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守りたい満天の星! “暗い夜空”を資源とする町が、国際団体とパナソニックを動かした
2020年7月31日 07:00
「夜のネオン街」と聞くと、多くの人は嫌悪感より、わくわく感を覚えるだろう。「行くな」と言われても行っちゃう気持ちは、筆者も死ぬほどよく分かる。だってそこが眩しいから……。
また都庁の展望台や、スカイツリーの新たなライトアップによる夜景は、恋人たちの距離を縮め、人々に癒しを与えてくれる。
ある時は真っ暗な田舎道を何時間も運転していて、ポッ! と現れた明るいコンビニを見ると安心する。特に欲しいものがなくても、照明に吸い込まれるように車を止めてしまわないだろうか?
LED照明の普及により、今は明るくカラフルで、安全な明かりが数多く使われ、昼間のように夜の街を照らす。
しかし、昼間に太陽の光を浴びたい日照権と同様に、夜は暗い中でゆっくり休みたいというときもある。「夜は暗闇であって欲しい」そう願うのは、天文家や希少な生態系と共存している地域の人々だ。
ここでは、星空を仰ぐ人ならだれでも知っている岡山県井原(いばら)市の美星(びせい)町の取り組みを紹介しよう。
天体観測のベストプレイス、アマチュア天文家のあこがれ美星町
岡山県と広島県の県境にほど近い美星町は、福山や倉敷などの大都市からも近く、瀬戸内の温暖な気候のため、年間の晴れの日も多く星空を楽しむにはベストプレイスだ。しかも美星町は、穏やかな山の斜面が続き、気流が非常に安定しているという。つまり天体観測に必要なもう一つの要素。気流が安定しているので、星がぼやけてしまったり、瞬いて点滅することが少ないのだ。
それゆえ美星町近辺には、JAXAのスペースデブリ観測センターや国立天文台や京都大学岡山天文台、個人所有の天文台などが数々点在する。とくに星空愛好家の中で有名なのが、美星町が観光資源として持っている美星天文台だ。
直径1mという中型の望遠鏡を持ち、なんとひとり一晩5,000円で個人でも借りられる(操作講習の受講が別途必要)とあって、人気のスポットなのだ。もちろんこの記事を読んでいるあなたでもOK(申し込み詳細はこちら)。
地名からして美星という名前で、本当に満天の星の夜空を仰げる美星町。そこで本格的な天体望遠鏡が個人で借りられ、星に手を伸ばせるとあって美星町は全国的に有名な星空の町として知られている。
街の宝「星空」を守りながら「防犯と安全」を確保する難しさ
1987年、美星町は環境省から「星空に町」として認められている。天体観測の町としてもっと知られるように、これを観光資源にして、さまざまな催し物が行なわれるようになった。しかし翌年、とある天文グループから「星空を守ってほしい」との提案を受ける。
先に説明したとおり、美星は天体観測をするのに、全国でも屈指の町。当時はまだ蛍光灯だったが、街路灯の灯りや町の明かりが、僅かながら夜空に影響を与えていたのだ。当時はまだ「光害」という考えはなかったが、いち早く町は環境省に提案し、1989年には「美しい星を守る美星町光害防止条例」が制定された。
そんな中1993年に美星町のシンボルとなる「美星天文台」が完成。世の中に学術用の大きな天文台は数あれど、直径101cmの反射望遠鏡が、町内限らず誰でも、解説員つきで見られるというのはあまり多くないだろう。こうしたこともあって、美星はその名を全国に馳せるようになった。
また2002年には、天文台のとなりにJAXA管轄のスペースガードセンターが設立。宇宙に広がる人工衛星などの部品やロケットなどを観測するほか、接近する小惑星などの観察を行なっている。
その一方で美星町はとても広く、山の中なので夜は真っ暗闇になる。しかしいくつかある集落は、防犯や安全上の問題から明かりを取り付けざるを得ないが、光害との兼ね合いが問題視されるようになってきた。
照明が一気にLEDに変わりだした2011年あたりから、光害が激化。蛍光灯よりまぶしいLED照明は白い光を放ち、道路を照らし出すだけでなく、周囲や天も照らしてしまっていたのだ。
