大河原克行の「白物家電 業界展望」

シャープ、プラズマクラスター技術の過去・現在・未来

~モバイル型イオン発生機が拓く新境地とは
9月1日に発売される、シャープの卓上型プラズマクラスターイオン発生機「IG-CM1」。同社がプラズマクラスターイオン技術を開発して10周年を記念した商品となる

 シャープが独自のイオン発生技術「プラズマクラスター技術」を開発してから、今年でちょうど10年目を迎えた。

 プラズマクラスター技術とは、空気中の有害物質を分解・除去し、ウイルスやニオイなどを抑制する同社独自のイオン「プラズマクラスターイオン」を空気中に放つ技術のこと。現在では市場に広く浸透し、2010年度末にはプラズマクラスター技術搭載製品の出荷数が、累計3,000万台になると予測されている。同社の空気清浄機市場における圧倒的シェアを下支えする基幹技術として、さらには自動車や鉄道車両、バスやエレベータといった、生活のあらゆるシーンで活用される空気浄化技術となっている。


シャープの健康・環境システム事業本部空調システム事業部副事業部長兼国内商品企画部長・鈴木隆氏

 この9月1日には、開発10周年を記念した新製品として、手のひらサイズの“モバイル型”イオン発生機「IG-CM1」を発売する。シャープの健康・環境システム事業本部空調システム事業部副事業部長兼国内商品企画部長・鈴木隆氏は「直接イオンを浴びるスポットイオンシャワーという、新たな使い方を提案するとともに、プラズマクラスターを持ち歩くという提案を行なう製品になる」と説明する。

 今回は鈴木氏に、この10年間に渡るシャープのプラズマクラスターイオンへの取り組みから、新製品のモバイル型イオン発生機のこと、そしてこの先10年の展望について話を伺った。


プラズマクラスターから始まった、イオンによる空気浄化の歴史

2000年に登場した、プラズマクラスター技術搭載の空気清浄機「FU-L40X」

 2000年にプラズマクラスター技術が登場するまでは、空気清浄機の基本的な仕組みは、「空気を吸い込み、フィルターで空気を浄化する」というものが一般的だった。使用目的もタバコやペットの臭いを取るといったものが中心であり、現在のように菌やウイルス、アレル物質までを除去するといった用途はあまり想定されていなかったのだ。

 しかし、この年に登場したプラズマクラスターイオンは、空気中にプラスとマイナスのイオンを放出することにより、カビ、菌、ダニなどのアレル物質、ウイルス、臭いを分解・除去するという、まったく新しい空気浄化の仕組みを採用していた。シャープでも、これまでにはなかった「アクティブな空気浄化技術」と位置づけた。

 プラズマクラスター技術の最大の特徴は、自然界と同じプラスとマイナスのイオンを放出することにある。

 「空気がきれいな森林には、プラスとマイナスのイオンがたくさん存在する。だが、我々の生活空間にはイオンが少ない。プラズマクラスター技術は、自然界と同様に、水で包まれたプラスの水素イオンとマイナスの酸素イオンを放出し、細菌やウイルスの表面に付着した時に、一番酸化力の強いOH(水酸基)ラジカルに変化する。そして、千分の1秒から1万分の1秒のスピードで、表面のタンパク質からH(水素)を抜き取って瞬時に分解し、水になって空気に戻るという仕組みになっている。(オゾンなど)従来の除菌システムのように、酸化力が非常に高い物質を空気中に放出しているのとは大きく異なる」(鈴木氏)

プラズマクラスターイオンでは、自然界と同じ水素のプラスイオンと酸素のマイナスイオンを空気中に放出するオゾンなど従来の除菌システムでは、除菌後に有害な塩素系物質が残存する可能性がある


消費者の疑問“本当に効果があるのか”に答えるため、実証試験を開始

 もう1つ特徴的といえるのは、「細胞内部には影響を及ぼさない」というものだ。実はこれはプラズマラスター技術の重要な要素となる。

 プラズマクラスターイオンは、浮遊菌やウイルス、アレル物質の表面にあるタンパク質のみと反応し、表面の細胞膜を破壊して除去する仕組みとなっている。つまり、感染の源となる表面のスパイク部を破壊することで、感染を抑制しているのだ。

