そこが知りたい家電の新技術

開発期間4年、新興家電メーカーと創業186年の伊賀の窯元が作った炊飯器「かまどさん電気」を訪ねた

 シロカ初となる炊飯器「かまどさん電気」の発売が、3月9日に迫っている。伊賀焼の炊飯用の土鍋「かまどさん」を、ほぼそのまま採用した点がユニークな製品だ。発売前となる2月下旬に、「かまどさん電気」の土鍋を作る、三重県伊賀市にある窯元「長谷園(ながたにえん)」を訪ねるプレスツアーに参加した。

長谷園×sirocaの「かまどさん電気 SR-E111」

80万台を出荷、6カ月待ちの土鍋「かまどさん」

 京都から車で1時間ほどの所にある長谷園の創業は、江戸時代後期の天保3年。186年前にまで遡る。8代当主の長谷康弘社長は、同窯元と「かまどさん電気」について次のように語る。

 「この場所は、400万年前には琵琶湖の湖底でした。生えていた木などの植物が、地層に積もっていきました。その土を使って、様々な器を作ってきましたが、伊賀の土は“呼吸する”と言われます。土を焼くと、中にある有機物が燃え尽き、気泡がたくさんある焼き物になるからです」(長谷康弘氏)

伊賀にある窯元「長谷園」。古代、この一体は琵琶湖の湖底だったという
創業以来、大事に使われてきた建物が建ち並ぶ
園内の14建物が文化財として登録されている
長谷園の会長と社長が育った家も今も使われている

 小さな気泡を持つ伊賀焼は、蓄熱性に優れ、遠赤外線効果も発揮するという。そんな伊賀焼の特性を活かした炊飯用の土鍋が「かまどさん」。同社が2000年に発売した直火用の土鍋で、2007年末現在での出荷台数は80万台を上回り、現在でも注文から商品が届くまでに6カ月待ちだという。

 「土鍋でゴハンを炊くと、炊き上がった時に余分な水分を土鍋が吸ってくれます。そしてゴハンが乾くと、鍋が勝手に水分を足してくれます。だから、炊き上がった時はもちろん、ご飯が冷めてからも美味しいんです」(長谷康弘氏)

窯元「長谷園」、8代当主の長谷康弘社長

 土鍋で作るご飯は美味しい、というのはよく言われること。だが、土鍋の取り扱いから炊く時の火加減調節など、作るのには手間がかかる。そんな土鍋で作るご飯を、もっと気軽に食べられるようにしたいと考えたのが、会長の長谷優磁氏だった。

 「ぼくは物凄くお酒が好きで、同様に食うことも大好きなんです。美味しい酒を飲みたいから、物づくりを続けています。物づくりの上で心がけているのが、作りては真の使い手であれ、ということ。使い手でなければ、ライフスタイルの変化も感じません。時代が変化し文明が進化していくと、ライフスタイルが変わります。顕著なのは、熱源が変わるということ。昔は薪を使っていたのが、ガスに変わり、今では電気になった。

 こうしたライフスタイルの変化をキャッチして、対応していくのが我々作りての使命だと思っています」(長谷優磁氏)

窯元「長谷園」の長谷優磁会長
炊飯用の土鍋「かまどさん」の試作品の数々

 時代の変化とともに、土鍋もIH対応にしてほしいという要望が、多いのだという。長谷優磁氏も、IHに対応するため、たくさんの試作を重ねた。だが、作ってみた土鍋は、どうしても“かまどさん”で作るご飯に劣ってしまう。それで、IH対応は無理だと、試作を辞めてしまったという。

 味が劣る理由は簡単だ。前述したとおり、伊賀焼の特徴は気泡がたくさんあること。一方で、土鍋を通電させようとすると、鉄粉を塗り込んだり、鉄板を入れたり、鉄のコーティングをする必要がある。そうした工程を経ることで、伊賀焼の特徴である気泡を塞ぎ、呼吸しにくくしてしまうからだ。

 「土鍋は単純に見えるかもしれないけれど、ご飯を炊いた時には、余分な水分は吸ってくれるし、足りなくなったらまた水分を戻してくれる。意外と働きものなんです」(長谷優磁氏)

