから、出さなければならない! と、社内ではけっこう大変でした。しかもあまり時間がない中で、よくやり遂げてくれました。今回、温度を自在に選べる機能そのものと、コネクテッドの部分とは直接関わってはいませんが、お客様の暮らしに合わせて便利に使っていただけるように、“暮らしをデザイン”している家電になっていると思います」

――そういえば、日立さんはIoT家電という言葉を使わずに、コネクテッド家電という言い方をされていますが、これには理由がありますか?

 「IoTという機能やシステムのような表現に対するアンチテーゼですね。そんな無機質なものではなく、もっと深く“お客様と繋がりたい”という思いを込めて、コネクテッドという言葉を使っています」

今年1月に発表された「ぴったりセレクト・まるごとチルド」機能を備えたKX/KWシリーズの冷蔵庫
下段の2つの引き出しの温度帯を「冷蔵室」「野菜室」「冷凍室」に自在に切り替えられる

家電の技術に詳しくないから自由な発想ができる

――德永さんご自身がこうした生活者視点で提案できるのは、家事をされているからでしょうか?

 「いえ、忙しくてさすがに家事はできていません。でもこうした提案ができるのは、私の強みというか、2つの理由があると思っています。1つはモーターやコンプレッサーというような家電事業の技術に詳しくないことですね。もしも詳しかったら『こんなことができたらいいのに』と思い描いたとしても、その後で『どうせ技術的に無理だろう』と否定してしまい、カタチにしようと思えないでしょう。よくわからないから、自由な発想で提案ができるわけです。作る方は大変だと思いますが(笑)」

――もう1つの強みは何でしょうか?

 「それはこれまでITの仕事をしてきたことです。長年、金融システム事業部にいましたが、ここではお客様(企業)の課題を聞いて、解決を設計するのが仕事です。丁寧に話を聞いて言葉の向こうにあることをキャッチして、システムとして組み上げるのです。一見、家電とはかけ離れた世界に思えますが、お客様(生活者)が何を課題に思い、どんな解決を望んでいるのかを汲み取るという点では同じこと。ずっとしてきたその訓練が役に立っているのだと思います。ITやシステム開発の仕事って、実は“感性”が大切なんですよ」

日立グループの “ど真ん中”に戻ってきた家電・空調事業

――4月から新会社「日立グローバルライフソリューションズ」が立ち上がり、德永さんは異動されますが、新会社に期待されることを教えてください。

 「先日、日立グループの2019~2021年にかけての3カ年計画が発表されましたが、その中でヒューマン・ライフソリューション(=家電・空調事業)はとても重要な位置を示しています。人々の生活課題の解決と、人々のQOLの向上を目指す注力分野となっています。まさに“ど真ん中”に戻ってきたわけです。

 谷口新社長はまだ40代で若いですし、私と同じIT系のバックグラウンドを持っている方なので、ご自身が考えた通り、やりたいように動けばいいと思っています。IT系の中でも、医療や食糧の分野で仕事をされてきた方なので、私以上にお客様(生活者)に寄り添った視点で、課題をつかまえてソリューション提案できるに違いありません」

――徳永さんご自身が4月以降に着任される「日立製作所 執行役常務 サービス&プラットフォームビジネスユニットCOO 兼日立グローバルデジタルホールディングス社 取締役会長 兼 日立ヴァンタラ社 取締役会長」の仕事内容についても教えていただけますか?

 「米国シリコンバレーに駐在して、ヒューマン・ライフソリューションを含む日立の5つの柱を支え、新たな生活ソリューション創出のためのLumada IoTプラットフォームを構築し、整備し、適応させていくのがミッションです。ですから、家電と全く縁が切れたわけではありません。またいつか、どこかでお目にかかれることでしょう」

日立グループが2021年度までの3カ年で目指す姿

インタビューを終えて

 昨年2月と10月の2回、いずれも国際フォーラムで開催された記者発表会での德永氏のプレゼンテーションの見事さにすっかり惚れ込んでしまい、いつか面と向かってお話しさせていただく機会があればと夢見ていた私は、ことあるごとに日立アプライアンスの広報さんに、「德永社長とお話してみたい」と伝えていました。

 正式に德永社長のへのインタビュー依頼をしたのは今年入ってまもなくのことですが、多忙を極める德永氏の過密スケジュールの合間を縫って、時間をいただくことができたのは3月中旬のことでした。しかもその間に、4月からの人事が発表され、德永氏が新会社の社長とならないことがわかり、ショックを受けたのも事実。

 実際にお目にかかってお話してみてわかったのは、その期待を裏切らない熱い思いのある方だということ。全く畑違いと思われたこれまでの経歴や、日立市に生まれ育ったからこその“日立の家電”への愛着などが皆繋がって、「360°ハピネス」の指針を生み出して実現させてきたのだと実感しました。德永氏の言葉にもあったように、新任の谷口社長もIT系のバックグラウンドを持つ方なので、「お客様の課題をしっかりとつかまえてソリューション提案していくことに長けている」はずだと、期待にワクワクしています。

 それにしても德永氏から、私が大切にしている「感性」という言葉が出てきたのには驚きましたし、うれしいことでした。シリコンバレーに単身赴任して、Lumada IoTプラットフォームの構築に専心する德永氏の、益々のご活躍をお祈りしています。

神原サリー

新聞社勤務、フリーランスライターを経て、顧客視点アドバイザー&家電コンシェルジュとして独立。現在は家電+ライフスタイルプロデューサーとして、家電分野のほか、住まいや暮らしなどライフスタイル全般の執筆やコンサルティングの仕事をしている。モノから入り、コトへとつなげる提案が得意。企画・開発担当者や技術担当者への取材も積極的に行い、メーカーの現場の声を聞くことを大切にしている。 テレビ・ラジオ、イベント出演も多数。