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調理機器とレシピをつなぐ、クックパッドの"スマートキッチンプラットフォーム"に、シャープ、タイガー、日立などが参加
2018年8月10日 13:34
2018年8月8日と9日の2日間にかけて、"食&料理×テクノロジー"をテーマにキッチンの未来を描くカンファレンス「Smart Kitchen Summit Japan(スマートキッチン・サミット・ジャパン)2018」が開催された。
2日目のパートナーセッションでは、2018年5月に調理機器とレシピをつなぐスマートキッチンプラットフォーム「OiCy」を発表したクックパッドの3人が登壇し、OiCy誕生秘話やクックパッドが考えるスマートキッチンのあり方などについて語った。
今後5年で世界一のレシピプラットフォームを目指す
冒頭ではクックパッドのスマートキッチンプロジェクトをけん引する、クックパッド 事業開発部 Cookpad Ventures グループリーダー・住 朋享氏が登壇し、現在の取り組みについて話した。
クックパッドは月間約5,500万人が使う国内で最も大きなレシピサイトで、約290万のレシピが登録されている。海外展開も進めており、23言語68カ国で月間3,000万人以上が利用。日本を含めて月間約9,000万人近くが使っているグローバルプラットフォームになっている。
住氏は「今後5年で世界で最も大きなレシピプラットフォームサービスになることを目指しています」と語った。
住氏が担当する領域は2つあり、1つはベンチャー企業と新規事業を創出する「Cookpad ACCELERATOR(クックパッド・アクセラレーター)」だ。
「食品工場と快適業を商談でつなぐサービスを展開する"リンクアンドシェア"と、AIとIoTを活用して植物を育てるスマートプランターを開発する"PLANTIO"はクックパッド・アクセラレーターの採択ベンチャーで、今一緒に事業開発をしているところです」(住氏)
もう1つが「OiCy」だ。「プラットフォーム発表時に同時発表した調味料サーバー"OiCy Taste"のインパクトが強いのですが、OiCyはスマートキッチン向けのレシピのプラットフォームを提供するというものです」(住氏)
住氏がクックパッドに入社した2015年は、クックパッドが次世代のレシピのあり方を模索していた時期だったという。1990年代までのレシピは紙のメディアが中心だったが、2000年代になってパソコンやスマホが普及すると、インターネットでレシピを検索して決定するようになった。次の世代にAI(人工知能)などが発展したときに同じようなサービスを提供していたのでは、クックパッドの存在意義がなくなる。では次世代のレシピはどうあればいいのか、その答えはまだ出ていないものの、その方向性を考えるためにクックパッドへ参加してほしいと、当時のCTOとCFOに言われたのだそうだ。
クックパッドは料理に関する膨大なデータを持っており、月間5,500万人が毎日レシピを調べて行動している。そのデータを持つ企業ということで入社したものの、その数カ月後には経営体制の変更によって、やろうとしていたことができない状況に1度陥ってしまった。しかし再度スマートキッチン実現へのスタートを切ることができたと住氏は話した。
「世界中で年間7兆食もの料理が作られているというところに、何か新しい未来を提供したいと思っていました。スマートキッチンというと、『面倒くさいので時短したい』とか『簡単にしたい』というような価値ばかり注目されますが、料理にはいろいろな価値があり、それを形にしていきたいと思っています」(住氏)
住氏はスマートキッチンには3つの要素があると話す。
「1つは『意志決定』です。まず人は何を食べたいのか意志決定します。その次に、料理は人間がやる部分があるので、そこを『ナビゲーション』するというもの。3つ目は火加減をどうするか、どのように切るかなど、スマートキッチンデバイスと『機器連動』する部分です。その3つは、どれもレシピからスタートしますので、僕らはレシピがスマートキッチンの中で非常に重要だと思っています」(住氏)
スマートキッチンを実現する上で始めたことがいくつかあると住氏は語る。
「2017年に出した『食と料理にまつわる社会課題マップ』というのがあります。料理は本当にさまざまな社会課題と紐付いていますが、現在は課題の中心にある『料理スキルの減少』や『料理の習慣化ができない』など、ほんの少ししか解決していません。料理は本当は『食料生産』や『コミュニケーション』『孤食』『健康』『食育』『料理の価値創造』など、いろいろなカテゴリーと紐付いています。
料理やスマートキッチンを通して日々の意思決定だけでなく、本当にいろいろな課題を解決していきたいと思っています。そのためにさまざまな事業創出が必要になるため、アクセラレーターをスタートして料理のいろいろな価値を事業として形にするというトライアルをしています」(住氏)
そのほか、蓄積されているユーザーの行動データを基にしてパーソナライゼーションするために、レシピコンテンツに栄養価を付加するなど、情報をよりリッチにする方向性も模索している。ほかにも料理に関するハッカソンを実施したり、リサーチを行なったり、投資を進めたりしているという。その活動の中に調味料サーバーの「OiCy Taste」がある。住氏によれば「これが今、大きな転換を示しています」ということだ。