IHを使わずに土鍋を温める「かまどさん電気」の開発

 長谷優磁氏は、一般的な炊飯器と同じように、土鍋を使って美味しいご飯を、電気を使って誰にでも食べられるようにしたいと思い続けたという。実際、多くの家電メーカーから、かまどさんを使った炊飯器を作りたいというオファーがあった。だが、長谷優磁氏は、いずれの提案も断っていた。どこもIHを使うという提案だったからだ。

 対して、シロカが提案したのは、IHを使わない炊飯器。まさに本体の伊賀焼の土鍋の特性を活かしたままで、炊飯器にするという提案だった。そして、シロカと長谷園との共同開発が始まったのが、4年前のことだった。

 シロカの開発担当となったのが、佐藤一威(くにたか)氏。炊飯器を開発するのは初めて。その佐藤氏に下されたミッションは「IHの熱源を使わずに、ガス火力と同等の環境を作る」ということ。IH対応ではない土鍋を、電気で温められるのかすら、分からない状態からのスタートだったという。

シロカで開発を担当した佐藤一威(くにたか)氏

 「最初の試作機は、単純にニクロム線の電熱線でご飯が炊けるのかというのを試しました。作ってみたものの、熱効率が悪く炊けませんでした。なんとか土鍋に熱を伝えようと、徹底的に土鍋からの放熱を防ぐ構造を考えて、改めて試作してみました。炊けることは炊けましたが、まずかった」(佐藤一威氏)

左が最初期の試作機。右側が2段階めの試作機
最初の試作機は、底部にニクロム線を付けて、まずは土鍋を温められるかを確認

 佐藤氏らは、さらに熱を塞ぐ構造を考えて試作を重ね、製品版に近い形にまで辿りついた。炊くことはできたが、一般的な鉄製の釜と違い、鍋は温めると蓄熱性が高く冷めにくく、土鍋だとおこげを通り越して炭になったご飯が多かった。そこで、本体の下部にファンを取り付けて冷却。なんとか効率よく白米が炊けるようになったという。

 「炊けるようになったものの、かまどさんの味ではない! と会長にさんざん怒られまして(笑)……そこで、一般的な炊飯器で行なっている炊飯プログラムを、土鍋で炊く場合にどうやるべきかを考えました」(佐藤一威氏)

 直火炊きと同じように再現すると、どうしてもうまくいかなかった。ガスで炊く直火と、電気で炊くのとではパワーが違うからだった。そこで直火炊きとは違うアプローチをした。

 土鍋自身が温まりにくいということで、最初に土鍋を暖める、予熱の工程を加えた。そうすることで、土鍋と土鍋の中の、温度の乖離を縮める。これで、最終的には「かまどさん」と同じ味となったと、ようやく会長のお墨付きがもらえたのだという。

 シロカの佐藤氏が開発を進める中、長谷園でも鍋の開発を進める。長谷康弘社長は次のように語る。

 「かまどさん電気は、かまどさんをそのままポンと、炊飯器の中に入れても使えません。また、土は乾いたり焼き上がる段階で収縮します。収縮率というのがあり、それを計算して作るのですが、家電製品に組み込もうとすると、高い精度が求められます」

 そうした問題を、どう対応できたかは企業秘密の部分が多く、詳細には語れないという。だが、違いは見た目にもある。よく見れば、かまどさん電気に使う土鍋には、取っ手がない。ないというよりも、鍋の全周が取っ手となっている。

 「取っ手は全周のため使いやすいということが1つ。もう1つ重要なのが、吹きこぼれても、鍋の縁から流れ落ちないような構造にしています。取っ手部分に溝を作り、吹きこぼれた水分を溜められるようにしているんです」

鍋の縁には溝が設けられ、取っ手にもなり、万が一に吹きこぼれた時にも流れ落ちないようにする

窯元「長谷園」で焼き物が出来上がるまで

 そうして出来た「かまどさん電気」用の土鍋は、当然、伊賀の工場で作られている。「かまどさん電気」が開発されるまでの話を聞いたあとに、その窯を見せてもらった。

 まずは伊賀焼のキモとなる土を、最適な硬さ、軟らかさにする工程。土を練る機械に投入していく。練られた土を繰り返し機械に投入する。これは練れば練るほど柔らかくなるため。製品や季節などによっても、何回練るかが決まる。また性質の異なる複数の土をブレンドするのも同じ機械で行なう。

