神原サリーの家電 HOT TOPICS

照明から始める、温かで居心地のいい“ヒュッゲな暮らし”

数々のポータブル照明が並んでいて、その美しさに見惚れてしまう

ようやく秋らしい気候になってきて、日が落ちるのが早いことに驚かされます。こんな秋の夜長を心地よく過ごすために、ちょっと見直してみたいのが照明です。今回は、日本発のポータブル照明のブランド「アンビエンテック」を取材し、“空間を作るための照明”の極意について教えていただきました。

デンマークのライフスタイル“ヒュッゲ”への憧れ

ヒュッゲという言葉を聞いたことがありますか? デンマーク語で「人と人とのふれあいから生まれる、温かな居心地のよい雰囲気」という意味の、他の国の言語では置き換えられないデンマークの個性を形成している言葉です。

デンマークは2016年に世界で最も幸せな国に選ばれたそうですが、そのライフスタイルこそが“ヒュッゲ(Hygge)”。中でも、夜が長い北欧デンマークの人たちにとって、居心地のいい雰囲気を作るために欠かせないのが、明かり(照明)です。

今回の企画も、筆者自身のヒュッゲな暮らしへの憧れから始まったもの。LEDシーリングライトで煌々と部屋全体を照らすのに慣れてしまった多くの日本人が、どのように明かりを取り入れていったらいいのか知りたくて、模索していたのです。そんな時、ずいぶん前にインテリアライフスタイル展で取材をしたことがあるアンビエンテックのことを思い出し、つてを頼ってお話を聞かせていただくことにしたのでした。

横浜にあるアンビエンテックのショールーム「Ambientec GALLERY」 ※完全予約制

ただ明るくする照明から、空間を作る照明へ

横浜に昨年オープンしたショールーム「Ambientec GALLERY」は、ドアを開けると壁の棚一面にポータブルランプの名作の数々が並び、その美しさに思わず息を呑むほど。その奥のスペースでお話を聞いたのですが、そこには部屋全体を照らす明かりがほとんどなく、個々のポータブルランプが必要なところを照らし、落ち着いた空間を作っています。

人の暮らしに合わせて手軽に移動できることを大切に考えているからこそのポータブル(=コードレス)照明。そのためフロアライトなどは扱っていない

2013年6月のインテリアライフスタイル展の取材以来、約11年ぶりにお目にかかったのが代表の久野義憲さんです。側にあるのは、その時に展示されていた「Bottled(ボトルド)」。今もデザインを変えることなく、ずっと愛されているランプです。ずしりと重さのあるワインボトルのようなデザインが印象的で、食卓はもちろんワイン用のバッグに入れて吊るして使うこともでき、屋外での使用も提案されていたことを覚えています。

アンビエンテック代表(CEO)の久野義憲さん。手前にあるのは筆者との出会いのきっかけにもなった「Bottled(ボトルド)」。デザイナーは小関隆一さん

「日本で照明器具といえば、まわりをただ明るくするものという考え方で、当時からアンビエンテックが提案している“空間を作るあかり”というものがなかなか伝わりにくいなと。だから自分たちが手掛けるポータブル照明は“家電”から切り離そうと決めたんですよ」と久野さん。

「照明器具を家電から切り離す」という言葉はちょっと衝撃的な気もしますが、確かに家電として考えると、LEDシーリングライトのように部屋全体を明るくするのが照明器具の第一条件のように思えてしまい、空間を作る明かりとはかけ離れているように思われます。

そこでアンビエンテックは、インテリアライフスタイル展に出展し、続いてミラノデザインウィークでロッサーナ・オルランディのギャラリーなどに出展を重ね、世界的にも認められていくことになります。2022年にはミラノサローネ60周年を記念して開かれたガラ・ディナーのスポンサーに抜擢され、サンタ・マリア・デッレ・グラッツェのルーフトップでのプライベート晩餐会において「TURN+(ターンプラス)」120台が展示されました。

TURN+(ターンプラス)。無垢のクリスタルガラスを職人が丁寧に磨き上げた透明素材と、光量に対して絶妙に光色が変化する新開発のLED光源を組み合わせ、上質で透明感のある明かりを作り出している。デザイナーは田村奈穂さん

また「アンビエンテックのポータブル照明は、デザインにこだわるだけでなく、回路設計や光源まで自分たちでしています。バッテリー内蔵型のものは修理ができないものが多いですが、修理ができる設計なので、ずっと長く愛着を持って使ってもらえるのです」と話してくれました。

上質な空間は暗い 明るさと色の連動の大切さ

それでは、居心地のいい空間を明かりの視点で見た時にどうとらえればいいのでしょう?

