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IHクッキングヒーターって実は超進化していた! パナソニック神戸工場で見た歴史と最先端
2020年11月27日 08:00
「IH(インダクション・ヒーター)」といわれてまず思い浮かべるのが炊飯器だろう。火力が強いイメージがあり、高級炊飯器の熱源として一般的にもよく知られた存在だ。
また、お料理好きな奥様や旦那様のあこがれのキッチンとしても有名なのが、IHクッキングヒーターだ。ガスを使わないため安全性が高く、タイマーや火力の自動コントロールができるとあって、2000年あたりからオール電化住宅の広がりとともに出荷台数を増やしている。普及のきっかけとなったのは、1995年の阪神淡路大震災。地震よりも街全体が延焼する姿が印象的で、「ガスコンロは怖い」というイメージもある。いざというときにガスの復旧より電気の復旧のほうが早いという理由で、IHクッキングヒーターに注目が集まった。
それから順調に出荷台数を伸ばしてきたIHクッキングヒーター。東日本大震災の影響で、2011年から電力会社によるオール電化のPRが滞り、出荷数が一時落ちたが、2015年を境に再び出荷数を伸ばしている。これはクリーンエネルギーが注目されていることや買い替え需要によるものだろう。
さて、そんなIHクッキングヒーターのさらなる普及が見込まれている。それはお年寄り世帯の安全な調理機器としてだ。
ここではパナソニックのIHクッキングヒーターの部品加工から最終製造工程までを担う神戸工場を取材。シェアナンバーワンの秘密と歴史をたどっていくことにしよう。
知らぬは消費者ばかりなり! 実は超進化しているIHクッキングヒーター。フラットな加熱面の中は激変している!
IHクッキングヒーターが世界ではじめて発明されたのは、1971年のアメリカ。直火に代わる新しい調理機器として発売された。その3年後の1974年にはパナソニックと三菱電機が国内初のIHクッキングヒーター(電磁加熱調理器)を発売する。この2社に日立を加えた3社が主なIHクッキングヒーターのメーカーだ。
IHクッキングヒーターは、50年近い歴史がありながら、イマイチよくわからない調理機器だ(笑)。メーカーには悪いが、パッとしない調理家電を、この3社は細々と半世紀近く作り続けてきた。ここまでの歴史で、先の3社以外の大手メーカーはIHクッキングヒーターに参入するも、早々に開発・販売を断念。世間的には、IHはコンロではなく高級炊飯ジャーの強力な熱源となってしまった。
現在、IHクッキングヒーターのトップシェアは、パナソニックで、世界累計生産台数は2020年11月現在で700万台となっている。
見た目はここ数十年も変化がないIHクッキングヒーター。ほとんど改良点なんかないと思われがちだが、中身はIHクッキングヒーター以上にヒートアップした改良が行なわれている。
まず、発売当初はワゴン型だったが、4年後には小型化され卓上に乗るようになった。それまで家族で鍋を囲むときは、キッチンのガス台からホースを伸ばし鍋専用の五徳を用意していた。そこへ登場したのがコンセントに差すだけで家族で鍋を囲める卓上IHクッキングヒーターとあって、プチヒットする。
しかしIHクッキングヒーターは、鉄鍋しか加熱できないので、鉄鍋でやるすき焼きならいいが、土鍋の湯豆腐はできなかった。だからすき焼き鍋で湯豆腐をやるという変な時代もあったが、やはりそれには違和感を持つ家庭も多かった。
そんな経緯もあり、IHクッキングヒーターは、より安価で鍋の素材を選ばないカセット式のガスコンロに取って代わられるようになる。
卓上コンロへの道が絶たれたIHクッキングヒーターは、方針を転換。キッチンにビルトインされたタイプのIHクッキングヒーターに照準を合わせる。
1990年にパナソニックが世界初の200V式、3口コンロを開発するが、ガス式に比べて大きく、キッチンの規格に合わず苦戦。
