大河原克行の「白物家電 業界展望」

ハイアールアクアは日本市場で成功するのか?

~三洋電機のDNAを受け継ぐ新たな家電メーカーの挑戦
by 大河原 克行

 ハイアールアクアセールスがスタートして約3カ月を経過しようとしている。2012年1月5日に、三洋電機の洗濯機、冷蔵庫の開発、製造、販売していた三洋アクアの株式を、ハイアールグループへ譲渡。これにより発足したハイアールアクアセールスは、国内市場向けに、家庭用、業務用を含めて、63機種106品番の製品をラインアップ。洗濯機、冷蔵庫に特化した家電メーカーとして再スタートを切った。

 イメージキャラクターには小泉今日子さんを起用。「家電に新しい風を」をメッセージに、まずは、国内におけるシェア10%獲得が事業目標となる。ハイアールアクアセールスとは、どんな家電メーカーなのか。同社・中川喜之社長への取材を通じて、その実態を追った。

ハイアールアクアセールス本社が入居する大阪市の新大阪トラストタワーハイアールアクアセールスの親会社のハイアールアジアインターナショナルも同じ場所に本社を構えるハイアールアクアセールスの中川喜之社長

世界最大の白物家電メーカー「ハイアール」とは?

 ハイアールアクアクセールスは、中国・青島(チンタオ)に拠点を置くハイアールグループの1社だ。

 ハイアールは、2011年度売上高が1,509億元(約2兆2,635億円)の家電メーカーであり、世界の白物家電市場における総合シェアは7.8%と3年連続で世界1位。前年調査からも1.7ポイント上昇させるなど、さらに事業を拡大している。

 洗濯機、冷蔵庫、冷凍庫、ワインセラーでは世界ナンバーワンシェアを獲得。電気給湯器では世界2位、ルームエアコンでは世界3位を獲得する巨大企業だ。

 一例をあげれば、同社の洗濯機の全世界向け年間出荷台数は約1,200万台。これは日本全国で販売される年間販売台数の3倍の規模となっている。さらに、世界トップとなっている冷蔵庫では、ハイアールブランドによるシェアが13.7%、OEM展開を含む製造シェアでは16.5%となっている。

ハイアールグループの歴史ハイアールのグローバル市場における実績

 2010年9月には全世界で1億台の冷蔵庫生産を達成。また、洗濯機や冷蔵庫、エアコンといった白物家電のほかにも、薄型テレビやレコーダー、PCなども投入する総合家電メーカーであり、世界165カ国で展開。販売会社は61社、R&Dセンターは10カ所、生産工場は24カ所、工業団地を21カ所、販売拠点は14万3,330拠点におよぶグローバル体制を持っている。

 米ビジネスウイーク誌が発表した「世界で最も革新力を有する企業トップ50」の28位にランク。これは中国企業として唯一のランキングとなっている。

日本市場に10年前に参入したハイアール

 日本市場においては、ハイアールジャパンセールスを設立し、10年前から市場に参入。国内における白物家電の累計販売台数はすでに350万台に達しているという。

 同社によると、日本における2002年から2010年までの売上高成長は5.7倍、50L以上100L未満の家庭用冷蔵庫のシェアでは50.8%と首位。上開き家庭用冷凍庫では26.8%で2位、4kg以上5kg未満の家庭用全自動洗濯機では12.4%で3位になっているという。現在、日本国内において、約100億円の事業規模だという。

 2003年8月には東京・銀座に中国企業としては初めて「Haier(ハイアール)」のネオンサインを掲出。日本におけるブランド認知度は39.5%に達しているという。また、東日本大震災においても、1億円の義援金のほか、洗濯機や冷蔵庫、電子レンジを被災地に提供した。

 ハイアールブランドの白物家電製品は、今後もハイアールジャパンセールスが日本市場に引き続き投入することになっており、ハイアールとアクアのダブルブランドでの展開となる。

日本市場向けに投入されているハイアールブランドの製品群日本ではハイアールとアクアのダブルブランドで展開する

 実は、中国でもハイアールは、高級デザインブランドの「Casarte(カサルテ)」を展開しており、「Haier(ハイアール)」とのダブルブランド展開となっている。日本でもベーシックモデルの「ハイアール」と付加価値モデルの「AQUA(アクア)」という形で棲み分ける考えだ。

中国では薄型テレビやPCなども製品化している。日本では発売していないハイアールが中国市場で展開している高級デザインブランド「Casarte」の製品

AQUAブランドで展開するハイアールアクアセールス

 ハイアールアクアセールスは、昨年まで、SANYOブランドの洗濯機であった「AQUA」を、日本における付加価値白物家電製品ブランドに再定義し、家庭用洗濯機、冷蔵庫および業務用洗濯機の統一ブランドとして展開することになる。