「新幹線のグリーン車もそうですが、上質な空間は暗いものなんです。高級ホテルは室内だけでなく、エントランスが明るすぎない。マンションなどでも、質のいいところはエントランスが落ち着いた、明るすぎない設えになっているでしょう? 夜は夜らしく。外の暗さとのつなぎ目となるエントランスがほんのりとした明るさであることは大切なんですよ」と。「今は街全体が明るすぎるので、せめて自分の家の中だけでも必要な明かりを選んで、空間を作ってほしいと思います」と久野さんは語ります。

なるほど、確かにエントランスが温かみのあるオレンジ色の空間のマンションは、居心地がよさそうだなと感じます。となると、たとえばLEDシーリングライトなども「電球のあかり」みたいなものを選ぶだけでも違うということでしょうか?

「LEDというのは生理的に不自然な色なんです。フィラメント(白熱電球)は、燃焼によって生まれる光なので、オレンジの柔らかな光が基本です。それが明るくなるほど白っぽさを増していくわけです。調光調色ができるからといって、白くて暗い色に設定すると何とも言えない気味の悪い感じになる。逆にオレンジ色なのに最大の明るさにすると、これもまた居心地が悪い空間ができてしまう。つまり、明るさと色の連動というのはとても大切なんです」

先に紹介したボトルドには、アンビエンテックオリジナルのLED光源「サニーサイドアップ」が採用され、フィラメント電球のように光の明るさに応じて色温度が変化するモードが備えられていますが、それが自然であるからなのですね。

ボトルドは、最薄部で5mmという重厚なガラスで強度を極め、発熱も最小限に抑えている。ムラのない光を作るために、ガラス成型後は継ぎ目を丁寧に手作業で消し、内側には特殊な塗装が施されている

最後に久野さんは「今はコンビニやドラッグストアなど深夜まで営業していて、しかも煌々と白く明るい。家に着く直前までそうした環境に接していたら、明るいのが当たり前になってしまう。暗闇から明るいところに出たとき、最初はまぶしいと思ってもすぐに慣れてしまうけれど、明るさに慣れてしまうと暗さにはなかなか順応できないのです。それでは体も休まらないでしょう。せめて自宅では“夜らしくする明かり”を。感性に訴えかける光の選択をしてほしいなと思います」と話してくれました。

夕方から夜に向かって明かりを足していくのが北欧の暮らし

もう一人、アンビエンテックでお話をうかがったのは、同社のクリエイティブ・コーディネーター兼PRマネージャーを務める内田哲人さん。北欧で暮らした経験があり、建築の照明デザイナーとして空間を作る活動もしています。

アンビエンテックのクリエイティブ・コーディネーター兼PRマネージャーを務める内田哲人さん。北欧で暮らした経験があり、建築の照明デザイナーとして空間を作る活動もしている

「ヒュッゲはやっぱり照明と切り離しては語れないと思います。北欧は冬が近づくと夜が長いですが、日が暮れてくると夜に向かって1つずつ明かりを足していくのです。日本のように暗くなったから天井の明かりをいっぺんに点けて部屋全体を明るくするということをしない暮らしをしていました」と内田さん。夕暮れから夜の空間は、均一の明るい照明ではなく、手元を照らす必要最小限の明かりと、空間に彩りと雰囲気をつくる明かりを組み合わせることで最高に贅沢なものへと導くことができると言います。

最初は少しでも明るさのある窓辺に座って自分の周りだけを照らす明かりを点け、だんだん暗さが増してくるにしたがって、明かりと共に移動し、そこにあるもう1つの明かりも付ける……そんなイメージでしょうか。

ショールームの奥にあるスペースは天井からの照明を抑えているので、日暮れ前でもポータブルランプの明るさが心地よい独特の空間になっている

アンビエンテックで取材したスペースはショールームの奥にあり、外光があまり入らないので午後の早い時間でもかなり暗いのですが、ボトルドを始めとするポータブルランプを使うことでちょうどいい明るさになり、とても落ち着く空間になっています。筆者がノートにメモを取ろうとすると内田さんが「TURN(ターン)」というランプを近くに置いてくれました。部屋全体を照らしていなくても、ノートと手元を十分な明るさで照らしてくれるので、全く困ることはありません。

金属のかたまりから削り出した端正な佇まいが美しいTURN(ターン)。回転しながら削り出す様子から「TURN」という名前が生まれたという。デザイナーは田村奈穂さん
部屋が暗くても、テーブルをしっかりと照らすので本を読んだり書き物をしたりするのにも十分な明るさがある

内田さんは「こういう時、日本ではデスクスタンドなどを使うと思いますが、デスクスタンドはタスクライトで勉強や書き物、読書専用です。でもターンはタスクライトではないのが素晴らしいところなのです。シェードの天面にやさしく触れると、明かりの表情が変わり、キャンドルのようなほのかな光から、食事を楽しむ光、テーブルの上を照らす光、部屋に明るさを足す光へと4段階に調整できます」と。

