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パナソニックの工場を支える「からくり」と、照明の未来を創る技術を見てきた

多品種少量生産が多い現場では、ロボットより人と「からくり」が主役。作っているのは非常灯

“からくり師”といえば江戸の昔、木のギアや現代でいうゼンマイ代わりの「鯨の髭」を動力に、お茶を運ばせたりして庶民を驚かせた機械技師だ。そんなからくりが日本各地にある工場の生産ラインに導入されているのをご存知だろうか?

「生産ライン」と聞くと、コンベアとロボット、自動搬送車に検査機、そしてそれらを束ねるシーケンサーと呼ばれるコンピュータが主役に思われるが、実はそれはレアケース。日本でも人の手と「からくり」が主役の工場がたくさんある。取材したパナソニック新潟工場もそのひとつだ。ビルや建設資材用の照明を手掛けるパナソニックの照明の主力工場となっている。

光が動くことで進むべき順路を「→」などで示さなくてもなんとなくわかる「アフォーダンス照明」

そしてもうひとつご紹介するのは、大阪・門真にあるパナソニックの照明に関する開発部門「屋外・調光事業推進部」の基礎研究だ。開発するのは一般家庭向けの照明ではなく、ビルや公共機関のライトアップなどを担当する、普段は最前線には出てこない裏方さんだ。未来の照明のあり方を考え基礎研究を行ない、今回は京都の二条城のライトアップを使って、人の流れを照明でコントロールする「アフォーダンス照明」の実証実験を実施。このしくみを取材してきた。

そもそも工場の“からくり”ってどんなもの?

工場でいうからくりとは、ひとことで説明すると、そこで働く人の「ムリ・ムダ・ムラ」を解消する装置だ。

多くの工場で作業をスムーズにするために導入されているものといえば、ネジの頭を上にして次々取り出しやすくする「ネジ供給機」(呼び方はいろいろ)がある。これを使えばドライバーを上から挿すだけで、ネジが磁石でくっつくので、次々にネジ留めできる。ドライバーにネジをセットするタイムは0.2秒もあればいい。これがないとネジ皿から1本取り出して、頭の向きを変えて、ドライバーにセットするまで2秒以上はかかるだろう。

このネジ供給機は色々なメーカーから発売されていて価格も数万円と安いので、自作している工場はあまりなく、これは工場の「からくり」とは別もの。

ネジが1本ずつ繰り出されドライバーを挿すだけでセットできる。ただこれは「からくり」ではない!

工場で活躍するからくりでもっともポピュラーなのは、部品が入った箱の自動供給。工場の作業台は、だいたいパイプで組まれた部品置き場と作業台からできている。そして組んだパイプには、部品の入ったコンテナがセットされ、数あるコンテナから部品を取り出したり、隣の人から手渡された半完成品に新しいモジュールを取り付けて次に回す。

工場で使われるからくりはパイプとローラーで作られ、コンテナを坂道で落として繰り出すタイプ

ただ、ここで問題になるのが部品の入ったコンテナ。10個ぐらいしか入らないモジュールだと、カラになったコンテナをコンテナ置き場に積み上げて、今度は部品の入ったコンテナをよっこいしょ! と持ち上げ作業台に乗せ換える。「同じことを繰り返す製造現場なら、良い気分転換になるんじゃないの?」と思う人もいるかもしれない。ただそれは諸外国の考え。実は現場にとってはいちいち面倒な作業になるうえに効率が悪く、かえって働きづらいとのことだ。

これをちょっとした工夫で自動化しようというのが、からくりの役割。

実際に現場で使われているからくりの数々

たとえば部品のコンテナが空になったら、ペダルを踏むことで空箱が足元に流れ、作業台の前には部品が入ったコンテナがセットされる。

こうしたからくりは、どのメーカーのどの生産ラインでもやっている。しかしメーカー各社の考え方が色濃く出るところで、単純なものから複雑なものまでさまざまだ。しかしパナソニックのからくりは筆者が見る限り国内電気メーカーで最強! 構造や作りこみもさることながら、「フツーそこはピストンやモーターなどのアクチュエーターで機械化するよね?」というところまで、重力とバネと骨組みとアイディアでやってしまうのだ。

