そこが知りたい家電の新技術
60年の夢を実現! IHかまど炊飯器に込めた思いを東芝の“釜仙人”に聞く
by 神原サリー(2015/1/16 07:00)
東芝が、1955年(昭和30年)に日本で初めて自動式電気釜を作り上げてから60年。その集大成ともいえる炊飯器が、2015年1月中旬に発売される真空圧力IHジャー炊飯器「備長炭かまど本羽釜」だ。その内釜は、高さのある羽付きの形状で底に向かって丸みを帯びており、まさに羽釜そのものという形をしている。
今回、その発売を前に、かまど炊きの味わいを追求し続け、ついに伝統の羽釜の形状を家庭用炊飯器で実現させた同社に取材に伺った。川崎にあるCS評価センターで、実際にかまどによる炊飯の様子や味わいを体験しつつ、60年に及ぶ炊飯器の歴史や炊飯器にかける思い、開発の苦労なども含め、新製品の魅力に迫る。
“かまどの番”から主婦たちを解放したいという思いから作られた電気釜
「昭和30年当時の大卒初任給は1万円だったのですが、自動式電気釜の1号機は3,200円。そんな高価なものでも、主婦たちはこぞって欲しがりました。なぜなら、かまどでごはんを炊くには早起きしなければならず、しかも、かまどの前につきっきりでいなくてはならなかったからです。そんな主婦たちをかまどの番から解放し、少しでも長く睡眠時間を確保してあげたいという思いから、自動式電気釜が誕生したのです」(東芝ホームテクノ 家電事業統括部 家電商品企画部 調理機器グループ グループ長の守道 信昭氏)
国産電気釜第1号機として誕生した「ER-4」だが、その内釜は軽くて薄いアルミ製だ。炊飯後に米がどうしてもこびりついてしまうため、長く水に浸しておく必要があった。その後、1968年にはフッ素加工された内釜を搭載した電気釜となり、1978年には、かまどのような高火力を目指した加熱方式を取り入れた、「かまど炊き風炊飯器」の第1号機「RCK-100EP」を発売している。
「実は、東芝ではずっと『炊飯器』という呼び方を使わず、『保温釜』という言い方をしてきました。というのも、主婦の家事軽減のために生まれた電気釜をさらに便利にするために、1971年には保温機能を搭載したものを発売しています。他社さんでは現在も『ジャー炊飯器』という呼び方をしていますが、東芝ではこのときに電気釜が保温釜という呼び方に変わりました。つまり、少しでも主婦の家事負担を楽にさせたいという思いで搭載した、“保温”という機能への思いが強かったのです。ですから、2014年夏に発売のモデルにいたるまで、ゆるぎなく『保温釜』と呼んできました」
守道氏は、“釜仙人”という異名を持つほど、炊飯器畑一筋。東芝の保温釜に限らず、他メーカーの炊飯器も含めた炊飯器事情に詳しい達人だ。
話を1978年のかまど炊き風炊飯器 1号機に戻すと、東芝は家事負担の軽減だけでなく、当時よりかまど炊きのおいしさを追求し続けている。1994年にはさらに進化して、IH保温釜が誕生。このとき、アルミ釜に発熱体のステンレスを組み合わせるために生まれたのが、東芝ならではの技術「溶湯鍛造製法」だ。2種類の違う金属を密着させて強い圧力をかけ、緻密で強度のあるものに仕上げるのがこの製法で、自動車のピストンなどの部品に使われる技術だという。
「東芝の釜を支える溶湯鍛造製法ですが、1995年には新潟にある自社工場で製造を行なうようになりました。米どころであり、金属加工でも知られる新潟の燕三条で、東芝の炊飯器は作られているのです」
「ぬか釜」でかまど炊きの炊飯工程とそのおいしさを学ぶ
1978年以来、追求し続けている“かまど炊きのおいしさ”。60周年記念モデルともいえる、備長炭かまど本羽釜の誕生の前にあらためて検証されたのが、昔ながらの「かまど炊き」の温度変化など。芯までしっかり加熱することで、うまみや甘みが生まれるというが、実際のところ羽釜内の温度はどのようになっているのかを再検証する必要があると、火加減名人を訪ね、協力を依頼したのだ。