土を練る最初の工程で使われる機械
土を機械に投入していく
練られた土がにゅぅっと出てくる。これを何度か繰り返す
練り終わった土

 土の準備が終わったら、形を作っていく工程。形を作るのには、いくつかの方法があり、焼き物でイメージされる“ろくろ”を使って、職人が一つ一つ作っていく製品もある。一方、土鍋の場合は型にはめて圧力をかけながら削っていきながら形を作る。

 まずは鍋を作る時に多い工程を見てみた。

土を型の中に入れ、よく叩いて手で伸ばす
削りながら形を作っていく
さらに削って形を整える
土鍋の取っ手を付け、水分を含ませてなじませる
接続部などのバリ取りをしていく
鍋本体と取っ手部分が一体化している

 長谷園には、ろくろで作ったり、型を切りながら器を作る工房もある。

ろくろで器を作る工房
職人が一つ一つ器を形作っていく
型で切っていき、組み合わせることで器ができる

 形が作られると、表面に釉薬が塗られる。釉薬を塗り、一度乾かした後に窯に入れて焼いていく。

鍋の場合は、外側の下部を残して、内側と縁の周辺に釉薬が塗られる
釉薬が塗られたら乾燥させる
最後に窯に入れて焼く工程

 長谷園には、創業186年の歴史を感じさせる登り窯という古い窯も残されている。坂の斜面を利用した窯で、16の部屋(16連房)の登り窯だ。創業時から昭和40年代まで使われていたという。

登り窯。16の部屋すべてを焚きあげるのに15〜20日間を要し、その間は夜も交代で見守りながら焚いていたという

 現在では16連房の登り窯は使われていない。だが、その伝統の技術を継承する意味もあり、4連の登り窯を年に1度だけ焚き続けている。この窯を焚くのにも大量の赤松の薪が必要で、窯の周囲に積まれていた。

食卓に載せて絵になる圧倒的なビジュアル

 ツアーの合間には、かまどさん電気で炊いたご飯と、伊賀周辺の野菜や肉を使った料理を楽しませてもらった。期待値を上げる製品説明の後だけに、炊き上がるのが待ち遠しかった。伊賀牛や新鮮な野菜の蒸し物などを食べながら炊き上がるのを待つ。

 いよいよ席の近くの「かまどさん電気」が炊きあがり、ご飯をいっぱいに炊いた中の鍋が取り外されて、食卓の上に乗せられる。蓋が持ち上がると、待ってましたと言わんばかりに湯気が立ちのぼり、ほくほくのご飯が見えた。粒の立ったご飯を湯気越しに見ただけで、「美味しそう!」ではなく、間違って「美味しい!」と言ってしまいそうだ。

 そのまま鍋をドンッと食卓に置いて、目の前で蓋を空けて、茶碗のよそっていく。こうしたことが可能なのも「かまどさん電気」の優れている点だ。一般的な炊飯器なら、炊飯器本体を食卓に載せても絵にはならない。ビジュアル効果では間違いなく他メーカーを圧倒する。

食卓に土鍋ごと載せて、蓋を外すと湯気が立ちのぼる
粒が立ってて、本当に美味しそうだ。ビジュアル部門では間違いなく他メーカーを圧倒する

 よそってもらったご飯を食べてみた。炊きあがったばかりということもあり、当たり前だが、ご飯は美味しかった。今回は食べ比べしたわけではないので、あとは好みに合っていたとしか言えない。何が筆者の好みに合っていたかと言えば、ご飯のかたさや、あまさ、粘りなど。色々と程よいあんばいなのだ。

色々と程よいあんばいのご飯で美味しい

 プレスツアーに参加して長谷園とシロカの、それぞれの作りての話を聞くことができた。そうした話を聞き、期待値がかなり上がっている状態で食べたご飯も、かなり美味しいと感じた。保温機能もない炊飯器と考えると、高級といえるものだろう。だが、土鍋で炊いたご飯の味を知っている人であれば、相当魅力的な製品と言える。筆者も、積極的に機会を作って、今度は自宅で炊いて、伊賀で食べた時の感動が再現できるのかを確認したいと思った。

筆者の好みには抜群に合っていました

河原塚 英信