 現在、63機種106品番の製品をラインアップ。基本的には、このラインアップを軸として、製品の入れ替えを進めながら、日本における事業を推進していくことになる。

 同社では、「少なくとも2015年までは、洗濯機と冷蔵庫に特化した形で事業を進めていくことになるだろう」(ハイアールアクアセールスの中川喜之社長)とする。

 「Life is Precious.」をブランドメッセージとし、「なにげない毎日の一部となるブランドに育てたい」と語る。

三洋電機が投入していた洗濯機AQUAシリーズ洗濯機に使用されているAQUAのロゴマーク中川社長と製品

 「三洋電機時代から、年輩者や小柄な女性でも使いやすいように設計してきた。また、お風呂の残り水を洗濯に再利用したり、ふとんを丸ごと洗濯および乾燥ができる洗濯乾燥機の投入や、10年間使用しても清潔な氷が作れる冷蔵庫など画期的な製品を生産してきた。ハイアールグループになっても、日本の顧客の心を知る人材が作る製品、ブランドであることはこれからもかわらない」と中川社長は語る。

 さらに、見逃せないのが、世界最大の白物家電メーカーとしての生産規模を背景に、グローバルに共通化したプラットフォームでの製品開発、部品の共通化を行なうことで、高いコスト競争力を発揮できる点だろう。

 コスト効果については、「現時点では計算しにくい」としながらも、「2005年から、SANYOブランドの冷蔵庫をハイアールの生産拠点で製造している。中国市場向けと日本市場向けにプラットフォームを共通化した取り組みも開始しており、これらの経験をもとにすれば、2~3割のコストダウンが図れる可能性もある」と見込む。

 製造品質、製品品質については、これまで同様、日本人技術者が、中国の生産拠点で技術指導をすることで維持する考えだ。

 AQUAブランドで展開するハイアールアクアセールスでは、2012年度に約350億円の売上高、市場シェア10%獲得を目指すことを掲げている。さらに、2015年度には500億円以上、15%以上のシェア獲得を目指す。

日本市場向けの付加価値ブランドであるAQUAの製品群日本国内およびアジアにおける体制ハイアールアクアセールスの事業計画

 中川社長は、「国内でプレゼンスを発揮するには最低でも10%のシェアが必要。そうしなければ、存在価値がない」として、この目標を最低ラインに掲げる考えだ。

 実は、三洋電機時代に展開していた洗濯機「AQUA」は10%以上のシェアを持っていた。その点では、10%の目標は到達可能な範囲というように見えるが、中川社長は「SANYOという信頼のブランドがあったからこそ獲得できたシェア。AQUAは振り出しからスタートしたブランド。10%のシェア獲得は大きな目標である」とする。

 実際、量販店との取引契約は、すべて新たに結びなおしている。

 「ハイアールアクアセールスの営業担当者が1つ1つのお取引先を訪問し、三洋電機時代からのつながり、信用をもとに、我々の製品の取り扱いを決定していただいた。三洋電機時代の約9割のお取引先に新たに契約を結んでいただいている」と語る。

 量販店店頭には、これまで通り、AQUAブランドの洗濯機などが展示されているが、これは単に、従来の契約を継続した形で展示されているものではない。新たな契約の上で展示が行なわれているということは、大きな意味があるのだ。

 ちなみに、三洋電機系列の地域販売店は、パナソニックの販売店へと移行しており、ハイアールアクアジャパンでは地域販売店は持たないことになる。これまで、地域販売店ルートでの販売比率は約15%。この分については、従来の体制からは減少することになる。そのなかでの10%のシェア獲得というのは、確かに大きな目標だといえよう。

ベンチャー企業の雰囲気を持つ新生企業

 中川社長は今の状況を、「我々が置かれた立場はベンチャー企業と同じ」と語る。

 もちろん、これまでにSANYOブランドのAQUAとして蓄積した認知度や、製品開発のノウハウ、生産体制などは維持される点で、ベンチャー企業とはいいにくい。しかも、世界最大の白物家電メーカーの子会社である。

 しかし、中川社長は、あえて「ゼロからのスタート」と表現し、「SANYOブランドの後ろ盾がなくても、我々の製品を信用し、信頼していただけるよう、パートナー、お客様に認められる企業になりたい」と中川社長は語る。

