そこが知りたい家電の新技術

レシピに合わせて調味料を自動計測、スマートキッチンサービスを発表したクックパッドの目指す、新しい調理体験

 スマートキッチンサービス「OiCy」を発表したクックパッド。現在は、レシピに合わせて調味料を自動計測してくれる「レシピ連動調味料サーバー OiCy Taste」の製品化を目指しながら、レシピとキッチン家電を連携させるプラットフォーム化の準備を進めている。

 クックパッドの考える「スマートキッチン」は、レシピプラットフォームとしての強みを活かしつつ、スマートキッチン家電なども含めた、総合的なプラットフォーム構想だという。そこで、クックパッド 事業開発部 Cookpad ventures グループリーダー 住朋享氏、研究開発部 スマートキッチングループ グループ長 金子晃久氏、同グループ 大谷伸弥氏に、スマートキッチンサービスの目指す姿と、現在の取り組みを伺った。

左から、お話を伺った金子氏、住氏、大谷氏

クックパッドの使命を、時代のニーズに合わせたのがスマートキッチン

――クックパッドの目指すスマートキッチンというのは、どのようなものなのでしょうか。

金子氏:クックパッドは、「毎日の料理を楽しみにする」というミッションのもと事業活動をしています。料理の目的のひとつは栄養摂取ですが、それだけなら外食でも賄うことができます。外食では賄えない料理の効果としては、健康はもちろん、料理を作ることを通して知的創造、食べることを通してコミュニケーションなど、様々なものがあります。美味しい料理ができた達成感、美味しいと食べてもらえることで得られる自己肯定感、食卓の会話から生まれる家族の絆など、人生の幸せを感じられる要素がたくさん詰まっているのです。クックパッドの使命は、その幸せを広げていくことだと考えています。

 住氏:クックパッドは、280万品以上のレシピ、日本では月間約5,500万人、海外でも3,000万人以上の月間利用者がいる世界でも最大級のレシピのプラットフォームです。利用者が大変多くいることで、投稿されたレシピのみならず、ユーザーの検索をもとに様々なデータが集まっています。

 男女や居住地といったユーザーの属性データもありますが、「雨の日」「暑い日」「寒い日」に検索されるメニューや食材、また例えば夏のそうめんメニューなら、夏の始めは普通のそうめんを食べる方が多いのですが、後半は飽きてくるからかアレンジメニューを楽しむ方が増えるといった、ユーザー動向などのデータもあります。さらにこういった動向は、放映されているTVCMを含め、年によって変化もします。こういった料理へのニーズや工夫など様々なデータや情報を持っていることが、弊社の強みです。

 逆にクックパッド自身が「PCやスマートフォンでレシピを探すためのサービス」ですので、今後スマートスピーカーなどの新しい手段でユーザーがレシピを探すようになると、必要とされなくなってしまう可能性もあります。世の中の移り変わりに合わせて、クックパッドも進化する必要があり、それがスマートキッチンだと我々は考えています。

クックパッドには、写真の社員用キッチンのほか撮影用の小型キッチンも2つあり、社員が自由に利用できるという

スマートキッチンを通して、クックパッドが目指すもの

――「投稿型レシピサイト」の印象が強いクックパッドですが、スマートキッチンを始める理由について教えてください。

 金子氏:本来、調理自体は楽しいはずのものなのですが、我々が1年前に行なった調査結果からは、毎日が忙しかったり、家庭内の義務感などによって、調理を楽しめない場面も多いというのが見えました。それでも「大切な人に手料理を作ってあげたい」「自分の好きな調理工程だけ楽しみたい」という人達も多くいます。クックパッドのスマートキッチンは、レシピと家電を連携させることで調理を支援し、忙しい毎日の中でも料理の良いところ、幸せを得られるところだけを、上手に活用してもらう仕組みを作ろうと言うものです。

 これまでのレシピは人が読むためのものでしたが、これからはレシピを家電が読めるようにもすることで、家電に助けてもらいながら手料理を楽しめるようにしたいと思っています。家電が調理を手伝うと、手料理ではなくなってしまうという懸念があるかもしれませんが、人と家電のそれぞれが得意なことをできるだけ高いレベルで融合することで、手料理とは相反せず、むしろこれまでより豊かな体験を作り出したいと思っています。

