大河原克行の「白物家電 業界展望」

創業100周年を迎えるシャープが、ロボット家電「COCOROBO」に託した夢

by 大河原 克行
シャープが5月24日発売するロボット家電「COCOROBO(ココロボ)」。シャープ初のロボット家電となる

 シャープは、同社初のロボット家電「COCOROBO(ココロボ)」を発表。その第1弾製品として、掃除機能を搭載した「COCOROBO RX-V100」を、6月上旬から発売する。

 ロボット家電事業をリードする、シャープ 健康・環境システム事業本部ランドリーシステム事業部・阪本実雄事業部長は、COCOROBOについて「掃除機を開発したのではない。ロボットとして、シャープがどんな提案を行なえるか。その第1歩がこの製品になる」と語る。

 シャープは今年創業から100周年の節目を迎えるが、次の100年に向けた新たな家電の形を示す挑戦として、COCOROBOを位置づけているが、一体どんな姿勢でロボット家電事業に取り組もうとしているのか。阪本事業部長に、COCOROBOのコンセプト、製品化への取り組み、将来の方向性について聞いた。

【お詫びと訂正】初出時、発売日に誤りがありました。訂正してお詫びさせて頂きます。

COCOROBOはロボット掃除機のブランドではない

シャープ 健康・環境システム事業本部ランドリーシステム事業部・阪本実雄事業部長

 「COCOROBO」は、シャープ初のロボット家電となる。

 阪本事業部長は、COCOROBOのその基本的姿勢を「ロボット家電を開発する上で、最初の製品が掃除機だったに過ぎない。シャープが開発したのは、あくまでもロボット家電」と示す。

 実はCOCOROBOは、ロボット掃除機のブランド名ではない。今後、シャープが様々なロボット家電を開発、製品化する上で、共通したブランドとして活用するブランドが「COCOROBO」となる。そして、その第1弾が、ロボット掃除機の「COCOROBO RX-V100」だったというわけだ。

 阪本事業部長は、将来の具体的な製品構想について、現時点では明らかにはしないが、その共通的な姿勢として、「ココロエンジン」の搭載をあげる。

 ココロエンジンは、シャープが開発した人工知能である。

 RX-V100では、電気の充電量や、部屋の温度、掃除の状況、ユーザーの使用状況に応じて反応したり、音声認識によるボイスコミュニケーション機能による対話操作も可能となっている。

 COCOROBOに「きれいにして」と呼びかけると、「ワカッタ」などと答え、自動的に掃除をはじめるのは、音声認識機能とココロエンジンの組み合わせによって実現されるものだ。

COCOROBOの本体。プラズマクラスターイオンの放出機能も備えているCOCOROBOをコントロールするのは声。音声認識機能とココロエンジンの組み合わせで掃除を行なう

 「これまでの家電製品は、毎日、正しく同じ動作をすることが基本だったが、ロボット家電では毎日反応が違い、毎日違う動きをする。人とコミュニケーションを取りながら、生活を楽しくする家電。そうしたものを開発したかった」(阪本部長)

 将来的には、ココロエンジンを液晶テレビなどのAV関連機器、エアコンや冷蔵庫などの白物家電などにも搭載して、人とのコミュニケーションを図るロボット家電を提案していくことになる。

 「家中の家電商品が、それぞれ勝手にしゃべり出したらうるさくて仕方がないが」と、阪本事業部長は笑いながらも、「掃除機のように動く家電、液晶テレビのように動かない家電の違いによっても、ココロエンジンの活用方法は違ってくるだろう。製品ごとにどんなコミュニケーションがいいのか。そうした点でのノウハウも、今後蓄積していくことになる」とする。

会議中に「疲れたよ」と喋り出す――遊びごころがCOCOROBOの肝

 今回の製品は、シャープ社内で通称「緊プロ(緊急プロジェクト)」と呼ばれる仕組みを採用。2011年3月に、若手を中心にした様々な部門の技術者の英知を集めて開発された製品だ。

 その緊プロのメンバーに対し、製品づくりの「肝」として、阪本事業部長が徹底したのは「遊びごころ」を忘れないことだった。

 「面白いと思ったことをどんどん出してもらい、とにかく挑戦してみようと考えた。単に家電製品として使うのではなく、愛玩家事道具として使ってもらえる製品づくりを前提に開発した」という。

「調子はどう?」と声をかけると、「まあまあかな」と反応するなど、COCOROBOはその時の“気分”に合わせて反応することもできる

 シャープのプラズマクラスターイオンを搭載した空気清浄機は、「空気を変える」をキャッチフレーズにしているが、阪本事業部長はジョークを交えながら、「家庭の空気を変える製品」と位置づけ、家族のなかに楽しい雰囲気を作り出す製品であることを強調する。

