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見えない空気をデザインによって視覚化する ~ダイキン×nendoがミラノで提示したこととは?
2019年6月28日 19:02
ダイキン工業は、佐藤オオキ氏が率いるデザインオフィスnendoとコラボレーションし、2019年4月10日~14日、イタリア・ミラノで開催されたデザインの祭典「ミラノデザインウィーク2019」に出展しました。
ダイキングループとしての出展は4回目ですが、nendoと組むのは昨年に続いて2回目になります。大規模なインスタレーションにチャレンジした今回の取り組みの詳細をレポートし、展示に込められた意味や、同社がミラノデザインウィークに出展する理由を探りたいと思います。
「空気のようなフタ」から「空気そのもの」の展示へ
ミラノデザインウィークは、世界最大の国際家具見本市「ミラノサローネ」と、市内の様々な場所が期間限定の展示空間になる「フォーリサローネ」を総称したもので、全体で100万人規模の人々で賑わう世界一のデザインの祭典と言われています。
世界中から数多くのブランドが参加しており、デザインという切り口で企業やブランドがメッセージを発信できる場所として注目されています。
昨年は、ダイキン工業とデザインオフィスnendoが初めてコラボレーションして、運河地区に隣接するトルトーナ地区にある「SUPER STUDIO」で、高性能フッ素ゴム・フルオロエラストマー「DAI-EL」を素材に「空気のようなフタ」という意味の『air lids』のデザインプロトタイプの展示を行ないました。
今年はそこから大きく飛躍して、会場一面に咲いた偏光パネル製の花々とその影によって「無風空間なのに風を感じさせる」という『breeze of light』と題したインスタレーションにチャレンジ。
暗い廊下のプロローグ部分から一気に真っ白な空間に踏み出すと、そこには17,000本もの花々で埋め尽くされた花畑が広がり、圧倒されます。
風が吹いていないのに、花の影の濃度の変化で花畑を通り抜ける風を視覚として捉えられ、肌感覚としても風を感じてしまうというインスタレーションは、nendoならではの発想とデザイン力、そして緻密な計算とそれを具現化できた技術力の賜物。
何より広い会場を3分間、たった6人で歩かせるという大胆かつ戦略的な仕掛けが、この世界観に没頭できる理由なのでしょう。
会場内にはウッディな中にかすかに柑橘系を思わせるような香りが広がり、影の明澄に合わせた音楽も流れており、視覚、嗅覚、聴覚、触覚といった五感を刺激して、人々の心を豊かにする新しい“空気の感じ方”を提案。「空気で人々を幸せにする」ことを理念においているダイキン工業ならではの世界観をnendoが見事に表現していました。
今回の会場となった「TENOHA MILANO」は、昨年と同じトルトーナ地区の一画とはいえ、ミラノ中心部からはやや離れた場所でしたが、会期中の評判がさらなる評判を呼び、長蛇の列を作りました。
3分間で6人しか見られない回遊式の展示だったため、当初の予定では来場予定者数は8,000人を見込んでいたそうですが、実際には最大3時間待ちとなり計12,000人を記録してミラノデザインウィークの出展注目企業としてグローバルに認知されることとなったようです。
国内での検証に半年かけ、現地で2カ月前から設営を始めた異例尽くしの展示
この『breeze of light』について、ミラノデザインウィーク終了後、日本に帰国したnendoの佐藤オオキ氏に、その着想の由来やインスタレーション用の展示物を仕上げるまでの苦労などについてインタビューする機会を得ました。
――昨年の「フタ」から、「空気」がテーマに変わりましたが今回のインスタレーションはどのような着想で生まれたのでしょうか?