レシピと家電を連携させ、料理の良いところを上手に活用できるようにしたいという金子氏

 大谷氏:人間と機械を比べた時に、人間が得意なのは創意工夫や、瞬間的なアレンジなどです。逆に苦手なのは、その創意工夫やアレンジを実現できない場合があることです。一方、機械は、環境を用意してあげたことに関してはほぼ必ず実現できますし、さらに人間よりも精度の高さや時短などにおいて、再現性や緻密さをもっています。我々は、人間と機械がそれぞれ得意な点を活かしながら、より高いレベルで融合する方法を考えているのです。

人間の強みと機械の強みをより高いレベルで融合させたいと語る大谷氏

 住氏:実際に最近、センサーやAI関連技術が発展してきたことで、CES等の家電イベントでも「入っている食材を認識してレシピをオススメしてくれる冷蔵庫」や、「人がレシピを理解していなくてもガイドしてくれる新しいUI」、「人が設定しなくても自動で判断して火加減をコントロールしてくれるAI」など、様々な新しい家電が発表されています。我々は、現在こそが大きな節目だと認識していて、これらの技術が近い将来、料理のあり方を大きく変えると考えています。

センサーやAIなどの技術が発展した今こそが節目という住氏

料理の流れを止める「調味料計測」をなくしたかった

――最初のスマートキッチン家電が「レシピ連動調味料サーバー」になったのは、どうしてなんでしょうか。

 金子氏:きっかけは、とても個人的なものです。数年前から週に数日、家族のために調理をするようになりました。ただ、もともと調理が好きだったわけではなく、今も得意でないので、いつもレシピを見ながら作っています。自分で料理をしながら、調味料をレシピ通りに量っているときに「この作業は機械的だし、機械にやってもらってもいいのでは?」と思ったのがきっかけです。

 美味しさを作る要素はたくさんありますが、その中でも味付けは美味しさの土台となる重要なものです。レシピ通りに味付けができれば美味しい料理が作れると言っても過言ではありません。そしてレシピ通りの再現は、人よりも機械のほうが確実性が高い分野です。また計算が必要になる人数計算や味付けの好みの調整も、ソフトウェアやハードウェアの力で自在にすることができるのです。

 さらに実際の調理を観察すると、調味料を入れる動作はそれまでの調理の流れを止めてしまっていることが分かりました。調味料を使うときには、調味料のボトルを出してきて、計量スプーンを探して、レシピを見て量り、次の調味料はまたレシピを見て量り……といった動作の繰り返しです。料理番組で調味料が必要なタイミングで準備されているのも、流れが止まるからですよね。この流れを止めずに調理できたら、ずっと楽しくなるはずだと考えたのです。

 クックパッドのデータに基づいて、日本のキッチンで多く利用される調味料で、かつ一緒に使われることの多い組み合わせとして、醤油、みりん、料理酒、酢を選びました。それを元に作ったのが、このコンセプトモデルの「レシピ連動調味料サーバー OiCy Taste」です。

 この調味料サーバーはコンセプトモデルなので、これを元に製品化できないかと考えています。また今後は、この4つと同時に使われることの多い砂糖も計量できるようにすることが目標です。ですが、形状が液体でなく粒状ですし、湿度によって固まったりするため、計量が難しく、現在砂糖の計量技術のある企業さんとの連携を模索しているところです。

コンセプトモデルの「レシピ連動調味料サーバー OiCy Taste」
「OiCy Taste」の側面では、各調味料の残量も分かる
操作パネル部では、利用可能な調味料が点灯する
醤油、みりん、酒の入ったコンセプトモデルから、実際に調味料を注いでもらった
実動する「OiCy Taste」、調味料の計測が不要になる

調理機器同士をつなげて、もっと便利にしてくれるスマートキッチンサービス

――スマートキッチンサービス「OiCy(オイシー)」のある世界では、どんな調理体験が実現するのでしょう。

 大谷氏:スマートキッチンサービス「OiCy」では、家電が調理シーンのサポートを簡単に行なえるように、家電が読み取れるレシピ情報を提供しようと考えています。

 調理家電の世界も、AIを取り入れた高級な調理機器や、ネットワークにつながる家電が増えてきたことで変わりつつありますが、現在はスマートキッチンに関するプラットフォームがないため、個別のプロダクトや個別の企業が、別々に価値を生み出している状態です。炊飯器は炊飯機能で価値を提供し、ネット家電はそのアプリの範疇でのみ価値を提供しています。

