そこが知りたい家電の新技術

象印マホービン「南部鉄器 極め羽釜」【後編】

~岩手県の内釜工場を徹底取材。“100%鉄製”の内釜に込められた職人技の数々

 象印マホービンが2012年9月に発売した高級炊飯器「南部鉄器 極め羽釜」が人気を博している。家電Watchでも過去にレビューをしたが、岩手県の伝統工芸品である南部鉄器を素材とした、100%鉄製の内釜を搭載することで、非常に美味しいごはんが炊ける炊飯器だ。希望小売価格は13万円を超えているものの、一時はメーカーの在庫がなくなったほど売れているという。

象印の高級炊飯器「南部鉄器 極め羽釜」。希望小売価格は13万円と高いが、おいしいごはんが炊けると評判で人気を博している
おいしさのポイントとなるのが、南部鉄器の内釜。素材が100%鉄製の内釜は、他社の炊飯器にはない

 昨日掲載した前編では南部鉄器の内釜に込められたおいしさの秘密について、象印の開発者に話しを伺い、内釜の形状や素材がおいしさを大きく左右することを学んだ。

 しかし、いくら南部鉄器とはいえ、13万円という価格は高すぎじゃないか、という疑問はイマイチはっきりしなかった。釜1つを作るに当たって、一体どれだけの手間がかかっているのだろう?

 後編はこれらの疑問を晴らすべく、岩手県にある極め羽釜の製造工場を取材した。内釜の製造工程を余すとこなく徹底取材して、どれだけ手間のかかるものなのか、本当に価格に見合った価値があるものなのか、見極めてみよう。

南部鉄器の技術でも“こんなに複雑で精度が必要なものは作れない”

内釜の製造工場がある岩手県奥州市は、南部鉄器の街として有名。玄関口となる東北新幹線の水沢江刺駅前にも、南部鉄器のモニュメントが用意されている

 やってきたのは、街一面が雪に覆われた銀世界の岩手県奥州市。南部鉄器の街として有名で、夏になると水沢駅のホーム一面に南部鉄器の風鈴が吊り下げられる姿は、ニュース映像などでもおなじみだ。

 「極め羽釜」に採用されている100%鉄製の内釜を作る工場も、そんな南部鉄器産業がさかんな奥州市内にある。今回は工場名を明かさないということで、特別に取材がOKとなった。

 まずは象印の内釜を作るに至った経緯を、工場の田村直人氏に伺った。

内釜の製造を協力している鋳造会社の田村直人氏

 「象印さんとのファーストコンタクトは当社の社長だったので、詳しくは分かりませんが、ある日社長が『こんなもの作れないか?』と、極め羽釜の図面を見せてきました。私はそれを見た瞬間『こんな複雑で精度が必要なものはできない』って答えましたよ。ただ『もしやるとすれば、越えなければならない壁が多い難しい仕事』とも言いました。そしたら、いつの間にか内釜製造を協力することになってて、担当も私になってました(笑)」

 現場担当としては、そのオファーを拒むことはごく当然の判断だろう。五里霧中の仕事は安請け合いできない。しかも前編で述べた通り、それまでにも多くの会社が、象印への協力を拒んでいたのだ。

 しかし社長は、自社の技術力と知恵、そして田村氏という“牽引車”がいれば、できると目論んでいたようだ。

 「確かに当工場では、最も原材料の配合が難しい材質の製品も製造しているので、他社よりは作れる可能性は高かったかもしれません。しかし、受注してからは試行錯誤の日が続きました。“家の炊飯器のような、アルミをプレスした内釜でもごはんがおいしく炊けるのに、何で南部鉄器で作らなきゃならないんだ?”と思うこともしばしばでした(笑)」

 こう語る田村氏だが、今ではしっかりと極め羽釜の製造工程は確立されている。試行錯誤の結果生まれた製造工程とは、どのようなものだろうか。

 「簡単に説明すると、砂で作った鋳型の中に、溶けた鉄を流し込み、しばらく冷やしてから鋳型を壊し固まった内釜を取り出します。内釜には“方案(ほうあん)”という鉄を流し込む通路がくっ付いているので、方案部分を切り落とすと、肉厚な内釜になります。さらに肉厚な内釜を機械で削って炊飯器にピッタリ収まる大きさと、規定の重さになるようにして、できあがりです」

――「南部鉄器 極め羽釜」の100%鉄製の内釜を作る作業工程一覧――

 (1)鋳型に使う砂作り:砂に添加物を混ぜ、鋳型に最適な砂をブレンドする
 (2)鋳型作り:砂に高圧をかけて鋳型を作る
 (3)溶解:電気炉の中に鉄と添加物を混ぜ加熱しマグマのように煮え立った鉄を作る
 (4)注湯(鉄の流し込み):溶けた鉄を鋳型に流し込む
 (5)冷却:しばらく置いて鉄が固まるのを待つ
 (6)バラシ:砂でできた鋳型を壊し中から釜の形をした鉄を取り出す
 (7)砂落とし:バラシで取りきれなかった砂を巨大なドラム式の洗濯機のような機械で落とす
 (8)バリ取り:溶けた鉄を流し込むための通路(方案)にできる出っ張りをグラインダ(ヤスリ)で削る
 (9)切削:通常の南部鉄器にはない工程。炊飯器にピッタリ収まるように、また内釜外回りの羽の部分を工作機械で削り出す

 ここで疑問に思ったのが、(9)の切削工程。工作機械を使っても、伝統工芸品の南部鉄器と言えるのだろうか?

