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イチゴが蛍光灯の力で強くなる? パナソニック工場で見た“予想外”の技術進化

パナソニックの電灯を支えてきた大阪の摂津冨田工場を見学してきた

「パルック」「パナボール」など、これまで住宅の灯りを支えてきたパナソニックの蛍光灯や電球。今や急速なLED電球の普及により市場規模はみるみる小さくなっている。もちろんこれは同社に限った話ではない。

1970年の電球。白熱電球のパッケージも歴代で違っているようだ。丸いパナボールは洗面所などによく使われていた

LED照明へのシフトが確実な照明機器だが、これまで培ってきた照明の技術がすたれてしまうわけではない。その一例がパナソニックの持つ強化タングステンの生産技術だ。現在では照明とは全く関係のない高精度の印刷技術や、刃物を当てても手が切れない手袋の素材として使われている。

そして蛍光灯の技術は、うどんこ病になりやすいイチゴ(ストロベリー)を、「ストロング」ベリーにするという、まるで魔法のような技術に応用されている。そのほか、カメラやストロボの光学系技術は、単眼でも空間を認識できる「ToFカメラ」に進化。近未来のセキュリティや工場に革新をもたらすベース技術となっている。

イチゴをマッチョにするパナソニックの栽培用蛍光灯とは!?
この軍手も電球の技術を応用して作られたもの……ってマジ?

目が疲れない蛍光灯として普及した「インバータ式」の蛍光灯用電源も大きく進化。工事現場などの環境でも使える蛍光灯の技術を応用して、水中でも使える電源や機器の密封技術など特殊用途の生産技術や製品を持っている。

ここではパナソニックの照明機器の技術が、実は思いもよらない場所に転用されている例を紹介したい。

強く細く高温に耐えるタングステン繊維は「刃物」「印刷」を革新する

タングステンという金属をご存じだろうか? あまり耳慣れないかもしれないが、白熱電球のフィラメント(発光部分)として使われていた金属だ。エジソンが電球を発明したころは、京都(京阪電車 石清水八幡宮)の竹を炭にしたものに電気を通して発光させていたが、より明るく、そして寿命を長くするためにタングステンが使われるようになる。

しかし、極細なタングステンをコイル状に巻いて電球の中に入れていたため、長時間使っていると2,500℃前後の熱でタングステンが蒸発して細くなったり、振動で切れてしまうことが多々あった。そこでパナソニック(当時:松下電器)が考案したのが、同社独自の結晶制御を行なう生産技術と冷感加工技術で、より耐熱性が高く、しなやかで強いタングステンを作り出す方法だ。

この強化タングステンは、LED電球の普及で不要になってしまうと思われていたが、近年になってその需要が増加した。ひとつは「細く強い金属のしなやかな線」という点に着目した「安全軍手」だ。タングステンという金属とポリエステルなどの繊維を捩って糸を作り、その糸を編むことで軍手にしている。だから軍手の上から刃物を当てても手が切れるどころか、軍手すら切れないのだ。これまでの安全用手袋といえば、チェーンでできた手袋だったので、軽く強いタングステンの手袋は作業効率が格段に上がるだろう。

そこに線があることすら見えない極細のタングステン
かなりの力を入れているにも関わらず、軍手の繊維すら切れない!
安全軍手はこんなにも強い(刃物など苦手な人は閲覧注意)

さらに太さ8μmという(髪の毛は50~100μm)極細の線を編み込み、シート状にしたものはフィルターとしての用途もあるが、印刷にも使われる。それが家電のスイッチ回りに文字などを印刷するシルク印刷だ。

もともとはその名の通り、絹(シルク)にインクを通さない膜を作り、印刷したい部分の膜に強力な光などを当てて印刷用の版を作っていた。40~50歳代の人なら「年賀状のプリントゴッコ」といえば話が早いかもしれない。こうして版をプラスチックなどにあてて、裏からインクをヘラやスタンプで押し出すと、穴からインクが出たところのみに印刷できるというものだ。

布状になったタングステン。ソーラーパネルの表面につける電気回路は精度が求められるので、このシートを使い電気を通すインクで回路を印刷している

布なのである程度樹脂がカーブしている箇所でも印刷OK! 絹のシルクは何度も印刷していると破れてしまう上に、印刷の解像度が布の目程度に低い。そこで白羽の矢が立ったのが、極細のタングステン線を使ったタングステンのシルク印刷版というわけだ。

さらにタングステンの細さと強さを生かした「ワイヤーソー」というものがある。糸ノコならぬ紐ノコで、タングステンのワイヤーにダイヤモンドの粉を接着したノコギリ(というよりヤスリに近い)だ。

ノコギリの刃と同じで刃が薄ければ材料を無駄にしない

石の切断などで使われるのは太さ1cmのワイヤーだが、パナソニックのタングステン製ワイヤーソーは35μmだ。主な用途は太陽電池パネルのインゴットから薄いパネルの「ウェハー」を切り出すのに使われる。