特に新潟工場のからくりは、自動車生産などの大手も100社以上エントリーする社外のからくりコンテストで1~3位を取りまくるメダリスト。ついには文部科学大臣賞まで受賞した。全国のパナソニックの工場からの視察や、指南を受けにくる人がいるほどなのだ。

何百万円という安全装置、何千万円のロボットを使わず、数万円規模で作ってしまうからくりは、まさに実用的な「ピタゴラスイッチ」といったところ

からくりづくりに必要なのは、工場の作業台を作る規格化されたパイプやジョイント、バネや重りだけ。最も大切なのはアイディアと見えない重力を脳内シミュレーションして、コンテナの動く方向を見定める頭脳だ。

メカ好きが狂喜乱舞するからくりいろいろ

ここではパナソニック新潟工場で実際に使われているからくりの数々を実際にその目で見ていただこう。なるほど! というものから、どうやって組んであるんだ? というものまで、メカ好きにはたまらないものを、写真と動画も合わせて紹介しよう。

【自動部品コンテナ供給】

まずはどのメーカーのどの工場でも導入されている、からくりの代表格的存在。部品が入ったコンテナを作業台前に自動的に供給してくれるものだ。

少し分かりづらいが奥の水色のコンテナがからくりで供給される
トラ縞のペダルを踏むとカラのコンテナが排出され、部品の入ったコンテナが前に繰り出される

一般的な工場の場合は、コンテナの下がローラーになっていて、空になったコンテナを手で取り出すと奥のコンテナが坂から手前に転がり降りてくる。

パナソニック新潟の凄いところは、足元のペダルを踏むと空のコンテナがからくりの下に排出され、奥のコンテナが手前に流れてくるところだ。

ペダルを踏むと空のコンテナが下に排出、奥のコンテナが手前へ来る

一見するとカンタンに作れそうだが、空コンテナを下に排出している間は次の箱が流れ出さないように一時停止しておく必要がある。加えてコンテナは高さがあって手前のレールを単純に下げるだけではコンテナがぶつかってしまうので、後方のレールを持ち上げるという複雑なリンク構造を持っている。

実際にからくり部分のみを取り出したところ。足元のリンク構造が複雑

ただ、重いアクリルの板が何枚もコンテナに入っていると、坂道で手前に傾いているコンテナから部品を取り出そうとしたとき、奥の部品に押されて取り出しにくい。普通のからくりならそこまでなので「部品は奥から取るように作業してください」となる。しかし今回見たからくりはもうひと工夫されている。

ちょっとした工夫で取り出しやすくなる

最後に少しだけ手前に引くことで箱が水平になり、手前の部品が奥の部品に押されることがなくなるので、前からでも取り出しやすくなっているのだ。

【自動部品コンテナ供給 重量物版】

重量物の入ったコンテナを作業台に送り、空のコンテナを排出するというものもある。先ほどのコンテナよりさらに高さがあるため、まずは奥のコンテナが手前に流れないようにストッパー(中央で上下する四角い枠)で止め、手前のレールをコンテナの高さぶん下げてから奥に排出するようになっている。

重量物の部品コンテナをスムーズに移動させる

このからくりの凄いところは、重量物でもゆっくり下ろせる「からくり用バネ」と膝カックンの応用だ。ご存知の通り、足を突っ張っていれば何kgの箱を持っても立つことができるが、誰かに後から膝をカックンと軽く押されただけでバランスを崩すアレ。バランスを崩すために必要な力は凄く小さいが、膝が直立していれば相当な重さにも耐えられる。

膝が直立しているので何kgの箱でもシッカリ支えられる
膝カックンのようにされた状態。一気にリンク構造(電車のパンタグラフのような構造)が落ち込む
リンクが完全に畳まれた状態では、手前の棒が引っかかり適度な坂道ができる。下には膝を支えるバネも見える

