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洗濯機つくり続けて50年! パナソニック静岡工場は何がすごいのか見てきた
2023年11月7日 08:05
東海道新幹線の山側席に乗っていると、浜松~掛川間で「Panasonic 洗濯機」の文字に見覚えがある人もいるだろう。筆者も「ここでパナソニックの洗濯機を作ってるのか」と思い続けて数十年。遂にその中をパナソニックのメディアツアーで見学してきたのでお伝えしたい。
正式名称はパナソニックの「静岡工場」(実は浜松に近い)で、看板のとおり洗濯機を専門に作る工場。操業開始は1973年6月で、今年2023年に50周年を迎えた。
なおパナソニックの洗濯機工場は中国やインド、ベトナムやフィリピン、ブラジルにもあり、静岡工場は日本における洗濯機のマザー工場という位置づけ。世界の拠点をまとめるグローバルマザー工場にもなっている。いわば洗濯機の製造技術に関するスペシャリスト集団だ。
製造しているのは、どの量販店でも“ななめドラム洗濯機”としてイチオシされているNA-LXシリーズと、真四角なデザインが特徴のCuble(キューブル)シリーズだ。量販店で売っているパナソニックのななめドラムは、ほぼ静岡製といっていいぐらい。加えて縦型洗濯機の上位モデルNA-JFAとNS-FWシリーズがある。
懐かしい洗濯機の数々! 50年の歴史を振り返る
最初に見えてきたのは、工場入口にある展示室。パナソニックの前身であるナショナル洗濯機の1号機や、静岡では作られていない海外向けモデルなどが展示されている。
さらに特別展示室には、エポックメイキングな洗濯機の数々。静岡工場の1号機も展示されていた。当時の洗濯機は丸いメーターがついていて、これで「洗濯」「すすぎ」「注水」「脱水」などの現在行なっている工程と、あとどのぐらいの工程が残っているかを示していた。スイッチは機械式で令和の今から見ると斬新だ。
その左隣にあったのは「愛称を付けない、愛称にこだわらない」パナソニック洗濯機としては珍しかったブランド「愛妻号」。1983(昭和58)年に発売され、電子化が特徴的。これ以降は全自動洗濯機(乾燥はできないモデル)が主流になる。
奥にあった茶色のモデルは、1990年の愛妻号。当時の流行語だった、今でいうAIを思わせる「ファジー(あいまいな/柔軟性がある、といった意味合い)」を冠した愛妻号だ。これ以降、10年間使われ続けた愛妻号のブランドは役割を終え、型番表記になっていく。
展示されていた一番右は、世界初の洗濯と乾燥に対応した縦型機。縦型洗濯機で洗いから乾燥まで一気通貫でできるようになったのは、意外に最近の2000年だ。なお、ドラム式(真横)洗濯機としては1997年から乾燥機能を実装している。
そしてパナソニックのドラム式洗濯機が市場を席巻し始めたのが2003年発売の世界初の“ななめドラム”式洗濯・乾燥機。それまでのドラム式は、コインランドリーのようにドラムを真横に倒したものだった。しかしパナソニックは、洗濯物の出し入れのしやすさを第一に考え、技術的にめちゃくちゃ難しいとされていたななめドラムに舵を切ったのだ。
何kgもの濡れた洗濯物が入ったドラムを、毎分1,000回転以上で回す脱水。ドラムの回転中心を出す(ぶれないように回転させる)のが非常に難しいだけでなく、洗濯物が偏った状態からスタートするので、ハードウェア的にもソフトウェア的にも困難なのが分かるだろう。
ただこれがななめドラムの完成形ではなかった。これまでの乾燥機能は電気ヒーターを使ったもので、現在普及しているヒートポンプではなかった。そのため洗濯機からは湿った温風が出て、部屋の湿度が上がって不快という問題を抱えていた。
今のヒートポンプはエアコンの除湿機能と同じなので、超小型のエアコンが洗濯機に内蔵されている。つまり部屋の湿度を上げずに洗濯物を乾燥させることができるようになった。
現在のななめドラム式洗濯乾燥機の原型となったのは、写真中央にある、2005年に発売された世界初のヒートポンプ搭載ドラム式洗濯乾燥機「NA-VR1000」だ。
