トピック

甲子園球場の照明がついにLED化! 何が変わったのか見てきた

パナソニックのLED照明器具が導入された阪神甲子園球場のスタジアム照明

阪神電気鉄道は2月、同社が運営する阪神甲子園球場のスタジアム照明にパナソニックのLED照明器具756台を導入した。

今回のLED化は阪神甲子園球場における「環境保全の推進」の取り組みの一環。既存のHID照明器具(メタルハライドランプと高圧ナトリウムランプ)をLED照明器具に置き換えることで、スタジアム照明によるCO2排出量を約60%抑制できると見込まれている。

プロ野球の2021年シーズンオフ後、2022年2月にLED化された

従来の照明からLEDに置き換えることで省エネになり、特に大規模なスタジアムだと効果は大きい。ただ、そうした環境や経済の面だけではなく、選手たちのプレーや、観客/テレビのエンターテインメントとしても魅力的なポイントがあるのはご存じだろうか?

ニューノーマルで観戦スタイルも変わっていく中、歴史と伝統のある甲子園球場がLED化に合わせてどう変化したのか、有名な「カクテル光線」は新しい照明ではどうなるのか、実際に見てきたのでお伝えしたい。

ナイター照明のLED化の概要

歴史と伝統のある「カクテル光線」をLEDで再現

阪神甲子園球場のナイター照明は1956年4月に設置され、プロ野球では同年5月に巨人戦で最初に使われた。

「当時は既にナイター照明の普及が進んでいましたが、オレンジがかった白熱灯が中心でした。水銀灯はより明るくスタジアムを照らすことができるものの、野球などのボールが見えにくいという問題があり、なかなか使用されていませんでした。そこで甲子園球場では、明るさの不足を補うために白熱灯に水銀灯を加えたことで、より明るく安心してプレーができる環境を整えました。これが後に『カクテル光線』と呼ばれる照明です」(赤埜氏)

阪神甲子園球場のナイター照明は1956年4月に設置された
阪神甲子園球場に始まった「カクテル光線」は当時の照明技術から生み出されたものだった

阪神電気鉄道 スポーツ・エンタテインメント事業本部 甲子園事業部の赤楚勝司氏は今回の改修について「歴史と伝統の継承」、「KOSHIEN“eco”Challenge(甲子園エコチャレンジ)」、「新たなエンタテインメントの舞台へ」という3つのポイントがあると説明。

阪神電気鉄道 スポーツ・エンタテインメント事業本部 甲子園事業部の赤楚勝司氏

かつて1974年には演色性を重視した「メタルハライドランプ」と「高圧ナトリウムランプ」を組み合わせた光源に変更したが、「カクテル光線という光の文化は、我々甲子園球場の無形の伝統というところで非常に大切にしており、今後も語り継いでいきたいと考えております」と赤埜氏は語る。

2007年から2009年にかけて内野席の大改修や銀傘の架け替えなど大規模なリニューアル工事を行ない、同時に照明塔も建て替えたものの、「当時の技術水準では大出力のLED照明はまだまだで、カクテル光線に必要なオレンジ色の光を出す技術も追いついておらず、LED化を見送りました」(赤埜氏)という。

2007年から2009年にかけて大規模改修が行なわれたものの、当時はLED照明の導入が見送られた

甲子園球場から始まり、球場の伝統でもあるカクテル光線は、演色性(太陽光に近い)が高くて発光効率が良くない「メタルハライドランプ」と、発光効率は高いが演色性が低い「高圧ナトリウムランプ」を組み合わせたものだ。お互いのメリットを組み合わせ、デメリットを補い合うことで生まれたカクテル光線だが、高い照明性能と演色性を実現できるLED照明器具の普及によって姿を消しつつあった。

LEDの普及により、メタルハライドランプと高圧ナトリウムランプを組み合わせたカクテル光線は姿を消しつつある

今回、阪神甲子園球場から「伝統的な照明を守りたい」という要望を受け、パナソニック エレクトリックワークス社 ライティング事業部 エンジニアリングセンター 専門市場エンジニアリング部 西部屋外照明課の岩崎浩暁氏は「全く前例がない中でしたが、およそ2年の歳月をかけて橙(だいだい)色と白色の2色のLED照明器具を開発しました」と語る。

パナソニック エレクトリックワークス社 ライティング事業部 エンジニアリングセンター 専門市場エンジニアリング部 西部屋外照明課の岩崎浩暁氏

「異なる2色の照明光が混ざった際に、甲子園球場の温かみのある空間に最大限近づくように調整することで、国内球場では初となる『LEDカクテル光線』を実現しました」(岩崎氏)

甲子園球場の伝統的な情景を守りたいという要望から、橙色と白色の2色のLEDを組み合わせた照明を開発した
阪神甲子園球場に導入された2色のLED照明
LED照明を点灯したところ
バックスタンドの照明
銀傘上部の照明