アンビエンテックが“ポータブル=コードレス”にこだわるのも、暮らしに寄り添って手軽に移動できるようにという思いがあるから。充電台に置くだけで充電ができ、本体に充電用の端子を設けていないのも、美しさのためであり、充電台からスッと持ち上げてすぐに持ち運べるようにするためなのだと。

金属のかたまりから削り出した端正な佇まいと、デスクスタンドのようにもなり、ソファの近くに置けば読書用の明かりにもなり、食卓に置けばワインと共に楽しむ夕食の時間を演出してくれる「ターン」の魅力の虜になり、今年の自分へのご褒美はこれにしようと決めたのでした。

彫刻的な光のオブジェ、Cachalot(カシャロ)。デザイナーは2012年より三菱電機株式会社統合デザイン研究所にインハウスデザイナーとして所属している松山祥樹さん
今年6月にデンマーク・コペンハーゲンで開催されたデザインイベント「3daysofdesign」で発表したノーム・アーキテクツによる新作のテーブルランプ「N-TL01」

“夜らしい夜”を取り戻し、居心地のいい空間を作るために

この取材を終えて帰宅後、まず寝室兼書斎のLEDシーリングライトのリモコンの設定を見直しました。使っているのはAladdin Xのプロジェクター付きのもの。ライトは点灯時と常夜灯のほか、2つ目と3つ目を好みに応じて明るさと色合いを細かく設定できるようになっています。そのうち3つ目のモードを「明るさ:最も暗く/色合い:最も暖色」に設定しました。

今までは「明るさ8割程度、色合いは最も暖色」という設定になっていて、「暖かみのある電球色と呼ばれる色合いは心安らぐはずなのに、どうしてこんなに居心地が悪いのだろう」と思っていたのですが、久野さんの話を聞いて、色と明るさが連動できていなかったことにはたと気づいたわけです。限りなく暗くしてみたら、オレンジ色の暖かな色合いが心地よく、明かりに優しく包まれるような空間になって嬉しくなりました。

寝る少し前には常夜灯モードにして、バルミューダ・ザ・ランタンをキャンドルモードにします。自宅にはこれしかポータブル照明がないので、まずはここから。でも、このランタンはダイヤルを回すと明るさに応じてゆらぎのある暖色から温白色の光に色が変化するようになっていて、まさに明るさと色が連動しています。さすが情緒的価値をよくわかっているバルミューダですね。

筆者が自宅でベッドの枕元に置いて愛用しているバルミューダ・ザ・ランタン。ダイヤルを回すと明るさに応じてゆらぎのある暖色から温白色の光に色が変化する

これにアンビエンテックのターンを加えれば、かなりヒュッゲな暮らしに近づけるのではと思っています。仕事が残っている時にも部屋全体を明るくすることなく、ターンで手元を照らすようにすれば、資料もパソコンでの原稿書きにも困らないことでしょう。

そして、もう一つ。アンビエンテックで見せていただいたXtal(クリスタル)に代表されるポータブルランプで知ったのは、照明の美しさは単に光の強弱やさまざまなカラーに変化することではなくて、“陰影”が大切だということ。天井からの明かりが強すぎては陰影の美しさは望めません。

熟練の職人により丁寧にカットされたクリスタルガラスを使ったポータブルランプ「Xtal(クリスタル)」。デザイナーは小関隆一さん
Xtalは、4種のカット、2つのカラーバリエーションからそれぞれ異なる光の表情を楽しむことができる
放射状に広がる幻想的な光が美しい

“夜らしい夜”を作り、心地よく過ごすための工夫をこれからも重ねていきたいと思います。

9月下旬に発表された隈研吾建築都市設計事務所デザイン監修のシャープの空気清浄機「FU-90KK」もフットライトが美しく足元を照らし、心安らぐ空間へと誘う
9月に開催のイベントで訪れた「Karimoku Commons Tokyo」でもテーブルランプが印象的に使われていた
こちらも「Karimoku Commons Tokyo」で。照明の大切さが伝わるインテリアが印象的だった
神原サリー

新聞社勤務、フリーランスライターを経て、顧客視点アドバイザー&家電コンシェルジュとして独立。現在は家電+ライフスタイルプロデューサーとして、家電分野のほか、住まいや暮らしなどライフスタイル全般の執筆やコンサルティングの仕事をしている。モノから入り、コトへとつなげる提案が得意。企画・開発担当者や技術担当者への取材も積極的に行い、メーカーの現場の声を聞くことを大切にしている。 テレビ・ラジオ、イベント出演も多数。