匠のアナログ技術とデジタル管理
いよいよ先ほど新幹線から見えた「Panasonic 洗濯機」の建屋内の見学へ。ここ静岡工場では、鉄板やステンレスの穴あけや曲げ加工から、最終組み立てまで行なっている。もちろん外部のサプライヤーから供給されている部品もあるが、重要部品はすべて自社製。
なぜ自社製かというと、ななめドラム洗濯機のシェアでトップを守る同社製品には、単に図面を引いて作るだけでなく、高回転と重量物への対応、防振対策、果ては自動洗剤投入機能が詰まりにくくする構造など、様々な特許があちこちに組み込まれているからだ。しかも特許を持つ機能や部品は、特殊な製造工程を経て作られるため、内製しているようだ。筆者がちょっと調べただけでもドラム式洗濯機に関する特許が2,000件ほどあった。
これからお見せする製造工程も「ここからの方向だけ」のような厳しい撮影の制限があったもの。物足りなさを感じるかも知れないが、了承いただきたい。
まずは筐体の鉄や洗濯槽のステンレスの打ち抜きや曲げ加工。筐体が大きいので金型もビッグサイズだ。樹脂成型用の金型なら数十cm四方の金型だが、こちらはmサイズ。作る部品を変える場合は、このデカイ金型をプレス機(「AIDA」と書かれた機械)にセットする。
普通はフォークリフトなどを使って交換するが、あまりにもデカイ洗濯機の金型は天井クレーンを使う。写真では「安全第一」と書かれた赤い橋のようなものが見えるが、これが金型交換用のクレーン。手前から奥、左右にフックが動かせるので、この建屋の中を自由に移動できるわけだ。
こうしてプレス機の中に鉄やステンレスの板を送り込み、構造体やボディ、洗濯槽を作っていく。
先ほど加工されたステンレス板は、次の工程に回され筒状の洗濯槽に仕上げる。この工程では特殊なプレス機を使用。通常のプレスでは上下または左右からプレスして成形するが、洗濯槽は高速回転するのでバランスが大切。そこで三方向からプレスすることで精度を上げている。さらに洗濯槽には、缶酎ハイ「氷結」のようなダイヤモンド型の起伏を付けるため、これも三方からのプレスで成形する。
ステンレスの筒には、特殊な製造方法で作られた底、そして洗濯槽の前後についている白いリングの流体バランサー(中に液体が入っており回転することでバランスを取るおもりになる)を合体して洗濯槽になる。最後は洗濯槽の回転の中心を決めモーターの力を洗濯槽に伝える、太さ3cmほどのシャフトを付ける。少しでも軸がズレていると洗濯槽がバタつくので、高い精度が求められる工程だ。
最終組み立て工程の前には、洗濯槽を囲む槽やモーター、取り付け用のステーに乾燥用の空気を送るダクトなどを取り付ける。
最終組み立て工程は長いラインが組まれており、洗濯機の土台の部分から次々と部品が組み立てられ、最終的には全量の水漏れ検査などを行なって出荷される。
新機能の影に見える技術屋の「やらまいか」精神
工場がある浜松近くには「やらまいか」という方言がある。「とにかくやってみよう」「やろうじゃないか!」という意味だ。パナソニックの洗濯機には、この「やらまいか」がたくさん詰まっており、そのひとつが先に登場した「特殊な製造方法で作られた底部」。2013年から静岡工場で行なわれている「インサート成形」というものだが、実物を見てもらった方が早いだろう。
この手の物は芯材となるアルミと樹脂製のメッシュ部分を別々に作り、最後にねじ留めしたり、ツメではめ込み1つの部品にする。しかしこの方法だと、濡れた洗濯物の重量やモーターの回転力など、様々な方向から大きな力がかかるので、ねじ留め部分やツメ、樹脂の隙間に局所的で大きな力がかかり、経年劣化で疲労や破断などが起きやすい。
そこで静岡工場では、樹脂成型をする際に、芯材のアルミを成型機の中にセットし、芯材を含めて樹脂でカバーするように一体成形することを決定。こうすることでねじ留めしなくても樹脂とアルミを一体化でき、重い洗濯物とモーターの力をアルミと樹脂の面で分散するので壊れにくいというワケだ。
