藤山哲人の実践! 家電ラボ
独占取材! シェーバーひと筋63年のIZUMI・松本工場の匠たちが誇る「刃」の技術を見てきた
独占取材! シェーバーひと筋63年のIZUMI・松本工場の匠たちが誇る「刃」の技術を見てきた
2018年9月14日 06:30
ほとんどの方はあまり耳なじみのない会社IZUMI。正式には長野県松本市にある株式会社 泉精器製作所という会社だ。
しかし電気工事に従事する人には、超一流メーカーとして有名。なぜなら電気工事用の工具を数多く製造・販売しているから。発電所や高圧電線、電柱やビルの電気工事では、必ずIZUMIの工具を使っていると言っても過言ではないだろう。中でも油圧で電線と端子を圧着する「E-Roboシリーズ」は、IZUMIが世界で初めて外部の油圧ジェネレータ呪縛から解き放った。つまり工具の中に油圧ポンプを内蔵しバッテリ駆動できるようにしたのだ。
そんな電気工事士なら誰でも知っているIZUMIの工具だが、実はそれより歴史の古い家電も製造・販売している。それが「電気カミソリ」こと、シェーバーだ。日本初のシェーバーはパナソニックに譲ってしまったが、1956年(昭和34年)からシェーバー一筋63年の会社。それが泉精器製作所、世界160カ国で愛されているIZUMIのシェーバーなのだ。
世界に名だたる4社こそIZUMI、パナソニック、フィリップス、ブラウン
IZUMIの創業は1939年(昭和14年)の東京。後に戦争のため軍から疎開を命じられ、東京をあとにして拠点を松本へ移した。つまり今年2018年で、創業80周年という歴史を持つ会社だ。
今でこそ「シェーバー」と呼ばれるが、昔はカミソリでヒゲを剃っていたので「電気カミソリ」。そんな電気カミソリを日本ではじめて発売したのはパナソニック(当時は松下電器)だ。今から64年前の1955年(昭和30年)、戦後から10年を過ぎたときのこと。IZUMIがシェーバー事業を立ち上げたのは、日本初の電気カミソリから1年後のこと。つまり国産シェーバーは、IZUMIとパナソニックが老舗というわけ。
現在も国内でシェーバーメーカーとして事業を続けているのは、パナソニックとIZUMI、そして日立。筆者が調べた限りだと、日立は1926年(昭和元年)の扇風機あたりからBtoCに参入していたようだ。それでもシェーバーメーカーとしては、新参者だったわけだ(笑い)。
さてIZUMIが当時製造していたシェーバーは、回転式と呼ばれるドーム型のヘッドを持ったシェーバーだ。
おそらくこの形を懐かしく思う人もいれば、シェーバーといえばコレ! と未だに愛用している人も多いという。そう、写真はIZUMIが今でも販売している現行モデルなのだ。しかも逸話が合って、俳優の木村拓哉さんの愛用品で、B'zの稲葉さんに「死ぬほど剃れる」とプレゼントしたものなんだとか。
と、ここで疑問に思う人も多いだろう。え? 国産は3社だけ? と。確かに昭和の頃は、各メーカーからシェーバーが発売されていた。でもその実態は、ほぼIZUMIのOEMだったと言ってもいいほど。「これがOEMしていたものです」と見せていただいたダンボール一杯の製品は、いずれも名立たる家電メーカーのものばかり。残念ながらそのダンボールの写真は掲載できないが、メーカー名を伏せてちょっとだけご紹介しよう。
中でも面白いのは、電機メーカーが作ったのに乾電池じゃなくてゼンマイで動くというシェーバー。こちらはメーカーから、ゼンマイ駆動にして欲しいと言われて製作したものだという。国産のゼンマイシェーバーなんて、そうそうあるもんじゃない。
さて世界を見てみると、ブラウンとフィリップスも忘れてならない。ブラウンはドイツ企業で現在はP&G傘下にあるが、1951年にシェーバーを発売。いっぽうオランダのフィリップスは、他社より10年ほど先駆けた1939年(昭和14年)にフィリシェーブ「PHILISHAVE」発売した。おりしも日本とドイツが、第二次世界大戦を開戦した年だ。
国内は往復式のガラパゴス! 世界標準はロータリー式
さてシェーバーで何かと話題になるのが、その種類だ。フィリップスに代表される、小さな円の刃がいくつか付いた「ロータリー式」。ブラウンやパナソニックに代表される「往復式」。携帯に便利な昔ながらの「回転式」がある。ただ日立のロータリーは特殊で、見た目は往復式だが、麦を刈り取るコンバインのよう円柱形の刃を持っている。
IZUMIは、世界的にも珍しく「ロータリー式」も「往復式」も「回転式」も製造するメーカーだ。しかも160カ国に輸出しているので、世界のシェーバー事情を聞いてみた。
日本で圧倒的な人気を得ているのは往復式だという。深ゾリができ、刃の面積が大きいので早ゾリできる。反面深ゾリのため、肌を傷つけやすいという難点もある。
いっぽう世界のスタンダードは「ロータリー式」だという。特徴は剃り方にコツや時間が必要だが、肌に優しいところだ。
IZUMIのエンジニア曰く「日本人の髭が薄く、欧米人が特別に濃いというわけでもないんです。また欧米人は肌が弱いというわけでもありません。国内ではパナソニックがいち早く、安全カミソリに似たT字型のシェーバーを1977年に発売したので、シェーバーはT字の往復式というように印象付けられているのではないでしょうか」という分析だ。
実際に往復式が主流なのは、極東でも日本だけ。他のASEN諸国はロータリーが主流なのだという。
とくに日本は「深ゾリ」というキーワードが重要なんだとか。確かに筆者も長年、往復式で深ゾリできるシェーバーばかりを選んでいた。しかし深ゾリ=肌ぎりぎりなので、ちょっと血がにじんだりヒリヒリ感が残っていた。そして髭を捨てるとき見てみると、黒いはず髭なのに、なぜかグレーに。そう皮膚の粉のようなものも混ざっていて、グレーになっていたのだ。筆者と同じ経験をされた方は、深ゾリしすぎて肌まで刃が届いているのかも知れない。
でもIZUMIのロータリーはもちろん、往復式も肌を痛めないという。秘密の技術は、この後の工場見学で明らかになる!
