藤山哲人の実践! 家電ラボ

カラクリとジャパニーズ忍者が作る「ダイキンのエアコン」が世界を制す!?

カラクリとジャパニーズ忍者が作る「ダイキンのエアコン」が世界を制す!?

 「うるるとさらら」の快進撃で一気に家庭用のエアコン市場を席巻しているダイキン工業。かつては「西のダイキン、東の三菱」と言われることもあったエアコン勢力図だが、目下、東もダイキンが地図の塗り替えに励んでいる。

ダイキンと言えば、夏はサラサラ涼しく、冬は加湿してポカポカの「うるさら7(セブン)」が有名。コレを作っている工場を見学!
英語表記で「INDUSTRIES(インダストリーズ)」なんて書いてあると「AIRBUS INDUSTRIES」みたいでカッコイイ!

 そんなダイキンが「日本の技術とアイデアで世界を目指す!」と奮起して開催されたエアコン工場見学。確かにそこには、滋賀県に脈々とつらなる伊賀と甲賀の忍者のスピリットがあった!

生産ラインの伊賀・甲賀忍者を修行する「道場」

 滋賀県・草津にあるダイキンのエアコン工場では、伊賀や甲賀忍者の血を引き継ぐ人々がたくさん働いている。しかし忍者たるもの1日にしてならず。厳しい修行と訓練を経て、やっと一人前になれるのだ。そんな忍者の訓練施設がダイキン草津工場の一角にある。

 それが「道場」と呼ばれる施設だ。

ダイキンの最寄り駅「草津」。群馬じゃないほうネ
滋賀県で有名な甲賀(こうか)と、山を越えた南側の三重県の伊賀の忍者が有名 [Copyright 2018 Google,ZENRIN]

 建物の中には、怪しい機器がたくさん並んでいるので、普段体験できないことを身を以て体験し、より高い安全意識と危険察知能力を身に着けるのだ。

工場内にある「道場」 出典:ダイキン資料

 たとえば電気体感訓練。生産ラインには高圧の圧縮空気を使う工程や道具が多々ある。とはいえ高圧空気の危険性がどれほどであるかを知る人は少ないだろう。日常生活では、巨大風船を膨らませて割ろうと、自転車の空気を入れ過ぎようと、ケガをしたり命を脅かされることなどはないからだ。

「高圧圧力訓練」なる修行。最近なんでもコンピュータで解析しちゃうから、こういう破壊検査的な、身を以て実感する修行はすごくタメになる!

 そしてこの装置に「コーヒー飲料の缶」をセットし、工場内で使っている圧縮空気と同じ圧力をかけるとどうなるか? を学ぶ。

 キャップを付けたまま試験機にかけ、どんどん缶の内部に圧力をかけていく。すると突然大きな爆発音! 缶は試験機の樹脂製の窓にぶち当たり、キャップを土台に残したまま、缶本体は吹っ飛んだ!

圧縮した空気ってのは、非常に怖い。限界を超えた瞬間に、爆発と同じことになる

 吹っ飛んだ缶が人に当たれば、ケガは確実。顔に飛んで来ようものなら、視力を失いかねないほど危険だ。なにより、ほかの人まで巻き込んでしまったり、ライン稼動箇所に挟まったりすれば、さらに危険が増す。

感電(安全な範囲で)を体感する怪しい機械
エアコン内部のコンプレッサという重い部品が倒れて、手が挟まるとどうなる? ひぃ〜っ! 痛そーーーーーっ!
エアコン内部の金属部品は、鋭利な刃物と一緒。指をスライドさせた瞬間に、うぎゃ〜! 痛い!
パンタグラフジャッキというバーがクロスした台に腕を挟まれると、ロックされて腕が抜けなくなるから痛さが長いんだよ……。筆者は経験済み
チェーンへの巻き込まれ。そんなに荷重がかからない自転車でも痛いっつーの!
高圧はかかっても怖いけど、減圧されても怖いのだ!

 道場では、感電の体験や高圧エアーの体験、チェーンやエアシリンダという可動部の危険性、重量物の危険性など様々な危険を学べる。

 さらにここでは、ねじ打ちの訓練も行なわれる。早く打てるに越したことはないが、指定の場所に確実に打っていくのはかなり難しい。気ばかり焦って、ねじを落としたりしては、かえって作業効率が悪くなるからだ。

うわ! 一番やっかいな腰あたりの横向きネジ打ち。教官の指導の下、忍者たちが修行し、ラインに出る訓練をする

 さらに驚くべきは、ひとりひとりの性格や特徴まで見極めている点。ちょっとした手作りの試験装置を作って、その人が「確実な作業を優先し、速度を犠牲にするタイプ」か「速度を優先して、確実な作業を犠牲にするタイプ」かを見分け、それぞれに適した工程を担当してもらうという。

棒を向いにある穴に同じように差し込むだけの訓練。確かにコレは性格が出るわ……。筆者なら、まず蝶番を外して向かいの板を棒の上に乗せて……(不合格!)
トランプを4つの枠の中にはみ出さないようにして早く配るだけの訓練。コレも性格ダダモレ。筆者なら束を4つに分けてから、どん! と置くんだが……(不合格!)

