そこが知りたい家電の新技術

寝る前のキスができる睡眠時無呼吸症候群の治療器具「ドリームファミリー」とは

2025年までに30億人の人々の生活を向上させる

 フィリップスのヘルスケアの取り組みがユニークだ。家電製品の開発によって培ったノウハウを、医療用製品や病室に反映したり、将来的には病院や自治体と共同で、さらに大きなプロジェクトを進めようとしている。

 同社では、ヘルスケア分野を分けて考えることはせずに全ての根源においてヘルスケアが重要だと捉える。会社の理念として「イノベーションを通じ、世の中をより健やかで持続可能にするために努める」ことを掲げており、具体的には「2025年までに年間30億人の人々の生活を向上させること」を目標とし、そのためのプロジェクトをいくつもスタートさせているという。今回は、フィリップス、創業の地であるオランダ、アイントホーフェンまで取材に行った。

フィリップス、創業の地であるオランダ・アイントホーフェンにある「フィリップスミュージアム」

創業当時からX線など医療関連の製品を扱う

 まず向かったのは、フィリップスの歴史や製品、今後の展望までが一堂に展示された、フィリップスミュージアム。フィリップスは、1891年に炭素フィラメント電球の生産をスタートしてから、昨年、125周年を迎えた歴史ある会社で、現在世界100カ国以上でビジネスを展開する。日本では、Wi-Fiとつなぐことで1,600万色以上を再現できるLEDライト「hue」や油を使わずに揚げ物を調理する「エアフライヤー」などの製品でもよく知られている。

1890年代にヘラルド・フィリップスが父、フレデリックの支援を受け「合資会社フィリップス」を設立。炭素フィラメント電球の製造を開始した

 フィリップスのヘルスケアの歴史は古い。創業当時から、X線の製品を扱っているほか、現在でも、MRIやCTなどの医療製品を多く取り扱っている。実際、部門別の売上高でもヘルスケアが46%を占め、ライティング(31%)や、コンシューマーライフスタイル(23%)を大きく上回る。

1920年代には医療用のX線製品を扱っている

 ミュージアムでは、これらの歴史だけでなく、今後の製品作りのヒントとなるキーテクノロジーも展示。その前に立つだけで、その人の体温や身長、体重などの数値が測定できるモニターなどが参考展示されていた。

世界初のPET-MRIスキャナーもフィリップスが開発
X線の研究の様子。写真は1898年に撮影されたもの
未来の技術を展示したコーナー。こちらは前に立つだけでその人の体温が表示されるモニター
その人の身長や体重が表示されるモニターも展示されていた

人ごとじゃない! 潜在的患者数300万人の睡眠時無呼吸症候群とは

 フィリップスが現在、ヘルスケアの主力製品と位置づけるのが、睡眠時無呼吸症候群の治療機器「ドリームファミリー」だ。睡眠時無呼吸症候群とは、肥満など、様々な要因から睡眠中に無呼吸状態が続いてしまうというもの。十分な睡眠が取れないため、疲れが取れず、昼間でもぼーっとしてしまったり、突然の睡魔に襲われる可能性もあるため、運転なども危険を伴う。日中の眠気だけでなく、心不全など、他の疾患の関連性も高く、様々な病気の元凶となりうる。

ヘルスケアの主力製品と位置づける「ドリームファミリー」。昨年9月にドイツ・ベルリンで開催された「IFA2016」においても、大々的に紹介された

 睡眠時無呼吸症候群のもっともわかりやすい症状の1つが「いびき」で、いびきは本人の自覚症状がないことが多く、気付いても「たかがいびきだろう」と軽く見ている人が多い。潜在的な患者数は、日本国内だけでも、300万人とも言われている。

 また病院に行って、睡眠時無呼吸症候群だと診断された場合でも、そこからの治療が困難を極める。そもそも、睡眠時無呼吸症候群は、舌根部がのどに落ち込んでしまうことで起こる。治療に用いる器具では、睡眠中の喉に圧をかけた空気を送り、のどを強制的に開き、息ができるようにする。治療用の器具は大きく、口元にホースが付いているので、寝返りも打てない。睡眠中の動きが制御されてしまうことに加え、実際の治療は睡眠中に行なわれるため、患者本人には効果がわかりづらく、治療用器具をつけ続けるモチベーションが保てないという。この器具は、4週間以上連続して使わないと、治療の効果が出づらいと言われているが、実際には1週間ほどで治療をやめてしまう人が多いという。

