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おにぎりロボットの進化は!? パナソニック「ゲーム・チェンジャー・カタパルト」の今

 2019年8月8日と9日の2日間にかけて、“食&料理×テクノロジー”をテーマにキッチンの未来を描くカンファレンス「Smart Kitchen Summit Japan(スマートキッチン・サミット・ジャパン) 2019(以下SKSJ 2019)」が開催された。

 2日目に行なわれたパナソニックのパートナーセッションでは、パナソニック アプライアンスの企業内アクセラレーター「Game Changer Catapult(ゲーム・チェンジャー・カタパルト、以下GCC)」代表・深田 昌則氏が登壇。GCCが現在行なっている取り組みについて語った。

パナソニック アプライアンス社Game Changer Catapult代表・深田 昌則氏

 GCCはパナソニック社内の新規事業創出プラットフォーム。「社内でやる気のある人たちのアイデアを募集し、すごくいいアイデアがあれば予算を付けて半年間走ってもらう」(深田氏)というスタイルで事業化を目指す。

 「そして経営幹部に見せる前に、お客様に見てもらってアイデアを検証します。最終的にどのような判断だったかを経営幹部に見せて、継続できるかどうかを検証するという形でやっています。過去120個ぐらいのテーマが出て、そのうちの20個ぐらいをSXSW(サウスバイ・サウスウエスト)や、Slush(スラッシュ)などでフィードバックを得て、パートナーを見つけながら事業化していくというように進めています」(深田氏)

 深田氏は、世の中が大きく変革していく中でビジネスの前提も大きく変わっており、大企業も仕事のやり方を大きく変えなければならないと語る。登壇した場所が「スマートキッチンサミット」ということもあり、「調理家電のこれからのあり方」について深田氏は続けた。

 「我々はたくさんの調理家電を作っていますが、調理家電の機能を分解してみると『冷蔵』『回転』『洗浄』『片付け』『洗浄・廃棄』の5つくらいしかありません。その中でも、よく考えると『冷蔵庫』、刃が回る『回転』、それから『加熱調理』しかやっていなくて、それは今も変わっていません。そうではなく、『調理の流れ、つまりジャーニー』というところで考えなければなりません」(深田氏)

パナソニックが製造販売するキッチン家電

「調理のジャーニー」の中でモノ・コトづくりを考えるのが重要

 深田氏は調理のジャーニーの中でのモノ・コトづくりという観点で開発していく必要があると語る。

 「食材の調達から貯蔵、切断、加熱、調味、盛り付け。最後はお皿を洗って片付け、廃棄まであります。その下に(パナソニックが持つ)コア技術が並んでいますが、空いているところがあるので、ここでGame Changer Catapultが何かを考えられるんじゃないかなと思っています」(深田氏)

「調理ジャーニー」の中でキッチン家電を捉えた図

 例えば「食材の調達」においては、オフィスでお弁当が食べられる“置き弁”のような「TotteMEAL」を開発している。調味においては、加熱したご飯をおにぎりの形にする「OniRobot」があり、こちらは現在都内でテストマーケティング中とのことだ。さらに、新たな提案として、“スマート食器”の「Dish Canvas」もSKSJ 2019で初めて展示された。

 深田氏は、「『盛り付け』のダイニング体験のような事業というのはこれまであまりやっていなかったので、食器に映像が入ることで楽しめるスマート食器を今回展示しています」と話す。

 調達から廃棄までの“調理ジャーニー”を循環型経済の視点で考えると、食料のリサイクルや配達までが加わってくる。そのあたりもGCCとして何かできないか、内部で検討しているとのことだ。

循環型経済の視点から調理ジャーニーを捉えた図

 「SDGs(持続可能な開発目標)」として掲げられている17個のゴールも重要だと深田氏は語る。

 「17個のテーマの中でどれが当てはまるかというのもイノベーションの中で結構重要です。貧困の問題などとどう絡み合うのか、社会課題を解決する方法は我々Game Changer Catapultとして重要だと考えています」(深田氏)

「SDGs(持続可能な開発目標)」として掲げられている17個のゴール

どうすればイノベーションを生み出せるのか

 そもそもイノベーションとは何か。どうすれば生み出せるのか。経済学者のヨーゼフ・アロイス・シュンペーターが提唱した「新結合(New Combination)」が重要だと深田氏は語る。

