カデーニャ

伸長の秘訣は「ゆるさ」にあり。存在感を増すフレンチテック成長の秘訣

近年、フランスのスタートアップが注目を集めていることをご存知でしょうか?

IT業界関係者、もしくはIT関係の情報にアンテナを張っている方々は、米ラスベガスで毎年1月に開催される世界最大のIT・家電見本市「CES」においてフランスのスタートアップの出展社数が増え、世界的な注目を集めているという記事をどこかで読まれたことがあることでしょう。

日本市場にもフランス企業は続々と本格進出しています。モバイル業界ではスマートフォンの「Wiko」や「ALCATEL」、IoTでは「Netatmo」や「Withings」(現在はNokia傘下)、ドローンの「Parrot」といったメーカーが日本市場に進出しています。また、IT以外でも多岐に渡る分野においてフランス企業は活躍しています。

彼らがなぜ今、世界的に注目を集め始めているのか、そしてなぜ勢いある波を起こせたのか、さらには彼らが活用しているスタートアップ支援エコシステム「La French Tech」(以下、フレンチテック)とは、といったさまざまな疑問について、「在日フランス大使館 貿易投資庁 – ビジネスフランス」の上席貿易担当官 林薫子さん、貿易担当官の末永かおりさん、相川千尋さんにお伺いしました。

左から相川千尋さん、末永かおりさん、林薫子さん

フランスの企業・製品を国際展開するビジネスフランス

林:まずは私たちの自己紹介をさせていただきますね。我々ビジネスフランスは大使館の中の機関の一つで、具体名を挙げて例えるとフランス版の「JETRO(日本貿易振興機構)」だと言えると思います。JETROさんが日本の企業・製品を国際展開する支援をしているように、我々はフランスの企業・製品を国際展開する支援をしています。

ビジネスフランス自体は現在、世界70カ国にあり、ここは東京事務所ということになります。フランスのものを世界に送り出す支援とは逆に、日本のものをフランスに呼び込む支援もしています。最近では富士通さんがパリにAIの研究所を設立していますが、そのような支援も含めて双方向で活動しています。

――フレンチテックは、どのような仕組みなのでしょうか。

林:フレンチテックは、簡単に言うとフランスのスタートアップの支援エコシステムです。ちょうど2013年末に立ち上がったプログラムになります。

旗振りをしているのは政府ですが、関わっている組織は様々です。ビジネスフランス、そして外務省、経済産業省などの政府機関、「bpifrance」(フランス国立投資銀行)、民間だとOrangeさんを始めとするテクノロジーを扱う企業、商工会議所など、様々な組織がフレンチテックの枠組み作りに関わり、スタートアップがビジネスをしやすい環境を作っています。

フランス企業なら申請不要で使用できるフランステックロゴ

――CESではフレンチテックのロゴを多く見かけましたが、フレンチテック参加の条件はどのようなものなのでしょうか。

林:フレンチテックのロゴは、フランスのスタートアップであれば、誰でも自由に使うことができるという、とても「ゆるい」枠組みなんです。利用にあたってフレンチテック加盟企業としての手続きが必要ということもありませんし、ロゴの使用に費用も発生しません。フレンチテックのWebサイトにロゴを使う際のマニュアルがありますので、それを読むだけです。

――カデーニャを運営するCerevoもCESには出展しており、昨年は非常にフランスのスタートアップが多かったことに感銘を受けて代表の岩佐が執筆したブログがハードウェア業界では大きな話題となりました。

『大手メディアが書かない、CES2017の実態(出展者目線) – キャズムを超えろ!』

――先日、今年のCESを振り返るイベントで岩佐が登壇したのですが、そこでも「フランスのスタートアップが伸びている」と振り返っています。

『Cerevo岩佐氏、スタートアップはもっとCESに出るべき – 日経トレンディネット』

林:今年は280近いスタートアップが出展していました。2015年が約100社だったので、年々増えていますね。私も2017年のCESに行きましたが、オランダやノルウェーなどさまざまな国の方が我々のブースに来て、「どうやったら上手く回るの?」と、フレンチテックのようなスタートアップ支援システムを成功させるための秘訣を聞かれました。

 それもあって2018年のCESでは他国が伸びて、相対的にフランスはそれほど目立たないのでは? と考えていましたが、蓋を開けてみると、引き続きフレンチテックが圧倒的だったと皆さん仰っていましたね。

――先ほどのお話だと、280近いスタートアップのフレンチテックロゴもすべて各社が自由に使っている、ということなのでしょうか。

林:そうです。ただ、出展形態について細かく説明しますと、例えばCESには我々ビジネスフランスもブースを構えているんです。そのビジネスフランスのブースから出展しているスタートアップもあれば、それ以外のブースから出ている企業もあります。我々のブースに関しては、申し込みを受けて審査に通過した企業のみが出展できます。結果、今年だとビジネスフランスのブースからは35社が出展しています。