ゴツくて寝返りもうてなかった治療器具を劇的にチェンジ

 フィリップスでは、以前から睡眠時無呼吸症候群の治療用器具を扱っていたが、これらの問題を踏まえて、新たな製品を開発。それが、「ドリームファミリー」だ。

 ドリームファミリーと従来の治療器具はまず見た目から全く違う。以前の製品は口元に大きなマスクを付けて、見た目にも仰々しいが、ドリームファミリーはコンパクトで、柔らかな印象だ。この製品の開発にあたっては人々の生活を考えることからスタートしたのだという。

ドリームファミリーを装着したところ
従来タイプの製品。口元が覆われてしまい、話したり、メガネをかけたりすることも難しい
新しく開発した「ドリームファミリー」。見た目も大きく違うが、装着感もより自然で違和感が少ないという
寝返りも違和感なくうてる
口を覆っていないので、パートナーとの会話やキスも可能。就寝前のひとときを楽しめる

 「就寝前に人々がどのように過ごしているかを考えました。本を読んだり、音楽を聴いたり、パートナーと1日にあったことを話し合ったり、ベッドの中で過ごす時間は重要です。ドリームファミリーでは、ホースを口元ではなく、頭上にしたことで、それらの全てを可能としました。口元にホースがないため、就寝前のキスだってすることができるのです」

 実際、以前の製品と見比べてみると、その違いは歴然。製品から受ける印象も違えば、装着した時の見た目の違和感も少ない。装着が簡単で、フィット感が高いなど、実際に使っている人からも好評なのだという。さらに、フィリップスでは、ドリームファミリーと連携して使える治療用のアプリも開発。これは、治療のモチベーションを保つのに役立つという。

 「睡眠時無呼吸症候群の治療は患者本人が就寝中に行われるため、本人に治療の自覚がなく、器具を使い続けるモチベーションが保てないケースが多かったのです。アプリでは、クラウドと連携しており、一晩にどれくらい治療用器具が稼働したか簡単に確認できます。またこの情報を医師と共有することで、治療に役立てることもできます」

 フィリップスでは、電動歯ブラシやLEDライトなど、家庭向け製品においてもIoT化を進めている。ドリームステーションのアプリの開発に、家庭向け製品のノウハウが役立っていると言えるだろう。

その日、その時間に必要な薬がパッケージングされて出てくる「medido」

 次に紹介するのが、日本では未発売だが、本国オランダでは既に展開している薬の管理ができる「medido」だ。

その日、その時間に必要な薬がパッケージングされて出てくる「medido」

 88歳になる私の祖母もそうなのだが、一度病院に行くと大量の飲み薬をもらってくる。心臓の薬から血圧の薬など、種類も数も膨大で、毎日の薬の管理がとても大変だ。母や私が祖母の家に行った時に、日付と飲む薬をポケットが付いたカレンダーなどに入れてなんとか整理しているが、高齢者には負担の大きい作業だ。

 そこで開発されたのが「medido」だ。ボタンを押せば、その日、その時間に飲むべき薬がパッケージングされて出てくるという。この製品のキモとなるのは、病院との連携。薬の誤飲は健康に関わる。「medido」の中に必要な薬を入れて、日時を設定するのは医療従事者でなければならないのだ。

時間になると、必要な薬が出される
薬はその都度、パッケージされている

 フィリップスでは、現地の病院と連携してこのアイテムを開発。実際に稼働している。

 2製品に共通するのは、ユーザーの利便性だけでなく、情報を共有することで、医師の利便性も向上しているということ。寝返りがしたい、薬をわかりやすく整理したいなど、医学的にみたらそれほど重要性が高くない要求かもしれないが、患者さん当人にとっては、改善されることで、毎日の生活がさらに便利になる。そういったポイントに目を付け、そこにフォーカスした製品を作り上げるというのは、コンシューマー製品と、ヘルスケア製品を両方取り扱っているメーカーならではだと感じた。

 明日掲載の後半では、“病院を作るために必要なこと”とは何か、フィリップスのデザイナーに話を聞いた。

阿部 夏子