このままで膝カックンするとガッシャーン! とリンクが思いっきり畳まれるところだが、それを防止しているのが上部にある黄色いバネだ。家電によくある巻き取り式のコードと同じで、引っ張り出す力を自由に変えられる。だからコンテナをゆっくり下ろせるのだ。

上部の黄色い部品がからくり用のバネ。どうやら荷重を調整できるらしい

【自動部品コンテナ供給 2段式】

次に紹介するのは作業台に2段のコンテナを供給するからくり。上段のコンテナには、トレイに乗った部品が何層にも重なっていて、1つのトレイの部品を使いきると下段のコンテナに空のトレイを置いていくという作業用(ちょうどクッキー缶に2段になって入っている感じ)。これも工場ではよくあるからくりだが、空のトレイと部品の入ったトレイは別のからくりになっていることが多い。

ペダルを踏むと2つのコンテナが流れ、離すと1つを再利用しながら次のコンテナが来る

部品の入ったコンテナのトレイを使い切るとそれは空箱になる。一方下段には空のトレイがいっぱい溜まっている。この状態でペダルを踏むと下段の空トレイが溜まったコンテナは奥くに排出され、上段にあった部品コンテナは空になったので、空トレイを入れるコンテナになる。さらに上段には部品の入ったコンテナが繰り出されるという具合だ。非常に省スペースな上に1回の操作で2つのからくりを同時に動かせるので効率が良い。

【重力式 箱整列機】

ここまで来ると、からくりというより“ほぼ生産ライン”そのものといえるのが箱整列機だ。紹介されたのは、流れてきた箱を整列させて、紐をかけて出荷するというもの。しれっとラインに置いてあったので、言われなければ自作のからくりとは気づかないほどの完成度だ。

7箱2列に整列させるからくりと、いくつかの大きさの箱に対応できるマルチサイズ版のからくり。写真では4箱3列になっている

その動きは、まず動画で見てもらうと早いだろう。

流れてくる段ボールを90度方向転換して整列

コンベア上で直進していたものを、真横に落とすのは至難の業。ガイドレールをつけると2列目の邪魔になるし、ボールベアリングは向きが定まらない。そこを首を振るキャスターひとつで真横に落とす特許レベルとも思えるアイディアだ。実際、当初はからくりに特許という考えは毛頭なく、社外のからくりコンテストで展示していたものを、他社にそのまま丸ごと使われていたこともあるという。

2列目はどうやって箱を繰り出すのかが分からない人がほとんどだと思うので、動画で続きを紹介したい。

1列で流れてくる段ボールを2列でキレイに並べる

実際見ると「なるほど」なのだが、このしくみを考え付くのはなかなか難しい。

7箱2列版のからくり。その心臓部は自由に動く黒いキャニスター(微妙な角度も重要)と1段目の7個目を隣の列に送り出すストッパー

まだ製品になっていない“少し未来”を研究する照明チーム

これまでとは場所が変わって今度は大阪・門真のパナソニックでの取材。こちらは近未来の照明の研究をしている。

突然だが、夜の公園やイベントなどで人を誘導するためにはどうするだろうか。多くはライトを持たせた人手を使って径路を誘導したり、時には人の流れを制限するときもあるだろう。少人数の誘導なら照明で「光る矢印」の看板を立てたりするかもしれない。

しかしここ門真では、矢印などを使わなくても、人の心理に訴えかける照明で人を誘導できないかを研究している。多くの人がそうであるように、人は明るい方へ向かいたい。また高級店などでは明る過ぎる照明は使わず、電球色の落ち着いた暗めの照明が多いだろう。なぜならその方がリラックスできるからだ。そんな人の心理を利用して、人を誘導したり、滞留させる「アフォーダンス照明」というものを研究している。

パナソニックが研究している「アフォーダンス照明」の例

アフォーダンスとは「身の回りの環境が動物に対して与える意味」のこと。たとえば取っ手のついたカップに飲み物があれば、自然に取っ手を掴んで飲むだろう。つまり「取っ手」は人に「持つ」という意味を「アフォード」(もたらして)いるのだ。

