そこが知りたい家電の新技術

“スピードではなく質”ダイソンの考える空気清浄とは

 室内の空気をきれいにするために使う空気清浄機。筆者が幼い頃にはあまり見かけない製品だったが、花粉症や黄砂、PM2.5といった問題が取り沙汰されるようになってからはすっかりメジャーな家電製品となった。家電量販店に行けば、大小様々な空気清浄機が並び、機能やデザインなど、メーカーによって様々なアプローチで、値段も様々だ。

 そんな中、他社の製品とは全く違うカタチ、機能で異彩を放っているのがダイソンの空気清浄機能付きファン「Dyson Pureシリーズ」だ。ダイソン独自の“羽根のない”扇風機を上部に備え、土台となる部分に360度グラスHEPAフィルターを配置。下から空気を吸い込んで、上からきれいな空気を出すという仕組みだ。タワーファン、テーブルファン、ファンヒーター機能付きの3機種をラインナップする。

左から「Dyson Pure Cool Link 空気清浄機能付タワーファン」(参考価格:64,800円)、「Dyson Pure Cool Link 空気清浄機能付きテーブルファン」(参考価格:49,800円)、「Dyson Pure Hot+Cool Link 空気清浄機能付ファンヒーター」(参考価格:72,800円)

 一般的な空気清浄機が巨大な長方形をしているのに対し、ダイソンの空気清浄機はコンパクトで形も全く違う。ダイソンの考える空気清浄機とは、どういったものなのか、ダイソン 研究デザイン開発 空調家電製品開発責任者のDominic Mason(ドミニク メイソン)氏に話を聞いた。

 Dominic氏は、ダイソンとして初めて作ったサイクロン掃除機「DC01」の開発にも関わったという、ダイソン歴20年のベテランエンジニアだ。現在、ダイソンでは全世界で3,500名ものエンジニアを雇用しているが、Dominic氏は、ダイソンの35人目のエンジニアとして、入社したのだという。現在は、シンガポールに先月新設したばかりの「SINGAPORE TECHNOLOGY CENTRE(シンガポールテクノロジーセンター)」に籍を置く。

息子のアレルギーがきっかけで、空気の重要性に気付いた

 Dominic氏は、もともとダイソンのスティッククリーナーなどを扱うフロアケア部門に長年在籍しており、同部門のトップを務めていた。その後、エアブレードやライティング、部門を経て、現在の空調家電部門に移ってきたという。空調家電部門に異動してきたのには2つの理由があるという。

ダイソン 研究デザイン開発 空調家電製品開発責任者のDominic Mason(ドミニク メイソン)氏

 「まず1つめの理由は、フロアケアを長年担当しており、トップまで務めていたが、何か新しいものを手がけたいという想いが強かったということ。

 2つめは、息子がアレルギーで苦しんでいたことだ。当時、息子は腕や膝など関節の部分にかゆみを伴う発疹が出るなどアレルギーに苦しんでいた。そこで、漢方の医者に薦められた空気清浄機を購入した。ただし、私は、空気清浄機でアレルギーが改善されるなんてまるで信じていなかった。なぜなら、私はエンジニアなので、データに基づいていないことは信用しないからだ。しかし、空気清浄機を使い始めてから、3カ月ほど経つと、驚くことに息子のアトピーが改善してきた。そこで、私は初めて、空気のきれいさがどれほど重要か、さらに水や食べ物など口に入るものがどれだけ大切か実感した。

 それまで、そういった話を聞いたことはあったが、息子の経験がなかったら、そういったことを信じることはなかっただろう。例えば、Dyson Pureシリーズを使った多くの人はよりよい睡眠を得られるという結果がでているが、それは医学的にはまだ実証できていない。だが、実際、そう感じている人は多く、私達の製品が人の手助けをしているということを実感している」

空気清浄はスピードではなく“質”が重要

 ダイソンの空気清浄機で、なによりこだわっているのは「空気清浄の質」だという。

 「我々の製品は実験室の中だけでなく、実生活の中でもきちんと機能する。独自開発した360度グラスHEPAフィルターは、PM0.1レベルの超微小粒子状物質まで捕らえることができる」

ダイソンが独自に開発した360度グラスHEPAフィルターは、PM0.1レベルの超微小粒子状物質まで捕らえることができるという

 現在、空気清浄機の指標の1つとして世界で広く知られているのが米国家電製品協会(AHAM)が定めるCADR(Clean Air Delivery Rate:クリーンエア供給率)という指標だ。これは、空気清浄機が1分間あたりに供給する清浄な空気の量を表した指標で、空気清浄機の集塵性能を測る国際的な基準となっている。この指標では、清浄した空気の量、つまりスピードを重視しているが、Dominic氏は、この指標について住環境によっては全く意味がないとする。

 「ダイソンの空気清浄機はこれまでの製品と違うアプローチをしている。他社の製品は、空気を吸い込む速度が速すぎて、このクラスの物質までは取り除けない。我々はスピードではなく、いかに小さな物質まで、確実に取り除けるか“質”にこだわった。ダイソンは、消費者が必要としている、本当のベネフィットを追求していく」

 今回発表した新シリーズでは、フィルターの性能が向上。活性炭の量を前モデルに比べ3.3倍に増やしたことで、ホルムアルデヒドやベンゼンといった有害ガスなどを従来より多く捕らえることができる。

