トピック
ソニーの着るクーラー、なぜ人気? 品質守る工場、今後について聞いた
2025年7月29日 09:05
ソニーの“着るクーラー”として知られるREON POCKET(レオンポケット)に、今年2025年よりパワフルなモデル「REON POCKET PRO(レオンポケット プロ)」が加わった。これからさらに続きそうな暑い季節をサポートしてくれるのはもちろん、温熱機能によって秋冬なども使える製品だ。
最初のモデル登場時も注目されたが、それから7年目となる現在まで、毎年のように進化。そのたびに話題となるような製品は、他にあまり多くなく、家電 Watchの記事でも常によく読まれている。
そもそもどんな経緯で生まれたのか、どういった人たちが開発してこれまで完成度を高めてきたのか。成り立ちから、今の高い品質を守るための重要な拠点、そして今後の取り組みなどについて取材してきた。
なぜソニーからレオンポケットが生まれた?
レオンポケットのプロジェクトが始まったのは2019年。当時ソニーのクラウドファンディングFirst Flightでの支援を受け、1週間で目標額の6,600万円を達成。当時はまだ見たことがなかった形状や装着スタイル、ソニーから生活家電が登場した興味深さもあり、筆者もクラファン募集開始後にすぐ支援して入手した一人だ。
その後も毎年のように進化を続け、2025年に登場した最高峰モデルのREON POCKET PROは、シリーズ史上初の「DUALサーモモジュール」を備え、冷却性能と駆動時間が従来比最大約2倍に向上したのが大きな特徴。2つのモジュールが交互に冷やすことで、“慣れによって冷たさを感じにくくなる現象”が防げる点も大きなメリットだ。
発売後約2日で1.5万台を受注して一時的に品薄となったものの、在庫が回復して順調に販売が続いているという。海外でも、東アジアは当初の計画以上の販売となり、欧州では6月末の猛暑の影響で需要が増加、販売数が大幅に伸びているとのことだ。
日本では7月以降もまだまだ暑い日が続くことが見込まれ、ビジネスにもカジュアルにも役立ってくれそうな製品といえる。
この製品を生んだのは、2023年にソニーグループからREONの事業を承継して設立したソニーサーモテクノロジー(STTI)の伊藤健二 代表取締役社長。かつてソニーでビデオカメラのハンディカムやデジタル一眼カメラα(Alpha)の商品設計を担当してきた伊藤さんは、こうした製品の高機能化に伴い「熱の処理」が大きな課題となっていたことを指摘。その解決に奮闘してきたことが、レオンポケットの開発につながったという。
首元を冷やすために重要な「ペルチェ素子」は、これまでも小型冷蔵庫などで採用されてきたものだが、これをカメラにまで搭載することは叶わなかった。そうした中、主に都市圏の通勤時などの異常な暑さなどに対してサポートできるものがないか……という思いがもとになり、ペルチェ素子をソニーの熱設計技術と組み合わせたレオンポケットが登場した形だ。
レオンポケットは他の涼しい家電と何が違う?
自分だけ涼める製品としては、ハンディファンや、ファン付きウェアなどが広まりつつあった当時だが、スーツ着用などのビジネスの場面で使うのは、少し抵抗が持たれやすい。動作音なども周りからわかりやすいものだ。
目立たずに服の下に“着られる”デバイスとして注目され、東京など大都市のビジネスマンを中心に販売は好調。売上はクラファン後の一般販売モデル以降もバージョンを重ねつつ順調に伸びていったとのことだが、毎年のように機能を強化した新しいモデルを登場させつつ、周囲の期待に応えるのは大変なことのように思える。
伊藤社長に、これまで改善してきた点を尋ねたところ、特に装着性についてユーザーからの要望も多く、ネックバンドなどに工夫をしてきたという。そうして「ベストな製品ができた」として発表すると、今度は夏の暑さが年々厳しくなって、さらに性能アップが求められ……次々と生まれる要望に応えていくうちに、ここまで進化したようだ。
しかも、日本にとどまらず海外展開も見据えていたことから、気候や体形の違いなどさらに求められるものが多様化していった。これは“着る”製品だからこその大変さともいえるだろう。
もう一つ、これまでの機能強化の中でのトピックは、温湿度などが分かる外部センサー「REON POCKET TAG」の存在。もともと、季節の変わり目など温度変化が大きい時期に向けて作られたオプションだった。これが海外、例えばシンガポールのように暑い屋外と空調がかなり効いた室内のギャップが激しい場所を行き来する際は、カバンなど服の外に付けたTAGによる自動センシングが効果的。冷えすぎなどを防ぎ、快適さを実感しやすいとのことだ。