 「シャープ社内で会議をしていたときに、COCOROBOの試作機が、いきなり『疲れたよ』としゃべり出した。結論が出ずに、煮詰まっていた時だっただけに、このCOCOROBOの言葉に、参加者全員が一気に笑い出した。すぐに『今日は会議をやめよう』と決め、気分をリフレッシュして、改めて会議に臨むことができた」と、ここでは「会社の空気を変えた」事例を示してみせる。


“「ニヤッ」としてもらえればコンセプトは伝わる”

 COCOROBOの遊びごころは随所にみられている。会話についても、関西弁を用意しているのもその一例だ。

 また、スマートフォンを利用して、COCOROBOに名前をつけることができること、自分の代わりに言いにくい言葉をしゃべってくれること、スマートフォンを使ってリモートで操作するといったことも、遊びごころのなかから出てきた提案だ。

 「たとえば、普段は妻には言わない『愛している』という言葉を、自分に変わって、COCOROBOがしゃべってくれる機能も持つ。しかし、家電の機能としてみた場合、これがどんな役に立つのか、あるいはこれが大きな差別化になるのかというと、決して大きな意味を持つ機能とはいえない。しかし、そんなことは気にせず、面白いと感じてもらえることを次々に取り入れた。いずれかの機能に対して、利用者がニヤっとしてもらえば、そこで初めてCOCOROBOのコンセプトが伝わったといえるのではないか」とする。

 家電製品は、価格競争の激しい市場である。そして値引きが当然となっている市場でもある。

 もし、COCOROBOの機能をみて、「そんな機能いらないから、1万円安くならないか」という話が過半数に達したら、COCOROBOはきっと失敗なのだろう。

 「まずは、COCOROBOの機能が“邪魔にならない”といってもらえれば成功。そして、“面白い”といってもらえれば、それはさらに大きな成功につながるだろう」と阪本事業部長は語る。


実売価格は13万円。「iPhoneユーザーに買ってもらいたい」

 市場想定価格設定は13万円前後と、先行するロボット掃除機に比べると割高だ。

 阪本事業部長も「できれば10万円を切る価格設定にしたかった」とするが、COCOROBOとしての最初の製品に、譲れない数々の機能を搭載したことが、この価格設定の要因の1つになったともいえる。

 そして、「日本の電機メーカーが投入する付加価値の高いロボット家電がCOCOROBO。安さを追求する製品ではない」という気持ちもある。

国内のロボット掃除機の市場は、2012年度予測で25万台。増加しているが掃除機全体と比べると少ない

 また、国内のロボット掃除機の市場が、2012年度には年間25万台という規模のなかで、シャープは10万台という意欲的な出荷計画を掲げるが、掃除機市場全体が年間500万台であることに比較すると、まだ一部領域の製品であるのは事実。量産効果が限定的であることも、価格設定に影響している。

 「まずは、家電として購入するのではなく、愛玩家事道具として購入していただける消費者をターゲットにしたい。事前の市場調査では、COCOROBOをペットのように扱いたいという人たちにとっては、この価格設定は高価ではないという評価ももらっている」とする。

 また、百貨店の外商部門などにおいては、ポスト薄型テレビとして、10万円を超える製品の登場を期待しており、COCOROBOに関心を寄せるといった動きも出ているという。

 阪本事業部長は、「iPhoneユーザーの1割程度に買ってもらいたい」と語る。

 これは、iPhoneを使ってCOCOROBOとの連携ができるという点からの発想ではない。

 「iPhoneユーザーのなかには、初代のiPhoneから購入し、常に最新のものに乗り換えて、ずっと使い続けているようなユーザーがいる。そうしたユーザーは、約1割はいるだろう。ロボット家電は、まずはこうした人たちに使ってもらいたいと、勝手に思っている」と笑う。

 iPhoneを早い段階から使い始めたような、新たなガジェットに敏感に反応する利用者がまずはターゲットになるという点でも、これまでの家電製品の提案とは異なるといえよう。

 13万円という価格設定も、こうしたユーザー層をターゲットとしている点では納得できる。もちろん、次の進化のなかでは、ラインアップの広がりによって、普及価格を狙った製品も登場することになるだろう。

 「完成度に対する自己評価は70点。最初の製品として、狙ったものはほぼ実現することができた。残りの30点は、これが市場にどう受け入れてもらえるかどうか」

 阪本事業部長は、発売後の市場の反応に耳を傾ける考えだ。

USBポートと無線LAN機能を搭載した意味とは

 COCOROBOには、白物家電としてみた場合、これまでにはない2つの特徴的な機能を搭載している。1つは、USBポートを搭載していること。そして、もう1つは無線LAN機能を搭載していることだ。