CO2削減など、球場も持続可能な社会に貢献

2点目の環境保全活動については、2021年12月に「廃棄物の抑制とリサイクルの推進」、「CO2排出量の削減」、「再生可能エネルギー等の活用」という3つのテーマの下に環境保全プロジェクト「KOSHIEN“eco”Challenge(甲子園エコチャレンジ)」を宣言し、「今シーズンは新たな気持ちで各種の取り組みを強化しています」と赤埜氏は語る。

「KOSHIEN“eco”Challenge(甲子園エコチャレンジ)」の内容

「甲子園エコチャレンジはオフィシャルパートナーの企業から多くの技術、ノウハウ、知見を提供してもらいながら展開するとともに、来場するファンの皆様にもご理解とご協力を承り、広く環境保全の関心を世の中に高めていきながら、持続可能な社会の実現に甲子園球場も貢献していきます」(赤埜氏)

今回のLED化によって、ナイター照明の使用に伴うCO2排出量が約60%削減できるという。

「その他にもカーボン・オフセット試合の実施など、他の施策も併せて実施していく予定です。阪神甲子園球場は2024年8月に誕生100年を迎えるところで、次の100年にわたっても皆様に愛される野球場であり続けられるように、今後も率先して社会貢献を果たしていきたいと考えております」(赤埜氏)

コロナ禍で光や音響を用いた演出もニューノーマルへ

LED化の3つ目の狙いである「新たなエンタテインメントの舞台」について赤埜氏は「新型コロナの影響で、スポーツやエンタテインメントともに大きな影響を与えられております」と語る。

球場全体の一体感を醸成していた、大きな声による声援や、ヒッティングマーチを歌う姿、ジェット風船を皆で一緒に飛ばすといった応援スタイルが、現状は感染予防の観点から禁止されている。

2022年からはLED照明や音響、ビジョン映像などを連動させることで、新たな演出コンテンツを提案する

「ファンの皆様が一緒になって楽しんでいただける演出コンテンツが求められています。そこで2022年の新たなシーズンからは、LED照明と音響、ビデオ映像を連動させるだけでなく、阪神甲子園球場ならではの屋外球場という特色や、高さのある照明塔を生かしながら、甲子園球場だからこそできる新しいオンリーワンの演出、エンタテインメントを繰り広げていきたいと考えておりますので、ご期待ください」(赤埜氏)

2色の照明を組み合わせて4K8K放送規格にも対応

前出のパナソニックの岩崎氏は、照明設備導入コンセプトについて「歴史と伝統の継承」と「ファンサービスの向上」と説明する。

阪神甲子園球場のナイター照明改修をサポートしたパナソニックの導入コンセプト
赤みがかった2050Kの照明と青みがかった5700Kの照明を組み合わせることで、独特の温かみのある照明色を実現した

阪神甲子園球場は日本最大の観客収容人数を誇る“野球の聖地”で、前出の通り2種類の照明を用いた「カクテル光線」が有名だ。2色の光を混ぜることで実現する温かみのある空間の色味や、懐かしさを感じさせるノスタルジックな雰囲気を継承しつつ、新たな時代の要請に応えることも重要だった。それが「4K8K放送への対応」だ。

「テレビ放映される競技場の照明は極めて高い演色性が求められるため、当社はどのスポーツ教育施設向けにも他社に先駆けて4K8K放送に対応したLED照明器を開発してきました。しかし橙色と白色の2色のLEDを混ぜて4K8K放送規格に対応する前例がなく、新たな照明技術の開発が必要でした。今回の照明では、単色の照明性能だけでなく、2色を混合した際に最も自然な色に近づくように器具単体の演色性を調整することで、世界でも類を見ないハイグレードな4K8K放送規格に対応したLEDカクテル光線を初めて実現しました」(岩崎氏)

4K8K放送は従来のハイビジョン放送に比べて色表現範囲が広がったため、演色性の高さがスタジアム照明にも求められるようになった

4K8K放送規格へ対応する演色性のポイントとして、岩崎氏は「平均的な演色性」と「濃い赤い色味の再現」の2つが重要だと語る。

「従来のカクテル光線でも、平均的な色味は90点以上あったのですが、赤色の色味が80点にも到達していないような環境でした。今回のLED化によって濃い赤色も80点以上に引き上げることができ、芝の色味なども忠実に再現できるようになりました」(岩崎氏)

“ドット絵”のレトロ感が日本最古の球場の歴史と調和

ファンサービスの向上については、大型ビジョンの映像や音響だけでなく、LED照明を積極的に活用する。

「従来のスタジアム向け照明は、照明器具を点灯してから明るくなるまでに長い時間がかかりました。しかしLED照明は瞬時点灯、消灯が可能な特徴を生かして、イベント中の暗転などさまざまな照明演出が可能になります。甲子園球場では今回の改修で舞台照明などに用いられる『DMX制御』と呼ばれる照明制御に対応し、スタジアム照明756台を1台1台、個別に点灯・消灯・調光できるようになりました」(岩崎氏)

