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唐招提寺の貴重な芸術を照らすパナソニックのLED。文化財を傷つけない照明とは?
2022年6月30日 08:05
壁画やふすま絵、絵画や屏風絵などの重要文化財。博物館で厳重に温度と湿度が管理され、フラッシュを使った撮影は禁止されている。しかも蛍光灯の照明も悪影響につながるため、屏風絵などは障子から入るわずかな光、絵画も薄暗い照明の中でぼんやり見づらいなんてことも。そもそもオリジナルの色褪せを嫌い、レプリカが展示されているところも多々ある。
歴史の教科書に必ず載っている国宝の「鑑真和上坐像」が安置されている奈良県奈良市にある「唐招提寺」。重要文化財に指定されている御影堂にある鑑真和上坐像厨子扉絵とふすま絵、障壁画がライトアップされ、一般公開された。
建物だけでなく著名な日本画家、東山魁夷(ひがしやま かいい)が10年以上かけて完成させたというふすま絵の色褪せを防ぎながら、忠実な色味でライトアップ。釘1本も打てないという重要文化財の建物に、LED照明をどうやって設置したのか? 唐招提寺の住職と、この照明を手掛けたパナソニックに話を聞いてきた。
鑑真の御霊を慰める御影堂のふすま絵
唐招提寺は鑑真和上が晩年に、若い僧たちを育て、仏教の戒律を教えるために建てられた、いわば私学塾。鑑真は唐招提寺で一生を終えたため、奈良時代に弟子が鑑真和上坐像を製作し日本最古の肖像彫刻として唐招提寺で今も安置されている。
御影堂はもともと江戸時代に近鉄奈良駅から東大寺に向かう途中にある興福寺近くに建てられたが、昭和に唐招提寺に移築された。その際に坐像も安置されたが、鑑真の御霊が寂しくならないようにと描かれたのがこのふすま絵だ。
絵自体は重要文化財などに指定されていないが、昭和を代表する日本画家のひとりである東山魁夷が手がけた。唐招提寺の住職によれば制作には10年以上もかかっているとのこと。この海は日本海をスケッチしたもので、実際のロケ地があるという。今でいう“聖地”を写し取ったものだ。このエピソードが非常に面白いので、興味のある方はYouTubeで深掘りしてみてほしい。
実は奥には日本の山の美しさを描いた部屋もあり、こちらは長野県と岐阜県の境にある安房峠がもとになっているという。
さらに鑑真和上像が安置されている部屋には、和上の出身地である唐の揚州 江陽県の風景画、黄山や桂林の山々のふすま絵が描かれている。
深く繊細な海を色褪せさせず忠実に見せるLED照明の技術
このふすま絵の最大の魅力は、美しいエメラルドグリーンで描かれた日本海。カメラに詳しい方ならご存知の通り、これだけ繊細なグラデーションと緑と青の色使いだと、ホワイトバランスを間違えるとまったく別の色やイメージに見えてしまう。たとえばフラッシュ撮影をしたら肌色が妙に青くゾンビのようになってしまったり、お誕生ケーキのローソクを吹き消す瞬間は部屋全体が赤っぽくなってしまうアレだ。
これは光源(ライト)の種類によって、対象物の色が青や赤に引っ張られてしまう現象。先のフラッシュは青い光なので肌が青くなり、ロウソクは赤い光なので肌が赤くなる。
本来の色調はお日さま(太陽光)の下で見る色が「標準」とされている。しかし太陽の光は虹で分かるとおり7色(以上)でできている。つまりふすま絵の色を太陽光で見たときと同じように見せるためには、単に白い照明で照らせばいいというわけではない。白に含まれる7色がバランスよくミックスされている必要があるのだ。
それをカッコよくいうと「演色性の高い光」と表現する。太陽光にどれだけ近いかを「RaXX」(XXは数値)で表し、太陽光そのものや太陽光とドンピシャな照明(があれば)「Ra100」となる。