 「プラズマクラスター技術が内部の細胞質やDNAに影響を及ぼさないということは、極めて重要。安全にウイルスなどを分解・除去できる要素になっている」

 さらに、三菱化学メディエンスの協力により、GLP(優良試験所基準)に適合した試験施設で、皮膚刺激性/眼刺激性/遺伝子毒性といった観点からの試験を行ない、安全性データを取得していることも見逃せない。プラズマクラスター技術搭載商品から発生しているイオン濃度よりも、1桁から2桁も濃度が高い状況でも、生体における安全性が確保されている。

プラズマクラスター技術は、菌やウイルス表面のタンパク質のみと反応し、細胞内部には影響を及ぼさないことを第三者機関により確認している人体への安全性についても検証している
現在、国内外の14の公的機関で、24の有害物質に対し効果を実証している。今後はイオンの応用範囲を拡大する検証を行なっていくという

 「プラズマクラスター技術は、もともと世の中にはなかった技術であり、しかも目に見えない。そのため、発表当初から、本当に効果があるのかという疑問が消費者の間にはあった。そこで、家電製品としては初めて、“アカデミックマーケティング”(第三者機関から受けた評価を元に、効果を消費者にアピールするマーケティング方法)という手法を持ち込んだ。これまでに国内外の14の公的機関で検証を行ない、24の有害物質に対して、様々な効果を実証してきた」

 当初は、イオン種が自然界と同じであることを突き止めることからスタート。そこから、効果を実験室レベルから実空間へと広げるとともに、作用メカニズムの解明や安全性データの取得といった観点にも踏み込み、効果を実証してきた。

 「まずは、浮遊ダニ、アレル物質、浮遊ウイルス、浮遊カビ菌に対して、実験室レベルでの効果測定から始まり、第2ステップでは分解・除去のメカニズムの解明、そして、第3ステップとして、約10畳の空間で有害浮遊菌を除去するという、実空間での効果検証を行なった。現在は第4ステップとして、応用範囲の拡大に取り組んでおり、付着臭の脱臭や、付着カビ菌の増殖抑制、付着ウイルスの分解・除去などの検証を行なっている」


10年目で新たな効果“美肌”を実証

 10年目を迎える2010年に入ってからは、新たな領域での効果を実証しはじめている。それが、「美肌効果」だ。

 2月17日には、総合医科学研究所の試験により、イオン濃度25,000個の高濃度プラズマクラスターイオンテバイスを活用した場合に、60分後の肌水分量が約6%高くなる保湿効果があることを実証。6月4日には、東北大学電気通信研究所の庭野道夫教授と共同で、肌の保湿効果が、イオンの水分子が肌に付着した際に発生する「水分子コート」と呼ばれる水分子でできた層によることを解明。加えて、総合医科学研究所により、肌の保湿効果、肌の弾力性が向上し、キメが整うという美肌効果も実証した。

 さらに8月5日には、総合医科学研究所の試験により、イオン濃度が10万個の場合に、肌荒れの一因である黄色ブドウ球菌の増殖を抑制する効果を実証。同時に、肌の余分な皮脂を抑制し、肌の照りを抑える効果があることも明らかになった。

2010年からは、美肌効果に関する実証が進められている。写真は2009年12月に発売した、加湿機能付きのプラズマクラスターイオン発生機「IG-BK100」皮膚表面に水分子によるコーティングを施し、角質層を保護する効果があるという

 「これらの検証の結果、ウイルス抑制やアレル物質の分解・除去といった“空気ケア”はもちろん、美肌といった暮らしケアから、オフィス内やコールセンターなどといった人が多く集まる場所でのBCP(事業継続計画)対策、栽培農業での生産性向上といった“ビジネスケア”という観点からも効果を発揮することが証明された」(鈴木氏)

 栽培農業では、過去5年以上に渡って実証実験を行なっており、その成果がいよいよ表面化しようとしている段階にある。

 シャープでは、「イオンたっぷり。空気スッキリ」のキャッチフレーズとともに、「自然なイオンで暮らす」という訴求を開始している。生活のあらゆるシーンでの活用だけでなく、ビジネス環境でもプラズマクラスター技術を活用する提案をこれから進めていく考えだ。


