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暖房メーカーのダイニチが挑むコーヒーメーカー。プロの味を自宅で楽しめる秘訣は?

ダイニチ工業のコーヒーメーカー「MC-SVD40A」。12月発売で価格は49,830円

ダイニチ工業が、市場でも珍しい回転式ノズルを採用したコーヒーメーカー「MC-SVD40A」を発表、12月に発売する。「加湿器や暖房機器メーカーとして知られるダイニチ工業からコーヒーメーカー?」と驚く方もいるかもしれない。だが、実は同社とコーヒーの関わりは意外なほど長い。

今回、なぜダイニチ工業がコーヒーに取り組むのか、そして新製品のこだわりはどこにあるのかを、代表取締役社長 吉井 唯さん、および商品開発部 主任 高野優斗さんに聞いた。

ダイニチ工業株式会社 代表取締役社長 吉井 唯さん(写真左)、ダイニチ工業株式会社 商品開発部 主任 高野優斗さん(写真右)

暖房機器メーカーが“コーヒー”に挑む理由

現在、ダイニチ工業ではコーヒー関連機器として、焙煎機能付きコーヒーメーカー1台、焙煎機2台をラインナップ。ここに新たに、単独のコーヒーメーカーが加わる格好だ。さらに、生豆のオンライン販売も自社で展開している。

同社がコーヒー事業をスタートしたのは、1997年のこと。それまで家庭用・業務用の石油ファンヒーターを主力としていた同社にとって、大きな転換点だった。

「もともと石油暖房機がメインの事業でしたが、それがいつまでも堅調とは限らないという思いから、第2、第3の柱に取り組むことが課題となっていました。前提として、私達は“ものづくりの会社”なので、新規事業に参入する際は他社が作れないものが作れるかどうか、そこで強みが活かせるか、ということを軸として考えています。そのなかで初号機である焙煎機能付きコーヒーメーカーに着手しましたが、実は、コーヒー機器事業は加湿器や空気清浄機よりも長い歴史を持っています」(吉井社長)

ダイニチ工業にとって初のコーヒー機器となる、焙煎機能付きコーヒーメーカー「MC-504」。現在も直販サイト限定モデルとして販売されている

石油暖房機とコーヒー機器はあまりにジャンルが異なるように見えるが、確かに石油ファンヒーターに用いられる技術は、焙煎機にも応用が効くように思える。実際、最初の製品である焙煎機能付きコーヒーメーカーの開発には、温度制御や筐体の板金加工といった同社が得意とする技術が発揮されているそうだ。

当初は「数字で表せないほど小さい規模」で始まったコーヒー事業だが、中小の飲食店を中心にリピーターが増え、ユーザー層が拡大。現在では家庭でも使いやすい小型焙煎機も展開している。ちなみに筆者も、自宅で同社製の焙煎機を愛用している1人だ。

ハンドドリップの味を再現する秘密は「回転式ノズル」

そしてこの度、焙煎機能を省いた単独のコーヒーメーカー「MC-SVD40A」が登場することになった。

「コーヒー事業をさらに拡大するために、MC-SVD40Aの開発に取り組みました。コーヒーメーカーで他社と差別化できるのは“味”だと思います。ハンドドリップは美味しいけれど手間がかかる。ならば、その味をコーヒーメーカーで再現できないか――という発想から、回転式ノズルを採用しました」(吉井社長)

ハンドドリップの味を再現するため、回転式ノズルを採用した

一見シンプルな発想だが、実際に回転式ノズルを搭載したコーヒーメーカーはほとんど存在しない。それだけ実現のハードルが高いということだろう。「一流のバリスタに監修していただき、その味を再現できるようにすれば、美味しいコーヒーメーカーが作れる」と語る吉井社長の言葉からは、ものづくりメーカーとしての自信が感じられた。

監修者となるバリスタは、開発メンバーが自ら店舗を巡って探したという。「コーヒーメーカーの開発決定から発売までは2年ほどかかりましたが、監修者探しに約3カ月を費やしました」と高野さん。結果として、「Brewman Tokyo」の小野 光さん、「茶亭 羽當」の天野 大さんの両名が監修に就くこととなった。

さて、2名の監修者がいるということで、両者がタッグを組み1つの味を目指すのではなく、それぞれの味を実現することが目標となった。小野さんが監修した「NEW WAVE」モードは、昨今カフェで人気の浅煎り豆を用いたフルーティーで上質な酸味のある味わいを実現。一方の天野さんが監修した「CLASSIC」モードは、クラシカルな喫茶店に多い深煎り豆のストロングなコクと味わいが特徴となっている。

「実は開発当初は、ノズルを回転させる予定はありませんでした。技術面やコストのハードルが高かったからです。しかし、試作を重ねるうちに、回転式ノズルでなければ味が再現できないことが分かりました。開発にあたっては、回転機構の研究など様々な課題がありましたが、特に『回転しながら安定した湯量を保つ』という点をクリアするのに苦労しました」(高野さん)