ご存知のとおり、ぼんやりとした蛍光灯の明かりに比べると、LEDは光り方が強い。光害はどんどん進み、このままでは美星の満天の星の夜空を失ってしまうという危機感を抱くようになり、“環境に配慮した屋外照明を用いて、夜空の暗さを守る”という国際団体「国際ダークスカイ協会(IDA)」に相談を持ちかけた。
取材時はあいにくの天気で満点の星空を移すことはできなかったが、例として光害の分かりやすい写真を掲載する。下の写真は、美星町の天文台から撮影した夜景だ。カメラの設定は同じだが、夜空の明るさ/暗さに注目してほしい。
天文台から南を向いた写真は、倉敷や福山の街の明かりがあり、夜空は黒というよりグレーに近い。これは町の明かりが、道路などの下を照らすだけでなく、上空の夜空まで光が漏れてしまうのだ。もちろん道路や町に反射して空が照らされてしまう場合もある。
一方、町内の北西を向いた写真は、空はどこまでも黒い。その中に浮かぶシルバーの天文台がかろうじて映っているのが分かるだろう。
このように昔は田舎に行けば見られる天の川だが、都心はおろか、田舎の住宅地でも見られなくなってしまった。今、天の川がここまできれいに見られるのは、美星町のような街や、北海道の山中など、限られた場所しかないという。
「星空の町」美星町を守るため米国IDAと光害に立ち向かう
美星町が相談を持ちかけたInternational Dark Sky Association(通称IDA)とはいったいどんな団体なのだろうか。
IDAの活動は「過剰照明が氾濫している国内において、光害を抑え省エネにも配慮した良好な光環境の形成を目指し、環境分野・照明分野・天文分野など様々な専門家が連携・協力して取り組みを進めます。」という。
実は光害の悪影響は、星空が見えなくなるだけではない。そのひとつが生態系に与える影響だという。たとえば星や月明かりを頼りにしている生物にとっては、明るい町の光は混乱の元となる。
たとえば渡り鳥。渡り鳥は方角を知る手段として、星や月明かりを頼りにしているという。しかし夜中まで明るいライトが煌々と灯るビル、眩しいサーチライトを星と勘違いしてしまい、ビルをぐるぐる回り続けて、やがて息絶えてしまう鳥がいるという。北米では年間数億羽が光害によって命を落す渡り鳥がいるという。
たとえばウミガメ。産卵のために陸に上がることが有名だが、ふ化した小ガメたちが一斉に海に戻ろうとするのは、どうしてだろう? 夜にふ化した子ガメは、さざ波に映る月や星々の揺らめく光を見て、進めば海に戻れることをDNAレベルで知っているという。しかし今は、海と反対の陸にも、揺らめく街明かりがたくさんあって、帰るべき海の方向を見失う。
他にもホタルなどの虫や植物への影響もあるとされる。興味のある方は光害.netをぜひ読んでほしい。非常に興味深い内容で楽しめる。
私たち人間もそうだ。真っ暗じゃないと寝られない方は、街灯や防犯灯、コンビニの明かりなどが窓から入るので、遮光カーテンを引いて寝るという場合も多いだろう。でもこの遮光カーテンは曲者。人間は太陽の光に当たると、体が目覚めリセットがかかる仕組みになっている。だから遮光カーテンを引いてあると、朝なのに暗く、でも目覚ましが鳴り響き、起きなければならないという、脳と体でとても矛盾した状態に陥るのだ。そのため、遮光カーテンは少し開けて寝る方法も勧められているほか、目覚ましが鳴る前にだんだんLEDライトが明るくなる目覚まし時計などもある。
確かにIDAの説明する通り、過剰な照明は「光害」になるが、社会インフラとなった明るい夜と、どう折り合いをつけていくかが、未来の課題として残りそうだ。
パナソニックに依頼し、IDA認証の「星空に優しい照明」を開発・実用化
IDAに相談を持ち掛けた美星町は、同時にパナソニックにも、空に光が漏れないような街路灯が作れないかを相談した。町内にパナソニックの照明をいくつか導入していたためだ。