“モバイル型”のプラズマクラスターは、当初は女性社員の反応が薄かった。しかし……

9月1日に発売する、“モバイルタイプ”のプラズマクラスターイオン発生機「IG-CM1」

 美肌やオフィス環境での利用提案を加速する製品が、9月1日から発売する、10周年記念モデルとなるモバイルタイプのイオン発生機「IG-CM1」である。

 この製品、これまでのプラズマクラスター技術搭載商品と比べても、特に小型である点が特徴。2000年10月に発売した、プラズマクラスター技術搭載の第1号機となった空気清浄機「FU-L40CX」と比較すると、体積で1/240、重量で1/40分というサイズにまで縮小さされている。

 かつてシャープは、電卓事業において、1964年に第1号の電卓「コンペットCS-10A」を開発したが、その9年後の1973年には、世界初の液晶電卓「EL-805」を発売したことがある。厚さを1/12、重量を1/125としたが、まさにそれを彷彿とさせるような進化だといえる。

IG-CM1は、卓上において直接イオンを浴びるスタイルを採用本体自体は、2000年の空気清浄機よりも体積で1/240、重量で1/40となった

 IG-CM1で提案するのは、「プラズマクラスターを持ち歩く」という提案だ。

 「家で使っていて安心なものは外でも使いたい、車やオフィスのなかでも利用したいという要望が出てきた。だがその一方で、プラズマクラスターは閉じた空間で利用するものであり、開放された空間では効果が出にくいのではないかという疑問もあった。そこで新たな使い方として、直接イオンを浴びることができる『スポットイオンシャワー』という手法を提案した。机の上に設置し、自分に向けてプラズマクラスターを放出することで、自分の周りをプラズマクラスター空間にできようにした」

 卓上において、自分に向けて利用するという新たな形状はこれまでにないものだ。本体には、スマートフォンなどで採用されている1,390mAのバッテリーを用い、8時間の連続稼働を実現。午前9時から午後5時までのオフィスでの終日利用を可能にしたほか、USB端子に接続することで、PCの電源を利用した連続運転が可能になる。

IG-CM1の電源は、モバイル機器でもよく使用されるリチウムイオン電池だUSBからの電源供給も可能になる

 製品化にあたっては、社員にモニターを依頼。2週間から3週間の使用で美肌効果を実感する女性社員の声が相次いだという。

 「正直なところ、最初は効果に疑問を投げかける社員もいたが、数週間使い続けることで、ツヤ、ハリ、キメ、テカリ抑制、肌の菌の抑制という効果を実感した社員が多かった」

 この成果をもとに、シャープでは、「きれいな空気とエステを持ち歩く」という提案をIG-CM1で展開。これまでシャープが手つかずだった理美容分野にも、プラズマクラスター技術を活用していくことになる。


「シャープのイオン発生機」+「シャープの空気清浄機」> 「業界全体の空気清浄機」

イオンの発生デバイスも、2000年当時のもの(左)よりも小型化された

 ところで、このモバイルタイプのプラズマクラスターイオン発生機「IG-CM1」に搭載されているデバイスは、「高濃度プラズマクラスター25000」である。2008年に開発された第7世代と呼ばれる針電極を使用した現行デバイスであるが、実はマイナーチェンジが施されており、持ち運べるように小型化するとともに、消費電力を0.093Wに抑制。10年前のガラス管を電極に使用した第1世代デバイスに比べて、サイズで16分の1、消費電力で20分の1としている。

 この「高濃度プラズマクラスター25000」とは、広い空間において、壁際から発生したプラズマクラスターイオンを、適用床面積の中央付近で測定した1立方cmあたりのイオンの個数を示したもの。IG-CM1では、卓上に設置した形で、高濃度プラズマクラスター25000を使用するため、40cm程度の位置では25万個のイオンが発生している状況にもなるという。

「プラズマクラスターイオン発生機」の最初の製品となった、2008年の「IG-A100」。写真右はシャープの片山幹雄 代表取締役社長兼COO

 振り返れば、シャープのプラズマクラスター技術は、2008年10月に発売した高濃度プラズマクラスター25000を搭載したイオン発生機によって、需要が一気に拡大した。2009年の新型インフルエンザの蔓延などの影響もあったものの、鈴木氏は「高濃度プラズマクラスター25000の登場以降、効果を実感できるという声を数多くいただくようになったというのも事実」と話す。