2000年に発売した製品は、パナソニックのIHクッキングヒーターの特徴である光るリングを搭載し、ガスレンジと同じ規格までコンパクトにまとまった。オール電化の波に乗り、ついにIHクッキングヒーターが普及し始める。
そしてついにIHの弱点だったアルミ鍋や銅鍋が使えるようになった、世界待望のオールメタル対応モデルが発売。2002年にパナソニックが世界で初めて製品化した。まさに「継続は力なり」という言葉が当てはまるIHクッキングヒーターだ。このようにパナソニックのIH技術が世界をけん引しているといっても過言ではないだろう。
IHクッキングヒーターは更なる進化を続け、2019年モデルでは魚焼きグリルがちょっと中央に寄った! まだ本当の中央とは呼べず、唯一ガス式に引け目を感じているのが、魚焼きグリルだ。とはいえこれまでのグリルは、電熱線方式であったが、近年はこちらも下部ヒーターがIH化され、大火力が売りになっている。
そして魚焼きグリルの下部ヒーターにも歴史がある。
また下部IHの機種では、上部に平面ヒーターを搭載したため、グリル内に凹凸がなくなり、庫内の拭き掃除が簡単になったのが特徴。さらにグリルの高さが従来機よりも高くなったので、高さのある食材や背の低いダッチオーブンなどを入れることが可能になっている。
3倍高周波インバータ(電源)回路で省エネなのに大電力を供給
昔のIHクッキングヒーターは、鉄かステンレスの鍋にしか対応できなかった。なぜならIHクッキングヒーターは電磁誘導という電気のしくみを使っているからだ。まずコンロの上に置いたフライパンの鉄に電磁誘導で電流を流す。鉄やステンレスは電気が流れにくく、電気ストーブのニクロム線のように鉄自体が発熱するので調理ができる。ちなみに電流が流れるのは、金属内部だけ。加熱中に鍋を触っても感電しないので安心してほしい。
ワイヤレスのスマートフォン充電器があるが、あれもIHクッキングヒーターと同じ電磁誘導だ。充電器の場合は、スマホの中にある、コイルと呼ばれる銅でできた部品に電磁誘導で電気を流し、コイルで発生した電気でスマホを充電している。電気が流れやすい銅で作られたコイルなので、フライパンのように発熱せずスマホが充電できるというワケだ。
一方で調理用の鍋に目を向けると、鉄鍋は少ない。熱の伝わりやすいアルミや銅が主流だからだ。そしてこれらの金属は、電気も通しやすいので、IHクッキングヒーターで電流を流しても抵抗が小さく発熱しにくい。アルミも電気を流しやすいの? と思うかもしれないが、高圧送電線に使われている電線には、コストと強度と電気の流れやすさからアルミ導線が使われている。
電気を通しやすい材料ランキング
1位 銀
2位 銅
3位 金
4位 アルミニウム
5位 鉄
6位 プラチナ
7位 チタン
8位 ステンレス
9位 水
10位 空気
11位 ガラス
12位 ダイヤモンド
13位 ゴム
14位 木材
15位 PET樹脂
9位以下は電気を通さないので電磁誘導が効かない。鉄とステンレスの間にある、チタンやプラチナの調理器具ならIHクッキングヒーターに対応できるかも? トップ4は電気を通しすぎて通常のIHクッキングヒーターでは発熱しない。
では銅やアルミの鍋を発熱させるにはどうしたらいいか? それを解決するには、鉄鍋よりも多くの電力を鍋にかけ、発熱させるほかない。そのためにはいろいろなアプローチがあるが、結果はすべて同じ。大電力を発生させるためには、膨大な熱やロスが発生してしまうのだ。車を運転する人ならご存じの通り、スピードを出せば出すほどエンジンは高速でブン回り、大量の熱を出し、ある程度の速度まで行くと頭打ちになる。IHもこれと同じだ。下手をすればIHクッキングヒーターより大きい、空冷ファンが必要になってしまう。
ここでパナソニックが考えたのは、これまた物理でおなじみの共振というしくみ。ちょっと例えが極端になるが、お風呂に入って一定のタイミングで手を前後に動かしていると、最初は小さい波でも、やがてお風呂の水全体が波打つ大きな波になる。これが共振だ。つまり小さな力でも大きな力を作る、物理法則の裏技みたいなものがある(物理法則なので裏技じゃないけど……)。