 OiCyでは、1つのレシピを様々な機器で利用できるようになります。例えば、冷蔵庫や食材宅配システムが認識している食材を利用したレシピ提案してくれるだけでなく、そのレシピが今度は電子レンジやIHクッキングヒータなどの家電の操作も自動設定してくれるといったように、プロダクト横断で統合的に料理シーンに新たな価値を生み出せると考えています。

スマートキッチンサービス「OiCy」は、調理家電向けにレシピを提供する

 と言っても現在のレシピは、すぐに家電が読み取れる状態ではありません。家電側が必要とするのは「何をどのくらい加熱調理するのか」といった情報ですが、例えば「600Wの電子レンジで3分温める」という単純な行為でも、一般のレシピでは「3分で600W」「600Wに設定して3分」など無限の表現が存在します。このままだと、家電はこの情報を適切に利用して調理することができません。そこで私たちは、レシピをMRR(Machine Readable Recipe)という機械可読性の高い情報に裏側で変換しているのです。

 このMRRは現在のレシピと一対一で対応するもので、レシピのどのステップで何をどうするかを詳細まで、機械が読める形式に変換したものです。ゆくゆくは、クックパッドの全レシピをMRRに対応させたいと思っています。といっても、最初は人間が1つずつ変換し、変換ノウハウが溜まったところでパターンを機械学習させて自動化する、という工程ですのでその道のりは長いものになります。

 道のりの途中では、ユーザーにも変換に協力してもらうようなエコシステムを導入したいとも考えています。例えば、人間が読める形にしたMRRの変換結果をユーザーに○×形式で正誤判定をしてもらったり、誤りがある部分を選択式で指摘してもらうような形を現在のところ考えています。

 OiCyへ接続した家電は、このMRRへ自由にアクセスできるようになります。応用例はいろいろ考えられるでしょう。レシピと家電をつなぐことで、調理の進捗状況に合わせて調理機を自在に使いこなすほかにも、今までは気にも留めなかった情報を活用して、献立作りを支援してもらうようなことも考えられます。

 この他、例えば調理中の手元をカメラで撮影することで、画像認識で出ている食材などからレシピのどのステップを作業中かを判断して、「さいの目切りにしてください」といったガイドをリアルタイムで流すこともできるようになります。これまでは、テキストによるレシピデータを一方的にお渡ししていただけですが、映像、音声データを組み合わせることで、様々な調理体験が実現できるようになるのです。

 欧米では既に、冷蔵庫やオーブンなどレシピと連携した家電が発売されています。我々はこれらの家電を実際に試し、また時にはユーザーにも使ってもらうことで、どんなOiCyでどんな調理体験ができるか、OiCyがどうあるべきかも常に模索しています。そのなかで、一部のメーカーさんともお話を始めました。

 今後は、さらに多くのメーカーの方々と協力しながら、スマートキッチンサービスとしてのOiCyを使っていただければと思っています。

OiCyが目指すのは、調理家電だけでなく、料理が楽しくなる世界

――最後に、OiCyを通じて実現したいことを教えてください。

 大谷氏:社内で調味料サーバーをデモンストレーションする機会があったのですが、全員が身を乗り出して見ていて、質問が絶えませんでした。使ってみたいという反応だけでなく、今後の対応希望など様々な意見が飛び交い、社内SNSでも継続的に話をしています。

 料理について四六時中考えている人達が、これほどのリアクションをするということは、このプロジェクトは本当に世界を変えるかもしれないとワクワクさせてくれました。また社外の方からも「スマートキッチンプラットフォームを待っていた」という声も多くいただいています。社内外から応援してくれる皆様とこれから仕事ができることが本当に楽しみです。

 金子氏:OiCyを通して、世界中の料理の作り手と、世界中の家電をつなぐ架け橋を担いたいと思っています。国内外の家電メーカーさんに協力していただきながら、クックパッドのレシピやサービスがつながる家電を増やしていきたいですね。

 つながる先は調理機そのものに限りません。調理中のガイドや、献立を決めるための家電ともつなぐことで新しい体験を作っていきたいと思っています。