――同じフレンチテックのロゴを掲載していても出展形態が異なるのですね。

林:実はこの点については課題の一つでもあるんです。もしかすると、「予算が余っていたから出た」という理由などで、本当に気楽にブースを構えているところだってあるかもしれないわけですから。

 でも、見て回る方々からすればフレンチテックのロゴが掲載されていれば、それも同じフレンチテックの一つだと捉えますよね。数が増えてくると、どうしてもイベント出展におけるモチベーションの差、クオリティの違いなども生じますので、それは課題だと感じています。

――ゆるいことによるメリットがある反面、そうしたデメリットもあるんですね。

林:例えば、「La Poste」(フランス郵政公社)もブースを出していますが、彼らはIoTに力を入れた出展をしました。なので、La Posteブースだとフレンチテックのスタートアップの中でもIoTを扱う企業が30社ほど出ています。出展主体は様々なので、どこから出ているか、ということでも違いが出てきますし、ビジネスフランスの審査に落ちた企業が他のブースから出展できた、というパターンもあると思います。

起業の土壌があった環境をフレンチテックが後押し
――フランスのスタートアップが増えた要因はフレンチテックにあるのでしょうか。また、フレンチテック以前はどうだったのでしょうか。

林:フランスにはもともと起業の土壌があるのだと思います。日本のメディアではハードウェア・スタートアップを取り上げることが多いと思いますが、実際には他にもさまざまな分野でスタートアップが誕生しています。

 有名な数学者を輩出していたり、宇宙工学・原子力工学などでの基礎研究、またソフトウェアなどにも強く、多くの国立研究所もあります。原子力一つとっても周辺技術としてセキュリティやソフトウェア開発などがあり、それらの研究者も数多くいます。

 こういう土壌があって昔から起業を考える方は多かったのですが課題は資金でした。フランスだけではどうしても資金が集まりにくく、最終的に多くの方が資金調達のためにアメリカに行っていたんです。

 スタートアップというとシリコンバレーのイメージが強いかもしれませんが、実はシリコンバレーのスタートアップをよく見てみると、フランス人が起業しているケースも結構多いんですね。フランスで育ってフランスで研究していた人が、アメリカに渡って起業してアメリカ企業として成長する。そういう状況にフランス政府や研究機関はジレンマを感じていました。

――その流れを変えるためにフレンチテックが産まれた、ということですね。

林:そうです。フランスで育てた才能をフランス製の企業として出していこうという考えから2013年にフレンチテックが誕生し、フランス発の起業をフレンチテックというブランドで応援していくことになりました。

2015年10月にデジタルガレージ社で開催された東京でのフレンチテックイベント

また、フレンチテックと同じタイミングでフランス国立投資銀行など様々な組織も固まってきて投資環境も整い始め、スタートアップを多方面から支援できるようになってきました。ですので、フレンチテックを機にスタートアップが増えたというよりも、元々スタートアップが起業する下地があり、それを後押しする支援環境ができた、ということだと思います。

多言語化が前提の文化圏。マーケットは国内ではなく世界

――起業以外の面で、フレンチテックの登場で何か変わったことはありますか。

林:若者の意識も変わってきたように思います。以前なら大企業に就職するか大学に残ろうかと考えていた若者が、いきなり起業するという選択肢が現実的になってきていて、起業家になることをカッコいいと考えるような意識改革にまで及んでいると思います。

――フランス人の気質としては、できれば地元で起業したいのか、それともどこでも構わないのか、どちらなんでしょうか。

林:フランスじゃなければダメ、ということはないと思います。

末永:エリート層の方々は日本人と比べて、より海外に目が開けていると思います。だから、どうしてもフランスで起業したい、という考えはそれほどないと思います。フランスでの起業にメリットがあると思えばフランスで、そうでなければ海外で、ということだと。

林:フランス人は現実主義なところがあるように思いますね。

末永:以前はアメリカの方がメリットがあると感じてアメリカで起業していたわけです。それを引き止める方策が必要で、その一つがフレンチテックでした。

 ただ、フランスで起業しても、彼らの目は常に世界のマーケットに向いていると思います。フランスの国内マーケットだけを見ている人たちではないと思います。

――日本では国内マーケットだけでも十分ビジネスになりますが、フランスの場合は自国だけでビジネスが成立するのでしょうか。

末永:国内マーケット云々というよりも、フランスはEU圏なので市場はヨーロッパ全体ですね。日本だと日本語でサービスを作らないと最終消費者が使えませんが、ヨーロッパの場合は多言語化が大前提としてあるんです。