パナソニックはこれに着目して、「3倍高周波インバータ回路」という、これまでと同じ電力しか使わないのに、より大きな電力を生み出す電源の心臓部を開発したのだ。
コラム:電気を学んだことがある人向けに
IHクッキングヒーターは、およそ20kHzの高周波電力を使っている。この高周波を作るのは、電気自動車などに欠かせない電源用半導体「IGBT」(電力用スイッチング素子)だ。しかし半導体を使って高速にスイッチングすると、スイッチング素子から大量の熱が出る。もしアルミ鍋を加熱できるほどの高周波電力(60kHz程度)をIGBTで作ろうとすれば、IGBTの熱を放熱するための巨大なファンが必要になり、また高速にスイッチングすると損失が多くなり、やがて頭打ちになる。
さて、弱電にしても強電にしても、電気を学んだことがある人が必ず習うのは発振(共振)回路。今でこそ発振回路は、水晶発振などが使われ、時刻を正確に刻んだり、パソコンを動かすための基本のパルス(クロック)を作り出す。が、もっと古典的なCR発振やLC発振という共振回路がある。
さらにIHで使われるのは、コイル、つまりLだ。そこで加熱用のコイルとコンデンサ(C)を使って、共振回路を作り、その共振回路に電磁誘導を使って電源を供給する。こうすることで、IGBTのスイッチング周波数を変更せずに、加熱用のコイルを共振させて、さらに高周波を出力するのが、パナソニックの3倍高周波インバータ回路だ。
つまりIGBTのスイッチング周波数は、鉄鍋と同じまま20kHzとして、加熱用のコイルにコンデンサをかましてやることで、共振させ、加熱用のコイルは実質3倍の周波数になるというものだ。スイッチングは20kHzの鉄鍋仕様のままなので、冷却も従来通りでいい。また電気的にコンデンサを切り離してやれば、周波数は1:1(共振しない)となり、鉄鍋用の周波数になる。
また鍋の種類は、センシングにより自動判定できるので、ユーザーが鍋の種類を指定する必要がない。
インバータ回路のパフォーマンスを最大限に引き出す特殊電線を使った加熱コイル
パナソニック独自の方法で、ブレイクスルーした強力な電源回路。しかし車と同じで、どれだけパワフルなエンジンを搭載しても、足回りのタイヤが貧弱だとエンジンのパフォーマンスを引き出すことはできない。
IHクッキングヒーターで足回りに相当するのは、鍋に電磁誘導を発生させるための加熱用のコイルだ。小学生のころ電磁石を作ったときのように、クギにたくさんのエナメル線を巻くと強力な電磁石が作れる。これと同様にIHクッキングヒーターのコイルも、たくさんのエナメル線を巻けば、より大きな火力を生み出せる。しかし電線には太さがあるので、巻けば巻くほどコイルは大きくなる。
一般的なIHクッキングヒーターのコイルは、太さ0.3mmのエナメル線50本をよじった電線の束を、さらにぐるぐると巻いて作っている。
しかしこのコイルでは、強力な電源回路のパフォーマンスを引き出すことができない(電流は電線の外側だけに流れる傾向があり、電線を太くしても電線中心部には電流が流れず無駄になっていることが基礎研究で分かった)。そこでパナソニックが考えたのは、さら細い電線をたくさんよじって、電線の太さは同じままで電線の量を増やす方法だ(電線の周囲の表面積を増やしより多くの電流を流す作戦)。
その電線の太さは、直径0.05mm! ほぼ髪の毛の太さ。これを1,600本よじって束ねて1本の電線にしている。電線は柔らかい銅なので、ここまで細くなると製造途中に切れてしまったりする。そこでパナソニックは、その電線を作るための生産技術も開発した。まずは孫線という豆電球用程度の細い電線を数十本よじって作る。
