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災害時にも食の楽しみを。防災士が伝える、日常の延長にある非常食
2022年9月1日 08:30
9月1日は防災の日。毎年、この日を機会に緊急時の避難場所や避難方法、防災グッズをチェックしたり、見直しを図るという家庭も多いだろう。
なかでも非常食は、これまでは“災害時の備え”というイメージが強かったが、コロナ禍では感染者や濃厚接触者となったことで気軽に買い出しにも行けない人が増え、パンデミック時における食材ストックとしても、その必要性と重要性が見直されるようになった。
近年、非常食に対して広がっているのが、普段から食材を多めに買っておき、使った分を買い足す“ローリングストック”という考え方だ。今回は、防災士の丸マイさんに、非常食の基本やローリングストックのいろはをはじめ、日頃から非常時に備えるためにできることを教えてもらった。
非常食にも“美味しさ”を
非常食といえば、乾パンやパックのごはんをイメージする人が多いのではないだろうか。しかし、丸さんによれば、非常食であっても“美味しく食べられること”が大事で、そうした非常食の選択肢も実はいろいろとあるようだ。
「空腹を満たすことだけに重きを置く傾向があるのですが、日常生活においては“美味しく食べたい”というのは大事な欲求ですよね。非常食にもこの考えを取り入れるべきではないかと思います」
「普段から食べ慣れているものや好きなものを、いわゆる“非常食”にプラスする感覚です。非常食に美味しさを求めるのはナンセンスと思われるかもしれませんが、非常事態で落ち込みやすいときだからこそ、食べることが楽しみの1つになるんです。心と身体の健康を維持するために、“美味しく食べられる”という視点はとても大事です」
具体例として挙げられたのは「カンパン」。非常食の定番の「乾パン」ではなく、缶に入ったパンだ。丸さんは“心を満たしてくれるもの”として、甘いパンも1つ備えておくことをすすめている。「缶詰も鯖缶しかないというよりも、鰯があったりサンマがあったり。お肉も焼き鳥缶とかたくさん種類がありますよね。そういったものをいろいろとチョイスしていただければいいと思います」と丸さん。
また、丸さんが推奨するのは“味見”だ。「非常時に初めて食べてみて、実は美味しくなかったということもあります。それではガッカリですね。そこで、好みを把握するために、月に1回ぐらい味見をする機会があってもいいと思います」
味見をすることで、いざというときの食べ方も身につく。中には非常時に食べにくい非常食もあるという。「パッケージが湯煎に対応していなかったりすると、耐熱のポリ袋を別途用意する手間がかかり、またそうしたアイディアがすぐに浮かばないこともあると思います。そこで、日ごろから非常食の体験と経験を積んでおくのも重要です」
賞味期限を忘れないために「普段から食べる」
備えておくべき非常食の分量というのは、家族構成や住まいの形態によって一概には言えない。ただし、水に関しては「大人1人につき1日3Lが目安。それを1週間(7日)分備えておくのがいいでしょう。飲み水以外にも調理や手洗いなどに使用する可能性もあります。それを想定して3L近くあると安心です」と丸さん。
飲料水を用意する際には、2Lのペットボトルだけでなく、外に持ち出しやすいように350mlや500mlなど小サイズのペットボトルを混ぜておくのがオススメだそうだ。
「今のご時世、家族でも回し飲みはしづらいですし、コップに分ければ、コップを洗うための水が必要になったりもします。いろいろなケースを想像して備えておくというのが大事な考え方です」
ただし、飲料用として備えるのは「あくまでも水を」と丸さん。「水であれば、市販のパウダーを入れたりすれば味を変えることもできますが、ジュースやお茶は水の代わりにはなりません」。アレンジが利くシンプルなものを用意しておくというのが理由だ。
一方、非常食でありがちな失敗が、賞味期限切れ。忘れないためのポイントを次のように話した。
「“非常時の備え”と言っていますが、大事に取っておくのではなく、奥深く眠らせる必要もありません。また非常食専用のものでなくても、普段から食べている食品でいいんです。平常時でもコロナ禍のように買い物に行けないというケースがありますので、いつも買うものを1つ2つプラスしてストックしておくというくらいカジュアルに考えてください」
食品を保管する場所は、「“食べる”行為につながる場所がいい」と話す。「普段は見えない、開けない場所というのは、備蓄倉庫としては実は向かないんです。例えばキッチンの近くのパントリーであったり、足元のいつでも目に付くようなところにストックしておくことでチェックもしやすくなります。そうすれば『賞味期限が切れるかも』と気にしなくても、日頃から消費しやすく、食べたらその分を補充する。それくらいの感覚で用意しておけるといいと思います」
非常食に対するこうした考え方は、ローリングストックと呼ばれるものだ。「備蓄品を“買う”、“備える”、“食べる”で回していくのがローリングストックです。簡単に言うと、買ったら食べようよということ。そうすれば、長期保存用の食品をわざわざ用意する必要がなく、日用品の価格で安く済ませられます。アイテムも豊富ですし、好みのものが選べるので取り組みやすくなると思います」と丸さん。