 「結論から言うと、正真正銘の南部鉄器です。炊飯器の内釜という特殊な製品なので、私たちも組合に“南部鉄器と謳ってよいものか”と相談しました。内釜自体にヒーターを仕込んだりすると、南部鉄器とは言えなくなるのですが、ヒーターはIH方式なので、内釜自体の加工はありません。つまり内釜は取り外せて、それ自体は南部鉄器ですから、ブランドとして何ら問題はありません。組合の方では“南部鉄器が家電に使われるなんて歓迎すべきこと”という雰囲気でしたよ」

 南部鉄器の釜を炊飯器に使用する、というのは極めて稀なケースだが、南部鉄器と名乗ることにはまったく問題はないようだ。

 それでは、極め羽釜の製造工程を、田村氏に案内してもらいながら、余すことなくご覧いただこう。

(1)鋳型に使う砂作り――砂にでんぷんと炭素を入れる理由とは?

 まずは、内釜を作る上で最も重要な鋳型作りから見せてもらった。鋳物は砂で作られた鋳型に溶けた鉄を流し込んで作るが、工場では象印の内釜用として、砂から作り始めるというのだ。

 「鋳物に使う砂は品質を大きく左右するので、なんでもいいという訳ではありません。ミキサーを使って、砂、炭素、粘土の一種『ベントナイト』に、澱粉(でんぷん)を混ぜてブレンドします。砂はもともと白いのですが、炭素を混ぜているので真っ黒になります」

ミキサーから出てきた鋳型用の砂。炭素が含まれているため真っ黒だ
触ってみると少ししっとりしおり、ギュッと握ると、簡単に固まる

 ミキサーから出てきた砂を持ってみると、暖かくしっとりしている。海辺の砂より粒子は細かく、空気を多く含んでいるのか持った感じは布のようにフワフワだ。そして手のひらいっぱいに取った砂をギュッと握り締めると、ちょうどゴルフボールぐらいの固まりになった。確かにこれなら、砂でもしっかりした型が作れそうだ。しかしなぜベントナイトやでんぷんを入れるのだろう?

 「型を作るには水が必要なのですが、鉄を流し込んだ時に、水がガスを発生し、気泡の原因になります。そのガスを吸収するために、ベントナイトも入れています。でんぷんを入れるのは、保湿のためです」

 砂というとサラサラなイメージがあり、なぜ砂で型を作れるのか不思議だった。しかし添加物を入れて水と一緒にブレンドすることで、しっとりとした固まりやすい砂を作っているのだ。確かに幼い頃、砂場で遊ぶときは、砂に水を入れて固めていた。南部鉄器の内釜は、型を作る砂作りからはじまっているのだ。

(2)鋳型作り――高圧をかけて砂を押し固めると、驚くほど硬い鋳型ができる

 象印の内釜用として特別にブレンドした砂は、金属でできた内釜の型(金型)が入った容器に敷き詰められ、これに圧力をかけて、内釜の型を取る。こうして、鉄を流し込む「鋳型」が作られる。歯科医で歯型を取るのと基本的には同じ方法だ。

 この鋳型に溶けた鉄を流し込み、鉄が冷えて固まると、金型とまったく同じ形の鉄器ができる。いわば鋳型は鋳造の要であり、その鋳型作りは最も重要な工程と言える。

 「金型には『方案(ほうあん)』と呼ばれる鉄を流し込む通路もあります。この金型の上下から枠を被せて、その中に先ほど作った砂を入れ、高圧をかけて圧縮すると、内釜の“内側の型”と“外側の型”の2つができます。この2つの型を重ね合わせると、ちょうど金型と同じ形をした空間ができるので、方案からそこへ溶けた鉄を流し込みます」

中央に見えるのが内釜の金型。何本か突起が突き出ているのは、鉄を流し込む方案や空気抜きの穴となっている
金型の上下から水色の枠を被せ、その中に砂を入れ、打撃を加えながら高圧で圧縮する
こちらは内釜の内側部分の型。とても砂でできているとは思えないほど黒光りしている
こちらは外側部分の型。方案が確認できる
鋳型作りの概略図(筆者作成。実際の鋳型とは異なる)。金型を用いて“内側の型”と“外側の型”を作り、その型の間に鉄を流し込む。方案は鉄を通す道のようなものだ

