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ジェームズ ダイソン氏がこだわるボール エンジニアリングの秘密とは?

~常に新しい技術を追う エンジニアは開拓者だ
by 滝田 勝紀

 ダイソンの新型サイクロン掃除機「DC36」が発表された。今回は新製品発表時に来日した、チーフエンジニアのジェームズ ダイソン氏に、「DC36」についてインタビューする機会を得た。「DC36」の製品スペックなどについては、すでにレポート済みなので、そちらを参照いただきたい。

dysonのチーフエンジニアであるジェームズ ダイソン氏

 ジェームズ ダイソン氏といえば、“吸引力の変わらない、ただ1つの掃除機”というキャッチフレーズのCMでもお馴染みのダイソンの創業者だ。今回は、「DC36」にも搭載されている“ボール エンジニアリング”についてや、エンジニアとしての想いについて尋ねてみた。

ボールは私の人生において大切なもの

――新モデル「DC36」の発想の起点である、“ボール エンジニアリング”について教えてください。

 「DC36」の商品開発に着手し始めたのは、ちょうど3年ほど前のことです。もともとエンジニアにとっての仕事というのは、エンジニアリングの工学的な原則を研究し、考え続けること。つまり、さまざまな分析と却下を繰り返すなかで、今回はボールで進めることに決定しました。

 私のエンジニア人生にとって“ボール”というのは、とても大切なもの。ご存知かもしれませんが、若い頃、私はボールを使って、水陸両用の車や手押し車を開発しました。縦型の掃除機にボールを使ったこともあります。なぜ今回、ボールを起点に商品を発想し始めたか、それは、サイクロン掃除機を開発するにあたり、ボールはいろいろな利点を有すると考えたからです。

ダイソン氏自ら商品に関するプレゼンを行なう。商品に対する自信からか、トークにも熱が帯びるカーボンファイバーブラシが、ベビーパウダーのような細かなゴミも根こそぎ吸い取るワンタッチでゴミが捨てられる利便性を自らもチェック

――利点とは具体的に、どのようなポイントですか?

 ボール内にモーターやフィルター、ポリカーボネート製の排気口、5mの電源コードなど、さまざまなパーツをすべて包み込むことで、駆動音を抑制しました。同時にそれらをすべて1カ所にまとめて配置することが、低重心設計へと繋がり、安定性を高められます。そして、左右のシェルをそのまま車輪として利用するのもボールならではの特徴です。

 掃除機そのものがボールの上に載っているようなデザインに、シェルの内側に計4つのボールベアリングを組み合わせることで、より滑らかな動きと方向転換を可能にし、操作性も向上させました。絨毯やフローリングなど、どんな床面であっても、360度どの方向から引っ張られても転ぶことはありません。

日本のお客様を喜ばせることが重要

マレーシアの工場にあるテスト装置。赤い絨毯の上には9つのスタートポイントが描かれている。それぞれ地点に「DC36」を順番に置き、繋がれたワイヤーで引っ張る。あらゆる角度から引っ張られた「DC36」は、さまざまな挙動を示し、たとえ障害物などにぶつかっても転ばない。そんな操作性の良さを実現するためにトライ&エラーを繰り返す

――「DC36」の製品発表会には、テスト装置が用意されていましたが、これはどういった意図のもと、設置したものなんですか?

 あれは今回のイベントのためにわざわざ作ったものではなく、英国やマレーシアの工場で普段から稼働しているテスト装置を、そのまま日本へ持ってきたものです。ダイソンの工場では、エンジニアたちが日々、問題解決に取り組んでいます。

 今回、この装置を持ってきた理由は、まさにその点を皆様に理解いただくためです。エンジニアたちは、日常の掃除機に降り掛かる問題を“エンジニアリングの課題”として常に考え、物理的にどういうことが起こるのか、つまり、掃除機がどのように引っ張られ、どのように動くのかをあらゆる状況で想定し、細かく分析します。その結果、どんな状況でも操作しやすい掃除機「DC36」が生まれたのです。

――今回の「DC36」は、日本向けに開発されたモデルだと聞いていますが、“日本向け”にこだわった理由を教えてください。

 私たち、ダイソンのエンジニアにとって、日本という国は特別な国なのです。日本のお客様というのは、世界中でもっとも商品のスペックや機能、進化について理解してくれ、それについて喜んでくれる方たちです。

 逆にそれだけ掃除機に対する目利きも厳しいものを持っている。だからこそ、我々エンジニアはその期待に応えようと、日々開発に力を入れ、がんばることができるのです。日本のお客様を満足させられるということは、それだけいい製品を開発することができたと、世界中へのアピールにも繋がるのです。

――今後、既存のラインアップにも、今回のボール エンジニアリングを投入して、モデルチェンジを図っていく予定はありますか?

