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スマート冷蔵庫って何ができる? 家電の「エコ」「生成AI」動向を欧州で見てきた
2024年10月15日 09:05
ドイツのベルリンで毎年9月に開催されている世界最大級のエレクトロニクスショー「IFA」。2024年も、注目されているAI搭載の家電が登場しました。生活を快適にする利便性向上だけでなく、自然環境と循環型社会に配慮した「欧州発・生活家電の最新事情」を現地で見つけたのでレポートします。
筆者は毎年現地まで足を運んで取材しています。IFAには欧州で人気の生活家電メーカーが多く出展して、その年以降に発売を予定する新製品を発表しています。IFAは、年末~来年にかけての世界のトレンドがいち早く確かめられる場となっています。
初の「Matter対応スマート冷蔵庫」何が便利なの?
最初にドイツのエレクトロニクスメーカー、シーメンス(Siemens)が発表したスマート冷蔵庫の話題から紹介します。
日本でシーメンスといえば産業エレクトロニクスのメーカーという印象の方が強いかもしれません。欧州ではボッシュ(Bosch)と一緒にBSH Hausgeraete GmbH(以下BSH)という合弁会社を作り、シーメンスはコンシューマー向けの生活家電も幅広く手がけています。ボッシュとは一緒に「Home Connect」というスマート家電のプラットフォームもつくり、インターネットにつながるコネクテッド家電も多岐に渡るラインナップをそろえています。
2020年頃までBSHはHome Connectのアライアンス拡大に力を入れてきましたが、近年ではCSA(Connectivity Standards Alliance)が推進するスマート家電の共通規格「Matter(マター)」への対応も同時に進めています。
シーメンスはIFA2024でMatterに対応するスマート冷蔵庫を発表しました。現在、Matterに対応する代表的な製品にはアマゾン、グーグルのスマートディスプレイ、スマートプラグにドア開閉センサーなど小型のIoTデバイス、そして日本のmui Labが発売する木製スマートボードの「muiボード」などがあります。Matterに対応するスマート冷蔵庫はシーメンスによる発表が世界初となったそうです。現在製品化されているXXLシリーズのビルトインタイプの冷蔵庫が、2025年1月以降に予定するソフトウェアアップデートによりMatter対応になります。
シーメンスのMatter対応スマート冷蔵庫は何が便利になるのか、同社Home Connect部門の最高責任者であるシュテファニー・リップスさんにコメントに聞きました。
「XXLシリーズは元からAmazon Alexaによるスマートコントロールに対応しています。シーメンスはAmazon Alexaを搭載するスマートディスプレイも独自に開発して、2023年に製品化しました。例えば冷蔵室や冷凍室の温度を確認/変更したり、省電力仕様のホリデーモードへの切り替えなどが音声を使ってハンズフリーで行なえます。アップデート後は同じMatterをサポートする様々なスマートホームコントローラーから、同じように遠隔操作ができるようになります」(リップス氏)
今年2024年は生成AIのテクノロジーをベースにしたAIチャットサービスも年初から脚光を浴びてきました。便利なコネクテッド家電の進化を牽引するシーメンスも、今後は生成AIのテクノロジーを家電のラインナップに取り込むことを考えているのでしょうか。リップス氏に聞きました。
「もちろん関心を持っています。当社が独自に行なった家電の音声操作に関するユーザー調査の結果、多くのユーザーが音声操作に対してポジティブであり、また音声操作によって実現したいことが多岐に渡ることもわかりました。生成AIのテクノロジーを活かしたAIチャットボットのようなユーザーインターフェースが、多くのユーザーの期待に応え、利便性を高めるものになると考えています」(リップス氏)
サムスンのスマート冷蔵庫は「AI搭載から生成AI搭載へ」
「暮らしに役立つAI(人工知能)」を搭載する生活家電は、日本でもシャープやパナソニックなどのメーカーが開発に力を入れています。IFA2024にはシーメンスやボッシュ、サムスン、LGなど欧州で幅広いカテゴリーの生活家電を扱うメーカーの最新AI家電が集まりました。
シーメンスとボッシュはAI搭載のスマートオーブンを発表しました。ユーザーがオーブンに食材を投入すると、内蔵カメラが画像解析して、食材に合わせて最適な調理コースを自動設定して美味しく調理します。もっともオーブンに投入する前段階で、食材は「ピザ」や「ケーキ」のようにつくりたい料理の原型まで調理を済ませておく必要があります。要は、温度設定や焼き色などをAIが自動で最適化してくれるという機能のようです。
同様にAIを搭載するスマートオーブンはサムスン、LGもIFAで製品を発表していました。両社の製品はそれぞれのスマートホームのデジタルプラットフォームであるSmartThings(サムスン)、ThinQ(LG)につながり、モバイルアプリや音声コントロール機能を搭載するスマートホームハブからの遠隔操作に対応するところも特徴です。