 2008年から採用している高濃度プラズマクラスター25000のデバイスは、従来のデバイスに比べて約10倍というイオン濃度を実現したもの。「高い安全性が実証されているために高濃度化が可能。さらに、高濃度になれば効果が高まるというプラズマクラスター技術ならではの特性が生かされている」というわけだ。

 なお、高濃度プラズマクラスター25000のデバイスには、標準的なWタイプと小型化したSタイプ、そして今回新たに開発した小型省電力のPタイプが用意されており、用途に応じて製品に搭載されている。

 高濃度のデバイスを搭載したプラズマクラスターイオン発生機は、現在5機種が展開されている。自動車の車内向けの「IG-BC15/BA15」、クローゼットやキッチン、洗面所やトイレなどで利用する1畳用の「IG-B20」、寝室や子供部屋、書斎や玄関など、約6畳用の「IG-B100」、同じく6畳用だが、加湿機能が付いた「IG-BK100」、リビングや待合室、応接室などでの利用に適した12畳用の「1G-B200」というラインナップだ。さらにいえば、業務用イオン発生機として3機種、加湿空気清浄機で4機種、空気清浄機で3機種、エアコンでは12機種に、それぞれプラズマクラスター技術が搭載されている。これにより、1畳から23畳までの部屋で、プラズマクラスターイオンが使用できることになる。


プラズマクラスターイオン発生機の現在のラインナップ。小空間用からリビング用などのタイプが用意されている
2009年は空気清浄機の市場が大きく伸びたが、同時にイオン発生機も伸長した。シャープの空気清浄機とイオン発生機の販売台数を合わせると、業界全体の数字を抜く数字となる

 プラズマクラスターイオン発生機の2009年10月から2010年7月までの出荷見込みは、前年比2.6倍の114万台。空気清浄機では1.6倍の83万台の販売台数に達する見込みとなっている。イオン発生機と空気清浄機を足した販売台数は、業界全体で空気清浄機が196万台という販売台数を上回る規模になっているという。

 2010年5月時点でのプラズマクラスターイオン発生機の累計出荷台数は150万台。今年中には累計200万台を突破するのは確実と見られる。


プラズマクラスター技術を“空気の常識”に

プラズマクラスター技術は、空調機器だけではなく、掃除機(写真)や冷蔵庫、洗濯機などにも搭載されている

 プラズマクラスター技術は、同社の空調機器以外の製品にも搭載されている。家庭向けでは、冷蔵庫やドラム式洗濯乾燥機、加湿機や除湿器などに、業務用ではLED照明や複写機といった製品にも搭載されている。現在は11品目が、水平展開されている。

 社外への導入例も多くなっている。2003年にINAXのシャワートイレに搭載されたのをはじめ、トヨタや日産、ダイハツといった自動車メーカーへの供給のほか、フジテックのエレベータ、トステムの浴室換気乾燥機など、現在のところ、24社の企業にプラズマクラスターイオンデバイスの供給実績がある。さらには、山形新幹線の新型つばさの車両に搭載されるなど、公共空間への進出も見られる。異業種展開による「プラズマクラスターワールド」の創出は、着々と進行している。


社外に対しても、24社にイオン発生デバイスを供給している山形新幹線「つばさ」にも、プラズマクラスター技術が搭載されている
鈴木氏は「“空気の常識”として、プラズマクラスター技術が活用される世界を作りたい」と語る

 鈴木氏は「プラズマクラスター技術を搭載した機器は、2010年末には累計3,000万台の規模に達することになる。1,000万台までに5年、次の1,000万台には3年かかったものが、その次の1000万台は2年で到達する見込み。このうち外販比率は25%を占める。10年前にはここまで到達するとは考えられなかった。生活家電の分野において、目に見えない技術を、いかに信頼していただくかという苦労の連続だったが、それがこの10年で花開いた。これからは、さらに多くのシーンでプラズマクラスター技術を利用していただけるような製品を創出し、“空気の常識”として、プラズマクラスター技術が活用される世界を作りたい」と語る。

 この10年間、プラズマクラスター技術の効果を浸透させるために、多くの時間と労力が割かれた。これからの10年は、プラズマクラスターの活用の場をより広げていくフェーズへと入ることになりそうだ。





2010年8月30日 00:00