デザインにこだわる、複数の分野に取り組む国民性

――観光ガイドなどで「フランス人は英語が苦手」という話を耳にすることがありますが、実際のところはどうなのでしょうか。

林:そう思われている方もいらっしゃいますが、実際には英語は当たり前に使われていますね。ただ、日本語もそうだとは思いますが、フランス語を話す時と英語を話す時とではキャラクターが変わる、というのはあります。ビジネスライクな英語は話せるけど、突っ込んだ話や砕けたコミュニケーションにはやっぱりフランス語だと。

例えば、英語では真面目にビジネスの会話をしていた人でも、相手がフランス語を話せるとなったら、途端に裏話をガンガン話したり、フランクになると思います。ただ、それはフランスに限らずだと思いますけど。

――日本でも方言と標準語では同じことが言えるかもしれませんね。

林:先ほどの現実主義の話にも絡みますが、例えば、携帯電話を作りたいとか、何かのハードウェアを作るにあたって台湾メーカーと協業する必要があるとなれば、彼らはとまどうことなく台湾に行って話をします。起業される方はフランス国内へのこだわりはなく、グローバルな視点でビジネスを考える方が多いと思います。

――フランスメーカーの製品はデザインへのこだわりが強く感じられますが、これもフランスならではの背景があるのでしょうか?

末永:デザインの対する意識の高さはあると思います。例えば、フランス人には街の景観にも強いこだわりがあって、外から見えるものはドア一つ取り替えるのにも許可が必要なんです。ドアの色を変えるだけでも申請が必要です。例えそれが個人の家でも、です。

日本だと他人の家が何色のドアにしようが「それは個人のものだから」と、ある程度自由に設計できるでしょう。おそらくここはフランスが根本的に異なる部分で、ちょっと計り知れない気質が根付いているのかなと思います。

――デザイン、美術を学びやすい環境という以上に国民性が大きいのですね。

末永:デザイン以外でも、フランスで起業する方々は理系でありつつ音楽を学んでいたり、文学の素養がありつつエンジニアだったりと、何か一つのことに特化するのではなく、複数の分野に取り組んでいる方が多いように思います。もちろん環境にもよると思いますが。そういう方が起業するとなると、技術面以外の部分へのこだわりも出てくるのかもしれません。

地方自治体にも広がるフレンチテック

――CESへはビジネスフランスだけでなく地方自治体なども出展しているとのことですが、フレンチテックはフランスで地方にも広がっているのでしょうか。

林:現在、13のフレンチテック・シティが各地方の拠点にあります。フレンチテック・リヨン、フレンチテック・トゥールーズ、フレンチテック・ブルターニュなど、色々な街でフレンチテックが展開されています。

例えば、エアバスの本拠地であるトゥールーズでは航空宇宙産業が強いのでドローンを手掛けるスタートアップがあったり、ブルターニュだと通信事業者のOrangeの大型研究所がありましたので通信機器関係が強いです。地方それぞれに得意とする分野があり、それらを学べる学校もありますので、地方ごとに特色が異なります。

――学校といえば、フランスのシステムは日本と比べてどうなんでしょうか? 例えば日本の大学だと入りにくく出やすい、アメリカだと逆に入るのは簡単だけれど出るのが難しい、と言われています。

林:フランスでは公立大学には高校卒業資格があればどこでも入れます。ですが、先ほどから度々話に出ているエリート層となると、「グランゼコール」という教育機関で学ぶことになります。政治家や官僚になりたい、という人はグランゼコールの入学が必須です。グランゼコールに入るには、高校卒業後に特別な予備校に通て勉強し、高度な試験を受験することになります。

末永:グランゼコール、要するにエリート養成校は大学とは別なんです。だからエリートの多くは大卒ではなくグランゼコール出身となります。

林:ただ、大学も卒業するのは難しいと思います。国際的なインターンシップ経験が必要だったりもしますし、そういった点からもフランス人は若い時から国際感覚を身につけている、と言えるかもしれません。

国外からフランスでの起業も幅広く支援

――日本などフランス国外のスタートアップがフランスで活動する支援もされていますね。

林:具体的な支援サービスとしては大きく分けて2つあります。一つは「French Tech Ticket」(フレンチテック・チケット)、もう一つは「French Tech Visa」(フレンチテック・ビザ)です。

 フレンチテック・チケットは、フランス国外からのスタートアップを一年間インキュベーターが支援する制度です。2016年には722件の応募から23件が選抜されてパリに招かれています。2017年は2,700件の応募から70件を選抜し、各フレンチテック・シティへ招き入れています。