サムスンのフラグシップ家電である「BESPOKE AI(ビースポーク・エーアイ)」シリーズの新しいスマート冷蔵庫「AI Family Hub」のラインナップは、片側のドアに大きなタッチ液晶ディスプレイを搭載しています。「AI Vision Inside」はドアの内側に搭載するカメラで冷蔵庫の中を撮影して、ユーザーがスマホにインストールしたSmartThingsアプリのモニタリング機能からチェックしたり、食材等の賞味期限等を登録しておけば買い足すべき食材が外出先から把握できる便利な機能です。
冷蔵庫のディスプレイは、宅内に設置したスマートIoT機器や連携するソーラーパネルの発電状況をモニタリングする用途にも使えます。例えばSmartThingsのアプリと連携して節電のためのピークカットを行ない、ピーク時の電力使用量を抑えるような使い方にも対応します。
サムスンは2024年からアメリカのカリフォルニア州とニューヨーク州で、SmartThingsに対応するサムスンの生活家電のユーザー向けに、賢く省エネと節約ができる「SmartThings Energy Flex Connect」というサービスを開始しました。ユーザーが対象となるデバイスを登録して「AI Energy Mode」を設定すると、電力の需要ピーク時間帯に節電仕様に切り替わります。ユーザーにはその報酬としてSamsungアカウントでの買い物などに使えるポイントが付与されます。サムスンの担当者によると、今後欧州でも同じサービスの展開を検討しているそうです。
サムスンの「AI家電」は「生成AI家電」に進化を遂げつつありました。
AI Family Hubの最新モデルの冷蔵庫は、ディスプレイに表示する壁紙画像を生成AIに作ってもらう機能を搭載しています。今後もさらに生成AIの機能を拡大する予定はあるのでしょうか。ブースでサムスンの担当者に聞いたところ「AI Vision Insideの機能を発展させて、AIチャットボットと対話しながら足りない食材の補充や、食事の献立をAIと一緒に考える機能などを実現したい」という答えが返ってきました。
同社はスマホのGalaxyシリーズが先に生成AIを活かした「Galaxy AI」の機能を拡充しています。スマホと生活家電では、ユーザーに求められる生成AI関連の機能が異なるため、スマホの生成AIを移植して即座に便利な機能を実装するというわけにはいかないようです。ただ、AI Family Hubには既にスマホと同じように、サムスン独自の音声アシスタントであるBixby(ビグスビー)と音声で対話しながら操作できる機能があります。来年のIFAではサムスンの様々な生成AI家電が見られるかもしれません。
家電を「生成AI対応」に変えるLGのスマートホームハブ
同じく韓国メーカーであるLGも、生成AI家電の展示で最先端の技術を強く印象づけていました。LGは独自の大規模言語モデル(LLM)により開発した最新のAIエンジン「FURON(フューロン)」と、これを搭載するスマートホームハブ「ThinQ ON」を発表しました。
ThinQ ONはLGのスマートホームのプラットフォームであるThinQをサポートするスマート家電に、生成AIのテクノロジーに由来する機能を後付けできるスマートホームハブです。音声操作に対応するFURONは、ホームネットワークにつながるThinQ対応のスマート家電を動かせます。また、Microsoft AzureをベースにLGが開発したチャットボットも内蔵しているので、ユーザーと自然に会話を交わすような音声チャットも楽しめるようになるそうです。11月に韓国で発売され、以後欧米市場に投入を予定しています。
LGはThinQのオープンプラットフォーム化も発表しています。ThinQ Public Open APIを外部のデベロッパ向けに提供を始めた結果、IFAの開催時点では1,000を越える自社または他社によるThinQプラットフォーム対応のアプリサービスがそろったといいます。
ThinQ ONの製品化、ThinQオープンプラットフォーム化は、ともに2024年夏にLGがオランダのスマートホームプラットフォームのベンダーであるAthom(アトム)を買収したことにより大きく進展しました。IFAの会場ではLGのスマートテレビにもFURONを載せて、AIチャットボット機能によりテレビの故障診断サービスなどをユーザーに提供するデモンストレーションをブースで見せていました。LGのスマート家電も今後は一気にAI化が加速しそうです。
LGは2019年のIFAで米クアルコムと一緒にスマート家電向けに独自のシステムICチップ(SoC)の開発戦略を発表しています。クアルコムとはさらにロボット分野での協業も行なっています。2024年のCESで発表したスマートホームロボットの「Q9」が、IFAの会場では実機によるいくつかの面白いデモンストレーションを見せていました。