イノベーションを起こすためには「新結合」、つまり新しい組み合わせが重要だと深田氏は語る

 「家電の事業をやっているとこの新結合を忘れて、その結果、知の深化が進んでしまいます。例えば冷蔵庫なら、どのような便利な、夢のある、社会課題を解決する冷蔵庫を……となっていくべきで、冷蔵庫のことばかり考えても仕方がない。ちょっと広い視点で見て、(考え方を)もう一回戻すということですね。だからジャーニーで見るといった考え方が必要なのだと思います。これをGame Changer Catapultで解決しようと考えています」(深田氏)

 イノベーションの例としてインドのカレーと日本のご飯を組み合わせた「カレーライス」、中国の麺と日本のだしを組み合わせた「ラーメン」などを挙げる深田氏。食器と映像を組み合わせた「Dish Canvas」など、別々のものを組み合わせることで無限のアイデアが出てくると深田氏は述べる。

食のイノベーションの例

 「無限のアイデアを(モノとして)どんどん作ってお客様に見せていく。我々のカタパルトメソッドの中では、チームメンバーには300回ピボット(方向転換)するように……というか300回ぐらいやらないとの成功まで行きませんよ言っています。そのくらいやろうと思うと、本当に5分でプロトタイプを作るみたいな話になるんですね。

 『食文化とイノベーション』というテーマでは、代替肉の問題があります。これからどのようにタンパク質を摂取していくのかといった社会課題の解決は、グローバルで共通する『縦軸』です。

 それを解決する横軸を考えると、実は食のバリエーションというのはダイバーシティ(多様性)がすごいのです。お米を常に食べている民族と麦を食べている民族が違うとか、日本や中国、西洋で飲むお茶が違うとか。世界中でぐるぐる回って新しい食文化が生まれています。

 だからちょっと軸をずらすだけでイノベーションが起こる。例えば東南アジアや日本、中国で食べられているお米をヨーロッパとかアメリカ人が食べるとどうなるのか。逆にキヌアとかタピオカみたいな中南米原産のものが、北米やアジアに入ってくるとどうなるのか。そういうことをイノベーションとして捉えてミックスした上で、商品やサービスにしていくことが重要かなと思っています」(深田氏)

社会課題と食のダイバーシティを組み合わせると、さまざまなイノベーションが可能になる

 深田氏がGCCとして目指したいことは「未来のカデンを形にすること」だという。それは単なるハードウエアだけでなく、「もの」から「こと」へのシフト、暮らしにまつわる悩みを解決するサービスやコンテンツなどによって価値提供ができる事業にまでコンセプトが広がっている。それを実現するためには、特にハードウエアがなくてもいいとまで深田氏は言い切る。

GCCが目指す「未来のカデン」の姿

 「OniRobot(オニロボット)というおにぎりを握るマシンがありますが、マシンがなくてもおにぎりがすぐに食べられるようなプラットフォームができればいいですよね。そういうことも含めて『家電』ではなく、カタカナの『カデン』という字を使っています。そういうことをやろうと思うと自前主義ではできないので、社内外の多くの方々と協創する場づくりをしていきたいと思っています」(深田氏)

 製造業を超える、新たなメーカーのあり方も模索しているという。

 「冷蔵庫や洗濯機などハードウェアの名前で呼ぶのではなく、住空間・家事、育児・教育、メディア・エンターテインメント、食のソリューション、健康・美容ソリューションの分野で、コミュニティに参加・連動しながら活動しています。(ユーザーなどから)データをいただきながら解析し、個々人に最適なサービスを提供するような事業にしていきながら、社会課題の解決やお客様との共感、お客様とのエンゲージメント強化などを通じてウェルビーイングを高めていくということを重視したいと思っています」(深田氏)

パナソニックが製造業を超える新たなメーカーの形として目指す姿

 米ゼロックスのパロ・アルト研究所の所長を務めたジョン・シーリー・ブラウン氏の話によると、不安定で不確実性の高い現代では、過去の経験の蓄積による効率的な事業作りではなく、学習能力を高めながらどんどん新しいものにトライしていくということが大事だと深田氏は語る。

米ゼロックスのパロ・アルト研究所の所長を務めた、ジョン・シーリー・ブラウン氏の話から得られたという3つのポイント

 また、本社部門や社長が言ったからというのではなくエッジ、つまり販売や製造の現場から変革をもたらすのが重要とのことだ。

 「我々が大事にしているのは、大企業の中にいても企業の内外とか関係なく活動できるような『個人』です。その強い個人がパッションとモチベーションを持ってやれば、300回ピボットしてもやっていけます。グローバルの課題に貢献していきたいという個人を大事にしながら、行きたければどんどん海外で活動してもいいし、どんどん海外の人たちとつながってコミュニケーションしながら、やりたいことを素早くやっていくということを大事にしています」(深田氏)