従来品のピアノ線のワイヤーソーは太さ45μmあったため、高価なインゴットの切断部分は粉末ゴミとなってしまった。しかしタングステンは細いので、1本のインゴットからよりたくさんのウェハーが切り出せるようになったのだ。

写真のインゴットにワイヤーソーをかけた車輪(プーリー)を当てワイヤーを高速回転する(実際には車輪間はもっと距離があり、ワイヤー部分にインゴットを当てて切断)と、同時に何枚ものウェハーを切り出せる

LEDより強い紫外線を出す蛍光灯が「うどんこ病」対策で農業に革新

パナソニックの蛍光灯「パルック」で長年培ってきた蛍光灯の技術も新しい分野に応用されている。蛍光灯は両端の電極や内部に封入するガス、そして蛍光灯内部に塗る蛍光塗料のあんばいで、昼光色や電球色、ブラックライトなどを作り出している。

またパルックは文字が読みやすい、料理がおいしそうに見えることなどに特化した蛍光灯も作っており、蛍光塗料の量などの最適化が要となる。

かつて蛍光灯は青白い光しかなかったが、1980年代に登場したパルックは光の3原色である赤、緑、青をうまくコントロールして自然な昼光色の蛍光灯を作った。今でもパルックの愛称がLED照明に受け継がれている

そんな蛍光灯のエンジニアが目を付けたのは、紫外線のUV-Bという光(波長)が“うどんこ病”に対する植物の耐性を高めるという事象だった。従来の蛍光灯は人の目や肌に悪い紫外線を出さないようにしていたが、今回は狙った紫外線を出す蛍光灯を作ろうというワケだ。

「狙った波長を出すならLEDでいいじゃないか」と思う方も多いだろう。しかしLEDの紫外線が弱く、蛍光灯ほど強い紫外線を出せない(筆者の感覚では波長や明るさの個体差も大きい)。何しろ蛍光灯の内部で出る光はほぼ紫外線で、それを蛍光塗料で可視光に変換しているぐらいなのだ。

イチゴ農家で実際に使われているUV-B蛍光灯。兵庫県農林水産技術総合センターや農研機構などで実証実験済み。多くの農家で導入されている

うどんこ病に悩む農家は多いが、パナソニックのUV-B蛍光灯が有効なのは、イチゴをはじめとしたバラ科の植物だという。すでに専門機関で数多くの実証実験を終え、優れた効果が認められた。

うどんこ病は多くの植物がかかるのに、なぜ「バラ科」だけに有効なのかと不思議に思う方も多いだろう。

ビニルハウスの形状や蛍光灯の設置場所に応じて、さまざまな反射で照射範囲の違う製品が3タイプ用意されている

美容室や理髪店にある紫外線除菌器は、紫外線が直接除菌・滅菌を行なう。一方でUV-Bの紫外線は、うどんこ病を直接撃退するのではなく、UV-Bを当てることでイチゴなどのバラ科の植物の「うどんこ病への耐性を高める」。つまりうどんこ病そのものを撃退するのではなく「うどんこ病にかかりにくいイチゴにする」のがポイント。だから「ストロベリー」ではなく「ストロングベリー」というワケだ。またイチゴの安全性も多くの事例で検証されており、さらにはバラ科以外への適応、ハダニや白さび病の抑制も試験中という。

色の制御技術という点では「LEDで白い光を照射する」というのも重要課題。「白色LEDなんて世の中にたくさんあるじゃん!」と思うかもしれないが、白く光るLEDは世の中に1個もない。実は白色LEDの中身はほとんとが青色LED。そこに黄色い蛍光体フィルターを通して、白く光っているように見せているのだ。

LED電球や照明の中には黄色い発光体が入っている

そのため色が重要になるプロジェクターのランプなどは、正確な白を出すために黄色の蛍光体を微妙に調整しなければならない。しかも僅かではあるが、青色LEDの青具合は個体差があるのでこれも難題なのだ。

黄色い蛍光体を制するものが白色LEDを制するといっても過言ではない。地味だけど超基礎部品で最重要部品

単眼カメラで空間を認識する「ToF」カメラ

あまり耳慣れないが、実はすでに色々な場所で使われ始めており、将来あらゆるものの基礎技術になる「ToF」。Time of Flightの略で、日本語では「飛行時間」「滞空時間」とでもいえばいいだろう。これはレーザーを発射して、その反射波が戻る時間から距離を割り出そうというものだ。レーザーは直進するため1点の距離しか測れないが、上下左右にレーザーを振れば目の前の空間を把握できるというわけだ。

パナソニックのロボット掃除機の上位モデルで、上部に煙突のような1cm程度の凸部分がある機種だと、中のレーザーが360度方向を検知することで部屋の空間認識をしている。