 「ベンチャー企業と同じ」と中川社長が語る理由の1つに、社員の意識変化がある。

 「ハイアールアクアセールスがスタートしてから、社員のモチベーションもあがっている。正直なところ、これまで我々はどうなるのかという不安な気持ちを持っていた社員が多かった。しかし、いまはネガティブな観点から考える必要が一切なくなった。前向きな気持ちで、将来に向かって取り組もうという環境ができあがった」と中川社長は自信をみせる。

 ハイアールアクアセールスの社員数は70人。これまでは間接部門の一部を三洋電機側で担当していたが、新会社ではこれらの業務もこの人数でカバーしなくてはならない。

 「営業や商品企画の社員が、資金繰りについても真剣に向かい合って勉強している。これには私自身も驚いた」と、中川社長は笑いながら語る。

 こうした点も、ベンチャー企業に近いとする理由の1つだろう。

 中川社長は、「いま、ハイアールアクアジャパンのなかに、自分は企業のなかの歯車だと感じている社員は一人もいない」と断言する。

 そうした雰囲気のなかで、ハイアールアクアジャパンはスタートを切っているのだ。

常識はずれの発想も活かす製品開発を踏襲

三洋電機が1953年に発売した第1号洗濯機。日本初の噴流式洗濯機。三洋電機の白物家電のDNAの原点はここにある

 もう1つ、中川社長のこだわりがある。

 それは、ハイアールアクアセールスが、三洋電機の流れを組む企業であるという点だ。

 中川社長は、「三洋電機のDNAを忘れないこと。そして、その流れを汲むAQUAブランドの製品を、私たちが責任をもって、確実に成長させていきたい」と語る。

 中川社長がそう語る背景は、三洋電機の生い立ちを紐解くと理解できる。三洋電機の創業者である井植歳男氏が、最初に製品化した家電製品は噴流式洗濯機だった。

 「主婦を家事という重労働から解放したい」という目標を掲げ、製品化したこの洗濯機はヒット商品となり、それ以降、先進的な洗濯機を相次ぎ投入。その後の三洋電機の成長を支えてきた。ジェット水流式、マジックターン水流方式、大型しぼり機の採用、乾燥機と組み合わせた洗濯乾燥機などはすべて三洋電機から生まれたものだ。近年では、電解水を使用した洗剤ゼロの洗濯機、オゾン技術を使った空気で洗う洗濯機の投入へとつながっている。このオゾンを使った洗濯機はAQUAとして商品化されたものだ。

 「三洋電機のDNAを受け継ぐメーカー」と中川社長が語るのも、こうした経緯があるからだ。

 中川社長は、2012年2月15日に開いたハイアールアクアセールスの設立記者会見で、「ときには常識はずれのユニークな考え方や技術であっても、くらしと人生を大切にする人のために本質的な課題を解決することができるのであれば取り組んでいく」と語った。

 これはまさに三洋電機のDNAを継承することの意思表示の言葉でもあった。

 「常識はずれの考え方であっても、それが顧客視点でモノづくりにつながるのであれば、どんどんチャレンジしたい」と中川社長は語る。

 洗剤を使わない洗濯機、水を使わない洗濯機という常識はずれの発想はまさに三洋電機だからこそ生まれたものだった。これから、どんな製品が登場するのか。この言葉を具現化するような製品の登場が楽しみである。

イメージキャラクターに小泉今日子さんを起用

 いま、ハイアールアクアセールスでは、AQUAのイメージキャラクターに、小泉今日子さんを起用している。

 今年3月にデビュー30周年を迎えた小泉今日子さんは、AQUAのテレビCMにおいて、「一歩を踏み出すには、勇気がいる」、「新しいことを始めるには覚悟がいる」、「家電に新しい風を」というメッセージで、AQUAの新たな一歩を訴求している。

 スタートしたばかりの企業が小泉今日子さんを起用したCMを展開するという異例の施策は、中国のハイアール本社を説得したことによって実現したものだ。

イメージキャラクターには小泉今日子さんを起用本社受付には小泉今日子さんの直筆サイン色紙が飾られている

 「なぜこんなに費用をかけるのか、イメージキャラクターは必要なのかといった議論もあった。しかし、ゼロから日本の市場を攻めていくには、強力なイメージキャラクターの力を借りなくてはならないと考えた。小泉今日子さんという強いイメージキャラクターを得たことで、我々はそれを追い風にしてプロモーションをしていくことができる」と中川社長は語り、「これは、ハイアール本社が日本市場を重視していることの証ともいえる」と語る。

 スタート3カ月の成果はまずまずのようだ。そして、体制づくりも着実に進んでいる。今後、AQUAブランドの製品は、日本における白物家電ブランドとしてどんな風に定着するのか。その挑戦は始まったばかりだ。






2012年3月30日 00:00