 それは分かりません。ダイソンという会社は常に進化する会社であり、エンジニアたちは満足することはありません。エンジニアは常に心配をし、次のことを考えています。その証拠にダイソンは英国において、ロールスロイスに続き、申請した特許数第2位の会社なのです。

 つまり、その時点でのベストな商品を開発しても、次のステップに進む時には、それを超える新しい技術を開発している可能性があります。だからこそ、今、この場でその質問に応えることはできないのです。

プレゼン中も、操作性の良さをアピールすべく、掃除機本体をいろいろな方向に動かすカーボンファイバーブラシが2種類のブラシで構成されている点について説明するため、参加者に触ってもらう

エンジニアは開拓者である

――今年、マレーシアとシンガポールの工場に取材に行く機会があったのですが、そこで働くエンジニアの方々がとても楽しそうに働いているのがとても印象的でした。ダイソンさんにとって社員とはどんな存在なんでしょうか?

 かけがえのない仲間ですね。

 私ひとりでは生み出せないものを、みんなの力で生み出します。さきほど、私は“エンジニアたちは常に心配し~”というふうに発言しましたが、社員が楽しそうに働いているということを聞けて、とてもうれしいです。

 私自身が45年間、エンジニアという仕事に従事し続け、今、英国にいる時は約700人、マレーシアとシンガポールに1,000人ほどのエンジニアと、ほとんどの時間一緒に仕事をしています。

 エンジニアになることは、私の経験上、本当に素晴らしいことだと自負しています。問題をみつけ、それを細かく分析し、解決まで導く工程をみんなで一緒に考える。そして我々は新しい商品を開発し、我々に期待してくださるお客様に届けられる。つまり、エンジニアというのはリスクテイクの精神を持ち合わせた開拓者なのです。

ゴミを含んだ汚れている空気がラジアルルートサイクロン内に入り込む。そこでほとんどのホコリが取り除かれ、サイクロン中央部分を通り、ボールへと入る。さらにモーター部分を通って、後ろから排気される。といっても、12個の小さなサイクロンがホコリをほぼ取り除いてしまうので、そこから後ろの工程は、ただのきれいな空気が通るだけ、と掃除機の流入経路についても細かく説明するジェームズ ダイソン

――ダイソンは同規模の企業と比較した場合、研究開発費の割合が非常に大きいと聞いています。その理由を教えてください。また、さまざまな大学の研究機関と積極的に新技術に関する情報交換をする理由も合わせて教えてください。

 我々は常に新しい技術を開発し続けなければならない会社です。だから、研究開発費の割合が大きくなるのは自然なことであって、特別なことではありません。

 たとえばナノカーボンチューブの技術などは、我々よりも某大学の方が専門的に研究し続けているので、さまざまなデータの蓄積もあり、それについてよく理解しております。だから、積極的にそういう研究機関とやりとりすることで、お客様を少しでも満足させるような製品を生み出すのも、当たり前の行動だと思います。中には、そういう大学の研究機関から、そのままうちの社員になったエンジニアもいます。

 我々は高い技術を武器に、世界に出て行かなければならないのだから、今後もそういう視点でどんどん動いていきたい。エンジニアの集まる会社が、研究開発できなかったら、新しい製品も生み出すことができないし、会社の根幹に関わることとなる。だから、今後も研究開発に関しては、変わらずしっかりと予算をかけていきたい。

――あなたが主宰する「教育慈善団体ジェームズ ダイソン財団」では、世界18カ国の学生を対象にした、デザインアワードを開催しています。これはどういった意図のもと行なっているのですか。

 これはエンジニアを少しでも自らの手で育てたいからです。英国だけでなく、この日本でも同じことが言われてますが、先進国、いわゆる西側の欧米諸国は豊かになるにつれて、多くの人がエンジニアリングに背を向けている現象がみられます。私は若い人たちにもっともっとエンジニアリング、つまり“物を作る喜び”に興味をもってもらいたいんです。かつて、若い頃の私が味わったような感動を、みんなにも知ってもらいたい。エンジニアリングやデザインのおもしろさ、それをもっと理解してもらいたいと思っています。

 多くの若者たちは今、金融関係の仕事に就いて、たくさんお金を儲けた方がカッコいいと思っているように感じられます。でも、私は、お金からお金を生み出すことよりも、今までにない革新的製品を発明し、お金を儲けるほうがずっとカッコいいと信じています。


カメラマン:下城 英悟






2011年9月13日 00:00