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パナソニックが作った“世界一高い扇風機”RINTOとは
2017年5月17日 07:00
“世界一高い”12万円の扇風機
パナソニックは、市場想定価格が12万円(税別)という高級プレミアムリビング扇「RINTO(リント) F-CWP3000」を、5月20日から発売する。家庭内で利用する量産型リビング扇としては、「世界一高い扇風機」ということもできるだろう。
なぜパナソニックは、12万円という価格設定の扇風機を市場投入したのだろうか。
RINTOの最大の特徴は、支柱に高級家具や楽器にも使用されるウォールナットを採用、同時に、「背面からの立ち姿や、羽根などの細部にまでこだわり抜いた精緻なデザインによって、空間の格調を高めることを目指した扇風機」(パナソニック 日本地域コンシューマーマーケティング部門コンシューマーマーケティングジャパン本部スモールアプライアンス商品部リビング商品課空質商品係・鹿窪亮佑係長)という点だ。
ここ数年、扇風機のデザインが大きく進化しているのは周知の通りだ。
その最たる商品が、羽根のない扇風機として人気を博しているダイソンの「dyson cool」であろう。また、パナソニックでも、2015年にボール形状の創風機「Q(キュー)」を発売して、その斬新なデザインが話題を集めた。
「インテリアデザインに嗜好性を持つ人たちからは、樹脂がむき出しになったような商品が多い扇風機は、部屋のインテリアに馴染むものが少ないという声があがっていた。だが、そうしたニーズに対しても応えることができるデザイン性の高い商品が、昨今、登場している。その一方で、これらのデザイン性に優れた扇風機には、未来感は感じるものの、和室のテイストに馴染むようなものが少なかった」(同)のも確かだ。
パナソニックの市場調査でも、ジャパニーズモダンと言われるインテリアにも馴染むような扇風機が欲しいという声が上がっていたという。
ターゲットは30~40代で、車はセダンよりもSUVやスポーツカーを好む
一方で、高価値扇風機に対するニーズが高まっていることも、今回のRINTOの商品化を後押ししている。
同社の調査によると、2012年度には6.6%だった3万円以上の高価値扇風機の台数構成比は、2016年度16.6%と10ポイントも上昇している。また、金額構成比では、3万円以上の扇風機が市場全体の49.0%に達し、ほぼ半数に達していることもわかった。
つまり、高価値扇風機市場が拡大傾向にあるなかで、インテリアデザインに嗜好性を持つ人たちにターゲットを絞り込んだ商品開発に挑んだというわけだ。
具体的なターゲット層は、30代~40代の子持ち世代。「クルマはセダンよりも、SUVやスポーツカーを好み、インテリアテイストは和モダン、家具はイタリア系。和と洋が組み合わさったテイストを持つ高級ホテルを好む人たちをターゲットにした」という。この点では、目利き世代と呼ぶ50歳以上を対象にした「Jコンセプト」の商品群とは異なるターゲット層だ。
最初からJコンセプトとは別の企画として、商品化が進められてきたという。もちろん、12万円という価格帯にまで振り切らなくても、高価値扇風機の商品化はできただろう。しかし、パナソニックでは、コストをかけてでも、デザイン性に徹底的にこだわることにした。
「ある一定の価格帯を超えると、価格にはこだわらずに、インテリアのために投資をするという層が存在する。そうした層に納得してもらうデザインと、素材感を追求することにこだわった。インテリアのひとつとして妥協しないモノづくりに挑んだ」と語る。
和を意識したデザイン
空調商品を担当するパナソニックエコシステムズでは、創風機「Q」で、越前漆モデルを100台限定で発売したり、ナノイーXを搭載した空気清浄機「F-VXM90」に木目調のパネルを採用したりといったように、和を意識したデザインを採用してきた。
照明器具でも、受注生産で対応する職人による木彫り装飾を施したLED和風ペンダント「LGBZ8205」を発売している。また、約20年前の松下精工時代には、ナショナルブランドの扇風機として木を採用した商品も投入した経緯もあるという。今回のRINTOは、こうした「和」のデザインに対するパナソニックの取り組みを、扇風機という商品において、最大限に振り切ってみせた、新たな挑戦ということができる。
RINTO(リント)の商品名は、「凛とした佇まい」を語源としている。
初めての挑戦となる商品に、これまでの扇風機の製品群とは一線を画す新たな名称を付けたこと、そして、商品の機能性ではなく、デザイン性を盛り込んだネーミングとしたことは、パナソニックがこの商品に対して、これまでとは異なるアプローチと、こだわりを持って取り組んでいることを感じざるを得ない。
コストの半分近くをかけたこだわりのウォールナット
その「凛とした佇まい」を実現するために、パナソニックがこだわったのが、支柱にウォーナットを採用したことだった。
ウォールナットは、マホガニー、チークとともに、世界三大銘木のひとつといわれ、独特の茶褐色は、威厳を感じさせる風合いを持ち、年を重ねるごとに、色に深みが増してくるのが特徴だ。
RINTOでは、米国およびカナダにまたがる五大湖付近で採取されたウォールナットを使用しており、産地にもこだわりをみせる。RINTOのコストの半分近くが、この支柱にかけられているというから、そのこだわりは並大抵のものではない。
実は、RINTOでは、背面から見ても、美しいデザインを実現するために、首振りモーターを羽根の背面に取り付けるのではなく、台座部分に小型モーターを埋め込んでいる。それによって、一般的な扇風機の背面部にある出っ張りを無くし、すっきりとしたデザインを実現しているのだ。
