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nendoとコラボ! ダイキンがミラノサローネにキッチンウェアを出展した理由

 毎年4月にイタリア・ミラノで開催される世界最大規模の家具見本市「ミラノサローネ」。第58回となる今年は、例年より少し遅めの4月17日~22日の6日間開催され、本会場の来場者数は、過去最高の43万4509人を記録して大いに盛り上がりを見せました。

 サローネの期間中、市内ではデザインの祭典「ミラノデザインウィーク」が開催され、企業がブランドPRのために数多く出展することでも知られていますが、今年はダイキン工業が佐藤オオキ氏が率いるデザインオフィス「nendo」とコラボレーションして、このミラノデザインウィークに出展し、注目を浴びました。

 その出展の内容『air lids』とはどんなものだったのか、ダイキンが作品に込めた思いとはどんなものだったのか――。事前取材や会場での佐藤オオキ氏へのインタビューなども踏まえ、その全容に迫ります。

2018年4月17日~22日、ミラノデザインウィークのSuperstudio Art Pointで開催されたnendoの個展「nendo : forms of movement」。会場の外に長蛇の列ができるほどの人気ぶりだった

「フタ」に着目したキッチンウェア!?

 2018年4月17日~22日、ミラノサローネ(ミラノデザインウィーク)において、市内の会場Superstudio Art Pointでnendoの個展「nendo:forms of movement」が開催され、日本のメーカーの繊細な素材や緻密な加工技術によって生まれる「ものの動き」をカタチにした全10作品が展示されました。

 ここ数年、ミラノサローネにおけるnendoの人気は凄まじく、会場に入るには外で長時間待たなくてはならないほど。今回も長蛇の列ができており、イタリア国内はもとより海外各国から訪れる人々から大きな注目を浴びていることがうかがい知れました。

 nendoの個展会場内に入ると、外装と同様に黒い壁が印象的で全体が暗く、作品だけが明るく照らし出されています。nendoが「ダイキン」のためにデザインしたのは「フタ」に特徴のあるキッチンウェア「air lids」。

会場内での「air lids」の展示。白く照らされた窪みの中に作品が展示され、上部には使用シーンのイメージが映し出されていた

 展示作品は全部で5つ。

 01 容器の中の調味料を「フタごと」つまみ取れるフタ
 02 押しつぶすことで口が開き、中の液体を注ぐことができるフタ
 03 つまむと、中から小さなスプーンが押し出されるフタ
 04 内側からの張力によってボトルの口を閉じるフタ
 05 中の液体を体積で「押し出す」フタ

 ――と、いずれもこれまでの「フタ」の概念を覆すようなユニークなものばかり。

01 容器の中の調味料を「フタごと」つまみ取れるフタ
02 押しつぶすことで口が開き、中の液体を注ぐことができるフタ/photo by Akihiro Yoshida
03 つまむと、中から小さなスプーンが押し出されるフタ/photo by Akihiro Yoshida
04 内側からの張力によってボトルの口を閉じるフタ/photo by Akihiro Yoshida
05 中の液体を体積で「押し出す」フタ/photo by Akihiro Yoshida

 会場には、完成品に至るまでのプロセスが感じられる数々の試作品がズラリと並べられ、実際に手で触れてその感触を体験することもできました。

 でも、どうしてダイキンがnendoとコラボしてフタに特徴のあるキッチンウェアを出展したのでしょう?

