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「ビルOS」って何? 建物を効率よく快適にするための実験を福岡で見てきた
2024年3月21日 07:05
様々な部材やシステムで構成されるビルディング(ビル)を、まるでパソコンのような考え方で進化させる「ビルOS」という言葉を聞いたことはあるだろうか?
パソコンはご存じの通り、メモリーや記憶ストレージ、カメラ、キーボードにマウスなどが集まって、それをOS(オペレーティングシステム)が統合して管理。様々なソフトウェアを使うことで、個人個人に便利なシステムとして構成している。
現在のビルは、エレベーター、空調やセキュリティシステムなどが独立して機能しているものの、ビル全体の管理と運営においては、システムの統合や効率化ができているかといわれれば、まだ不十分だろう。
そこに登場したのが「ビルOS」という考え方。
パソコンやスマートフォンに、様々なアプリを統合管理するWindows OSやiOSなどがあるように、「ビルOS」が様々なメーカーが作ったハードウェアを、ビル全体として統合。パソコン用のOSと同じく、各メーカーの差分は「ビルOS」が吸収するため、各メーカーは差分を考えずにアプリを開発できる。
そしてビルの管理者は、アプリでビルを自由にチューニングでき、ビル利用者は、ビジネスを効率化し、エンターテインメントを楽しめるというものだ。
出社したら自動でエレベーターを呼んでくれて、スムーズに自分のオフィスへ向かう。一番に出勤したならセキュリティの解除と照明、エアコンなどの電源ON/OFFをすべて自動で制御。管理室への届け出も不要だ。さらにカレンダーアプリにスケジュールを入れておけば、時間と利用者の動きを見て、エレベーターを呼び出し、カーシェアリングできる地下駐車場まで一気に行ける。もちろん車の予約もしておいてくれるし、電気自動車のバッテリーはフル充電だ。そして客先や出張先へ向かう。
そんな素晴らしいサービスが展開される、未来のビルを構築するための実証実験を福岡で取材してきた。
ビルはセンサーとシステムの塊だが……現状ビルの問題とは
建物、特にビルには、それを構成するたくさんの部材がある。例えばあらゆる場所に備えられた照明は、テナントや各島といったゾーンごとに照明のON/OFFができたり、明るさの調整も可能だ。また冷暖房や換気などの空調も、照明同様にゾーンごとに細かく調整ができる。
エントランスを通り過ぎるとエレベーターがあり、入館口には入出館管理ゲートがあり、IDカードの照合や顔認証などが行なわれる。他にも来館者用受付システム、各フロアやエリアのセキュリティゲート、フロア内のセキュリティカメラや防災センサー、温度や二酸化炭素センサーなど、ビルは様々なセンサーとシステムの塊だ。
さらにビル利用者が普段見えない場所にも、太陽光発電に蓄電池、ビルのエネルギーを総合的に管理するBEMS(Building and Energy Management System)があり、いざという時には電気自動車を電源にできる充電システムを備え、ビルと車を連携させるV2X(V2H:Vehicle to Homeのビル版)などもある。電気やガスを使う給湯や、停電時でも空調を運転できるガスエアコンなども、見えないところで動いている。
だが現状のビルは、それらセキュリティゲートやエレベーター、空調システム、蓄電池などを管理するBEMSなどが、バラバラに稼働している。例えば、IDカードや顔認証でゲートを通過したら、自動的にエレベーターを呼んでおいてくれ、行きたいフロアまで運んでくれる……といった、一見すると簡単そうなこともできずにいる。V2Xについても、対象となる車は限定的であり、利用者が増えているシェアリングサービスなどの車は、もちろん組み込めない。
もちろん、これらビルを構成するシステムは、管理室からの遠隔操作やモニタリングができるように、DX(デジタルトランスフォーメーション)やIoT化が進められている。一つ一つの設備や部材、サービスなどはリッチなものを備えているが、既存のシステムは拡張性や柔軟性、連携性が低いため、利用者の利便性を効果的に向上できずにいるのだ。
福岡市のオフィスビルの実際と経産省が見据える近未来ビル
福岡地所とパナソニックが共同で実証実験を行なっているのは、福岡県福岡市の中心街天神にあるオフィスビル「天神ビジネスセンター」(福岡市中央区)だ。地下には飲食店も軒を連ねる複合型の商業ビルといっていいだろう。
ビルはすでに稼働しており、中心地の地下鉄天神駅とも直結しているので、オフィスビルだけでなく飲食店の人の出入りも非常に多い場所だ。
先に説明したようなDXやIoTを使った効率的かつ便利なビルの運営は「スマートビル」と呼ばれており、国際的にはIEA(国際エネルギー機関)が、国内では経産省関連のIPA(独立行政法人情報処理推進機構)が中心となってガイドラインの作成に当たっている。