調味料サーバーは「料理の煩雑さの解消」が目的で生まれた
続くパネルディスカッションでは、元々ソニーでOiCy Tasteの原型になる調味料サーバーの開発を進めていたエンジニアの金子 晃久氏と大谷 伸弥氏が登壇し、OiCy誕生秘話が語られた。
金子氏は元々ソニーでソフトウエアエンジニアをしており、商品開発や新規事業開発などを担当していたという。
「数年前から家事分担で料理をするようになり、週に4日間料理しています。元々料理をしていたり、料理が得意だったりしたわけではないので、いろいろな課題に気付きます。そんな自分自身の課題をテクノロジーで解決しようということで活動を始めました。元々ソニーでやっていましたが、クックパッドは圧倒的なデータを持っていますし、スマートキッチンを開発するなら一番いいところでやった方がいいと考えてスマートキッチンの立ち上げに取り組んでいます」(金子氏)
大谷氏も元々ソニーにいて、12年間ほど基礎研究部門で研究者として従事した後、新規事業開発を5年ほど手がけたという。
「子供がいて料理を作らなければならなくなり、真剣にやらないといけないなと思って料理に興味を持つようになりました」(大谷氏)
なぜ「調味料サーバー」を開発しようと考えたのか。その経緯について金子氏が語った。
「おいしさの要素はものすごくたくさんありますが、『味』はその土台となる一番重要なところだと思います。一方で、調味料の計量というのは実際には工程が多い。僕は料理があまり得意ではないので、レシピをしっかり見てレシピに書いてある通りに量りますが、ボトルを取り出したり開けたりしているうちにレシピを忘れちゃうんです。そうするとまたレシピを見る必要があります。それで計量スプーンで量ってキャップを閉めてボトルをしまうとかしていると、次の分量を忘れてしまいます。それを繰り返すと結構面倒くさいことが分かったのです」(金子氏)
レシピによって2人分、4人分などそれぞれ対象人数が異なるが、これも自分が作る人数分の分量に変換するのが分かりにくかったという。
クックパッドでは自分の名刺に好きなレシピを写真入りで紹介する文化があるのだが、金子氏は自分の名刺にも入れている親子丼を実際に作っている工程を動画で紹介し、レシピを見たり計量したりする作業の繁雑さを語っていた。
「調味料を量るところは人間がやっても機械がやっても結果はそんなに変わりません。なら機械にお願いしちゃおうかと思って作り始めました」(金子氏)
ハンドソープディスペンサーを分解してポンプを取り出し、ワンボードマイコンの「Arduino」をつないで、スマホで制御するプロトタイプを作った。
「モックだけを作るのではなく、キッチンの現場でクックパッドのレシピとつながり、本当の料理で使えるようにしています。私自身も使っていますし、ユーザーテストを行なうことによって、ちょっとした未来のキッチン体験ができるようになっています」(金子氏)
大谷氏は調味料サーバーがソニーのSAP(Seed Acceleration Program)という新規事業創出プログラムで取り上げられたというのを聞き、「面白そうなことをやっている」と感じて参加したという。
「僕はそれまで研究畑にいたので社外との接点が薄く、顧客価値などもあまり考えていませんでした。社会と疎遠な状態にいると感じ、刺激がほしくて新規事業をやりたいなとずっと思っていました。金子さんは知り合いだったので、ぜひ一緒にやらせてほしいと思ってジョインしました」(大谷氏)
ソニーで調味料サーバーを開発するに当たって、レシピのコンテンツが必要と感じ、住氏を通じてクックパッドと組むようになったのが、このプロジェクトのスタートラインだったと住氏は語っていた。
スマートキッチンの行き着く先は「完全自動化」ではない
住氏は金子氏、大谷氏の2人に「料理において一番大切にしている価値やシーン」について聞いた。
大谷氏は「家族とのコミュニケーションです」と回答。「子供ができて料理をしなきゃいけなくなったのが発端ですが、実際に子供のために料理を作っていると、料理を介した子供とのコミュニケーションは楽しいなと感じます。子供が1歳後半か2歳くらいのときに最初に覚えた言葉が『おいしい』でした。僕が作ると何でもおいしいといってくれました。多分『まずい』という言葉は知らなかったんだと思いますけど(笑)、『お父さんおいしい』といってくれるのが本当に僕をモチベートしてくれました。『料理って楽しいんだな』と思い、それからやるようになりました。なのでコミュニケーションってすごく大事だなと思っています」(大谷氏)
金子氏も大谷氏に近いと話す。「僕も自分のために料理はせず、家族のために料理をしているというのがあります。それを実感したできごとがありました。週4日料理をしていると話しましたが、最近はちょっと多忙になりすぎて家事代行を使ってみたことがありました。1週間分くらいの料理を作り置きしてくれて、客観的に見て僕よりおいしいんです。でも作り置きを温めて子供と一緒に食べていると、『何か違うな』と物足りなさを感じました。自分が料理したものを子供が食べてくれて家族からフィードバックを得るなどのコミュニケーションがあったのですが、それを失ってしまったのです。そのつながり、人と人とのつながりを改めて大切にしたいなと思っています」(金子氏)