これもRINTOならではのこだわりといえるが、その首振りモーターからの力を羽根に伝えるために、ウォールナットの中心部に軸を入れるといった加工が必要になった。しかも、軸をまっすぐ入れるために、正確にウォールナットの中心部をくり抜く必要があり、加工が難しいウォールナットの場合には、特殊なくり抜き技術が必要とされる。
猟銃の老舗企業と協業したことで実現した美しい支柱
そこで、パナソニックが商品化にあたって協業したのが、猟銃づくりで100年の歴史を持つ老舗企業であるミロクであった。同社では、猟銃を作る際に、木の中をまっすぐにくり抜くことができる独自の「深孔加工技術」を持っている。猟銃づくりの職人が、この技術を活用して、RINTOの支柱となるウォールナットの中心部を正確にくり抜き、そこに軸を入れることにしたのだ。
くり抜き作業は、高知県南国市にあるミロクの工場で行なわれており、その支柱を使って、国内でRINTOを製造するという仕組みだ。
ちなみに、ミロクでは、ウォールナットのくり抜き作業だけではなく、ウォールナットの材料調達、生地研磨、塗装までを手掛けている。「100年に渡る猟銃生産の歴史から生まれた職人の目利き、高い技術力によって、安定した品質での加工を実現している」というわけだ。
ミロクでは、無垢の一枚板から、途切れの無い杢目の支柱に成形。生地研磨や塗装は杢目の流れや年輪を見ながらすべて手作業で行っているという。そのため、すべての製品の杢目が異なり、世界にただひとつの支柱が生まれることになるという。
360度どこから見ても美しいフォルム
RINTOでは、ウォールナットの数々のデザインへのこだわりを随所に見せている。
支柱の両端には、太く、たくましいイメージを持つ木を引き締めるデザインとして、メタル調のアクセントを施したほか、モーターを台座に移したことですっきりした背面には、円錐形状を採用。ネジやビスが見えない構造とするなど、前からだけでなく、横からも、後ろからも美しく見えるように工夫されている。
「360度どこから見ても美しいフォルムによって、凛とした佇まいを実現している」と自信をみせる。
本体を支える台座部には、磁器を感じさせる艶やかな漆黒色を施し、静電タッチの採用により、凹凸がないデザインを実現。リモコンにも漆黒色のシンプルなデザインを採用し、和のインテリアに合わせやすくしている。
また、羽根にはべっこう色を採用し、「どこか懐かしさを感じさせるデザインにもこだわった」(パナソニック 日本地域コンシューマーマーケティング部門コンシューマーマーケティングジャパン本部スモールアプライアンス商品部リビング商品課空質商品係・土井鴻樹氏)という。
そして、電源を切ると、首を振っていた扇風機は、必ず正面を向いて止まるように設計されており、これも「凛とした佇まい」を実現する仕草のひとつだ。
長年に渡って、愛着を持って使ってもらえる扇風機
もちろん、RINTOの特徴は、デザインだけではない。扇風機としての基本性能にもこだわっている。
流線型デザインの7枚羽根は、回転時の空気抵抗を減らすとともに、風速の変動幅が小さく、よりなめらかな風を送り出ことができるという。
「流線型デザインの羽根としたことで、従来は羽根の中央部に風の圧力がかかっていた課題を解消。羽根全体で効率よく風を作り出すことができ、人に当たっても心地よい風を実現することができる」(パナソニック 鹿窪氏)という。
また、同社が長年に渡ってノウハウを蓄積してきた、独自の風技術「1/fゆらぎ」も活用。「信州の蓼科高原に吹く風を採取、分析し、再現した風を送り出すことで、体温低下を緩和し、長時間当たっても疲れにくい風を実現した」という。
また、室温を検知する「温度センサー」を搭載し、室温に応じて、自動で運転をオンオフしたり、風量を自動調整したりすることが可能で、睡眠時などにも最適な運転に制御することが可能だ。
パナソニックでは、「扇風機は、安くて、使い捨てられてしまうイメージが定着している。使い捨てのように利用される扇風機ではなく、長年に渡って、愛着を持って使ってもらえる扇風機を作りたかった」と語る。
同社では、2015年にボール型形状の創風機「Q」を発売して話題を集めたが、今回の商品も、空間の格調を高める扇風機という、これまでにはない新たな切り口から商品化したものだ。
「空調市場に、刺激を与え続ける商品を投入しつづけたい。そして、価値提案に挑戦していくメーカーがパナソニックであるというイメージを作りたい」と、パナソニックの鹿窪氏は語る。
RINTOは、東京・有明および大阪・梅田のパナソニックセンターで展示されるほか、全国約150店舗の量販店で展示される。また、高級旅館の「arcana izu (アルカナイズ)」や「THE HIRAMATSU HOTELS & RESORTS 熱海」、「ホテル雅叙園東京(旧目黒雅叙園)」では、スイートルームなどに、RINTOの導入が試験的に行なわれ、利用者に対してジャパニーズモダンの部屋にマッチした扇風機として、訴求を図るという。
RINTOの月産計画は、600台。「発売前の引き合いは、予想通り。だが、話題性が高く、多くの方々に関心を持ってもらっていることを感じる。今後、扇風機の需要期を迎えるなかで、販売に弾みをつけたい」とする。
RINTOは、頻繁にモデルチェンジをする商品ではないとするが、RINTOという商品名からもわかるように継続的に商品投入をしていく姿勢も感じられる。5月20日の発売後、どんな売れ行きを見せるのか。世界一高い扇風機の動向が注目される。