神原サリーの家電 HOT TOPICS

ミーレの取り組みから探る本当のサスティナビリティと未来の暮らし

ドイツ・ウェストファーレン州のギュータースローにあるミーレ本社。画像は2017年の取材時に撮影したもの

ドイツに本社を持つミーレは、今年で創業125年を迎えました。日本ではビルトインタイプの食洗機やオーブン、洗濯機で知られ、その価格帯からも富裕層向けのハイエンドな家電のイメージが強いことでしょう。

品質の高さはもちろん、20年保証で「修理して長く愛着を持って使ってもらう」という企業姿勢を持つミーレが、現在最も力を入れているのがサスティナビリティの実現です。未来の暮らしを考えながら、堅実かつ革新的に歩んでいる同社の国内外の取り組みをレポートします。

ミーレは車の生産を手掛けたことも

まずはミーレという企業について簡単にご紹介しましょう。1899年に創業して以来、4代にわたって続いている同族企業で、今なおミーレ家とツィンカン家という2つの創業家が所有しています。

元々は旋盤4台と穴開け機1台で、技師のカール・ミーレと実業家のラインハルト・ツィンカンが、ドイツのヘルツェブロックでクリーム分離機の製造メーカーを立ち上げたのが始まりでした。このクリーム分離機の機構がもとになって洗濯機が生まれ、独自の電気モーターを搭載したミーレの最初の洗濯機は1911年に発売されたといいます。同じモーターが、脱水用絞り器の動力にもなっていました。

クリーム分離機の機構がもとになって生まれた洗濯機

1912年には車の生産も手掛けたそうですが、1913年に米フォードが大規模な工場で車のオートメーション生産を始めたのをきっかけに、全てを手作業で行なうミーレ方式の車の生産は割りに合わないと1914年にはストップ。わずか143台の自動車の生産をもって自動車ビジネスから撤退したのでした。

全てを手作業で生産していたミーレの自動車

その後は掃除機とビルトインキッチンに絞り、そこに注力してビジネスを展開。高い品質を誇り、選択した事業に集中していく姿勢はまさに“選択と集中”。とはいえ、決して守りに入っているだけではなく、イノベーションを追い求め、技術研究にも相応の予算を投資してきました。

2024年9月にIFAで発表された循環型掃除機のコンセプトスタディモデル「Vooper」

そんなミーレが現在注力しているのが、サーキュラーエコノミー(循環型経済)です。9月にドイツ・ベルリンで開催された国際的な家電見本市「IFA」では、完全なモジュラー型デザインのコードレススティック掃除機のコンセプトスタディモデル「Vooper」を発表しました。すべて解体可能なため、貴重な材料は製品のライフサイクル終了時にはほぼ完全に材料リサイクルに戻すことができるといいます。

IFAで発表されたコードレススティック掃除機のコンセプトスタディモデル「Vooper」

サーキュラーエコノミーとは「製品や材料を何度も再利用し、循環し続けること。材料が決して廃棄物にならず、自然が自ら再生する」システムを意味します。これを実現するために、メンテナンス、リユース、リファービッシュ、リマニュファクチャリング、リサイクル、堆肥化などのプロセスが用いられます。

今回発表された「Vooper」は、「Vac(掃除機)」と「Loop(循環)」を組み合わせた造語とのこと。最終的に材料を循環に戻すことができるように、これまでとは全く異なる方法でデザインする必要があったといいます。

プラスチックを分離不能な接着剤で接合してしまうと完全な回収とリサイクルが不可能になるため、プラスチックの種類を大幅に減らし、接着剤の代わりに差し込み式とねじ止め式の接続を使用。フィルターやバッテリーなどすべてのメンテナンス部品に簡単にアクセスでき、識別しやすいように色分けされており、ユーザーが自分で簡単に部品交換ができるとしています。

長い耐用年数にわたってのメンテナンスを簡単にするために内蔵フィルターは自動でクリーニングするシステムになっているという点も興味深いところです。日本での導入は未定だそうですが、画像で見る限りシンプルで美しいデザインである「Vooper」の登場が、今後の掃除機の1つの礎になるかもしれませんね。

