大河原克行の「白物家電 業界展望」

シャープがリリースを遅らせてまでこだわった
空気清浄機の新プラットフォームを見る


2010年11月から発売した、新型加湿空気清浄機「KC-Zシリーズ」

 シャープが11月15日より発売した加湿空気清浄機の新製品「KC-Zシリーズ」。実はこの商品、製品発表会見では明らかにされなかったものの、3年ぶりとなる大幅な刷新を実現した、新たなプラットフォームを採用したものだ。

 2007年度から2009年度までの3カ年に渡って採用されたプラットフォームは、プラズマラスターイオンや、吸引力強化などの新たな機能を搭載することを前提としたものであったのに対し、今回の2010年のプラットフォームは、それぞれの機能をバランスよく、より効果を発揮するためのものと位置づけることができる。


「なんとなく効果があるような気がする」から脱却するために

シャープの健康・環境システム事業本部プラズマクラスター機器事業部・鈴木隆事業部長

 シャープの健康・環境システム事業本部プラズマクラスター機器事業部・鈴木隆事業部長は、同社のこれまでの加湿空気清浄機の歴史を次のように振り返る。

 「2006年に加湿空気清浄機の第1弾製品を投入した際にこだわったのは、『なんとなく効果があるような気がする』という空気清浄機のイメージを払拭することだった。加湿という機能は、乾燥をなくし、ノドのイガイガをなくし、風邪の予防にも効果がある。この製品では、加湿機能がついていることがわかるように、あえて水のタンクをわかりやすいデザインにした」

 これまでの空気清浄機の役割は、たばこの煙や臭いを吸収するという役割が中心だった。しかし、ハウスダストを集塵するといった空質そのものを浄化する点での効果については、目に見えないこともあり、なかなか認識されにくかった。

2006年には効果を実感するユーザーが少なかった

 実際、2006年度のユーザーアンケートでは、購入者が不満に感じることの第1位が「効果がよくわからない」となり、50%を占めていた。また、空気清浄機を使わなくなってしまったユーザーの理由には、「効果が感じられなかったから」という回答が最も多く、なんと60%も占めた。そして、未購入者を対象とした購入しない理由では「期待通りの効果が得られるとは思わないから」が42%となり、やはり効果に対する疑問が1位となっていた。

 「浮き草ビジネス」――。

 鈴木事業部長は、2006年当時の空気清浄機事業の様子をこう表現する。

 「使っている人たちが、いいと思ってくれなければ、他人には勧めない。また、次に買い換えることもしない。ビジネスとして、根がはらず、拡大が見込めない事業になる」

 そこで2007年度からは、さらに効果を実感できる新たな機能を搭載するため、プラットフォームも新たなものへと移行したのだ。


2007年度からの「効果の見える化」で、ユーザー満足度が上昇

2007年度の加湿空気清浄機「KC-C150」

 2007年度からのプラットフォームでは、吸塵スピードを従来製品比で約1.5倍、2008年度モデルでは濃度7000(1立方cmにイオンが7千個)のプラズマクラスターイオン発生機を搭載するとともに、風量を1.3倍に向上。そして、2009年度モデルでは低騒音化、低消費電力化を図った。

 共通した取り組みは、効果の見える化であった。

 2007年度モデルでは、ハウスダストモニターを搭載。さらに2008年度モデルではこれを大型化。そして、2009年度モデルでは大型加湿モニターを搭載して、その効果を感じられるようにした。

 「2007年度からのプラットフォームでは、気流を改善することで、風の効率化という点で性能をワンランク高め、さらにプラズマクラスターイオンの効果を感じてもらえる高濃度の発生が可能なデバイスを搭載した。その結果、空気の掃除機という考え方、あるいは健康のために空気清浄機を利用するという考え方を定着させることができたのではないか」と鈴木事業部長は語る。

 2007年度の調査では、空気の清浄スピードに関して満足と回答したユーザーは60.6%。これが2008年度には77.0%に、2009年度には79.2%に上昇した。

 シャープの空気清浄機は、プラズマクラスターイオン、加湿、集塵といった機能によって、脱臭、除菌、花粉およびハウスダストの抑制、加湿といった空気の質を高めるための「統合空質商品」として成長を続けてきたのだ。

2007年以降は効果を実感するユーザーが増加してきた従来のプラットフォームによる進化

2010年度モデルは効率よく空気が循環する「エアロフォルム」を採用

 こうした経験をもとに、さらにより高いバランスでそれぞれの機能を効果的に発揮できるようにしたのが、2010年度製品から採用した新しいプラットフォームだ。

 新製品では、送風経路内の空気抵抗を低減する「新ロングノズル」と、効率よくハウスダストを引き寄せる「気流誘引ガイド」を組み合わせた「エアロフォルム」を採用することにより、空気の循環を効率化。吸い込み面を約30%拡大した「背面全面吸い込み」により、吸塵スピードは2006年度モデルに比較して2倍、昨年モデルに比べても約1.3倍に向上させ、花粉やハウスダストを素早く除去するという。

2010年モデルでは、空気の流れを効率化する「新ロングノズル」を採用吹き出し口の様子。風速を高めている
ホコリを効率的に引き寄せる「気流誘引ガイド」も備えた気流誘引ガイドの実物。吸塵スピードは昨年モデルに比べても約1.3倍に向上した引き寄せたホコリを同時に多く吸い込む「背面全面吸込み」も搭載

 さらに、風の効率化を生かすことで、60分間に渡り、約1.5倍の高濃度イオンを室内に満たすことができるプラズマクラスターシャワー機能を搭載し、帰宅時などには短時間で浮遊アレル物質、浮遊ウイルスといった空気の汚れを浄化する。