昨今の日本でも、炎天下の屋外からエアコンがしっかり効いたオフィスやデパートに入った時なども、TAGがあると役立つ場面といえるだろう。
当初は、薄型コンパクトな本体に冷却と温めの機能を備えたユニークさが注目された一方で、最近はユーザー数が大きく増えたことで、地域によって異なるライフスタイルやワークスタイルそれぞれに合わせるための進化に注力してきたという。
新しいレオンポケット プロも、日本国内でよりパワフルな製品が求められていたのはもちろん、比較的体格の大きな人が多く、より過酷な暑さに悩まされている海外のニーズもとらえて開発が進められてきた。モジュールやバッテリーを強化したことでサイズ感は増えたものの、より多くのシーンに対応できるように冷却性能がアップした形だ。
品質を守るために大事なこと。大分の工場で担当者に聞いた
レオンポケットのハードウェアとしての製造は海外で行なわれている一方、ソフトウェア品質を守るためのチェックなどは、国内の工場で行なわれており、これが実は使いやすさの上で大事な過程でもある。
その国内工場とは大分県にある「ソニー・太陽」だ。長年プロ向けのオーディオ製品を手掛け、テレビや音楽業界で“サンパチマイク”や“漫才マイク”と呼ばれ愛用されているコンデンサーマイク「C-38B」や、多くの音楽スタジオなどで使われ、THE FIRST TAKEなどでアーティストが身に着ける姿などもなじみ深いモニターヘッドホン「MDR-CD900ST」などを1台ずつ人の手で丁寧に作っている。
設立は1978年。当初1965年に外科医・中村裕 博士が設立した、障害のある人々の社会参加を支援する「太陽の家」に、ソニー創業者の一人である井深大さんが賛同して生まれ、現在はソニー特例子会社となっている。在籍する177名のうち109名は障害のある人で構成する。
なお、同社のある大分県速見郡日出町大神(ひじまち おおが)や、近隣の別府市も含めたこの地には、同じく太陽の家に賛同したオムロンやホンダといった企業も拠点を構えている。
マイクやヘッドホンといえば、エンタメ事業の要ともいえる音の入口と出口の両方を支える、ソニーにとって重要な製品。その拠点である一方で、最近ではものづくりだけでなく、企業のWebサイト更新やソリューションビジネスなど、業務は多岐にわたっている。
ソニー・太陽の生産方法の進化についてみると、1999年のベルトコンベアー方式から2002年のセル生産、2004年のワンマンセルなど時代に合わせて変化してきた中、技術革新だけでなく「人をサポートする生産技術」という考えも浸透してきた。これは障害に関しては常に同じ状態ではなく、人によっては重度化する場合もあり、同じ業務でも次第に困難になるケースがあるからだ。
近年は「人を活かしたものづくり」として、身体などの特徴に合わせた机や棚、イス、治具を用意するなど、製造の現場をさらに改善してきたという。これまで経験を重ねてきた匠ともいえる担当者それぞれが作業しやすいスペースを用意。熟練のスキルを活かしやすい環境を作ってきた経緯がある。
そんな歴史を持つソニー・太陽では、現在レオンポケットにおいてはSQA(ソフトウェア品質保証)の作業も担っている。
先ほど触れたハードウェアの進化はもちろん大切だが、スマート機器であるレオンポケットは、スマートフォンアプリとの連携もとても重要。高機能であっても操作がわかりにくかったり、肝心な時に快適に使えないとユーザー体験が損なわれてしまう。
ソニー・太陽の歴史の中で、最初にSQA業務を担当したのは、ソニーの新規事業創出や事業開発を支援するSony Acceleration Platformの部署だったという。
様々な製品のデジタル化が進み、ソフトウェア評価の重要性が高まる中、まだ成長する前段階である新規事業規模の案件に関しても、ソニー・太陽が当初から的確に対応してノウハウを積み重ね、信頼を得てきた。そうした蓄積の中で、新規事業として急成長しているレオンポケットのSTTI社も、SQAを同社に依頼する形となったようだ。
アプリの品質を守る担当者に聞いた
ソニー・太陽でSQAを担当するダイバースビジネス部 野中多恵さんが、SQAで気を付けていることについて教えてくれた。