洗濯機に第2の人生を。オランダでリファービッシュ品のビジネスが好調

ミーレでは、いくつかのパイロットプロジェクトに取り組んでいますが、中でも2022年からオランダで実施している洗濯機のリファービッシュプロジェクトが、ビジネス的にも成功し、好調だといいます。

これは点検・修理・洗浄が済んだ洗濯機に「リファービッシュ品」のラベルを付け、新品と同様のテストを受けてから割引価格で再生洗濯機として販売しているもの。修理できない洗濯機も、高品質の電子制御部品はドイツの専門会社によって取り外され、適切な処理のもと販売するほか、洗剤ディスペンサーの引き出しはリサイクル会社で素材として再利用されるなど、循環型経済の構築に着々と歩みを進めています。

リサイクルショップで中古の家電を購入するのではなく、メーカーが自ら家電を点検・修理をして再生品としたものを購入するのは安心感があります。日本でも、パナソニックや日立GLS、シロカなどがリファービッシュ品の販売に取り組み始めており、今後さらに広がりを見せるのではないでしょうか。

素材を再生して場所を作り、未来の暮らしを考える「ファーストプレイス」

代々木上原にオープンした「ファーストプレイス」

ここまでドイツ本社の取り組みを紹介してきましたが、日本のミーレでも未来の暮らしを考える独自のプロジェクトが秋から開始しています。それは場づくりを軸に人の営みを考察し、交流ハブとして活動するnadoya(などや)との、共同プロジェクト「FIRST PLACE(ファースト プレイス)」です。

ファーストプレイスの場となる「nadoya yoyogiuehara」の建物は、長い年月をかけて増改築を繰り返してきた古い家屋ですが、これを丁寧に分解して活用し、新しい機能を補いながら再構築。空間設計は建築家の岡村俊輔さん、素材デザインは狩野佑真さんが手掛けています。

吹き抜けになった地下へと続く階段
水栓をひねると天井から下がった管から水が出る仕組み。なかなか趣きがある

中でも興味深いのは、解体した際に出た廃材や土砂に加え、ミーレが修理時などに排出するパーツを混ぜ合わせて建材に再生し、それをキッチンカウンターや床材に使っていること。

存在感のあるキッチンカウンター
カウンターをよく見ると、ミーレの家電のパーツがマテリアルの中に混ざっているのが見て取れる
ここにもミーレの家電のパーツが
床材にもミーレの家電のパーツが混ぜ込まれ、それがいい味わいになっていた

さらにはミーレのオーブンや洗濯機などのビルトイン家電も据えられ、どこか懐かしいような空間でありながら、それでいて新しい機能も補われているという、なんとも不思議な「場」となっています。

古い家屋を再構築した中にミーレのビルトイン家電があるのは不思議な気もしたが、洗濯機も思いのほか空間に馴染んでいた
キッチンカウンター下にはミーレのオーブンも

できるだけ無駄を省いて廃棄物を減らし、良い素材をできるだけ長く使うというミーレがこれまで大切にしてきたことを、共通の意識を持って繋いでいるこのプロジェクト。「未来の暮らしを探る」べく、今後も定期的に多様なゲストを招いてのワークショップやトークイベントなどを開催していくようです。

ミーレの家電のパーツが混ざったマテリアルで作られた大きな器も

サスティナビリティは、将来世代のニーズを損なうことなく、現在の世代のニーズを満たすことを目指す概念。これは環境的、経済的、社会的なバランスを取ることを目標としていますが、今回のファーストプレイスのプロジェクトは、若い世代にもミーレというブランドを知ってもらう良いきっかけになるのではないでしょうか。

最近はより良いもの、納得したものを長く大切に使いたいという考えの若い世代が増えてきているため、実はミーレの家電との相性はいいのかもしれません。先に紹介したミーレのリファービッシュ品も、ぜひ日本でも展開して欲しいなと思います。

神原サリー

新聞社勤務、フリーランスライターを経て、顧客視点アドバイザー&家電コンシェルジュとして独立。現在は家電+ライフスタイルプロデューサーとして、家電分野のほか、住まいや暮らしなどライフスタイル全般の執筆やコンサルティングの仕事をしている。モノから入り、コトへとつなげる提案が得意。企画・開発担当者や技術担当者への取材も積極的に行い、メーカーの現場の声を聞くことを大切にしている。 テレビ・ラジオ、イベント出演も多数。