 さらに「Learn to Unlearn」、つまり学んだことを忘れることを学ぶのも重要だという。

 「新しいことを学ぼうと思うと、いったん過去のやり方を忘れないといけないんです。例えば大企業の中で仕事の分担やルールが決まっていても、それを一旦忘れて、本当にやりたいことをやりたいやり方で素早くやることを大事にしていきたいです」(深田氏)

 続いて深田氏は、現在GCCで進められているプロジェクトを解説した。

GCCから生まれた「新しいカデン」の種
食事ログを活用したIoTランチソリューション事業として現在実証実験中の「totteMEAL」は「置き弁のような事業」(深田氏)
おにぎりロボットの「OniRobot」もSXSWなどで展示。「おにぎりなんてアメリカ人は食べないんじゃないかと言っていましたが、結構食べてくれました。おにぎりだけではなくて、省人狭小型の外食産業の悩み事の解決ということで現在トライしています」(深田氏)
こちらはスマート食器の「DishCanvas」。「こういう演出系の事業があるのではないかということで、いろいろなお問い合わせをいただいているところです」(深田氏)

GCCが描くスマートキッチンの一つの姿

 ここで、SKSJ 2019の展示会場で展示していたOniRobotとDish Canvasを写真と動画で紹介しよう。

展示会場で展示デモをしていたOniRobotのデモ機
スマホやタブレットのアプリなどから注文できる
お店で注文するのはもちろんだが、事前に注文することですぐにピックアップできるようにするとのことだ
こちらにご飯を入れて握っていく
大きさもカスタマイズできるという
OniRobotがおにぎりを握る動き
実際におにぎりを握っているところ
完成したおにぎり
お皿の中に映像を浮かび上がらせる「Dish Canvas」
寿司をのせたDish Canvasに映像が浮かび上がっているところ
マカロンをのせたDish Canvas
ローストビーフをのせたDish Canvas

ホットチョコレートマシンや、食べ物を柔らかくする技術も、社内スタートアップを事業化させる「Bee Edge」も始動

 GCCの取り組みをサポートする仕組みの一つであり、パナソニックの新たな動きとして注目したいのが、社内スタートアップの事業化を支援するベンチャーキャピタルのBee Edge(ビーエッジ)だ。

社内スタートアップの事業化を支援するベンチャーキャピタルのBee Edgeの仕組み

 Bee Edgeは米国のベンチャーキャピタルのスクランベンチャーズとの共同出資で設立した会社だ。GCCの中で取り組んだものの、社内では事業化できなかったプロジェクトに対して出資し、イグジット(株式公開や企業売却)を目指すというもの。すでにGCCからBee Edgeの出資によって2社が設立されたという。

 1社目はホットチョコレートマシンによってホットチョコレート事業を展開する「ミツバチプロダクツ」だ。

 「1台25万円のホットチョコレートマシーンを半年で作り、すでに販売を開始しています。広島のマツダスタジアムで販売するチョコレートドリンクなど、B2Bの事業を始めています」(深田氏)

Bee Edgeの出資によって誕生した第1弾であるミツバチプロダクツは、ホットチョコレートマシンによる事業を行なう

 2つめは「Delisofter」を展開するギフモだ。Delisofterは食品柔軟化技術を用いることで食べ物が柔らかくなり、嚥下障害を持った人でも家族と同じ食事を楽しめるというもの。

 ミツバチプロダクツと同様、パナソニックの社員が休職して会社を立ち上げ、事業化を進めている。

第2弾のギフモは、嚥下障害を持った人でも家族と同じ食事を楽しめる「Delisofter」を事業化する

 「現在3個目、4個目を仕込んでいるところですが、さらにこうやってどんどん会社にしていきたいと思っています」(深田氏)

 最後に深田氏は行動指針として「Unlearn」と「Hack」を掲げた。Unlearnは先ほど紹介した通りだが、Hackについては「ルールが邪魔なら破るというより新しく作る」ことが重要だと語る

 「大企業をハッキングするみたいな形でやっていまして、自前主義の大企業を脱却しながら、他社の方々と一緒にものを作りながら活動しています。やはりその目的やパッションなどを非常に大事にしながら、新しいイノベーションを日本だけでなく世界にどんどん起こしていきたいと思っています」(深田氏)

UnlearnとHackが行動指針と深田氏は語る