「昨年はDAI-ELという素材があったので、これをいかに触らせるか、つまり触覚がテーマでした。ミラノサローネでは『~してはいけません』という注意書きが多い中で、触ってもらうコーナーを設けて実際に触ってもらえたことがよかったと思っています。そして、次のお題は空気、空間。見えないものですよね。普通、空気は皮膚感覚でとらえるものだと思いますが、これを視覚化したらどうだろうと。2018年の夏にはすでにアイデア出しが始まりました」
――皮膚感覚で感じられる空気を視覚化させる……面白いですが難しいですよね。
「これまでの体験や魅力を再認識することで、その魅力が広がるということがあります。企業のブランディングなどもこうした手法で行ないます。今回の空気もすでによく知っているもののはずですが、それを五感の別の器官でとらえると普段は感じえないような感覚でとらえられるものがあるはずだと。
2015年に開催されたメゾンオブジェというパリの展示会に向けて自主制作したチョコレートがあるのですが、これがとてもわかりやすい例じゃないかと思います。すべて同じチョコレートで作られているのに、尖らせたり、ギザギザにしたりと形が変わると、口に入れて食べたときに感じるものが変化するんですね。テクスチャーの違いが味覚に影響してくるというわけです」
――なるほど! 見えないはずの空気や風を視覚化させることで「よりその魅力を広げよう」ということですね。
「昨年の夏のアイデア出しの時点で光や影ということが出てきました。偏光板を90度に重ねると黒くなる。光の量を変えずに影の量を変えて空気の動きを表現するという新たな取り組みにチャレンジしたのです。とはいえ、約32×約18mの大空間に115灯の照明と17,000本の花形の偏光板を使用して光と影の動きだけで心地よい空間を感じさせるというのは本当に大変なことでした。
このインスタレーションを構成する1つひとつの要素がすべて正確でないと実現できないのですから。光の制御とプログラムを検証するために国内で半年かけて原寸大のモックで検証を繰り返し、メンバーを入れ替えながら2カ月近くミラノで設営にあたりました」
――それだけの準備を重ねて、あの真っ白な空間の中で花が風に揺れているような影のインスタレーションが作られたのですね。
「あの17,000本の偏光板の花びらをゆがみなく軸に対して垂直に糊付けして固定させるなど、現地でしかできないことも多く設営に時間がかかったのです。台座に0.5mmの穴を開けるだけでも大変でしたし、ムラのない真っ白な空間を作るためにパネルの継ぎ目を紙とフィルムの中間のようなユポ紙を使って隠すなどの工夫もしています。毎日、花を作っている夢を見てうなされるほどでした」
――会場ではスモークや音楽、香りなどの要素もあり、これが効果的に使われていました。
「これも現地で最後のチューニングが終わったのはギリギリでした。香りも最初はもう少しフローラルっぽかったのですが、最終的にはウッディな中に柚子のような香りを足したこれまでにない香りを調香してもらっています。3分間6~8人だけで会場を歩いてもらうというのも、綿密に歩くシミュレーションを重ねたうえのこと。これ以上だとノイズになってしまって浸ってもらえないと思ったためです。
ただ、予想外だったのは皆さん会場に入ると息をのんで立ち止まってしまうことでしたね。とはいえ、『なんだかわからないけれど気持ちのいい空間だった。気持ちがよかった』というような感覚的な心地よさを感じてくれる人が多かったようで、満足しています」
会場の屋外スペースに溶け込んでいた屋外用エアコン「アウタータワー」
「TENOHA MILANO」は、東京代官山にあるコミュニティスペース「TENOHA代官山」の初の海外出店舗として昨年オープンした複合施設で、敷地面積は約2,500m2にもおよび、その中にある広大なイベントスペースをインスタレーションの空間として今回使用しています。
今回の出展では、nendoとコラボしたインスタレーションに注目が集まり、あまり話題になっていないのが残念ですが、実は会場の屋外スペースには、日本でも今年5月から発売が開始された屋外用エアコン「アウタータワー」が設置されて、同社の空調技術によって屋外にも快適な空間を創り出せることをアピールしていました。