Q9は2本の脚に搭載する車輪を使って軽快に動き回るロボットです。ディスプレイに表示するふたつの目で表情をつくりながら、音声でユーザーと対話するAIを搭載しています。本機の頭脳はクアルコムのスマートロボット向けのチップセットです。年初にアメリカで開催されたCESでは、LG独自のAIモデルが本機のベースになると伝えられていました。IFAに展示した実機ではOpenAIのChatGPTを載せて、ユーザーと自然な口調で対話しながら室内のスマートホーム機器を操作したり、本体のカメラで表紙を読み込んだ絵本のストーリーを音声で読み聞かせるデモを行なっていました。
年初はまだステージ上でぎこちなく動いていたQ9が、IFAではクラウドベースのAIにつながってスムーズに受け答える様子を目の当たりにすると、LGが家庭用AIロボットの開発に全力を注いでいることが伝わってきました。LGは業務用のロボットで既に多くの実績を積んでいるだけに、こちらも来年以降にまた大きな動きがありそうです。
環境にやさしいものづくりをリードするパナソニック
新型コロナウイルス感染症によるパンデミックの影響を受けて、IFAは2020年から数年の間に開催規模を縮小していました。2024年のIFAでパナソニックが久しぶりに一般来場者も足を運べる大きなブースを出展したことで、IFAの会場が本格的に活気を取り戻したように筆者は感じました。
パナソニックは2022年から「Panasonic GREEN IMPACT」というコンセプトの下で、様々な環境対策に力を入れてきました。ドイツをはじめとする欧州の先進諸国では、日本と同様に環境に配慮した家電製品と、これを取り巻くサービスにコンシューマーが高い関心を寄せています。パナソニックのサステナブルなものづくりの現状を伝える展示にも、大勢の来場者が足を止めていました。
日本国内では2020年から、パナソニックの直販サイトで家電製品の定額利用(サブスクリプション)サービスがスタートしています。続く2023年にはパナソニックが品質検査を行ない、1年間の品質保証も付けた再生品(リファービッシュ品)の提供も始まりました。これを定額利用サービスと合わせて利用できるアイテムも好評です。
パナソニックが欧州でリファービッシュ品の提供を実現するためには、ユーザーから製品を回収して、整備/品質検査する拠点となる工場を欧州に構える必要があります。現在はその拠点がないことから、日本と同様のサービスを提供することは困難ですが、「欧州ではサステナブルな製品の価値がZ世代も含む幅広い層のコンシューマーに浸透している。メーカーの環境対策や循環型社会の実現に向けた、ごまかしのない真摯な姿勢を高く評価する向きは強い」とパナソニックの担当者は話しています。
「欧州で今できること」に目を向けたパナソニックは、サステナブルなものづくりの第一歩として2つの製品の特徴をIFAで紹介していました。
ひとつが日本でも発売中の「ラムダッシュ パームイン」シリーズです。従来のスティック一体型の製品に比べて、手のひらに収まるコンパクトなデザインを実現したコンパクトなシェーバーは、特に環境負荷の大きなプラスチック部品を含めて、本体の構成部品の点数を大幅に削減することで環境負荷を抑えています
もうひとつの製品は、現在は欧州とアメリカだけで発売しているモジュール式パーソナルケアシステム「マルチシェイプ」です。先端に装着するアタッチメントを交換するだけで、マルチ機能を付与できる男性用美容家電です。
同じように1台で2役前後を兼ねる他社の男性用美容家電は欧州にもあります。ところが「1台で何役もこなせることと、新しい交換モジュールが次々に追加できることが他社の製品にないマルチシェイプの特徴」だとパナソニックのスタッフが説いています。IFAに時期を合わせて、パナソニックはフェイシャルブラシやVIOトリマー、電動歯ブラシなど新しい5種類のアタッチメントを発売しました。2024年9月のベルリンはとても暑かったので、アタッチメントを追加して「ハンディファン」にもなれば話題を呼びそうです。
欧州のプレミアム家電ブランドであるミーレも、新たな家電の循環型ビジネスを模索しています。IFAの会場には本体を構成するモジュールを分解して、故障や劣化したパーツを交換しながら長く使えるスティック掃除機のコンセプトモデルを展示していました。
現在ミーレのスティック掃除機の主力製品はいわゆる「買い切り型」のビジネスモデルによりコンシューマーに提供されています。もちろん故障した時には修理することも可能ですが、循環型のビジネス効率をさらに高めることを目的とした技術革新をミーレは模索しています。
IFAに出展したコンセプトモデルの反響は「とても良い」とミーレの担当者は話していました。一方では同時に、家電の循環型ビジネスを成立させるためのサービスモデルを確立する必要性も見えてきたといいます。製品が故障/破損した時に、すぐに交換用のパーツをユーザーの手もとに届けられれば理想的かもしれませんが、ミーレがすべてのパーツを迅速に届けられるように万全の体制を長年に渡って構えることは困難です。
それならばユーザーが製品を所有するのではなく、メーカーからレンタルして使うサブスクリプションサービスのような仕組みをつくり、最良なメンテナンスの形を整える方向も環境にやさしい循環型社会の在り方ではないかとミーレの担当者は話していました。
環境に優しいものづくりにもまた、各メーカーによる地域ごとの取り組みの色が濃く反映されます。IFAは欧州最先端の発信地として、これからも毎年注目されそうです。