一年間無償でフランスのインキュベーション施設に招き、住まわせ、かつ事業の資金援助もして、ビジネスのトライアルをしてもらうことになります。

ただ、先ほどの数字はグローバルでの話で、日本からの応募は少なかったです。申請にフランス語の必要はなく、英語で申請できるのですが、インドやブラジルなどと比べると少なかったですね。

林:もう一つの支援策であるフレンチテック・ビザは、フランスへの移住をしやすくする制度です。起業家だけでなく投資家、従業員といった方々が手軽にビザを取得できるようになっています。4年間有効で、家族の帯同も可能ですし、配偶者の労働許可も下ります。また、手続きは全て日本国内できるようになっています。

――起業前の段階でも応募できるのでしょうか。

林:フレンチテック・チケットに関しては、事業化していないプロジェクト段階でも構いません。選ばれたら、本人がフランスに住む必要があります。その場合はフレンチテックビザを取ることができます。

フレンチテック・ビザが申請できる資格は「スタートアップ起業家」「スタートアップ従業員」「スタートアップ投資家」の3つがありますが、いずれの場合もフランスのインキュベーターが用意するプログラムやフレンチテック・チケットに選出されるといった、フランスでのインキュベーションが決まってからフレンチテック・ビザの申請をするという流れになります。手続はすべて日本のフランス大使館で済ませることができますし、家族の帯同も可能です。配偶者はフランスで就労することもできます。

――フランス語の要求レベルはありますか。

林:特にありません。基本的には英語ができれば大丈夫です。面接も本部とのミーティングも全て英語ですから。

――お話を聞いていると、グローバルでビジネスを始めたい場合、日本で起業するよりもいい環境のようにも思えます。

林:もしかしたらそうかもしれないですね。家賃も不要で補助費も出ますし。また、フランスはヨーロッパはもちろん、アフリカやアラブ諸国にも近いですから、それらの地域でビジネスを行う際の拠点を置く場所としてもいいと思います。

――こちらも非常に「ゆるい」仕組みのようですが、これらの制度を活用するけれど起業は自国で行なうといった使われ方をしてしまう心配はないのでしょうか。

林:申請の際にはフランスでの起業が前提ですし、フランスで事業化してフランスで税金を納めてもらう、という流れが基本線だと思います。ですが、例えば、一年間フランスの技術者やデザイナーを上手く活用して、その後それを持ってどこか他所の国に行ったとしても構いません。ただ、実態を言えば、フレンチテック・チケットを活用し、一年後もフランスに残ったスタートアップは7割くらいですね。

起業家のメンタリティに合わせた支援策が伸長の秘訣

――話を伺うと、フランステックはよい意味でとても「ゆるい」環境で、制限がほとんどないことが印象的です。これはフランスならではの特徴なのでしょうか。

林:おそらく国柄も大きいのでしょうね。

末永:私も何度かビジネスフランスの元トップのインタビューの場に立ち会ったことがありますが、その話を聞いただけでも、日本で発想されるものとは違って、とても「ゆるい」始まり方です。それに、フランスの起業家の方々は独立心が強いため、政府からこのようなシステムがありますよ、と言われると、逆に乗ってこないと思います。

林:実際、アンチ「フレンチテック」の方々もいるんです。

末永:独立心が強い起業家たちに参加してもらうには、むしろこれくらいゆるくないといけないのだと思います。あまり枠組みを作り過ぎてしまうと敬遠されてしまうでしょう。

林:我々のところには日本の様々な組織から話を聞かせて欲しいと言われますが、結局、フレンチテックのやり方をそのまま日本で真似をしようとしても難しいと思います。

 フランスの起業家の方々は「場」を与えておけば、自分たちで密度の高いコミュニケーションを取って盛り上げていく、という特性があると思います。仮に日本で同じような支援システムを提供したとしても、フランス人と同じ感覚で腹を割って情報交換をして連携するかとなるかはちょっと難しいのかもしれませんね。

末永:そうですね。フレンチテックはフランスの起業家のメンタリティに合っていたから今があるのであって、日本でやるならば、日本の企業家に合った別のやり方が枠組みが必要なのではないでしょうか。

――ありがとうございました。

この記事は、2018年2月5日に「カデーニャ」で公開され、家電Watchへ移管されたものです。

長田 卓也

老舗のAndroid専門ニュースメディア「GAPSIS(ガプシス)」編集長を務めつつ、Androidアプリメディア「オクトバ」をはじめ、他メディアへの記事提供/執筆なども手掛けています。最も強く関心を持っている分野はモバイル、PC、インターネットなどですが家電全般の最新情報に目がありません。 Twitter:@GaApps