 もうひとつ、忍者に欠かせないのが、独特の歩き方。ここでも標準歩行スピードを身に着けて、工場内の歩き方の標準化を図っている。

歩く速さまで訓練のひとつ。さすが忍者だ! しかも10mを、6秒でも7秒でもなく6.5秒と!

 こうして何週間かにわたり、訓練をうけた伊賀・甲賀忍者たちがダイキンのエアコンを製作しているのだ。

生産ラインは忍者屋敷の「カラクリ」がいっぱい

 工場で働くみなさんには「あれね!」なのだが、一般的にはまったく知られていない「カラクリ」。実はこれ、作業を効率化する仕組みのこと。

 ご存知の通り生産ラインというのは分業化されていて、前後の作業とのタイミングあわせが重要。いかに部品やネジを取りやすくして、次々と組み立てられるかがポイントだ。さらには早く確実に部品をひっくり返したり、目的の場所にハメたりと、いろいろな要素がある。これらの作業の大半は、数秒単位の動きが要求される。

道場で修業していたネジ打ちもそうだが、作業工程はほかにもたくさんある。それぞれ隣の工程があるので、1秒単位の動きが求められる

 たとえばネジが取りにくかったり、ネジを落としてしまうと数秒のロスが発生するし、部品を取りに行けば数秒のロスになる。さらに作業している人からすれば、非常に面倒。

 そんな無理・ムダ・ムラを解消するのが、ここの忍者が使うカラクリ。たとえばネジ置き場。

 角がある名刺入れのようなものに入れておくと、ネジが少なくなると端っこの角にハマって取りづらくなる。ラインでは皮手袋や軍手をしているので、なおさらだ。

 しかしそのネジ箱に、こんなカラクリをしてやればどうだろう?四隅がなくなるだけでなく、ネジは常に箱の中央に集まってくるので、わざわざ目視しなくても手を伸ばすだけでネジが取れるというわけだ。

手前のように単なる四角い箱だと、ネジが4隅にはまった時に取り出しにくい。しかし上のように角をなくし、カーブをつけておくと、常にネジが箱の中央に集まるので取り出しやすくなる

 このように作業を合理化するアイデアを、多くの工場ではカラクリと呼んでいる。カラクリはネジ箱のような小さなものから、大きなものまでさまざま。工場のアチコチで見られる手作り感あふれる部品箱は、部品が取り出しやすい究極の形や角度になったカラクリだ。

この作業台には、身長にあわせて高さを調整できるカラクリが!
細いパイプなどを取るときは、1本ずつ拾い上げてくれるカラクリ。写真ではパイプの変わりにおはし
搬送機を走らせると、号車ごとに異なる部品を交互に乗せるカラクリ。コンピュータなどは一切使わず、ストッパとリンク構造だけでできている。素晴らしい!

 部品の入った箱を取ると、坂をスライドして次の部品箱が目の前に流れてくるカラクリもある。さらに工夫して、2種類の部品箱が交互に流れてくるものや、部品そのものが手前にスライドして流れてくるものなど、さまざまなカラクリが使われている。ラインそのものが、忍者屋敷のようにカラクリだらけなのだ。

モーターを使わずに、重りで重量物を移動するカラクリ
重いものを持ち上げる場合は、エレベーターのようにカウンターウェイト(持ち上げるものと同じ重さの重り)をつけて、軽く持ち上げられるようにするカラクリ

 工場の中でもっとも大きかったのは、天井の搬送ラインから床に荷物を下ろすカラクリ。通常なら何百、何千万円もする部品搬送エレベーターを使うところだが、まるでピタゴラスイッチのように、坂道をダンボールが行き来しながら降りてくる。

右側のシーソーが箱を1個ずつ受け取り、2Fの搬送通路から1Fの通路に下ろしている。これも巨大なカラクリ

 こうしてダイキンでは、甲賀と伊賀の忍者がカラクリを駆使して、質の高いエアコンを作っているのだ。

ダイキンは国内だけでなく、世界を見て標準化

 世界ナンバーワンを目指すダイキンは、世界各国に工場を持っている。基本的には地産地消で行なっているが、ロット数(生産数)によっては、工場間でエアコンをやりくりしているという。ここニッポンで作られているのは、国内向けの「うるさら7」。ただし、ダイキンには新しい国内向けのラインナップがある。

ヨーロピアンデザインで、壁と一体感を持たせた「UXシリーズ」。日本でも発売しているが主に海外向け
部屋に合わせた色が選べる薄型の「risora」。薄く壁にピッタリ設置できる

 ヨーロピアンデザインの「UXシリーズ」や薄型の「risora(リソラ)」は、インテリアに調和するエアコンとして、国内でも人気を得てきている。しかし国内で生産するだけの台数に及ばないため、現在は中国で生産しているという。