この「アウタータワー」は同社が力を入れているアイデア商品の1つで、開発期間が約半年というスピーディなものづくりにチャレンジした製品です。
昨年の夏には東京ミッドタウン日比谷での展示をはじめ、都内や兵庫県など5カ所でフィールド実験を実施、10月に開催されたCEATEC JAPAN2018でも参考出展をするなど、リリース前に積極的に世に出していくことで反応をうかがい、ブラッシュアップにも生かすというダイキン工業としては珍しい取り組みをしています。
これまで屋外用の空調機といえば、業務用の大きな冷風扇や秋葉原や熊谷駅などに設置されているミスト発生機が主なものでした。ですが、冷風扇は湿気を含んだ冷風ですし、ミストは風で飛んでしまったり、衣類が濡れたりすることもあり、何より涼しくなりにくいという致命的な欠点があります。
アウタータワーは、エアコンのヒートポンプの技術を応用し、1台の中に室外機と室内機を入れ込んだもので、ヒートポンプ方式による除湿された強力な冷風を前後左右4方向に、周囲3mまで送り届けられるのが大きな特徴。外気温40℃まで対応でき、電源を確保すれば冷媒配管工事をすることなく、場所を選ばず設置できます。
日本の酷暑が年々大きな問題となっている中で、「人が集まる、あらゆる場所」で設置可能な屋外用空調機という新しい提案をしているのがこのアウタータワーなのですね。来夏の東京オリンピックでは日本人はもちろんですが世界各国から多くの人が集まるのですから、こうした空調機はなくてはならないものになりそうです。観客だけでなく、選手たちの体調管理のためにも役立ちそうですね。
デザインを担当したテクノロジー・イノベーションセンター先端グループの山下真菜さんは「工場や建築現場向けの作業員向けのスポットエアコンのようなものとは一線を画す、人が集まる様々な屋外空間と調和する外観を目指しました。上下2段、4方向に設けられた外気の吸込口の開口部は格子状にして目隠しをし、光と風を通すようなイメージのデザインにしています。
また、4方向のすべてが正面になる製品なので、コントロールパネルを中に入れて隠しています。安全性と耐久性のために外側を金属素材にしていますが、板金では思うような意匠が実現できないため、アルミの押出成形にするなど苦心しました」と。
TENOHA代官山とも世界観を同じくする緑の多いTENOHA MILANOの屋外スペースにしっくりとなじみ、その存在感を感じさせなかったのも“カフェやレストランのテラス席にもふさわしいデザイン”というコンセプトがあったからなのでしょう。
ミラノデザインウィークの会期中はまだ気温があまり高くなく、屋外での冷風を必要としなかったので来場者にその心地よさを体感してもらえなかったのが悔やまれるところです。アウタータワーの情報をもう少し伝える工夫を現場でできたらよかったかもしれません。
グローバルなブランディングのためにこれからも出展していく
現地での評判を聞くと「直感的でダイキンの世界観が端的に伝わる良い展示だった」という声が大多数を占めるものの、取材した私自身の感想としては、今回の展示を支えたダイキン工業の空調技術のことなどを、もう少し積極的に発信してもよかったのではないかとも思います。
天井に設置した100個以上のモーターや115灯の照明など熱を発するものが存在する空間の中で、物理的な風を感じないようにしながらも不快ではない温度を保つための空調設計をしたからこそ、「風を起こさず、光と影で“風を感じる”」インスタレーションが実現できたのですから。また、プロローグ部分に「光と陰で風を感じてください」というようなダイキンからのメッセージがあってもよかったのではと思います。
同社テクノロジー・イノベーションセンター デザイングループリーダー主任技師の関康一郎氏は、「市内中心部からは少し離れたTENOHAの会場に、12,000人もの来場者を集めた注目度の高さからも来年度への期待が高まっているに違いない。その内容や手法はまだ模索中だが、グローバルなブランディングのためにも来年以降も出展していきたい」と話しています。
ミラノに毎年継続的に出展することこそがブランディングに重要な要素という声も聞かれます。2020年のミラノで同社がどんな展示を見せてくれるのか、今から楽しみにしています。