工場をチェック! 肌に当る外刃は世界初の37工程のプレスで製造
まず工場で見せていただいたのはロータリー式シェーバーの製造工程。中でも肌に当る外刃は、強度と薄さと滑らかさを持たせるため、製造工程が複雑かつ精密だ。
とくにIZUMIのロータリーシェーバーは、本家フィリップスにもない、外刃も回転する機能がある。だから長い髭もクセ髭も予め外刃で捉え、それを内刃でカットする。こうしてロータリーシェーバーの弱点だった「早剃りできない」という点を改善している。反面、外刃が回転するため肌を常に擦るので、表面仕上げ精度を上げないと肌に悪影響を与えるおそれがある。
まず見せていただいたのは、外刃のプレス可能。テープ状の母材に穴をあけ、徐々に曲げや絞り、叩き、さらに抜き加工を行って、先の刃の形にしてく。プレス用の機械は1台だが、この中を数cmずつ母材を進め、徐々に加工していくのだ。
その工程数は37にもおよび、ロータリーシェーバー用の外刃を世界で始めてプレス加工で製造。もちろん37工程というのも世界最高だ。しかも見て分かるとおり、非常に細かな精度で抜きと曲げ加工ができるのだ。金属加工に詳しい方は、細いスリットを割らずに曲げている技術に驚くだろう。
成型した刃は、全量を正しく抜き曲げ加工ができているかを画像解析される。
検査合格品はケースに乗せられ、プレス機の潤滑油を洗浄。
洗浄を終えると、焼成工程にまわされる。プレス機で加工した金属は柔らかいので、焼き入れと焼き戻しをして、製品に合った硬さとしなやかさを与えるのだ。
通常焼き入れというと、ガスなどで千度近くに熱した炉の中に入れるが、部品が小さいので細かく温度管理ができる高周波焼き入れという装置を使う。ガスもないのに熱がでるしくみは、簡単に言うと電磁調理器やIH炊飯器と同じだ(厳密に言うとちょっと違うので、興味のある人はWebで調べて欲しい)。ただ炊飯器などに比べて猛烈に熱くなるので、空気があると燃えて(酸化して)しまう。そのため不活性化ガスを充填し、厳重に密閉された容器で行っている。この焼き入れ装置もIZUMI独自のものだ。
一気に加熱して焼き入れ処理をした刃は、今度はゆっくり一定の熱を入れた状態を保ち、金属の分子を安定させ「しなやかさ」(粘り)を与える。焼き入れでは、母材を硬くすることができるのだが、反面衝撃に弱く割れやすい状態になっている。そこで必ず焼き戻しとセットで行われる。とくに肌に触れる外刃なので、パキン! と割れてしまっては肌を痛めてしまう恐れもあるので、焼き入れ以上に重要な工程だ。
再びジグに乗せ刃の裏(切断面)の研磨と、肌にふれる表面の研磨を行なう。
通常ブラスト加工は、砂や鉄球、ガラスやセラミック、プラスチック、場合によってはドライアイスなどを使う。これらを高圧空気で吹き飛ばし、対象物にぶつけて磨き上げるのだ。しかし直接肌に当る外刃の表面は、これらのブラスト材は硬すぎて肌触りが悪くなるという。そこでIZUMIでは、独自にブレンドしたブラスト材を調合しているという。
それがゴム状のブラスト材にダイヤモンドの粉末をまぶしたもの。ここに行き着くまでには時間がかかり、このブラスト材の開発で何台も使わなくなってしまった工作機械があるそうだが、求めていた肌ざわりの仕上がりになったという。
こうしてできあがった刃は、コンテナに乗せられ、同社の中国は深センにある最終アッセンブリ工場に送られるという。
なおお邪魔したときは、内刃を製造していなかったが、外刃と同様にプレス機で抜きと曲げ加工を行い、外刃同様の研磨をしているようだ。
こうして製品の中でも肝になる重要部品は日本で製造し、最終組み立ては同社の中国工場で行なっているため、いい製品をより安く作れるIZUMIの原動力になっている。
往復式の外刃はエッチング(溶解)かと思いきや正反対!
