神原サリーの家電 HOT TOPICS

ダイキンイタリアが目指す"Il clima per la vita"とは

 イタリア・ミラノで開催される世界最大規模の家具見本市「ミラノサローネ」や、それに合わせて市内で行なわれるデザインの祭典「ミラノデザインウィーク」の取材最終日、ミラノ・リナーテ空港からほど近いところにある「ダイキンエアコンデショニング イタリア社(以降、ダイキンイタリア)」を訪れ、取締役社長の亀川隆行氏とマーケティング部長のマルコ氏にインタビューする機会をいただきました。デザイン性に優れたエアコンを展開しているダイキンイタリア社ですが、取材していくうちに同社の熱い思いを知ることができ、企業のあり方として感銘を受けました。その詳細をご紹介します。

ダイキンエアコンデショニング イタリア社取締役社長の亀川隆行氏とマーケティング部長のマルコ(Marco Dall'Ombra)氏
ダイキンエアコンデショニング イタリア社のエントランスを入ったところ

2003年のヨーロッパ熱波がきっかけになった“イタリアのエアコン事情”

 ダイキンの海外事業比率は79%、そのうち空調事業の比率が90%と海外戦略が成功している企業ですが、その中でもイタリアで展開しているエアコンはデザイン性が優れており、日本でもヨーロッパデザインのUXシリーズを2016年に発売しています。折しも、日本では今年3月にスタイリッシュなエアコン「risora(リソラ)」が発売されたばかり。ダイキンイタリアのデザインに対する姿勢などを直接聞いてみたいと思い、今回のインタビューとなったのですが、その前に、まずはイタリアではどのようにエアコンが普及してきたのかをお伝えする必要があります。

 というのも、元々イタリアでは夏には長い休暇を取り、バカンスを楽しむという文化があったため、ミラノをはじめとする都心の住宅には冷房用のエアコンというものが必要なかったのですね。ところが、2003年、ヨーロッパ熱波と呼ばれる記録的な猛暑に見舞われ、西ヨーロッパ地域の大半が影響を受け、イタリアでも3,000人の高齢者が死亡するという痛ましい出来事があったのです。

 これが冷房の必要性が注目されるきっかけになったのだといいます。さらに2006年のリーマンショックで経済的に打撃を受け、夏のバカンスという習慣を諦めざるを得ない人が増えてきました。となると、益々エアコンが必需品になってきます。最初のうちは「とにかく冷えればいい」と思ってエアコンを選んでいたイタリアの人々も、就寝時の快適性やインテリアにマッチしたエアコンを望むようになってきたのです。

ヨーロッパモデルのEMURA2が、日本では2016年にUXシリーズとして発売された
日本でのUXシリーズの発表会での展示の様子。感性価値というこれまでにない訴求のため、インテリアを含めた展示がされた
ミラノ市内の家電量販店「Media World」のエアコンコーナー

ヨーロッパデザインのDAIKIN EMURAと2世代目のEMURA2

 こうした中で寝苦しい夜にも静かに運転する「サイレントモード」や、風量と上下風向を自動で調整して風が直接体に当たりにくくする「風ないス」運転のあるダイキンのエアコンが喜ばれ、人気を博したとのこと。2010年に当地で発売された「DAIKIN EMURA」や、2世代目となる「EMURA2」はヨーロッパデザインの美しいエアコンとして注目されました。特に2014年発売の「EMURA2」は省エネ性能を保ちつつインテリア性の高いエアコンが強く求められていた中で、その両方を兼ね備え、日本でも2016年にUXシリーズとして発売されました。

 「EMURA2」は、アルカンターラとのコラボレーションデザインもイタリアのみで販売しています。これは車のシートに採用されるなどして注目されているメイド・イン・イタリアの高級生地"アルカンターラ"のテキスタイルを、ゆるやかにカーブしたエアコンの前面のパネルに貼ったもの。スエードのような触り心地と光沢感があり、サッと拭くだけで汚れが落ちるという、この生地は「Tropicalia」「Fly High」「Savile Row」などのテーマごとに10種類、合計30カラー用意がされています。

 日本のように白い壁紙だけでなく、さまざまな種類の壁があるイタリアの暮らしに基づいたデザイン展開をしていて、これらはすべて受注生産とのこと。店舗にテキスタイルを貼ったカタログを用意しているだけでなく、購入者にはインテリアコーディネーターを紹介して、よりスタイルアップしたインテリアになるような改善提案をするキャンペーンを行なったこともあるそうです。

 ちなみにこのアルカンターラは東レの子会社で、ダイキンイタリアの本社近くにあり、2017年3月には東レから生産設備増強のリリースが出されています。従来の自動車内装素材に留まらず、PCやヘッドホン、スマートフォンなどを飾る素材としても新しい需要が拡大されているとのこと。アルカンターラが新しい需要を拡大させているところは、前回のHOT TOPICSの記事でご紹介したダイキンの化学素材「DAI-EL」の目指すところにも似ているように感じます。