レーザーを使った空間認識ToFのしくみ

空間認識にはレーザーが使われるので、LiDAR(ライダー)とも呼ばれている。船舶や飛行機のレーダー(RADER)は電波なのでそれをもじっているのだ。最近のスマホのカメラ機能にも搭載され、写真の遠近を見分け人物以外を画像処理でボカすなどでも有名。さらには車の自動運転でも使われている。

パナソニックのToFカメラは映像にToFの空間情報を付加することで、カメラを2台使うステレオカメラを使わずとも単眼カメラの映像に空間情報をミックスできる。しかもステレオカメラに比べると、調整が簡単、小型化が可能、故障率が低い、映像処理が簡単など、いいこと尽くめだ。

テレビの画像は左下がToFの情報、左上がカメラ映像にToFの空間情報をミックスしたもの、右上のワイヤーフレームは立ち入り禁止区域をVR空間に設定したもの。中央のキューブと水色の線が一致している

例えば空中に進入禁止エリアがある場合、ToFカメラを1台設置するだけでエリア内への進入が検知できる。これなら怪盗ルパンも宝石に手を出せない。セキュリティでも使えるが、例えばロボットを「エリア内に人がいる場合は一次停止させる」などの安全確保にも便利だ。

設定した進入禁止空間に何かが入ると、赤ランプと音で警告する

また1秒間に30コマの映像を処理できるので、人のモーション検知も可能だ。作業手順が重要になる場合は、モーションを検知してその場で作業手順の誤りを指摘するなどの応用も将来的にはできる。民生用に使えばカメラ1個を置くだけ(現状はモーショントラッカーというセンサーを何個もつける必要がある)でゲームやVR空間のアバターを自分のモーションと連携させることなども(理論的には;筆者の考え)可能だ。

「カメラを隠したり、カメラの前に立ったらダメなのでは?」ともいえるが、それはステレオカメラも同じこと。セキュリティとして使うなら、フェイルセーフ用のまったく別のセンサーを使うのは世の常識なので安心して欲しい。

標準画角と広角タイプに加え、小型版も2021年9月以降発売予定

また光学系では、空気清浄機などで使われているPM2.5センサーも用意している。センサー内の空気にLEDやレーザー光を当て、その反射波の光る点を数えて(量を見て)いる。暗い体育倉庫に入ると、窓から差し込む日光で舞い散るほこりが見える、あの現象を機械化したものだ。

ほぼリアルタイムで粒子の増減を把握できる

目に優しい蛍光灯の技術は水中でも使える電源へ

切れた蛍光灯を取り替えるときに、蛍光管の数だけある小さいボックスを見たことがないだろうか? これは蛍光管の電源だ。今ではエアコンや冷蔵庫、電車や電気自動車で効率的な電源をつくる装置として有名な「インバータ」だが、蛍光灯では昭和の時代からその基礎技術を使ったインバータ内蔵電源で、チラつかない蛍光灯が販売されていた。

蛍光灯のカバーを外すと蛍光管の数だけ白いボックスがあり、そこから点灯管も伸びている

蛍光灯は屋外の工事現場など、過酷な環境で使われることもあり、耐水/防塵性能も問われる。さらにエアコンの室外機は外で使われるので、内部の回路の腐食防止や防水をするために部品を樹脂でコーティングしている。しかし中には熱を出す部品があるので「コーティングをしても放熱効率がいい」という矛盾した課題を解決する必要がある。

水回りで使う製品や外で使う製品は、防水性を高めるために基板を樹脂でコーティングする

これらの技術を応用したのが水中でも使える電源だ。アルミの金属で密封しそれ自体が放熱器になっているだけでなく、中の電源基板に、熱伝導率は高いが防水/防塵性の高い樹脂を充填している。

通常の電源はこんな感じ。水没させるとショートしてしまう
完全防水で水中でも使える電源
中は防水/防塵性に優れ、放熱性の高い特殊な樹脂がすき間なく充填されている。発熱するパワートランジスタ、熱により製品寿命が短くなってしまうコンデンサーもOK!

大きさは食品ラップ程度で、最大定格出力は200W。エアコンや電気ストーブは難しいが、テレビや照明、ノートパソコン程度なら余裕で動かせる電力だ。

水中で使う機器は特殊かもしれないが、屋外で使う機器は多々ある。通常は製品のケースなどで気密性と放熱性を担保しなければならないが、その必要がない完全防水電源は設計がかなり楽になるはずだ。

単なる「家電メーカー」にとどまらない取り組み

今回説明した中には、ちょっと難しい技術もあったかも知れないが「パナソニックが単なる電気製品のメーカーではない」というのがお分かりいただけただろう。

大企業なのに電気とはまったく関係のない分野の基礎技術に転用したり、既存技術の組み合わせで次世代の新たなデバイスを作ったりと、中小企業に多く見られるチャレンジング精神が垣間見られたのではないだろうか。