インサート成形自体は既存の技術だが、それを洗濯機の底に応用したり、どうやって金型を作り、どうやって芯材を固定するかなどの製造技術が難しい。そこで製造に関する多くの特許も持っているようだ。
もう一つ筆者が気になったのは、生産ラインで取り付ける部品がどんどん供給されるしくみ、通称「からくり」がたくさん導入されていた点。要はパイプとローラーで作ったラックに部品が入った箱をストックしておき、空になるとペダルを踏んだりすると、空箱は奥に送られ、部品の入った新しい箱が手前に流れてくるというものだ。
簡単に思えるかもしれないが、空箱を奥に排出しようとしても、後ろから部品が入った重い箱に押されているので、これにストッパーを掛けて、空箱を落とすレールを動かして……と機関車の動輪を動かすようなリンク構造をパイプとローラーだけで作るのはとても難しい。
こうしたからくりは、たいてい作業員さんから「こうしたい、ああしたい」という要望があり、それを元に「やらまいか!」と生産技術のチームが乗り出すという。「そんなんモーター使わないとできないじゃん!」といいたくなるところだが、動力を使うと安全装置などが必要になるので、とにかくローラーとパイプだけで作る。
これまで他社も含め工場を100カ所近く見てきた筆者だが、どうみても他とは気合の入れ方が違うので、さらに話を聞いてみた。パナソニックでは事業部の壁を超えて工場から人員があつまり分科会を開催し、技術やアイディアの交換をしている。さらに「からくりコンテスト」というものも開催していて、2023年は静岡工場が受賞したという。
製品自体の性能も「やらまいか!」精神が活かされているが、製品を作る製造工程も「やらまいか!」の精神で、より壊れにくく、安心して便利に使える製品を生み出している。
パナソニックのドラム式洗濯機が選ばれるワケ
最後に「やらまいか!」で作られた新しい機能も紹介しよう。それが2023年モデルに搭載された「はっ水回復コース」だ。
レインコートやアウトドアグッズに使う「撥水スプレー」。これを吹きかけるとたとえ雨に濡れても、雨粒が水玉のように流れ落ちていく。「となりのトトロ」でおなじみのハスの葉を傘にすると、同じようにハスの葉の上を水滴が転がり落ちていくのをご存じだろう。実はこれ「ロータス(ハスの葉)効果」という科学現象。ハスの葉は目に見えない細かい毛で覆われていて、毛の上に落ちた水滴は表面張力で丸まり転げ落ちる。
撥水スプレーも同じで、スプレーすると衣類に細かい毛が付着する。そのためハスの葉と同様に水滴が表面張力で丸くなり落ちていく。しかし何回も使っていると衣類に付いた毛が寝てしまう。こうなると毛の間に水滴が侵入し、衣類に水が染み込んでしまう。
しかしパナソニックの洗濯機に搭載された「はっ水回復コース」と使うと、倒れた毛を元に戻して撥水力を回復させる。いいかえれば乾燥用の温風を使って、細かい毛1本1本にアイロンをして毛並みを揃えるようなイメージだ。
さらにパナソニックのななめドラム洗濯機は、運転音が静かになっている。それを実現しているのが、洗濯槽を支えるバネとサスペンション。洗濯物を取り出したときに気づいた方も多いと思うが、洗濯槽は洗濯機本体から切り離され浮いている状態。これを上部からバネで吊り、下からは4本のサスペンションで支えている。
こうして本体と洗濯槽を切り離すことで、洗濯や脱水など洗濯槽の大小さまざまな揺れを吸収し、運転音を静かにしている。バネとサスペンションを使った支持は他社でもやっているが、バネの強さやサスペンションの数、サスペンションの緩衝力や取り付け位置や向きで大きく性能が変わる。
パナソニックが特徴的なのは、いろいろな方向から支える4本のサスペンションだ。通常は2本で支えるものが多いが、4本で支えることで横向きの振動も抑えているというワケ。そしてよくみると分かるが、ドラムの回転軸の中心に向かって、いち早くバランスを回復させるようにしている。
これ以外にも細かな配慮がたくさんされているが、すべてはお客さんがより長く、より安心して、便利に使えるように日々工夫をしている。その原動力が「やらまいか」であり、ドラム洗濯機のシェアでトップを握るという結果にもつながっている。