エアコンではなく、フッ素ゴム「DAI-EL」を世界に広める

 ダイキンがミラノサローネ(ミラノデザインウィーク)に出展するのは今回で3回目になりますが、2014年、2015年共にダイキンイタリアが中心となるもので、HOT&COLDなど空調(空気)がテーマとなっていました。

 今年は初めてダイキン工業が主体となり、デザインオフィス「nendo」の個展への出展となりました。佐藤オオキ氏率いる「nendo」とのコラボというだけでも興味深いところですが、今回の出展内容はエアコンのような空調ではなく、フッ素化学製品であるフルオロエラストマー「DAI-EL(ダイエル)」というのが注目すべきポイントです。

会場には自由に触れるコーナーも。こちらは「04 内側からの張力によってボトルの口を閉じるフタ」
実際にフタを引っ張りだしてみたところ。DAI-ELならではの不思議な触感を体験できる

 実は空調専業メーカーとして広く知られているダイキン工業には、もうひとつ、核となる事業として化学部門があります。ダイキンは1933年に日本で初めてフッ素化学に取り組んで以来、さまざまなフッ素化合物を送り出し、その数は1,800種類以上に及びます。独自の技術でフッ素の特性を生かした製品開発と、その用途までを開発している世界屈指のフッ素化学メーカーなのです。

 今回、佐藤オオキ氏率いるデザインオフィス「nendo」には、フッ素ゴム「DAI-EL」を素材にした作品のデザインを依頼したというわけです。

会場内の壁には「DAIKIN INDUSTRIES,LTD.」の紹介も。ただしこの壁をきちんと見ないとこの作品がダイキンのフッ素化学製品を使用したものであることはほとんどわからない

「DAI-EL」を知るために淀川製作所の工場へ

 日ごろ馴染みのないフッ素ゴム「DAI-EL」のことを知るべく、ミラノサローネ取材を前に、大阪の淀川製作所内になる化学部門の工場と科学研究所を取材してきました。

 フッ素化学製品の源になるのは、フッ化カルシウムを主成分とする蛍石という天然鉱物。研究所にはフッ素化合物の源なる蛍石が象徴のように飾られていました。

大阪府摂津市のダイキン工業淀川製作所内にある化学事業部研究所
フッ素化合物の源なる蛍石

 フッ素というのはあらゆる元素と激しく反応する性質を持っていますが、フッ素樹脂やフッ素ゴムとして安定した状態になると「ものがくっつかない」「熱に強い」などの得難い特性を発揮します。

 今回出展されたのはDAI-ELですが、これは「高耐熱性」「耐油性」「圧縮永久ひずみ」「耐酸性」「耐溶剤性」などをすべて併せ持つという高機能な合成ゴムで、自動車の燃料ホースのほか、半導体業界や化学業界の配管シール材として使われています。つまり、半導体そのものではなく、“半導体を作る機械の素材”として使われているということですね。

フッ素化学製品は様々な自動車部品に使われている
フッ素ゴムなどが製品化されたもの
フッ素ゴムDAI-ELの応用例
淀川製作所内の化学部門の工場の敷地内にはフッ素樹脂・ゴムの製造工程図が大きく示されていた

 今回、白衣とヘルメット、防塵メガネを身につけてDAI-ELの生産工程と、オリジナルカラーを作る彩色の工程を見学させていただきましたが、ガスや化学物質など目に見えない工程を経て、最後に白っぽい半透明の帯状のDAI-ELが出来上がったところを見た時は感動的でした。

 彩色用のチップを基本となる白いDAI-ELに混ぜ込んで調合していくと、みるみるうちに鮮やかなカラーのフッ素ゴムとなり「これで何ができるだろう?」と身近なものへの応用が楽しみになります。

 こうした独自の調色技術によって、多彩なカラーバリエーションを表現できるのもこの研究所ならではの強み。クリアなカラーからシックなカラーまで、要望に合わせたオリジナルカラーに仕上げられるといいます。

DAI-ELの製造工場
白く半透明のシート状のDAI-EL。これをもとに彩色・加工が施される
白いDAI-ELに彩色用のチップを混ぜ合わせてオリジナルのカラーを作ることができる
黄色いチップを混ぜ合わせた段階
続いてブルーを加えていく
鮮やかなコバルトブルーのシートが出来上がった

 ダイキンがこうしたフッ素化学製品の開発を手掛けてからすでに50年。歴史はあるものの、これまでは工業材料として産業用に使われてきた分野のため一般的には知られていません。