ダイキンイタリアの本社受付の脇にあったEMURA2のアルカンターラとのコラボレーションモデル
スタイリッシュなエアコン「EMURA2」では、アルカンターラのテキスタイルとコラボレーションし、30カラーの提案をしている
スエードのような触り心地と光沢感があり、サッと拭くだけで汚れが落ちる

日本の「risora」がイタリアでも発売されることに

 そんなふうにイタリアらしい装飾性を高めて、イタリア人に好まれるようなエアコンを目指して展開されている「EMURA2」ですが、マーケティング部長のマルコ氏によれば、「機能+ユニークさ=デザイン」なのだと。そしてお客様の声を聞いて、それを迅速に反映させ、変化させていくことも大切なのだと言います。

 その1つとして、今年3月末から発売が開始された「リソラ」がイタリアでも「stylish」の名で発売されることとなり、すでに大評判になっているとのこと。これは、よりコンパクトでシンプルなエアコンが欲しいという声に合わせて、日本発のリソラに白羽の矢が立ったのですね。日本では7つのカラーと質感で展開されていますが、イタリアではブラック・シルバー・ホワイトの3色。思いのほかシンプルなセレクトですが、見せていただいた広告展開案ではイタリアらしい壁紙に調和したオシャレな部屋になっていました。カラーはホワイトでも、薄型でコンパクトで質感の美しい「stylish」だからこそ成せる技。さすがです。見せ方が違いますよね。

 そのほか、今年3月に開催された展示会でお披露目されたマルチエアコンのリモコンも見せていただきましたが、これは、アプリと連携して床暖房からエアコンまでその操作を1つに集約できるというもの。ヨーロッパのデザイン賞を2つ受賞する美しいデザインとその機能性が見事に融和したものになっていました。

アルカンターラのテキスタイルを採用したEMURAのカタログ(左)と、ホワイトのリソラ(イタリアでの販売名はstylish)の広告展開用の展示アイデア。シンプルなホワイトのリソラが、イタリアらしい壁紙の部屋にとてもおしゃれに設置されている
日本で今年3月に発売されたrisora。7つの異なる色と質感が特徴
リソラはうるさら7で培った省エネ性や快適性と、薄型で美しいデザインを両立させている

空気でイタリアの人を幸せにする

 取締役社長の亀川隆行氏「ダイキンイタリアでは"Il clima per la vita(=暮らしのための空気環境 ※筆者意訳)"をスローガンに掲げ、空気でイタリアの人を幸せにしたいと思っている」と言います。単にデザインの美しいエアコンを発売するだけでなく、ダイキンをイタリアの文化にしたいのだと。ダイキンが消費者の生活の一部であり、あらゆる環境および1年を通しての気候(空気環境)を快適にするためのソリューション提案をしていきたいのだと。だからこその、機能だけではないデザインの大切さということなのですね。

 こうしてイタリアに多くのファンを獲得している同社ですが、亀川氏もマルコ氏も繰り返し語っていたのが「エコシステム=生態系」ということ。これは、『空気でイタリアを幸せにする・ダイキンをイタリアの文化にする』という考え方や方針を、本社の社員だけでなく販売店や代理店などすべての人たちが理解して、同じ気持ちでお客様に接し、それを伝えるということを指しています。販売店の人たちをも巻き込み、彼らを次々にファンにしながら、ぐるりと連鎖していくような、そんな『生態系』を作っていく――。

 開発に携わる人たちと販売の現場で伝えたいことに齟齬が出てしまっていたり、熱量に差が出ているというのは、大企業ではよくあることですが、そうなることを最も恐れているのです。販売店や代理店も含めたすべての人が情報共有し、共感できる「エコシステム(生態系)の構築」が何より大切なのだという言葉が胸にグッと刺さりました。

マーケティング部長のマルコ(Marco Dall'Ombra)氏
ヨーロッパの2つのデザイン賞を受賞したマルチエアコンのリモコン
ダイキンエアコンデショニング イタリア社取締役社長の亀川隆行氏
ミラノの街中で見かけたダイキンのサービスカー

神原サリー

新聞社勤務、フリーランスライターを経て、顧客視点アドバイザー&家電コンシェルジュとして独立。現在は家電+ライフスタイルプロデューサーとして、家電分野のほか、住まいや暮らしなどライフスタイル全般の執筆やコンサルティングの仕事をしている。モノから入り、コトへとつなげる提案が得意。企画・開発担当者や技術担当者への取材も積極的に行い、メーカーの現場の声を聞くことを大切にしている。 テレビ・ラジオ、イベント出演も多数。