 USBポートは、阪本事業部長がCOCOROBOの開発に着手した時点から視野に入れていたものだ。

 その理由を阪本事業部長は、「世界初となる、進化する白物家電を作りかった」と語る。

 USBポートを利用することで、ソフトウェアをバージョンアップしたり、ハードウェアを追加するといったことが可能になるからだ。

 「COCOROBOがしゃべる内容を、USBを通じてバージョンアップしたり、フリースタイルアクオスやエアコンなどの家電機器をCOCOROBOから制御するといった使い方ができるような進化も可能になる」とする。

 だが、実際に開発チームに対して、USBポートの搭載を打診したのはいまからわずか半年前のことだったという。

 「当初の設計ではUSBポートを内蔵するだけのスペースが取れなかったこと、ソフトウェアの開発において、発売後にバージョンアップできるということが、完成度の水準を引き下げる事態につながらないようにするという観点から、ギリギリになって、USBポートの搭載を提案した」とコボレ話を明かす。

 USBポートを活用した進化は、COCOROBOの今後の大きな特徴となるだろう。

 これに対して、もう1つの特徴である無線LAN機能については、阪本事業部長自身は、当初は搭載を予定していなかったものだという。

 だが、それが経営幹部のある一言で、搭載が決定した。

 「これからの家電には、Wi-Fiが必要になる」

 そこで、無線LAN機能を搭載する形で設計を変更。その活用方法についても検討を開始した。

 阪本事業部長には、「無線LANを搭載しても、安定した通信環境を確保できるのかが心配だった。結果として、つながらないといった課題が出て、ユーザーに迷惑をかけるのではないか」という懸念があった。しかし、実際に、無線LANを通じて活用方法の検討を開始したところ、様々な提案ができることがわかった。

 具体的には、在宅時には、本体の内蔵カメラが写すリアルタイムな映像をスマートフォンで確認できる『おうちでカメラ』機能を搭載。隣の部屋にいるペットの様子を確認したり、ソファの下にCOCOROBOをもぐらせ、落としたものを映像で探し出すといった使い方もできる。

 無線LANの搭載は、COCOROBOの活用範囲を大きく広げたといっていい。

本体前方に備えられたカメラスマートフォンでココロボのカメラ映像を確認しながら、本体の操作ができる機能もある


COCOROBOは液晶がないスマホ?

 「これでは、液晶がないスマートフォンじゃないか」――。

 COCOROBOの試作品を見た経営幹部は思わずそう呟いたという。

 さらに、「液晶のシャープなのに、液晶がなくていいのか」という言葉が続く。

 だが、これは否定的なニュアンスの言葉ではない。むしろ、ロボット家電という新たな領域に打って出るこの製品を、高く評価する言葉であったともいえる。

CPU内蔵、音声認識、無線LAN、内蔵カメラ、USBポートを搭載することから、「液晶がないスマホ」という声もあるという

 COCOROBO RX-V100は、掃除機であることから、当然、掃除機としての機能は搭載している。しかし、その機能に触れず、CPUを内蔵し、音声認識を行ない、さらに無線LAN、内蔵カメラ、USBポートを搭載しているという機能だけを羅列すれば、まさに、スマートフォンの仕様を語っているようにも聞こえる。

 「液晶がないスマホ」という表現は、ある種、的を射ている。阪本事業部長も実はその表現を気に入っている。


日本の住環境に合わせた掃除能力

 しかし、その一方で、阪本事業部長は、「COCOROBOは確かに数々の先進機能を搭載しているが、基本機能は3つに集約される」とし、「自ら動き回ること」、「遊びごころがあること」、
「無線LAN(ネットワーク)に繋がること」の3点をあげる。

 自ら動きまわることのなかには、掃除機としての基本機能も含まれる。

 掃除機の基本機能としては、大風量を生み出す高速回転ターボファンを搭載した同社独自の強力吸じんシステムを採用。本体前方のサイドブラシと回転ブラシが、かき込んだゴミを、高速回転ターボファンで吸い込み、フローリングの目地に詰まった細かなゴミまでキャッチする。ブラシはいずれも起毛のものを採用する。

COCOROBOが掃除をする構造。ゴミを集めて掻き込み、吸引する
裏面ダストカップは本体の内部に備わっている

 阪本事業部長は「日本の住環境の特徴としては、日本は靴を脱いで生活することと、最近フローリングの家が増えていること、そして、床に砂ゴミが多い海外の家とは異なり、繊維系のゴミやホコリが多く、それがフローリングの上で目立ちやすい、ということ。それを知り尽くした日本の電機メーカーが、日本の住環境にあった吸塵力を備えた掃除機を開発した」と自信をみせる。

 本体ダストボックスにはHEPAクリーンフィルターを搭載し、0.3μm以上のほこりを、99.9%以上キャッチするクリーン排気を実現。さらに、シャープ独自のプラズマクラスターイオンを搭載しており、これを部屋の中に放出させることができる。