 消費者向けの新しいチャレンジが始まったのは2016年と、わずか2年前。先ほど紹介したような特徴を持つDAI-ELの可能性を探索すべく新規用途開発に取り組み始めたのだといいます。

 しなやかで触れたくなるような心地よい触感を持ち、耐久性にも優れ、調色による多彩な色彩展開などを生かし、すでにウェアラブルデバイスのバンドなどに使われ始めています。他の素材に比べ、比重が重く重厚感(=高級感)があるのもDAI-ELならではの特性です。

一般消費者向けの製品にDAI-ELが使われ始めたのは2年前から。ウェアエアブルデバイスのベルトやスマートフォンのカバー、文房具などに利用されている
見た目よりもずっしりと重く、さらりとした独特の触感がある。汚れに強いのでウェアラブルのベルトには最適とのこと。色合いも美しい

触感の感動を伝えたい~佐藤オオキ氏が語る「air lids」に込めた思い

 今回の「air lids」について、nendoでは「DAI-ELはシリコンゴムとも異なるさらりとした触感があり、“あたかも本来は触ることのできない空気が物質化して、手に取れるようになった”ような不思議な感覚をもたらす。この感触と素材特性をいかすため、手に触れる機会が多く、『フタ』というパーツに着目したキッチンウェアをデザインした」と表現しています。

 こうした着想に至るまでの経緯や今回の作品に込めた思いについて、短い時間でしたが、デザインを手掛けた佐藤オオキ氏にミラノの会場で話を聞くことができました。

デザインオフィス「nendo」代表・佐藤オオキ氏

――最初にダイキンから「DAI-EL」という素材を使ったデザインの依頼があった時、すぐに「フタ」という発想が浮かんだのですか?

 「資料をいただいて、その特性を知った段階では『何か凄そうだ』という感じはあっても、まだフタにはたどり着いていませんでした。でも、初めてサンプルに触れた時、他にはない触感に感動したんですよね。これだなと思いました。いかに触ってもらえるか。より触ってもらうための仕掛けを作ろうとひらめいたわけです」

――確かに一見、シリコンゴムのように見えて、それとはまったく違う独特のしなやかさがあり、かと言ってベタつかずにさらりとしている……本当に不思議な素材ですよね。

 「そうなんです。触れてわかる素晴らしさ。それには触ってもらう仕掛けづくりというか、『せざるを得ない』状況に持っていくのがいい。たとえば扉があったとして、それを開けるにはドアノブを触らなければ扉を開けられません。そんなドアノブの代わりになるのが、今回のフタだということです。人が思わず触れたくなる要素が最大のポイントになるなと思いました」

――なるほど! でも単なるフタじゃないところがまたすごいですよね。

 「DAI-ELには触り心地のほかにもずしっとした重みを感じさせる『比重』や、汚れがつきにくいということや、しっかりとした厚みによってつぶしてもその形を保ち、元に戻る再現性など、いろいろな特性があります。そうした魅力的な点を作品ごとに具現化させた『DAI-ELの見本帳』のようなものにしたかったのです」

nendoの個展会場の一室でインタビューを行なった

――今回はすべて白いフタになっていましたが、DAI-ELの特性の1つである、発色の良さを生かして、カラフルなフタを作ることもできたのではないでしょうか?

 「白にも意味があります。たとえばお醤油を入れても注いだ時に汚れがつかないことを見せて、DAI-ELならではの汚れが付きにくいという特性を知ってもらうことができます。それに今回は情報をきちんと伝えるためには、色がノイズとなってしまう危険性があると思ったのです。いつか再びこの素材を使ってデザインするならば、シリコンとの差別化のために色だけを取り上げてもいいと思っています」

――シリコンには出せないカラーとはどんな?