丸さん宅の実践例として、「例えば我が家は普段、蛇口から出る浄水を飲んでいますが、夏場は冷たい水が飲みたいのでペットボトルを冷蔵庫に入れています。そうすると夏場に飲む分だけで、備蓄しているペットボトルの水がすべて新しいものと入れ替わります。通常のミネラルウォーターでも2年くらいは保存ができるので、わざわざ3年とか5年とかの長期保存水を用意する必要はありません。飲んだり使ったりするタイミングを決めておけば自然と消費されるので、賞味期限はさほど気にしなくて大丈夫です」と紹介してくれた。
また、飲料水は1カ所にまとめてではなく、“分散”させて備蓄しておくことを推奨する。災害時に建物が被害を受けたことで備蓄用の倉庫のドアが開かないといったケースに対応するためだ。「水がないというのが一番困るので、2~3カ所に分散させたほうが安心」と丸さん。
さらに、保管する際に注意したいのはその目的。「リュックの中に非常食を入れて保管しているご家庭がよくありますが、避難所に移動するためのものなのか、家で避難生活を送るためのものなのか、区別して備蓄しておくことが大事」とのことで、避難所に移動するなら、重たい水を何本も入れるのは避けたい。
冷蔵庫の中も立派な備蓄倉庫だと丸さんは話す。「ライフラインが止まった直後は中のものを使えるので、冷凍食品をたくさん入れておけば非常時にも食べられます。冷凍庫に飲料水のペットボトルを凍らせておけば、氷の代わりに身体を冷やしたりもできますよね。冷蔵庫の中身も非常時を意識しておけば、二重、三重の備えになりますよ」と続けた。
「栄養」と「ゴミが少ない」が選ぶポイント
丸さんは備蓄品を用意する上で意識したいこととして“栄養バランス”を挙げる。「非常時においても、ごはん、魚、肉、野菜といった主菜・副菜を揃えたバランスのいい食生活ができるように意識して、備蓄用の食品を選びたいです」と語る。
具体的には、「魚は缶詰や、魚肉ソーセージ、魚を使ったふりかけもあります。野菜は野菜ジュースで代用。飲むこともできますし、お料理に使えるものもあります。あとはトマト缶も料理に使いやすいので、あると重宝します」
このように「非常食専用のものはあまり買わない」という丸さんだが、フルーツの缶詰や、甘いケーキの缶詰は1~2個くらいストックしているそうだ。「お餅もあると便利ですね。お米が原料なので主食にもなるし、きなこをつけたりすれば甘味にもなります」と教えてくれた。
非常食のごはんというと、パックのごはんが一般的だが、お米を“炊く”という選択肢も用意しておくといい。「耐熱・耐冷仕様のマチ付きポリ袋『アイラップ』を活用すれば、炊飯器がなくてもお米を炊くことができます。市販されている災害用の炊飯袋を用意しておくのもいいでしょう」とのこと。
それ以外にもオススメのストック食品として、「レトルトパウチのおかゆ」も挙げる。「おかゆなら消化がよいのでお腹を壊したりしたときにも食べられますし、温めなくても食べられるというのもメリットです。味は後からつけられるので白がゆが一番オススメです」
非常食を選ぶ際には、上述した栄養のほかに「廃棄が少ない」ことも気に掛けたい。というのも、ライフラインが止まると、トイレが流せない状態になることも。ゴミの回収もストップしてしまうと、排泄物も保管しておくことになるため、少しでもゴミを増やさないことが重要だという。
例えば、インスタントラーメンであればカップよりも袋麺。さらに、ラーメンよりも少ないお湯で調理できる焼きそばを。ラーメンだとスープの廃棄に困る可能性があるからだ。
ローリングストックを実践。日常に組み込むには
ローリングストックのポイントは、“今必要なものを備える”ことだ。「蓄えて、消費してという繰り返しのスパンをどのように決めるか。繰り返しを続けることで、それぞれの家庭にとっての独自のストック方法が定着していくことになります」
ローリングストックを実践するうえで、美味しく食べられるように食べ方も工夫したいもの。丸さんオススメのアレンジレシピを教えてもらった。
「缶詰同士を組み合わせて使うと立派な一品になったりします。例えば鯖缶とトマトの缶詰、冷凍の揚げ茄子をオリーブオイルで和えて、茹でたそうめんの上にのせてみたり、乾パンをクルトンのように砕いてスープに入れたり。ネット上でも非常食のアレンジレシピがいろいろと紹介されていますよ」
一方、非常食をリュックで持ち出す際に気を付けたいのは“におい”だ。「多くの人が集まる避難所でにおいの強いものを食べるのは憚られるものです。そこで、避難用のリュックにはカロリーメイトのような空腹を満たせる食品を入れておき、嗜好性が強いものは家の中で食べるようにしてください」
避難所に行けばすぐに救援物質が受け取れると考えている人も多いかもしれない。しかし、丸さんによると実際の現場はそうとも限らないそうだ。「災害で道路が寸断されるなど物流が滞ってしまうと、日本の中心地である首都圏であっても支援物資が届かないという事態もありえます。都市部に住む人ほど備蓄はしっかりしておくべきだと思います。基本は“自助”の精神が大切です」と締めくくった。