「かまど、かまどと言いますが、ただかまどで炊けばいいというものではありません。火加減を常にチェックし、おいしく炊き上げる名人のいるところで計測し、学ばないことにはお手本にはなりませんから」と守道氏。さまざまなところに足を運び、計測を重ねたうえで出た結論は、「大火力での強い沸騰と熱対流の重要性でした」と語る。
その後、自らその炊き方を習得し、再現するために選んだのが持ち運びも可能な「ぬか釜」だ。ぬか釜とは、新潟県の魚沼地方などに古くから伝わる炊飯道具で、お米のぬか=もみ殻を燃やして羽釜でごはんを炊き上げるもの。火加減の難しい調節がいらないため、扱いやすく、ふっくらとしてハリがあり、艶感のあるごはんが炊き上がるのだという。
今回、実際にこのぬか釜でごはんを炊き、新製品となる備長炭かまど本羽釜で炊いたごはんと比べる体験もさせていただいた。
ぬか釜を組み立て、燃料となるもみ殻を入れて着火、炎が上がったところに羽釜をセットする。大きな羽釜に入れたお米はなんと2升。木蓋の上にはお米が吹いてきても持ち上がらないように、重石を載せる。乾いたもみ殻は火力が強く、ぬか全体に火が回ると、みるみるうちに釜の中に熱対流が起こり、強い沸騰でお米のうまみ成分(おねば)がたっぷり引き出される。ふたとのわずかな隙間からおねばがこぼれ出てくるのが見て取れる。
炊き上がった後、ぬか釜には黒く焦げたもみ殻が残るが、これを田畑にまくことで肥料になるそうだ。お米をすべて生かした究極のエコといえるだろう。
かまど炊き VS 備長炭かまど本羽釜、勝敗はどちらに?
さて、ぬか釜で炊いた本物のかまど炊きと、新製品の備長炭かまど本羽釜で炊いたごはんを食べ比べてみることにしよう。ぬか釜から羽釜を取り出し、会議室へ。時間を合わせてスイッチを入れた備長炭かまど本羽釜のごはんもちょうど炊きあがったところだった。
まずは羽釜のごはんにしゃもじを入れ、炊き加減を見てみる。中をのぞくと真ん中がへこむこともなく、つやつやと見事な炊き上がりだ。中央部はさっくりとしゃもじが入り、釜の側面から底のほうに少し力を入れてすくいあげると、おこげが顔を見せた。おこげは、冷めるとみるみるうちに固くなるので、しゃもじを入れた人だけがその場で食べられる“特権”。ちょっと失礼して口に入れると香ばしくておいしい。
続いて、備長炭かまど本羽釜で炊いたごはんをチェックしてみる。これも艶々としていて、表面もまっ平。カニ穴が出来ているのも確認できた。そのまま中のごはんをひっくり返し、中央部で切って断面を見ると、すべて均一に炊けているのがわかる。おこげの有無は別として、互角の勝負のようだ。
守道氏に茶碗にそれぞれをよそってもらい、どちらで炊かれたごはんかを当てる真剣勝負。どちらも甘みがあっておいしく、粒感やハリもあり、粘りもちょうどよいのだが、片方(=A)はやや表面が水っぽく、もう片方(=B)は香りがやや立っていて均一に炊けている感じ。同行した編集部の人もBがよりおいしいという点では意見が一致したが、どちらがぬか釜でどちらが備長炭かまど本羽釜かについては意見が分かれた。
「意見がばらけるというのはいいですね。それくらい、両者が拮抗しているということですから。正解はBが備長炭かまど本羽釜で炊いたごはんです。かまどのほうは、大きなお釜で炊くこともあり、水加減が少ないと芯が残ってしまうこともあるなど、水加減がとても難しいです。冷めるとまた様子が変わってきますよ」と守道氏の説明があり、なるほどと納得したのだった。
東芝ならではの「溶湯鍛造製法」がさらに進化して長年の夢を実現させた
それにしても素晴らしい炊きあがり。かまど炊きを超える炊飯器が誕生したのではないだろうか。そのポイントは、大火力での連続加熱・連続沸騰にあるという。
「沸騰時、十分な水がある沸騰初期に、吹きこぼれるほどの連続加熱で熱を与え、余裕のある釜の上部空間で連続沸騰させることが大切なんですね。こうすることで、うまみ成分(おねば)を大量に引き出して一粒一粒にコーティングし、甘くて艶のあるごはんが炊き上がるのです。新製品では上部の空間を25%もアップさせることに成功し、加熱初期の加熱量は28%も上げることができました」