一方のパナソニックも、光害対策用の照明をいくつか開発していた。たとえば公共のグラウンド用や駐車場用の照明設備だ。
2020年3月に発売されたばかりの「LED投光器アウルビーム」は、周辺への光害を低減するため、住宅や農地が隣接する学校グランド、市民競技場などによいとされている。もともと、パナソニックは「光害」対策ができる技術力を持っていたのだ。
美星町は、高い技術力を持つパナソニックならば、美星町の星空を守れる防犯灯が作れるのではないか? ということで、まるで「アウルビーム」が発売されるのを予知していたかのように、パナソニックに「星空に優しい照明」の開発を依頼したのだ。
それまで設置していたLED防犯灯が、次のものだ。
しかしこの照明だと、眩しく輝き空まで光が回ってしまうのだ。そこでパナソニックはIDAと連携して、世界基準の光害対策をした防犯灯の設計に乗り出す。しかしIDAの要求するスペックは、かなり厳しいもの。
- フルカットオフ型であること(光源より上に明かりが回り込まない)
- ランプの色は3,000K(ケルビン)以下(40~60W程度の電球色)
一応パナソニックの代弁をしておくと、先の眩しく光る防犯灯は、それほど上まで光りが回り込んでいるワケじゃない。上に漏れる光りは1.4%しかないのだ。IDA基準は0%のフルカットオフでなければならないという厳しさが分かるだろう。
そこで、美星町の要望に応え、IDAのアドバイスをもとにパナソニックが開発し、IDAに「星空に優しい照明」として認証されたのが「IDA認証 光害対策型防犯灯」だ。
こうして世界にも通じる光害対策の防犯灯が完成した。夜に光り方を見れば一目瞭然。
「あれ? 光害対策の防犯灯はえらく暗い?」と思う方もいるだろう。確かに写真で見ると青色成分を含む白い光は強く写るので、そう見えてしまうかもしれないが、スペックで見るとどちらも全光束1,030lm(ルーメン)、消費電力9W、114.4lm/Wでまったく同じなのだ。
こうしてパナソニックは、美星町の満天の星空を守りつつ、そこに住む人たちも安心して暮らせる、防犯灯を完成させた。しかも国際的に暗い夜空を守るIDAのお墨付きも手にしたのだ。
観光地がピンチの今こそ思考転換。田舎の闇が資源になる!
美星町には旧式でギラギラ光る防犯灯が町内に411灯ある。これまでパナソニックが試作してきたのは、サンプル器具4台のみ。つまり町内にある400灯以上の防犯灯をこれから交換するには、それなりの資金が必要だ。
美星町が素晴らしいのは、その資金を県や国に求めたのではなく、自らの手によってクラウドファンディングで集めたことだ。
美星町が最初に設定した目標額は200万円。街の主要な防犯灯の取替えから行なう予定だった。しかし「満天の星空」を持つ美星のファンは多かった。なんと約2週間少々で目標を達成。その勢いは衰えることなく、次の目標額を全灯交換の500万円にしたところ、こちらも2020年2月末の1カ月後に592万円まで達成したのだ。
今回の視察は、密を避けるために極少数のメディアを集めパナソニックと美星町が企画したものだった。しかし同社が本当に伝えたかったのは、自社の製品というより「自社の魂」、いやそれ以上に、「星空を守りたいという熱い想い」だったのではないだろうか?
ちなみに、国際ダークスカイ協会(IDA)の「光害」に関する情報とても興味深く、少なくとも東京支部の日本語で解説されているページは、一読の価値がある。「クローズアップ現代」や「NHKスペシャル」、Discovery Channel好きなら、その先のリンクも併せてどんどん知りたくなる内容だ。
新型コロナウイルスで観光地が危機に立たされている中、地方自治体はもう一度「おらが街のよきところ」を再考するいい機会なのかもしれない。箱物や神社仏閣、自然やテーマパークばかりが観光資源ではない。いまや「街の暗さ」が観光資源になる美星町のような街があるのだ。そしてその解決策やソリューションを持っているのは、世界中のどこかにある、まだ出会っていない団体や企業なのだ。