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Shiftall岩佐氏とTrinity星川氏が語り尽くす、スタートアップ“あるある”と次に来るもの

シフトール(Shiftall)の岩佐琢磨 代表取締役CEO(写真左下)とトリニティ(Trinity)の星川哲視 代表取締役(右下)がリモートで対談。「カデーニャカンパニー」作者のたき りょうこ氏とともに話を聞いた

新型コロナウイルス感染症拡大の影響が依然として続く中、世界最大のエレクトロニクスショー「CES」も2021年は初の全面オンライン開催を余儀なくされた。コロナ禍以前には大いに盛り上がっていたスマート家電を取り巻く話題も、2020年はいかんともしがたく、やや鳴りを潜めてしまった部分もある。

そんな今だからこそ、日本の元気なハードウェアスタートアップの代表であるシフトール(Shiftall)の岩佐琢磨 代表取締役CEOと、トリニティ(Trinity)の星川哲視 代表取締役に集まっていただき、今年のエレクトロニクス業界に明るい展望が開けそうなトピックスを語り尽くしてもらった。本誌の人気連載「カデーニャカンパニー」の書籍化に寄せて、両氏には過去作品の中から思い入れのあるエピソードなどを挙げてもらった。自身の体験を交えた「スタートアップあるある」な秘蔵エピソードも飛び出した。

海外生産において障壁の多かった2020年。今年は何が来る?

――間もなく2021年の春を迎えますが、お2人がいま注目・注力していることはなんですか。

岩佐氏(以下敬称略):シフトールでは調理家電に注目して色々な製品の開発に着手しています。もうひとつは、バーチャル空間に集まる人々とアバターを介してコミュニケーションを楽しむVRメタバースのビジネスに参入しました。先日パナソニック公認のデジタル一眼レフカメラと、眼鏡型VRグラスの3Dデータの販売を始めました

どちらのカテゴリーもコロナ禍の影響による“巣ごもり”生活の中で需要が伸びていると言われています。当社ではアフターコロナの時代も見据えて、それぞれのカテゴリーに新しい楽しみ方を提案できると考えています。

株式会社Shiftall 代表取締役CEO 岩佐琢磨氏

星川氏(以下敬称略):トリニティは2019年秋に発表したリストバンド型ウェアラブルデバイス「weara(ウェアラ)」の開発を鋭意進めています。当初予定していた発売時期が延びてしまいましたが、期待を寄せてくださる皆様に満足してもらえる製品をあと少しでお届けできそうです。

トリニティ株式会社 代表取締役 星川哲視氏

――2020年は世界が新型コロナウイルスの流行によって、未曾有の事態に見舞われました。振り返ってみて、お2人にとってどんな1年でしたか。

岩佐:製造拠点としている中国に足を運べなかったことが痛手でした。中国に支社や拠点を構える大企業ならば、現地にいる駐在員が状況をリアルタイムに把握・管理できる場合もありますが、当社ほどの規模の企業が新しいものを海外でゼロから作る場合、何かトラブルが発生しても現地に足を運べないことはやはり障壁になります。2020年は多くのハードウェアスタートアップにとって、いばらの年だったと思います。

星川:そうですね。当社もメーカーとしてはシフトールさんと同じ苦しみを味わいました。ただ、一方でもうひとつのビジネスの柱であるモバイルアクセサリーの販売は、2020年もコロナ前の状況からほぼ変わりませんでした。スマホは生活必需品に近いアイテムなので関連アクセサリーも売り上げが落ちず、特別定額給付金が配られた後に需要の高まりもありました。

岩佐:2020年はコロナ禍により大規模なイベントがキャンセル、または延期を余儀なくされました。代わりに今年は、VRの技術によるバーチャル空間を活用したイベントやエンターテインメントが本格的に立ち上がると、私は見ています。

星川:VRですか! いつどこでブレイクスルーが起きるのか私も注目してきました。岩佐さんは今年こそVRが来ると思いますか。

岩佐:はい。「来る」の定義にもよるのだと思います。VRデバイスはきっとスマホのように誰もが1人1台持つものにはならないでしょうし、国内でも数十万人から数百万人が使いはじめて、いずれは1,000万人規模で頭打ちを迎えるカテゴリであると考えています。その一方で、今年は数十万から100万規模にまで一気に「来る」勢いも感じます。