こだわったロータリー式の外刃の製造工程でお分かりの通り、IZUMIの外刃に対するこだわりはハンパない。往復式の外刃もしかり。外刃は先に紹介しようなプレス機で打ち抜いて作る場合がある。板を打ち抜くだけなので、早く大量に作れるのがメリットだ。
しかしIZUMIは、往復式の欠点を少しでも解消するために、あえて時間のかかる電気鋳造の外刃を使っている。しかも肌に当る面は、丸くかまぼこ状にすることで、髭の誘い込みもよくしながら、肌にも優しい。また製品によっては、高耐久のステンレス刃を使っているものもある。ここでは電気鋳造の工程を見せてもらった。
実は筆者、1年ほど前まで他社の往復式を使っていた。しかしホームセンターで「え! 工具のIZUMIがシェーバー作ってんじゃん!」ということで、最上位モデルを買ってみたのだ。それでも価格は一般的な高級シェーバーの半額ほど。で、使ってみると静かだし、1回充電すると1カ月ぐらい電池は持つし、ヘッドの追従性はいいしで、速攻IZUMIに乗り換えた経験がある。なかでも乗り換えた一番の理由は、ヒゲを剃った後ヒリヒリしないのだ。おそらく外刃の違いだろう。
刃の作り方は、まず基板となる板に刃のパターンを現像したフィルムを載せ、昔の写真と同じ要領で現像する。電子回路をやる人は、お! エッチングか! と(筆者も)思うかもしれないが、実は正反対だった。
このタンクの中には、金属のニッケルの電極が入っていて、基板にも電極がつけられている。ここに電流を流すと、タンクの電解液を通して、ニッケルの電極が少しずつ溶けて、現像した基板に少しずつ付着していく。ちょうどメッキの要領だ。
こうして基盤に必要な厚さまでニッケルが付着したところで引き上げ洗浄。あとはシールを剥がすように、基板から剥がせば刃のできあがりというわけだ。
写真のように基板を感光させればいいので、刃の形は自由自在。こんなものだって作れます! と見せてくれたのが、昨日引退したキャラのしおりだった。でも「しおりなんですが、刃になってるのでそのままでは紙を切っちゃうためボツになりましたが……」と、ちゃんとオチもついていた(笑)。
品質管理もしっかり日本基準! 丸投げじゃないから高品質
最終アッセンブリは、IZUMIの中国工場にゆだねられるが、品質管理(QC)やテスト、R&Dは国内で行なわれている。
実はこれ以外にもさまざまな試験装置があったのだが、近々に発売される新製品のテスト中だったので、残念ながらお見せすることができない。でも早々に発表があるはずなので、家電 Watchをチェックしていて欲しい。
筆者が見る限り、これらの試験環境や項目は、大企業と変わらない、いやそれ以上にハイテクな設備でテストされているという印象だ。
シェーバーの技術を応用した「毛玉取り器」などの家電も
さて昔懐かしい回転式を今も作り続けて50年以上。刃物の設計・製造・販売を「愚直にマジメに真剣に」やってきたIZUMI。そのノウハウを生かした、「毛玉取り器」なども作っている。こちらはなんと、国内シェアの70%でダントツ1位。
さらに時間がないときに、自分で髪が切れる「ヘアカッター」なども扱っている。一見バリカンのように見えるが1〜35mmまでミリ単位で長さを調整できるので、ちょっと長くなったかな?という場合に便利だ。またメーカーは推奨していないが、その切れ味からワンちゃんのカットなどにも使えそうだ。
ほかにもヘアドライヤーやカーラー、調理家電などもIZUMIブランドで販売している。
IZUMIのモノづくりの丁寧さや品質は、多くの企業に認められており、「え! あの有名な会社の!」という製品をOEMしていたりもする。写真は掲載できないが、この日もとある超有名企業の調理家電を最終アッセンブリしていた。
またカスタムメイド品も手がけており、見学させてもらったときは病院食(最近は機内食でも)を提供するときにつかう、下部にヒーターを内蔵したプレートを作っている最中だった。これで温かい食事を提供できるというわけ。
高級機に手が出せないとお困りの方にぜひオススメ
刃物一筋31年、刃物には自信がある! と豪語するIZUMIのエンジニア。筆者も去年からIZUMIの3枚刃の上位モデルを愛用している。とにかく一度充電すると1ヶ月ほど使えるので電池切れの心配なし! しかも充電しながら髭剃りできる点も非常に助かる。つまり電池の繰り返し利用回数が500回とすれば、電池寿命は500カ月。つまり41年だ。数年で電池寿命が来て買い換えてきたシェーバーたちに比べると、10倍は長く使えるだろう。
シェーバーは持った感じや音、ヘッドの動きなども大事なので、通販でも購入できるが、DIYショップ(なにせ工具屋さんなのでDIYショップに強い)か大手の家電量販店を訪れてみて欲しい。
きっと筆者がオススメする理由が分かるはずだ。