 加えて、効果を実感できる「見える化」を促進するために、部屋の湿度、加湿状態、汚れ、臭いの状態を一目で確認できる「うるおいキレイ実感モニター」を搭載したのも大きな特徴だ。

 持ち運びがしやすく給水がしやすいように改良した新・給水タンクや、部屋の掃除の際に、給水した場合に10kg前後となる本体を片手で移動しやすくするための本体キャスターの搭載など、使い勝手の改良も実現している。

給水タンクは給水口を大きくし、給水の際にも固定して置けるように設計した給水した場合に10kg前後となる本体を、片手で移動しやすくするための本体キャスターを搭載


いつもは8月にリリースも、今年は10月。遅れた理由は新ロングノズルにあり

 しかし、この2010年度モデルだが、例年ならば8月に空気清浄機の新製品を発表するのに対し、今年は、その時期を2カ月間も遅らせ、10月に製品を発表した。

従来モデル(右)とのロングノズルの比較。新プラットフォーム(左)では、空気抵抗をなくして、風速のバラツキを抑えた

 シャープが異例ともいえる製品発表時期の延期を決定したのは、5~6月にかけて。延期を決定した最大の要因は、新ロングノズルの採用にあった。

 「2009年度モデルのロングノズルでは、風速を高めることができたものの、空気抵抗による吹き出し風速のバラツキが発生していた。2010年度モデルでは、これまで以上に送風経路内の空気抵抗をなくし、これを抑えるための改良を加えた」とする。

 空気清浄機の重要な要素にハウスダストなどを除去するための吸塵能力がある。その観点からすれば、吹き出しの効率化は、二の次の課題のようにみえる。

 だが、吹き出しこそが、吸塵に大きな影響を与えるのである。

シャープの空気清浄機が空気を循環する図。「押し出して吸う」というコンセプト実現している

 シャープは、エアコンにおいて「コアンダ効果」を生かした風の効率化を実現している。コアンダ効果とは、天井に沿って風が流れる特性を生かし、部屋全体に風を広げ、その風に押される形で、空気の流れを作り、風が部屋を一巡して、吸塵口に吸い込まれるという仕組みだ。

 つまり、舞い上がったハウスダストや花粉をいち早く吸塵する能力を高めるためには、単に吸う力を強めるのではなく、新ロングノズルにより吹き出す力を向上させることが得策なのである。

 そして、新たなブラットフォームでは、シャープとしては初めて、前面からの吸い込みを実現した。正確には背面からの吸い込みになるのだが、前面部と横部分に、風の流れを使って気流を誘引する口を設け、吸い込みの効率化を図った。これも、「押し出して、吸う」という仕組みを効率化したものである。


吸い込みの実演。壁につけても集塵できるような設計になっている


リリース延期も、花粉の大量飛散予報で好転か

 風の効率化の改良に、シャープは徹底的に時間をかけた。そしてこの判断は、結果としてプラスに働くことになったようだ。その理由は「花粉」である。

 発表延期を決めた時点では、2010年の夏は、冷夏すら予想されていた。だが、今年の夏は、周知の通り、記録的な猛暑となった。

 一般的に、猛暑の翌年には花粉飛散量が多くなる。実際、2011年の花粉飛散量は、日本全国でみて前年の約5倍に達し、関東地区では7~8倍、近畿地区ではなんと約10倍もの増加が予想されているのだ。

 つまり、2011年は、増大する花粉飛散量に対応して、花粉を吸塵する機能が差別化ポイントとなる可能性が極めて高い。

 「2011年は、花粉飛散量の増加に対応するため、空気清浄機の吸塵性能が重視されることになろう。吸塵スピードを高めた新製品は、他社との大きな差別化になる」と鈴木事業部長は自信をみせる。

 また、集塵という点で、シャープは独自となる3つのフィルター方式を採用している点も見逃せない。

 外枠ともなる「後ろパネル」は、ミクロンメッシュフィルターとなっており、500ミクロン以上のホコリをキャッチする。その内側には気になる臭いを吸着する脱臭フィルターを搭載。最後に、集塵フイルターとして、アレル物質やウイルス抑制ができるHEPAフィルターを用意し、0.3ミクロンのハウスダストをキャッチし、分解、除去する仕組みだ。

 「わざわざ三重にする必要はないという指摘もあるが、HEPAフィルターの性能を最大限に発揮するには、大きなホコリは、外側のフィルターでキャッチし、HEPAフィルターでしか集塵できないものだけをそこで集塵するという仕組みが効果的である。後ろパネルは交換不要とし、脱臭フィルターは水洗いによって交換不要とし、集塵フィルターは10年間交換不要としている。こうした点も、効率的な集塵のためのこだわりである」とする。

吸い込み面を約30%拡大した「後ろパネル」。左が新製品のもの3つのフィルターによって効率的な集塵を行なう


目指したのは納得できる実感性能の強化。「自信のある製品ができあがった」

 鈴木事業部長は、空気清浄機の新モデルについて「新製品の開発コンセプトは、納得できる実感性能の強化。使って効果を実感してもらうための吸塵スピード、除菌、脱臭の基本性能を高め、給水や掃除を楽にし、省エネや静音、手入れといった、1年を通じて使いやすさの納得感を高めることを目指した。自信のある製品ができあがった」と自負する。

 空気清浄機でトップシェアを誇るシャープが、満を持して投入した新プラットフォームは、新たな進化を実現したといえる。そしてこのプラットフォームは、これからも「納得できる実感性能の強化」という観点で進化することになるだろう。





2010年12月14日 00:00