つまり、どんなに連続加熱・連続沸騰したとしても、本物の羽釜のように余裕のある上部空間がないと、おねばは引き出されにくいという。だからこそ、備長炭かまど本羽釜では、内釜に羽をつくっただけでなく、上部に高さのある空間を作り、さらに羽釜と同じようなすぼまりまで再現したというわけだ。
炊きたてのごはんをよそう際に、手が内釜のふちに当たってしまわないようにと、深い内釜に合わせてしゃもじの長さも15mmほど長くしたという。
「ぬか釜以上のこだわりは、羽の下に密着した羽釜ヒーターの熱を逃がさず、上部の空間部分にも熱を与えてより高温に保つようにしていることです。そのためにも、熱を閉じ込めて大火力と沸騰力を維持する、丈夫な羽の役割は大きいのです」
とはいえ、家庭用の炊飯器としてこの羽釜の形を実現させるのはかなり困難だったという。20年来の溶湯鍛造製法をさらに進化させ、難易度の高かった羽付き形状の成型と高圧プレスを可能にするカムロック機構を開発。丈夫な肉厚成型と、羽釜形状の一発成型の両立を可能にしたのだ。
「先ほど、東芝は長年『保温釜』の名称を使ってきたという話をしましたが、このモデルからは『IHかまど炊飯器』と呼ぶことにしました」。保温釜から「IHかまど炊飯器」へ。東芝炊飯器の新しい幕開けとなったのだ。
真空ひたしでお米の芯まですばやく吸水させるから、ふっくらもちもちに
ここまで内釜や加熱方式へのこだわりを聞いてきたが、東芝ならではの真空技術も見逃せないポイントだ。ごはんのおいしさを大きく左右するのが炊飯前の「ひたし」で、このひたしが不十分だと、かまどを使ってお米を炊いても、本当のおいしさは引き出すことができない。
「かまどでごはんを炊く場合、冬場は2時間くらいかけて吸水させますが、それをわずか20分程度で行なえるのが東芝の真空技術です。本体に内蔵した強力なポンプで内釜内の空気を吸引し、水分の急速浸透をうながすため、お米の表面だけでなくお米全体に水分がいきわたって、お米を洗ってすぐに炊飯スイッチを入れてもおいしく炊けるのです」
この真空技術は、「かまど名人コース」で炊飯する際に、お米のうまみを引き出すのにも使われている。真空状態と常圧状態を交互に繰り返すことで、その気圧差で水に溶け出したお米のうまみがおねばとなって、1粒1粒をコーティングするのだ。
あえて銘柄に寄せたモードを作らない理由
ところで、今、高級炊飯器といわれているものでは、銘柄による炊き分けがブームになっているのに、そのような機能を搭載しないのはなぜなのだろうか。
「お米というのは日々改良されていて、同じ銘柄でも味わいが変化してきています。それに加え、その年の気候などにも左右され、作柄に影響されるため、決して一定ではないのです。だから、お米のことを本当に考えるなら、無理やり銘柄に合わせたモードを作ることは正しいとは思えないのですよ。
それで、かまど名人コースでは『しゃっきり、ややしゃっきり、ややもちもち、もちもち』という4つの食感の炊き分けにとどめるようにしたのです。ただ今後は、銘柄に寄せるということでなく、好みに応じてさらに細かく炊き分けができるモードは作ってもいいのかなと思っています」と、炊飯器はもとより、お米のことも知り尽くした守道氏は語る。
備長炭かまど本羽釜では、短時間でもおいしく炊き上げる「そくうま」や炊きこみ、玄米など、炊飯コースを最小限にしぼっているのも、ごはん本来のおいしさをアピールしたいという理由からだ。
「最近は小容量の高級炊飯器も発売されてきていますが、このIHかまど炊飯器には、釜底に温度センサーがついていて、容量に応じて温度変化を見ながら炊飯をコントロールしているため、0.5合から炊飯が可能ですし、もちろんおいしく炊けます」という話を聞き、内釜をのぞいてみると確かに底のほうに0.5合の目盛がついている。高さ(深さ)のある内釜だけに、その位置ははるか下のほうにあり、衝撃的でさえある。