激安なLEDシーリングライトなどでは、だいたいRa80程度。「色が忠実」と謳われている高額なLEDシーリングライトだとRa90ぐらいだ。これ以上、太陽光と同じ色まで合わせるのは、技術的にメチャクチャ難しいが、ふすま絵の照明は「Ra95」。つまり太陽光に95%近い照明ということだ。
どの色がどれだけ正しく見えるかを判断するための「カラーチャート」がある。横に並んだ棒グラフがそれぞれサンプルの色で、グラフが上に行くほど太陽光で見た色に近いことを示す。
このふすま絵で使われているLED照明は、カラーサンプルのR11(緑)とR12(藍)が93、94となっているが、それ以外はほぼ太陽光とドンピシャというわけだ。
住職によれば、このふすま絵の部屋は直接太陽光が入り込んでくるわけではなく、障子を通した柔らかな日差しに浮かび上がるので、ギラギラの太陽光の下で見るのとはまた違う色になるという。パナソニックによれば、障子越しの明かりに近づけるため、照明の明かりを少し絞った上で、スプレッドフィルターというものを使って光を障子越しの光に近づけているとのことだ。
また蛍光灯が絵画などの色褪せの原因となる紫外線についてパナソニックに聞いてみたところ、このLED照明はまったく紫外線を出さないので、色が褪せる心配はないそうだ。
試しに障子越しの光だけの場合と、照明を当てた場合を並べてみたが、ほぼ同じに見えるだろう。実は取材当日は少し薄曇りだったので、障子越しは僅かに青く見えるかしれない。
重要文化財の天井に傷をつけず照明を敷設するウラ技
ふすま絵が色褪せず、忠実に色を表現できるLED照明があっても、それを取り付ける必要がある。しかもその建物は重要文化財なので、釘やネジを1本たりとも打てない。そこで御影堂では「照明用ダクトレール」というものを使っている。
これは、街の小さなアトリエなどの展示会場、雑貨やアパレル系のショップでよく使われている、天井に敷設されたレールだ。照明機器を差し込んで自由に位置を調整でき、レールそのものがコンセントになっているので、電源のために別途配線する必要がない。
ダクトレールの長さはだいたい1mで、何本も延長して使ったり、コーナーに合わせて曲げたりもできる。電気的かつ重量の制限内であれば1本のレールに照明を何個も付けられて、レールを固定する必要最低限のネジで済むというわけだ。
しかし御影堂は江戸時代に建築された重要文化財。レールを固定する1本のネジを打つのも禁じられている。そこでパナソニックは考えた「レールを固定する部分だけ天井板をレプリカに交換して、ネジ留めすればイイんじゃね?」と。
こういう経緯があったことを知ってから天井を見てみると……。ところどころオリジナルと色が違う真新しい板に貼り換えられているではないか!
コロナ禍では誰でも御影堂を拝観するわけにはいかないが、将来的には拝観のほか、この部屋で般若心経の写経などをできるようにするため、ふすま絵のスポットライトだけでなく、写経ができる程度に部屋全体を明るくする照明も設置されている。
この照明は形こそ蛍光灯に似ているが、LED照明でダクトレールに接続されているもの。
照明の進化で、貴重な美術品が展示される機会も増える?
釘やネジを1本も追加できない重要文化財かつ、美術的に価値の高い絵画などが色褪せないように、忠実な色で見せるLED照明。紫外線を出す蛍光灯下では色褪せするためこれまで公開できなかった美術品や貴重なものが、LED照明に替わったことで今後は展示されるケースが増えていくだろう。
しかも作者や展示側が見せたい色を忠実に再現できる演色性の高さが最新のLED照明機器の特徴。カラーチャートの演色評価基準のほとんどが太陽光のRa100に近く、全体の平均でもRa95以上を持つため、オリジナルの迫力や繊細さを伝えられ、照明が新たな魅力に気づかせてくれるかもしれない。
今回見てきた文化財以外にも、美術館などはもちろん、色が重要になるアパレルや食品、展示会場やショールームなどにも応用が効くことは間違いなさそうだ。