「回転しながら安定した湯量を保つ」ことが難しかったという

2つのモードでは、お湯の温度や抽出量、回転速度まで異なるという。これだけ複雑な機構を搭載するにあたってコストもかさむわけだが、ここで裏話が。企画段階で売価はすでに決められていたため、コストが上がった分は利益を削って吸収しているとのこと。ユーザーからすればなんともありがたい話だが、開発陣のプレッシャーは並々ならぬものがあったに違いない。それでも美味しさ優先という、ものづくりメーカーとしての真摯な姿勢がここでも見て取れる。

2人のバリスタが導き出した、2つの味わい

インタビューの場では、MC-SVD40Aで淹れたコーヒーを試飲する機会も得た。

「NEW WAVE」と「CLASSIC」の各モードで淹れたコーヒーを試飲。なお、4杯分のコーヒーを淹れるための所要時間は15分程度となる

「NEW WAVE」モードと「CLASSIC」モードは、それぞれ専用の回転式ノズルとドリッパーが用意される。回転式ノズルの穴が「NEW WAVE」モードは3つ、「CLASSIC」モードは2つ開けられているのだが、驚くことに各穴ごとにお湯の落ち方が異なるのだ。

回転式ノズルで抽出する様子(ダイニチ工業の公式YouTube動画より)

さらに、ドリッパーは監修者が実際に使用している器具の形状を参考に、コーヒーメーカー用に最適化。これにより、可能な限り監修者のハンドドリップを再現し、その味わいを実現している。

ドリッパーや回転式ノズルの形状はモードで異なる。なお、最終的なコーヒーの抽出量は同じだが、使用するお湯の量にも差が出る

筆者も普段、ハンドドリップでコーヒーを淹れているのだが、これほど均一に粉が広がらない。そして、どうしても出来上がりにブレが出てしまう。細かいことを言えば豆の状態や湿度・気温などが影響するが、正確無比な駆動で毎回同じように淹れられるという点で、安定感は圧倒的にこのコーヒーメーカーの方が上だ。

左が「NEW WAVE」モード、右が「CLASSIC」モードで抽出した後のフィルターの様子。お湯の注がれ方が異なるため、粉の広がり方に違いが出ている

抽出されたコーヒーを飲ませてもらうと、これが実に美味しい。「NEW WAVE」モードはコロンビア、「CLASSIC」モードはマンデリンの豆で淹れてもらったのだが、それぞれに大きく味の違いが出ていた。豆が違うのだから味も違って当たり前、ではあるのだが、2種類の淹れ方により豆の個性がよく出ている、という点が通常のコーヒーメーカーとの大きな差だ。

一般的なコーヒーメーカーでは、ブレのない味が楽しめる一方で、良く言えばバランスの取れた、悪く言ってしまえば個性がやや均質化しがちだ。それに対しMC-SVD40Aでは、“上手なハンドドリップ”によって豆の味わいを引き出しているような印象を受けた。

さらに、焙煎度(浅煎り/中煎り/深煎り)を選択すれば、豆に合わせた最適な抽出を行なってくれるのは、本機ならではの特徴。言ってみれば「自宅でプロに、好みの豆をハンドドリップで淹れてもらえる」ようなものだ。

本体の操作ボタンおよびノブで、モードや豆の焙煎度合いなどを切り替えられる

気になるのはサイズ感。実物を見ると、縦にも横にもやや大きめで、設置スペースは選びそうだ。シンク横などではやや窮屈かもしれないので、水の補給がしやすいゆとりある場所を確保したい。

ダイニチの“ものづくり”が切り拓く、コーヒーの新境地

最後に、今後の展望を尋ねると、吉井社長からは「コーヒーメーカーや焙煎機のラインナップを拡充するのか、まったく新しい機器を開発するのかはまだ検討中ですが、コーヒー事業をさらに拡大していきたいと考えています」と意欲的な回答が得られた。

すぐに次の製品が登場するわけではないだろうが、個人的にはよりコンパクトなモデルや焙煎機とのセット商品など、一般ユーザーが手に取りやすい展開にも期待したい。

そして、数千円のコーヒーメーカーが並ぶ今の市場で、MC-SVD40Aの販売価格(49,830円)は割高に見えるかもしれない。だが、美味しいコーヒーを追求したものづくりの証として、そのクオリティは確かなものだ。コーヒーを愛する人なら、今回の新製品、そしてダイニチ工業の動向に注目してほしい。

小岩井 博

カフェ店員、オーディオビジュアル・ガジェット関連媒体の編集・記者を経てライターとして活動。音楽とコーヒーと猫を傍らに、執筆に勤しんでいます。