光が流れるような演出だけでなく、より複雑な演出ができるようになっているという。

「照明セットの形状を生かして図柄や文字を表示する、他の国内球場では類を見ない“ドット絵”のような演出を実現しました」(岩崎氏)

一つひとつの照明をコントロールできる「DMX制御」によって、全756個のスタジアム照明を制御したスタジアム演出が可能になった
縦縞模様の演出
TH(阪神タイガース)マークの演出
チャンス時の「GO」演出
「Tigers」表示
「HOME RUN」表示
勝利後の「VICTORY」演出
ラッキーセブン演出
走る虎の演出
パナソニックのロゴが表示される演出もあった
勝利後の「六甲おろし」の演出

いかにもレトロなドット絵演出の狙いについて、阪神甲子園球場の赤埜氏は「甲子園球場は日本で最も古い球場で、世界でも3番目、フェンウェイ・パークとリグレー・フィールドの次に古く、この歴史を非常に大事にしていきたいと考えております」と語る。

ビジョン映像など最先端のデジタル技術で見せていく演出も考えられるが、「歴史との調和」が重要だという。

「ナイター照明塔とデジタル技術を掛け合わせることで、ちょっと懐かしいというか、ノスタルジックな部分の演出を見せていけるかなと考えております。大人の方には懐かしさを、子供たちには分かりやすさや伝えやすさを重視しながら、引き続き日本一の野球場を目指していきたいと思っております」(赤埜氏)

VR活用によって球場外への光漏れや選手のまぶしさを軽減

今回阪神甲子園球場が導入したLED照明器具は「756台の照明器具の角度を緻密に設定することで、球場内外のどこから見ても不快なまぶしさを感じさせない優しい光環境を実現しております」と岩崎氏は語る。

「当社は数多くのスタジアムへの照明器具導入実績があり、それらの経験で培ったバーチャルリアリティ(VR)によるまぶしさの可視化技術を保有しております。甲子園球場でもバーチャルリアリティによるフライボールの視認性を事前にシミュレーション検討しながら照明器具の照射角度を緻密に設定し、競技性を確保した“アスリートファースト”の空間を実現しました」(岩崎氏)

球場外に漏れる光を抑えた狭角配光を実現
独自のVR(バーチャルリアリティ)ソフトを活用したシミュレーションを事前に実施した

具体的な方法についても岩崎氏が解説。

「1カ所から同じ方向にたくさんの照明器具が向いていますと、どうしても強い光の塊になってまぶしくなってしまいます。それはなかなか設計時には分かりにくいので、3次元のバーチャルリアリティソフトを使ってシミュレーションを行ないました。(バーチャルリアリティ内で)各選手のポジションから視線を動かし、照明器具の方向を見た時に光がたくさん集まって塊になってないことを確認した上で、照明器具の照射方法を定めながら設計をしました」(岩崎氏)

バーチャルリアリティ内でシミュレーションを繰り返した後に、ナイター練習時に選手を集めてフィールドテストを行なった。

「『DMX制御』によってある程度調光ができるので、『この位置はおそらく指摘される可能性があるだろう』というのをバーチャルリアリティで算段を立てた上で、ある程度調光余裕を持たせておきつつ、最後に角度を上げたり下げたりの微調整を行なって仕上げました」(岩崎氏)

赤埜氏は「ナイター練習という形で実際に選手に守っていただいたところ、選手から『非常に守りやすくなった』という言葉をいただきました」と語る。

「LED化されたスタジアムが増えるなかで、特に甲子園球場が暗いというわけではなかったのですが、以前は『ちょっと守りにくかった』というコメントもあった中で、今回は『いい環境を整えていただいた』というコメントを選手からいただいております」(赤埜氏)

配光制御はフィールド上だけでなく、近隣施設への障害光もシミュレーションを実施してから行なっている。

「改修後は従来よりも障害となり得る光を減らし、より地域に愛される球場へと進化させることができております」と岩崎氏は自信を見せた。

改修前後で障害光のシミュレーション検討も実施

今回、阪神甲子園球場の要望によって約2年がかかりで完成したカクテル光線だが、この技術を今後ほかの施設に展開する可能性もあると岩崎氏は語った。

「今後球場に来場されるお客様から『白一色では良くない、混ぜた方がいい環境が作れる』という認識を持っていただければ、より市場が大きく拡大していくかと思います。今回作った色味は非常に深いオレンジを出すことできます。吹雪時のホワイトアウトを防ぐとも言われるスキー場のオレンジの光、寺社仏閣のライトアップなどでも、今までより朱色が際立って見えるようになりますので、そういったところでも展開をしていきたいと思っております」(岩崎氏)

安蔵 靖志