2人の話を受けて、スマートキッチンのあり方もそれに近いのではないかと住氏は語った。
「スマートキッチンの行き着く先について、『3Dプリンターが料理を作ってくれる』とか、『ロボットアームが完全自動調理してくれる』というのを思い浮かべる人が結構多いのではないかと思います。でも『自分で作った感』がないとさみしさを感じると思うのです」(住氏)
それに対して金子氏も「自動化によって失うものはきっとあると思います。完全自動化がゴールではないだろうなと感じています」と語った。大谷氏も「子供がおいしいと言ってくれるからやっていますが、ボタン1つで全部出てきちゃったものに対して『お父さんおいしい、おいしい』と言われたら、僕はショックで立ち上がれないと思います」と続けた。
料理をスマートに作れたり、キッチン全体が連携する世界を作りたい
住氏からは「好きなスマートキッチンデバイスは何か」という質問が挙がった。
金子氏は、アプリと連携するIHクッキングヒーター「Tasty One Top」を挙げた。これは、米BuzzFeedのProduct Labsが2017年7月に発表したスマートIHクッキングヒーターだ。
「ちょっと前からたまに使っているのですが、あれは結構面白いです。お肉を焼くときなどの火加減を自動でコントロールしてくれて、失敗せずに焼けます。その場から離れていても大丈夫で、ひっくり返すタイミングは教えてくれます。面白いのが、多くの部分を自動でやってくれていても、ひっくり返すという単純な動作だけで『自分でやっておいしくできた』という感じがありました。ちょっと『参加している感』を残しつつ、難しいことはやってくれるので、新しい体験ができるという意味ですごく気に入っているデバイスです」(金子氏)
これについては大谷氏も、完全に同意見だと話していた。
OiCyというスマートキッチンのプラットフォームを開発していてワクワクするポイントは何かという質問について、大谷氏は次のように語った。
「クックパッドにはレシピというデータがあります。そこを軸にいろいろな企業のいろいろなビジネスとどんどんつなげられるというところに本当にワクワクします。研究開発が長かったために、社会との接点がなかったところから来ると、ああ社会ってこういうところなんだ、仕事ってこんなに楽しいんだ(笑)とワクワクしています」(大谷氏)
最後にOiCyの目標について、住氏から2人に質問が出た。
「個人的な目標としては、さきほど紹介した親子丼をスマートに作りたいです。完全自動化ではなくて、自分で何かやることが残っている状態で、最高においしい親子丼を家族に提供できるような、そういうスマートキッチンの世界をOiCyとして作っていきたいです」(金子氏)
「僕はキッチン全体の連携みたいなところをやっていきたいと思っています。今はいろいろな調理家電メーカーが各社の中で使えるレシピを提案し、そのレシピを自社の調理家電で調理するという形になっており、別の会社とは全く連携しません。ユーザーは1つの料理を作るときにいろいろなインターフェースを使いたいわけではないと思います。1つのインターフェースでキッチン全体が連携するというのを実現したいです」(大谷氏)
家電メーカー、キッチンメーカーなどとの協業も発表
金子氏は、本イベントの別のセッションにも登壇し、OiCyと連携した製品やサービスの実用化を目指していくパートナー企業10社を発表した。
【パートナー企業(50音順)】
・アドウェル
・アマゾン ウェブ サービス ジャパン
・オンキヨースポーツ
・クリナップ
・ 椎茸祭
・シャープ
・タイガー魔法瓶
・日立アプライアンス
・プランティオ
・LIXIL
また、スマートキッチンの方向性と目標を示すための「スマートキッチンレベル」も同時にを発表し、さらにそれを実現する目標年も示した。
レベル0の「人力調理」はユーザーが全ての調理タスクを実行するというもので、レベル1の「固定機能支援」は機器がプリインストールされた機能により調理の一部を実行するというもの。レベル2の「ネットワーク連携支援」は、機器がネットワークに接続して追加機能やさまざまな情報を取得し、それに基づいてユーザーに合ったレシピ提案や調理を実行するというものだ。
レベル3の「機器横断的自動化」は、複数の機器がネットワークに接続され、機器が同じレシピを参照してそれぞれの調理を実行するというもの。レベル4の「全自動化」は、機器がユーザーの最小限の支援の下、機器同士の物理連携も含めて自律的に全ての調理を実行するというもの。レベル5の「人間・機器協調」は、機器がすべての調理を自律的に実行することができ、ユーザーは機器のサポートを受けながら自由に創意工夫し、機器と協調して調理することが可能になるという。
「これはクックパッド単体ではできません。まさに一緒に作っていきたいと思っています。OiCyは『Open integration, Cooking with you』の略です。クックパッドが持つレシピを機械が読めるように変換して皆さんに提供していきます。ハードウエアやUI、UXなど、モノづくり、コトづくりを支援していきたいと考えています」(金子氏)