 排気にこだわり、部屋全体をキレイにするという日本の電機メーカーならではの提案がここに含まれている。

 もちろん、動き回るという点では、ほかにもいつくかの工夫が凝らされている。

 他社製品が赤外線センサーで障害物を検知するのに対して、COCOROBOでは超音波センサーで障害物を検知。赤外線では、ガラスのような透明部や、光を吸収する黒い家具や壁が検知しにくいのに対して、本体前方の3か所の超音波センサーにより、障害物を回避。障子やふすま、タンスなどのデリケートな家具がある日本の住環境に配慮して、衝撃を抑えるバンパーも採用している。

超音波センサーで障害物を検知。また、ぶつかったときの衝撃を軽減するバンパーも搭載されている

 超音波センサーの採用は、シャープが取り組んでいる生物模倣技術の応用によるものだ。超音波を発して、餌となる小魚などの大きさや位置を認識するイルカや、暗闇を飛び回るこうもりの能力を応用したものだという。

“ココロエンジンがなければ、シャープのロボット家電は成り立たない”

 2つめの「遊びごころ」という点では、やはりココロエンジンに集約されるだろう。遊びごころを持った形で、所有者とのコミュニケーションを実現するのは、COCOROBOの最大の特徴。阪本事業部長も「ココロエンジンがなければ、シャープのロボット家電は成り立たないと考えている」とする。

 ユーザーの使用状況や部屋の温度、本体への充電量、掃除状況などによって、COCOROBOの気分が3段階に変化。その気分に応じて、音声での返事や、LEDによる発光、ダンシングなどのアクションに変化がみられる。

 「気分に応じた多彩な反応によって、ロボット家電が人に寄り添い、日々の暮らしに楽しさと驚きを提供できる。ココロエンジンは、機械にココロを持たせた形で提案していくもの。『調子はどう?』と問いかけると、気分に応じて『最高の気分』、『まあまあかな』といった反応でコミュニケーションができる」

 これが、ココロエンジンによって実現される“遊びごころ”といえる。

 3つめの「無線LANに繋がること」は、ネットワークと連携することで、COCOROBOはこれまでにない家電としての使い方が可能になる点だ。

 130万画素の解像度を持った内蔵カメラで撮影した画像を、スマートフォンで確認できる機能を搭載。COCOROBOを90度ずつ回転させながら、4方向の写真を撮影し、家の様子を映像で確認するといったこともできる。

 だが、これには課題もある。屋外からスマートフォンで部屋の状況を確認する際に配信されるのは4枚の静止画となる。本来ならば動画で部屋の様子が見渡せる方がいいが、「CPUの処理速度、画像を送信する3G回線の帯域を考えると、静止画で送信するのが最適と判断した」と語る。

 ネットワークをはじめとする、COCOROBOを取り巻く環境の進化も、今後のCOCOROBOの進化に影響を及ぼすことになりそうだ。

創業100周年の節目に登場した“次世代の家電”


 シャープは、2012年9月15日に、創業100周年を迎えることになる。

 「これまで、日本の電機メーカーは品質によって成長を遂げてきた。お客様に叱られながら、品質を改善し、世界で最も品質の高い製品を開発、販売してきた。しかし、誤解を恐れずにいえば、その時代が終わりを遂げようとしている。いまは、iPhoneやiPadに代表されるようなデザイン性が高い注目を集め、それが大きな差別化となっている。

 では、次の時代はなにか。1つの可能性として考えられるのが、“遊びごころ”。COCOROBOは次の時代に向けた新たな提案になり、これまでの家電の作り方を変えるきっかけになる」と語る。

 そして、「テレビが家にやってきたときのワクワク感、冷蔵庫に冷やした飲み物を一気に飲んだときの喜び。こうした感動を与える新たな家電製品を作り出したい。そうした気持ちを持って取り組んできた」とする。

 COCOROBOの開発チームは、シャープが100周年を迎える節目の年に、ロボット家電という新たな製品を開発し、市場投入することを強く意識してきた。

 「200年史が発行されるときに、100年前に登場したロボット家電が発端となって、いまの大きな潮流を作っていると記されるような製品を作ろう。いま我々はそれに携わっているんだということを、開発チームに話した」と、開発に臨んだ姿勢は極めて壮大である。

 「最初のロボット家電では、遊びごころが鍵になると考えた。これがどこまで市場に受け入れられるかといった挑戦をしたのが今回の製品。そして、ロボット家電が進化していくにつれて、求められる要素は変わってくるだろう。その進化を先取りしていくのがCOCOROBOになる」と阪本事業部長は語る。

 シャープが、100年目の節目に投入したロボット家電は、まさにこれからの家電の姿を映し出すものになるかもしれない。






2012年5月23日 00:00