 「新しいフィルターは、活性炭の量が圧倒的に増えている。従来は1m2あたり300gの粒状活性炭を搭載していたが、新モデルでは1,000gとした。ニオイはもちろん、様々な公害ガスにも対応している」

360度から空気を吸い込む円筒形のフィルター
新しいフィルターは、活性炭の量を従来の3倍以上に変更。様々な公害ガスにも対応する

空気の問題は世界共通のもの

 Dyson Pureシリーズは、世界に先行して日本で発売されたが、今後はグローバルで製品展開を進めていくという。

 「そもそも、ダイソンが空気清浄機の開発をスタートしたのは、役員チームが中国に滞在したことがきっかけだった。だが、空気の問題というのはアジアとか、中国に限ったことではなく、今や世界共通のもの。例えば、オーストラリアはダイソンの空気清浄機能搭載製品の主要なマーケットの1つだが、最初は『あんなに自然が豊かで、美しい場所で空気清浄機が売れるのか』と懐疑的だった。しかし、実際にはオーストラリアは、世界でも喘息患者の多い国の1つで、花粉症に悩んでいる人も多い」

「Dyson Pure Hot+Cool Link 空気清浄機能付ファンヒーター」の全部品。部品の数は極力少なく、なるべく単純な構造を目指しているという

より実用的で、ユーザーのニーズに即したコネクティビティプロダクト

 Dyson Pureシリーズは、アプリとの連携に対応したコネクティビティプロダクトでもある。

 「ダイソンとして初めてのメジャーなコネクティビティプロダクトと言っていい。コネクトした製品という意味では、ロボット掃除機の『360eye』が初めてだが、Dyson Pureシリーズではより実用的で、ユーザーのニーズに対応した機能を搭載している。一番の特徴は空気を見える状態にしているということ。本体が置いてある部屋の空気が今、どのような状態なのか、リアルタイムで外出先からも確認できる」

室内の空気の様子を外出先から確認できる
空気の状態だけでなく、温度、湿度、花粉の量なども表示される
Dominic氏は、シンガポールの自宅の製品とアプリを連携させている。時間経過による空気の質の変化をグラフで表示することも可能

 今年2月のアップデートでは、花粉の量を表示する機能も追加されるなど、機能は随時アップデートされている。

 「ただ、花粉の量を表示するという機能は日本版のアプリが先行している。ダイソンにとって、日本市場は我々の技術を初めて認めてくれたとても重要な市場。今回の製品に関しても、世界に先行して日本で最初に発売している」

 実は、ダイソンのサイクロン掃除機が初めて売られたのは、英国ではなく日本。その高い性能が認められ、1台20万円で製品が販売された。そういった経緯もあり、ダイソンでは今でも日本に対して特別な想いを抱いているという。

 「ダイソンを初めて支えてくれた国で、テクノロジーをきちんと評価してくれる。今でも新しい製品の発売は日本からというパターンが多く、リーディングカンパニーとして注力している」

ダイソンで働くということ

 Dominic氏は、勤続年数20年を迎えた、今や貴重なダイソン初期メンバーの1人だ。この20年間で、会社の規模は飛躍的に拡大し、扱う製品も年々増加している。ダイソンという会社はどのように変化しているのだろうか。

 「良い意味で変わっていない。もちろん、私たちは常に次の進化について考えてはいるが、根幹の部分では変わっていない。今も小さな企業としてものごとにアプローチしている。ダイソンの良いところの1つが、株式会社ではないというところだ。株主にアプローチする必要はなく、我々の熱意は開発に傾けられている。会社の規模は大きくなってはいるが、ダイソンで働く難しさというのは、常に感じているし、常にベストを尽くすというプレッシャーもある。それは今後もキープし続けていきたい」

Dominic氏が現在籍を置く「SINGAPORE TECHNOLOGY CENTRE(シンガポールテクノロジーセンター)」。1,100名のエンジニアと、最先端の設備を揃える

 空気清浄という分野に関しても「成長機会はまだまだある」と語る。

 「ダイソンにとって重要な分野の1つで、今後に関しても様々なアイディアがある。我々は他のメーカーや、他の製品が気にしていない、あるいは気づけていない課題を見つけ出して、その課題を解決するために、製品を開発している。そのためには、いつも同じ道ではなく、違う道を辿っていくチャレンジが必要だ」

 数年前、ヨーロッパで開催された家電の展示会で、空気清浄機が展示されていた。日本のメディアとして、その製品を取材した時に、メーカーの担当者に「空気清浄機が売れるのは、中国や日本など、アジアの一部地域だけ。ヨーロッパではこういった製品は売れないし、必要ない」と言われたことがある。当時のヨーロッパでは、空気清浄という概念は一般的ではなく、そういった製品が必要なのは狭い、高気密住宅に住む、アジアの人というイメージがあったのだ。そのため、ダイソンが空気清浄機を作ると聞いたときは、かなり意外に感じた。

 しかし、今や家をとりまく環境や、空気をとりまく環境は、世界の限られたエリアだけの問題ではなくなっている。ダイソンも今回の製品を“アジア限定”で捉えているわけではない。空気清浄機の常識や概念は、今後さらに変化していくかもしれない、Dyson Pureシリーズはそんな可能性を感じさせる。

阿部 夏子