このようにビルの持つ様々なシステムや人、設備などのリソースと、ビルに訪れる人や車、またビルそのものや環境など、物理的な影響をインプットとし、実際に利用している人や運営会社、テナント、都市開発などのサービスをアウトプットする。
環境や物理的な影響、つまりは条件をインプットしていき、その条件下で最適なサービスをアウトプットしていく。それらを基盤から支えるのが「ビルOS」。さらに同OSで利用できるアプリを開発しやすくし、アプリによって利用者にアウトプットしていくという構想だ。
実証実験のキーマンの1人が、Kii株式会社の代表取締役会長、荒井真成さんだ。同社では大規模で多様なIoT機器、各種メーカーの装置を統合して管理する、クラウドサービスを展開している。
簡単にいうと、現在エアコンのスマートフォン連携は、各社のアプリを使わなけばならない。だが、Kiiのサービス上で動くアプリを使うと、どのメーカーのエアコンでも、同じ操作方法で同じように操作できる……というようなものだ(現在、実際にそうしたエアコン用アプリはない)。
荒井さんによれば「ビル内にある様々な施設を、クラウド上のサービスで、メーカー各社が自由に相互乗り入れ・連携できるようにすることで、(人とモノの流れのデータを参照し)ビルの効率的な管理ができ、ビル利用者も新しい使い方が発見できる」という。
利用者の利便性が高まる具体例として、最終退室者を自動的に検出してセキュリティ起動、余計な電力をすべて自動でOFFするなどだ。また地下飲食店やトイレなどの共有スペースの混雑具合を提供し、自動的に混雑緩和を促すように導いたり、エレベーターの運行形態を時間帯によって変えるなどである。
ビルを利用するためのアプリは、ビルの設備を提供するメーカーだけでなく、第三者のソフトウェアベンダーが開発することも可能だ。つまり「ビルOS」という開発プラットフォームの上で、メーカーに依存せず、ビル内のリソースを活用することで、様々なアプリを開発でき、そのアプリを来訪者や入居者、管理者が使えるというワケだ。
いうなれば、自分のスマートフォンに、Apple StoreやGoogle Play ストアからダウンロードしたアプリを入れれば、自分で便利なようにビルのリソースが使えるというもの。
まずは人の動きを把握する
「人の流れ」は、ビルの使いやすさを決定づける重要な要素の一つ。一方で、把握しづらいのが現実だ。出退勤や昼休憩時は、同じ時間帯に多くの人が動く。エレベーターはいくら待っても来ず、来たと思ったら満員。ビル内の飲食店は5分違うだけで大混雑。トイレもしかりだ。
現在の実証実験は、規模は小さいながら、まず「人の流れ」を把握し効率化することに力点を置く。現状行なっているのは、特に効率性が重視される「清掃や設備管理に関わる人達の合理的な動き」を構築する試みだ。
それぞれの担当者は、自分の居場所が分かるようにするコインサイズのビーコンを所持。ビルの各所に設けられたゲートウェイという装置で、誰が今どこにいるかを把握する。一方管理者のみが使うバックヤードのエレベーターも同様に階数検出などを行なっている。
こうすることで設備管理者のAさんは、清掃を行なっていないフロアを把握でき、逆に清掃のBさんは設備管理で工事をしていないフロアの掃除ができるというワケだ。各階を結ぶエレベーターも移動時間やドア開閉時間などの記録が取られており、時間帯や作業パターンによるエレベーター運行の最適化などが行なえるようになる。
現段階では、ビル管理の関係者のみを対象としてデータを収集しているが、この対象を広げていくことが求められる。
実現に向かっての課題もたくさん
ビルOSやスマートビルの実現には、まだまだ課題が残されている。まずは各メーカーの差分を埋める必要がある。ビルOSの仕様に合わせて開発しなければならないため、メーカー間の利害関係が働くだけでなく、メーカーAには機能があり、メーカーBにはない場合、また複数の機能でひとつの機能として動く場合などだ。
また、そもそも古い壁スイッチなどはON/OFFの状態をシステムに知らせる手段がない。そのほか、照明は点灯と消灯の2つの状態しかない場合もあれば、20段階の明るさと5段階の色調が変えられるものもあるため、規格の制定は簡単なことではなさそうだ。
先の荒川さんによれば「ビル設備のサプライヤーは多岐にわたります。そのため、IPAや規格を制定する団体がまとめるのは無理です。想定としては、オープンコンソーシアムでの規格策定を目指しています」とのことだ。
つまりパソコンのUSB規格のように、非営利団体でメーカー各社が議論を重ねて策定する開かれた規格になりそうだ。
まだ始まったばかりの「ビルOS」だが、向かっていく先は期待できる。そしてヒト・モノ・カネが集まり動く「箱」としてだけのビルではなく、エンターテインメントや防災拠点、コミュニケーションの場としての新しい価値を生み出す「未来のビル」実現に、今回の実証実験の成果が活かされていくのだろう。