 生産は中国で行なっているとはいえ、元の製造技術を生み出したのはここニッポンのダイキン。フロントパネルの質感などは、フィルムを使った特殊樹脂成型するモデルもあれば、質感を出すためにわざわざ塗装を行なうモデルまであるという。

risoraのカラーバリエーション。金属系の色は質感を出すために、フィルムを貼った特殊成型。水色やグリーンは、落ち着いた色彩を出すために、色を塗っている。量産には向かない仕様だ

 またワールドワイドで販売するエアコンの「コアユニット」は日本で開発し、各国ではコアユニットを自国に合わせてチューンする方式をとっているという。これにより、コアユニットの共有ができるので、工場間で部品を融通しあうことも可能だ。

2000年には総売り上げのうち74%が国内を占めていたが、マレーシア拠点の世界的なエアコンメーカーOYLやアメリカのグッドマンを傘下に収め、2017年度には海外79%、国内21%となった 出典:ダイキン資料
地域別に見るとアメリカやアジア、オセアニアで売り上げを大きく伸ばす。国内が伸び悩む中、世界で順調なので、全体として大きく伸びている 出典:ダイキン資料

 ただお仕着せの標準化ではなく、各国の気象状況や国民性、好みや規格を考慮してカスタマイズするのがダイキン流。たとえば東南アジア諸国は蒸し暑い国が多いので、ニッポンと同様のエアコンとはいえ、お掃除機能などの付加価値を外した製品を作っているという。

 国によっては、全く暖房を使わない国もあれば、ちょっとしか使わない国もあるので、冷房専用機にしたり、暖房能力を弱めたりなどさまざまだという。

世界各国にあるエアコンの生産拠点 出典:ダイキン資料
各国の生産拠点を標準化し、拠点間での融通を行ないながら、リードタイムの短縮などを図っている 出典:ダイキン資料

 ダイキンの考える標準化は、世界で同じものを作ってコストダウンするというものではなく、各国の標準的な生活に合わせるという意味なのかもしれない。

生産ラインで最も難しいといわれるロウ付け作業
マルチアングルカメラで教官がお手本を見せ、国内だけでなく各国の忍者に匠の技を伝承する
そのためには作業工程を数値化し、標準化することが大切になる

 そしてそれらは、ニッポンで修行した、青い目の忍者たちが作っているのだ。

工場見学疑似体験! 世界を目指すダイキンの心臓部

 これまでにご紹介した「修行」を積んでラインに出た忍者たち。彼らが実際にエアコンを作っている過程を、写真を中心に順を追ってご紹介しよう。

エアコン内部のあらゆるところで使われている銅管。リールの状態からカット・曲げ加工をする
曲げ加工する工作機械
室内機の中でも見られる銅管。この中に熱を運搬する冷媒を流すので冷媒管と言われる
熱交換器(ミルフィーユのようなアルミの板)に銅管を差し込む
銅管をロウ付け
背面金属板のプレス加工。数台のプレス機と金型を使い、徐々に仕上げていく
ここでは4台のプレス加工機を使って、エアコン背面の金属板を製作
それぞれのプレス機は、リニアレールで結ばれていて、1工程終わると次の工程に送られていく
最終的にはよく見るエアコンの背面の鉄板になる
作られた部品はいったんストック
部品のストックヤード。同じラインで複数のモデルを作るため、必要な部品を1台1台にまとめて、中央の搬送車に積み込む。ラインに流すべき部品は、システムから指示され部品箱にランプが点灯する
工場内を走り回る自動搬送車。もちろん人がいる場合は自動停止する
自動運搬車は最終組み立てラインへ部品を運び、人が組み立てる
エアコン1台分の部品が手前レーンから流れてきて、自動的に作業台にセットされる
組み立てが終わると、各種の検査工程に
検査にパスすると梱包作業。箱詰め作業は、完全自動化
一方こちらは室外機の最終組み立てライン
ハーネス(電線束)をコンプレッサなどに取り付け
コンプレッサを熱交換器にロウ付け
実際に冷媒ガスを入れてテスト
工場の屋外には冷媒のR32のタンク。ダイキンは、エアコンメーカー各社に冷媒ガスも販売している
電装系の部品は、基板を海外生産。制御用のソフトウェアを書き込んでからラインに流す
室外機の加湿器モジュール
ファンなども取り付けられ、室外機の形になってきた
最終的にカバーをして完成!

日本のエアコンが、世界を涼しく世界を暖かくする!

 ご紹介してきたように、滋賀県から世界に向けて涼しさと暖かさを届けるダイキン。「標準化」をキーワードに世界各国の家庭に、それぞれのお国柄にあったエアコンを届けようと努力している。

 国内のエアコンの生産ラインを見ても、これだけのカラクリがあり、製品の製造だけでなく危険察知や安全の知識まで道場で学ぶ姿に、筆者は伊賀と甲賀の忍者を見た。しかも人それぞれにあった作業ができるよう、独自のテストを行なうなど、日本ならではの心くばりも面白い。

 この道場には、世界各国の工場から修行しにくることも多いという。京都も近く、日本の文化の発信地としても、道場が活躍することを期待しよう!

藤山 哲人