シフトールもメタバースを活用したバーチャルアイテムの販売に止まらず、VRChat内で実施されるVRバーチャル展示会「クロスマーケット2」と提携して、来場者が最初に訪れる「エントランス」に大型バナー掲載を行ないます。VRの世界は今後、パソコンやインターネットのような「インフラ」として活用される道が開かれると考えています。シフトールは今後VRを活用したセールスやマーケティングにも積極的に挑戦していきます。

交渉のカギは卓球!? スタートアップならではの「あるある」

――たきりょうこさんの書籍「本日のエンジニアさん」の漫画に登場するカデーニャカンパニーのCEOである空知宇宙(そらち うちゅう)は、岩佐さんを彷彿させるキャラクターです。ご自身でご覧になって、印象に残っているエピソードを教えて下さい。

岩佐:私はどのエピソードにも思い入れがあるので絞り込みにくいのですが、あえて選ぶなら“カデーニャファクトリー”時代の第13話「すきなの?」、第14話「かるくてはやい」、第15話「ままならない」あたりの、WeChatメッセンジャーアプリにからむ3作品がお気に入りです。作品が掲載された後に沢山の反響がありました。

コミュニケーションのレスポンスが速く、失敗を恐れない中国の方々とのやりとりはいつも興味深いです。向こうでは恐らく「新しい会社との取引を始めること」が高く評価されるので、付き合い始めのころはとても優しく応対してくれます。その後、追加発注をするとじわじわと値段を上げてきたり、抜け目のないところもありますが(笑)。

その段階を越えてくると信頼関係がものすごく深まります。中国の企業は、普通は絶対に前金を支払わないと動いてくれないものなのですが、当社が試作を頼んでいる現地工場の営業部の方とはもう10年来の長い付き合いなので、「ツケ」で仕事を引き受けてくれたり、「急いでるんでしょ?」と気を利かせて優先的に対応してくれるほど良い信頼関係ができています。ある一線を越えると打ち解けてくれる感じがとてもいいですね。

“カデーニャカンパニー”になってからの第22話「日帰りシンセン」、第23話「3秒間のわくわく」のエピソードにもあるように、現地の方々に「うそを言うと、あいつらすぐに来ちゃうからごまかせないぜ」という関係を作ることも大事です(笑)。中国の方々とは日本人の感覚の10倍くらい「直接会う」ことが大事だと思います。直に触れ合えば日本人の10倍くらい打ち解けてくれる。

たまに「中国の工場とうまく行かない」とぼやいている方もいますが、きっと現地に十分足を運べていないのだと思います。だからこそ、私も2020年にコロナ禍のため中国に行けなかったので、せっかく築いてきた関係が冷めてしまう危機感を持っています。またイチから関係を作り直しになるのではないかと。

2月17日発売の書籍「本日のエンジニアさん 家電のスタートアップ企業・カデーニャカンパニー」(KADOKAWA刊)

――星川さんはいかがですか。「本日のエンジニアさん」の中で“わが事”のように感じるエピソードがあればぜひ教えてください。

星川:当社の場合は製品の設計を自社で行なっていないことがシフトールさんとの違いですが、「中国生産あるある」系の色んなエピソードを共感しながら読み込みました。カデーニャファクトリーの第12話「白の範囲」、カデーニャカンパニーの第24話「シールの文化」などがお気に入りです。

カデーニャファクトリーの第32話「卓球の国」も面白いですよね。私も中国の工場と卓球で交渉をしたことがあります。実を言うと私は部活で卓球をやっていたんです。卓球はちょっと上手い人ならば絶対に素人に負けないスポーツなんです。最初はビギナーのフリをして打ち負かしてみたり。1回やるとバレるので2度は繰り返し使えない手なんですけど(笑)。

私が知る限り、特に中国北部の地方では交渉がだいたい卓球か“お酒”ですね。飲み比べで勝ったら注文数を増やしてくれるみたいな(笑)。カデーニャファクトリーの第33話「乾杯担当」のエピソードに出てくるような酒豪が我が社にもいますので、出張の時には同行してもらいます。