「まずユーザーが使うように、ずっと着けてみます。それで冷たさや温かさを自分で感じるようにしますが、ある時(温度の変化を)感じにくい? と気になることがあったんですね。でもほかの人に聞くと『ちゃんと感じる』という答えでした。おかしいと思ってアプリを見ながら温度を感じていると、どうも変化の分かりにくい部分が2回ほどありました。結果として、それは本体の温度は変わっていたけれどアプリにそれが表示されなかった(不具合だった)のです」
ヘッドホンやマイクのように空気を伝わる「音」とも違って、肌で直接感じる「温度」は、評価テストをするにしても完全にフラットな感覚で実施するのは難しそうに思える。野中さんのデスクのPC画面に表示されていたチェック項目もかなり多岐に渡っていて、1つ1つを確認するのは簡単ではなさそうだ。その項目も、これまでの担当者から引き継いだものをベースに、野中さん自身でも必要に応じて項目を追加している。結果として品質を守るための基準がより厳しくなっているともいえる。
デスク周辺には、レオンポケット本体のほか、たくさんのスマホや充電ケーブルなどがきちんと整理された形で並んでいる棚が印象的だった。スマホと問題なくBluetoothでつながる接続性は、レオンポケットを最初に設定して使い始めるために欠かせない重要な部分。この棚も、野中さんの作業方法と要望に応じて社内の“棚を作るのが得意な人”が作ってくれたそうだ。まさに、ソニー・太陽が大事にしている「人を活かしたものづくり」の現場が垣間見えた。
ソニー・太陽の西島史隆 代表取締役社長は、同社が長年手掛けてきた高級マイクのような職人のものづくりは、例えば余計なノイズを拾わないようにするための精密な配線を施したり、搭載するトランスの1つ1つを3人の評価者がテストするなど、厳しい基準があると説明する。こうして人の手や感性を活かしながら、厳重なテストの積み重ねがあるからこその信頼性であり、同社の精神が様々な製品やサービスに活かされているのが分かる。
今後はどんな進化を続ける? 伊藤社長が見せてくれたのは……
取材場所を東京に移し、製品開発の現場も取材した。品川にあるSTTI社のオフィスでは、これまで3Dプリンターなどで多くの試作が作られ、様々な形が検討されてきた。
前述した通り、ソニーでガッツリと商品設計を担当してきた伊藤さんは、STTI社長となった今も最前線で開発を指揮しながら、一方では世界を飛び回り、海外の販売会社との連携など、社長としての役割を精力的に果たしているようだ。
これまで開発で苦労したことや解決した課題なども尋ねてみた。大きな壁にぶち当たったようなわかりやすいエピソードというよりは、ソニーという大きな会社で新規事業を始める大変さ、その後に事業承継して会社化したことで意思決定などのスピード感が上がり、責任は重くなってもやりがいを感じているとのことだ。
当然、実際の開発は多くの困難を経て進んでいるのだろうが、そうした大変さをあまり感じさせないような、生き生きした表情で今後の展望などを語る姿も印象的だった。
伊藤社長は、過去のプロトタイプを振り返りながら、ふと初めて見るようなパーツを取り出してきた。見たところ、温まった空気を逃がすエアフローパーツのようだが、先端の角度が自由に変えられるようだ。現行モデルのエアフローパーツは、長さがロングとショートの2種類あってこれらを付け替える形だが、この試作パーツなら、1つあれば様々な服装に対応できそうに見える。
ヘッドホンなどとは違って、着る衣服とのバランスも大事になってくるレオンポケットは、時代の変化に合わせて、どのように違和感をなくすかといった取り組みも簡単ではないだろう。
今回、REON POCKET PROという性能面での最高峰モデルを出したことから、次はユーザビリティーのさらなる追求も図っていくようだ。海外展開も経て、より多様な体型や服装にフィットさせていくことも重要になってくる。
そうした部分も伊藤社長は「難しいところですが、誰もやりたがらないから、我々しかやっていないです」と笑顔で語る。
フィット感を高めるためにも「全ての人に対応するためアクセサリーを全方向へ提供するのかというと、それはそれでユーザーにもわかりにくい。そこでより少ないパーツで多様な人にフィットすることを目指しています。その一つがこの形です」とのこと。実際にこれからどんな製品が出てくるかは今後のお楽しみだが、新製品のREON POCKET PROで一つの集大成を迎えたように見えたシリーズは、これからもさらに進化を続けることは期待できそうだ。