さらに何本かの孫線を束ねてよじって、今度はコンセント用の電線の太さ程度の子線を作る。その子線を何本か束ねてよじり、ようやく親線というコイル用の電線になる。この状態から、衝撃などの影響で電線の周りの被膜に傷付かないように、フッ素コーティングを施してようやく電線の完成となる。
パナソニックのIHクッキングヒーターは、こうして強力な電源と、そのパフォーマンスを最大限に鍋に伝えられる特殊な製造方法で「まさに編み出した」電線のシナジー(相乗効果)で実現されている。
また最近では、ナベが発熱するまでの時間を短縮するために、D字のコイルを2つ利用した、ハイスピードオールメタルコンロも用意されている。
使いやすさを極めるソフトウェアとセンサーで誰でもプロ並みの仕上がりに
こうしてできたハイパワーなIHクッキングヒーターは、まさにスポーツカーと同じ。とはいえレーシングカーのように限られたセンスとテクニックを持つプロドライバーしか乗りこなせない車では困りものだ。
アクセルを踏み込み過ぎてタイヤが空転しないようにしたり、急ハンドルを切っても車がスピンしないように、多くのスポーツカーは、軽自動車で近所のスーパーに買い物に行くようなオバチャンにも乗りこなせるようになっている。
それを実現するのは、数多くのセンサーであり、それを統合的に管理し、出力などにフィードバック制御するソフトウェアだ。
IHクッキングヒーターも全く同じで、誰にでも使いこなせるように、さまざまな工夫がされている。
調理メニューを使えば、凍ったままの肉を入れて美味しいチキンステーキができる。つまりソフトウェアのおかげなのだ。
また、コンロでの調理は温度管理が基本。通常のIHクッキングヒーターは、接触している鍋の熱を測るサーモセンサーのみを搭載している。しかしサーモセンサーは鈍くのろまだ。例えるなら、体温計。鍋がセンサーからズレてしまうと、温度が測れない。チャーハンを作ろうと鍋を振ろうものなら、ソフトウェアで鍋を一定の温度にしようとしてもお手上げなのだ。
そこでパナソニックは、非接触の温度センサーも装備している。コロナ禍でよくみられる、ガンタイプの温度計と同じだ。これなら一瞬で温度が測れるだけでなく、鍋振りをしてコンロから鍋が離れてしまったとしても、温度を感知できる。
それ以外にも、ガスコンロでダイヤル式の火力調整に慣れている人向けに、ダイヤル式の機種も用意。IHクッキングヒーターからの買い替え用には、従来型のボタン式。さらには、まだIHクッキングヒーターが一般的ではない海外向けに、液晶ディスプレイを搭載し、親切に使い方を指南してくれるものなどもある。
こうして高性能なIHクッキングヒーターを誰でも上手に使いこなせるようになっているだけでなく、お手入れも簡単、安全性もバッチリという具合だ。火加減の難しい料理も、プロ並みの仕上がりになる。それがパナソニックのIHクッキングヒーターだ。
すべてを神戸工場で生産する理由とは?
部品加工から最終組み立て工程まで、パナソニックのIHクッキングヒーターの製造を一手に担う神戸工場。ここまで読んでいただければおわかりの通り、日本どころか世界のクッキングヒーターをリードしている製品だけに、とにかく特許や機密事項が多いのだ。しかも生産ラインにもノウハウや機密事項があるので、撮影できる箇所が少なかった。
とはいえ50年前から脈々と続くIHクッキングヒーターの歴史、そして技術の移り変わりは、みなさんの想像以上だったのではないだろうか? IHクッキングヒーターという製品は、外側はほとんど変わることがない製品。しかしその内部は、大きく変化し飛躍し、より使いやすくなっていた。
IH炊飯ジャーなら中国産がたくさんあるかもしれないが、限られた内釜を加熱する炊飯器のIHと、あらゆる鍋を加熱するクッキングヒーターのIHは別物と考えてもいいだろう。
つまり「Made in JAPAN」の付加価値を持たせるために神戸工場で製造しているのではない。パナソニックのIHクッキングヒーターは、製品だけでなく製造工程にもノウハウや最新技術を要するため、神戸工場で作らざるを得ないのだ。