パナソニックのアフォーダンス照明は、矢印を表示しなくても、照明の明暗でアニメーションさせることで、人を誘導しようという試み。夜の飛行場で滑走路の中心に導く閃光するライト「着陸進入灯」のようなものだ。進む方向がひと目で分かり、そのアニメーションとは逆側から進もうとすると、なんとなくはばかられるだろう。

人の歩行速度より少し早く、人の前を照らすことで心理的に前に行きたくなる
人の流れを止めたい場合は、照明のアニメーションを止める。また少し薄暗くすることで、そこに留まっていたくなる
昼間見る唐門と違いライトアップされると彫刻の美しさと立体感が際立つ。これらの照明の提供もパナソニックが行なっている

先に紹介したのはパナソニックの敷地内で簡易的に行なった実験だった。一方で秋の京都は紅葉の夜間ライトアップの時期。そんな中で二条城も、12月12日までライトアップが実施されている。

パナソニックはこの二条城の庭園を回覧する順路を示すためにアフォーダンス照明を持ち込み実証実験を行なっている。夜は城内に入れないため、美しくライトアップされた唐門を見て庭園の方へ進むと、道が光のアニメーションで手前から奥に照らされている場所がある。

来場客はライトの速度に合わせるように、アニメーションのアフォーダンス照明に従い奥に歩いてゆく

しばらく庭園を散策していると、門の先に動くシマシマ模様の光がある。これがアフォーダンス照明だ。実証実験のキモといえるのが、広い砂利道を右側にそれ、小さな門を抜ける場所だ。ここで道は二手に分かれ、左は大きな道だがそれまでアニメーション表示していた照明が止まっている。かたや右側は人が3人ほど並んでしか入れない狭い門だが、アニメーションが奥まで続いているのだ。

50mほどのアフォーダンス照明に導かれる大きな道はここで終わり
光の動きで人が導かれていた

ここで人の流れが滞ることなく、細いわき道に自然に誘導されれば実証実験は成功といえるだろう。当日はプレス向けの発表会だったので、風景が良いこの場所で立ち止まる人が多かったが、特に誘導員に案内されるまでもなく、庭園の方にみな足を進めていた。

庭園のライトアップも素晴らしく水面に映る庭園なども幻想的

こうしてアフォーダンス照明に導かれ、フィナーレは唐門裏のプロジェクションマッピングだ。枯山水を映し出したり、二条城の屏風の絵がモチーフの動物たちが描かれるなど、良い景色と灯かりの組み合わせを楽しめる。

裏方でも大事な働き「カイゼン」が主役になるときも

新しい製品が誕生したとき、“製品の顔”としてメディアなどに登場することが多いのは、商品企画部や開発・設計を担当するチーム。

一方で、オモテに立つことはほとんどなくても、実はとても重要な役割を持つのが、生産現場を設計する「生産管理」や、まだ製品になっていない基礎研究をする部門。今回の記事でお伝えしたのは、こうした部門の方々にスポットを当てた内容だ。

実は主役級の推進力になっていることも

ただ表舞台に立つことはなくても、働きは主役級であることは間違いない。冒頭の生産現場の「カイゼン」を、からくりで行なうというテーマは、どんな仕事にも応用できるだろう。「これはどうしても手作業じゃないとできない」「これは○○が常識」という考えは組織内に山ほどある。でもからくりでみたように「常識」「通説」「セオリー」をもう一度疑って見る余地がないだろうか? ちょっと視点を変えると見えてくる「カイゼン」がありそうだ。

後半に紹介したアフォーダンス照明も然り。「光のアニメーションで誘導?」「人の感覚に頼りすぎじゃない?」と思う人もいるかもしれないが、筆者の見た限り動く照明に誘導され、立ち入り禁止方向に進む人はいなかった。「自分を信じて色々なアプローチをしてみる」。そんなチャレンジング精神を掻き立てられる取材となった。