岩佐:内陸にある工場を訪問すると、社長や工場長は大半が英語がしゃべれなくてコミュニケーションができなくなってしまうことがあります。すると、会食の場を盛り上げるため乾杯を繰り返すことになり、終いにはいつもの流れで酔いつぶれることに……。

星川:あと、盛り上がるのは激辛料理や“ゲテモノ料理”による肝試しですよね。おかげさまで辛い食べ物には強くなりました(笑)。

岩佐:よくあるやつですね。頻繁に中国を訪問していると辛い食べ物にも段々と慣れてくるから不思議なものです。でも、今回はしばらく間が空いてしまったので耐性がリセットされているから、きっと次に訪ねる時はダメだと思います。

――数年前に比べると中国でのビジネスの印象も変わりつつあるのでしょうか。

岩佐:そうですね、現地の企業にも若い経営者が増えてきて、昔ながらのお酒や卓球による人なつっこいコミュニケーションがだんだんと薄くなってきた気がします。彼らはむしろお酒は飲まないし、たばこも吸わない。交渉事では泣き落としが効かない。グローバルスタンダードになったのだと思います。

また中国国内の内需が伸びていることから、最近は私たちのような海外企業との取引のプレゼンスが下がってきた気がします。現地で製造業に携わる方々にとって、前のように日本や欧米の仕事を受注していることが「イケている」時代はもう過ぎ去りつつあります。中国の企業の方が受注数が圧倒的に多いし、注文の際に細かいことも言わない。反対に日本の企業は注文が細かいくせに受注数は少ない。日本が緩やかに減速している一方で、中国の急速な成長が続いているのだということです。

――お2人が現在注目する企業や製品、テクノロジーなどがあればぜひ教えてください。

星川:京都のスタートアップ、アトモフが商品化したデジタル窓「Atmoph Window 2」が私の2020年のベストバイです。アトモフが独自に撮影した、世界各国1,000種類以上の風景の4K動画が楽しめる窓型スマートディスプレイというコンセプトにとても惹かれて購入しました。

実際に使ってみても、やはり様々な世界の風景が見られる楽しさは格別だし、周囲にも勧めています。ちょっと皮肉のように聞こえるかもしれませんが、カタログではアップデートによる追加予定をうたっている機能が今もほとんど「開発中」のまま実現できていない中でも、商品として販売されたことも興味深く感じています。ユーザーとしては元のコンセプトが面白い製品だから許せてしまうところがあります。

Atmoph Window 2

岩佐:この質問を昨年末に聞かれていたら、米スタートアップのJune(ジューン)が開発したスマートオーブン「June Oven」と答えていたと思います。オーブンの中に搭載するカメラで撮影した食材の画像を解析して、AIが自動的に最適な調理方法を選んで美味しく仕上げてくれるというスマート家電です。これは面白そうなブランドと製品が出てきたものだと注目していたら、アメリカを代表するバーベキューグリルの大手メーカーであるWeber(ウェーバー)が、今年の初めにJuneの買収を発表しました。Weberは調理家電のグーグルのようなハイテク企業になろうとしていて、Juneをはじめパートナー企業を傘下に取り込みながら独自のコネクテッド家電のプラットフォームである「Weber Connect」を拡大しています。

もうひとつ、中国のロボット企業が勢いよく伸びていることにも注目しています。数年くらい前には小さな学習教材ロボットを開発していたような30人くらいの若手ベンチャーが、産業用ロボットの業界に進出して瞬く間に4ケタの従業員を抱えるほどの大企業に成長してしまった例を知っています。中国では日常の生活空間の至るところでロボットが活躍を始めています。これから産業用ロボットが急成長を遂げるのではないかと見ています。

Weber Connect

日本の企業から世界に春の風を

コロナ禍が収まる明確な兆しはいまだに見えてこないものの、間もなく2021年の春がやってくる。エレクトロニクス業界で前を向きながら成長を続ける産業、企業がこれから明るい話題を届けてくれることを期待しよう。日本の元気な企業を代表するお2人もきっと、これからカデーニャカンパニーに活きのいいネタを次々と提供してくれるに違いない。
山本 敦