 「シリコンはどうしても彩度が低くなってしまうけれど、DAI-ELはビビッドなカラーが出せる。そして普通、ビビッドなカラーは硬質なイメージがあるのに実は素材としてはやわらかさがあるという意外性もある。このあたりを突き詰めていくとおもしろいのではないかと。まだこの先はわかりませんけれどね」

 最後には含みを持たせたメッセージで終わった佐藤オオキ氏の言葉でしたが、特性を理解したうえで触ってもらうための仕掛けを随所にもたらしたフタの数々は、やはりさすがだと思いました。

会場内に設けられた“実際に触れて体感できる”コーナー。PLEASE TRYの表示がある

実は6つ目の作品がある!? ダイキンチームの苦悩とこれから

 ミラノサローネへの出展まで、準備期間が少ない中で、DAI-ELという素材を作品に仕上げるために、ダイキンテクノロジー・イノベーションセンター先端デザイングループのグループリーダーで主任技師・関 康一郎氏や、化学事業部商品開発部ゴムチーム・坂本 泰浩氏の苦労が大きかったようです。

ダイキンテクノロジー・イノベーションセンター先端デザイングループのグループリーダーで主任技師・関 康一郎氏
化学事業部商品開発部ゴムチーム・坂本 泰浩氏

 nendoの佐藤オオキ氏に素材特徴を伝え、セッションを重ねて「air lids」へとたどり着いた過程は、佐藤オオキ氏へのインタビューにあるとおり。しかし、今回の作品において、nendoからのデザインを基に実際に金型の図面を引いて、“素材を実際のカタチ”にしてきた坂本氏は「最初に提示されたデザインを見たときには『これは無理!』と絶句しました」とのこと。

 これまで求められることのなかった形状。でも、なぜそのデザインなのかがわかると、『なんとか形にしたい』と意欲がわいてきたのだといいます。当初は9種類あったデザインが最終的に6種類まで絞られ、結果的にはミラノには5作品が展示されることとなりました。

 そう、あと1つ、どうしても形にすることができず、取材した時点でも図面を引き続けている“幻の6つ目”があるのだと。「最初は苦しかったですが、形になるに従って楽しくなりました。絶対に6つ目も仕上げますよ。たとえ展示されることはなくてもね」と坂本氏。こうした新しい刺激が、今後の新しいチャレンジへと繋がっていくに違いありません。

ミラノでのnendoの個展会場には、完成品に至るまでのプロセスが感じられる数々の試作品も展示されていた

 エアコンで空気を操る“冷媒”も同じ原料から生まれるのですから、実は今回出展した作品に使われた「DAI-EL」はエアコンとそんなに遠いところにあるものではないのかもしれません。

 nendoも作品紹介の中で「モノと人の間に常に存在しながら感じ取ることのできない空気を、容器の中にあるモノと人との間に介在する『フタ』という形に変換することで、知覚できる存在とすることを目指した」と表現しています。

 「人と空気の間に、いつもダイキン」をキャッチフレーズにしているダイキンが、今回化学事業部の出展においてしなやかで触れたくなるような独特の触感を持つDAI-ELを使った「フタ」を展示することは唐突なことではなく、1つの流れの中にあるのですね。空気も容器のフタも、意識せずとも人間との間に存在する大事なもの。それが心地よいかどうか。

 テクノロジーイノベーションセンターの関氏は「人がミクロに触れる部分にまだ解決することはまだある。to be continuedなんですよ」とも。空気環境、エアコン、DAI-EL、フタ……ダイキンの“デザインのこれから”が楽しみです。

神原サリー

新聞社勤務、フリーランスライターを経て、顧客視点アドバイザー&家電コンシェルジュとして独立。現在は家電+ライフスタイルプロデューサーとして、家電分野のほか、住まいや暮らしなどライフスタイル全般の執筆やコンサルティングの仕事をしている。モノから入り、コトへとつなげる提案が得意。企画・開発担当者や技術担当者への取材も積極的に行い、メーカーの現場の声を聞くことを大切にしている。 テレビ・ラジオ、イベント出演も多数。