 写真では、機械の動きが分かりにくいので、その過程をムービーで見てもらおう。

鋳型作り中の動画(1分28秒)

 「方案の隅々までは撮影しないでくださいね(笑)。これは製品のデキを左右する企業秘密なんですよ。溶けた鉄が隅々まで素早く流れ込むように、方案の通し方は常に改良していて今でも改良を続けています。また、鋳型の中には鉄の不純物を取り除くフィルターを入れ、接着剤で密封しています。これも、象印の極め羽釜の内釜にしかない工程ですね」

 金型そのものはこれまでに数回改良しているとのことだが、方案の改良まであわせると、数え切れないというのだ。

 できあがった鋳型は黒光りするほどツルツルで、とても砂でできているとは思えないほど。触るとカチカチで指先で強く押してもまったく凹まないほど。まるで素焼きの陶器のような感触だった。

 内側と外側の型ができたら、2つを重ね合わせて1つの鋳型にする。しかし、それだけではダメという。

 「できた鋳型の上に重りを置いて、鋳型の完成です。重りを載せないと、鉄を流し込んだときに鋳型が浮力で浮いてしまうんです」

 水や海水の浮力は普段から感じることができるが、溶けた鉄の浮力は、重い鋳型も浮かせてしまうほど高いというのだ。

できあがった鋳型。成型に使った水色の枠は外され、銀色の枠のみが残っている。鋳型の上には、数十kgはありそうな重りを置く
鉄が流し込まれるのを待つ鋳型の列

 鋳型の製造ラインは機械化されているが、要となる金型、特に内釜の品質を左右する方案は、職人の経験と知恵なしにはできないもののようだ。

(3)溶解――1,500℃の鉄500kgと戦う危険な作業

 鋳型と並行して作られるのは、鋳型に流し込む溶けた鉄だ。

 「まず原材料となるのは、鉄鋼メーカーから買った銑鉄(せんてつ)と呼ばれる固まりです。要は金の延べ棒と同じで、“鉄の延べ棒”ですね(笑)。これを電気炉で溶かします。電気炉は2基あって、1基あたり500kgの溶けた鉄を交互に作ります」

写真中央が銑鉄。表面が錆びて赤くなっている。左は製造工程で出た鉄くず
巨大な電磁石を使って炉の中に鉄を入れる
左の炉は鉄を溶かしている最中、右は溶解が完成間近の炉
炉の口は意外に小さく、直径50cmほどしかない
完成間近になると、火山のマグマのような溶けた鉄になる

 「一口に鉄と言っても、製品によって色々な添加物を混ぜて、製品の硬さやしなやかさなどを調整しています。極め羽釜の内釜は、条件の1つとして“内部に気泡ができないようにすること”もあるので、微妙な添加物の調合が必要です」

 炉の横には、バケツに入ったさまざまな鉱石が置かれており、1kg単位のハカリに加え、料理で使う小さいハカリも置いてあった。一度に作る鉄の量は500kgなので、本当に微妙な割合のようだ。

 こうして添加物を加えた鉄は、正しく分量で添加物が加えられているかを抜き取り検査する。その方法が実に面白い。

 「鉄は添加物を加えると、溶けた鉄の温度の下がり方に変化が出ます。溶けた鉄を分析器にかけて温度変化を調べると、添加物が正しい分量入っているか確認できます」

 神社の手洗い(手水)にあるような小さいひしゃく(ただし取っ手は超長い)に汲んだ鉄を分析器にかけると、モニターには温度が下がっていくカーブが表示されるようになっていた。職人の手作業が多い工程だが、ハイテクも積極的に導入しているようだ。

 そうこうしているうちに、炉の鉄が完全に溶けたようだ。

 「炉から溶けた鉄を出す前に、最後の仕上げをします。軽石を炉の中に入れ、鉄の表面に浮いている、『スラグ』と呼ばれる不純物を取り除きます。ちょっと危険な作業なので、3mほど離れてください。火花が飛んでくるので」

炉の中に軽石を入れる
表面に浮いた不純物(スラグ)を、ナベのアクでもすくうかのように取っていく
取り除かれたスラグ。これは二酸化ケイ素や酸化マグネシウムなどリサイクルが難しい鉄だ

 火花はまるで線香花火のようだが、規模がまったく違う。指示通りにり3mほど離れて撮影をしていたのだが、腕に一瞬熱く小さなものを感じた。もちろん火傷になるほどのものではなかったが、炉の間近で作業している職人さんは危険と隣り合わせだ。

 「溶けた鉄は、ここから時間との勝負になります。500kgの鉄は炉から大きな容器に移し、さらに作業がしやすいように250kgの容器に移し替えます。炉から出したときの温度は1500℃ほどありますが、鉄は冷めていきますし、酸化してしまう(錆びる)ので、タイマーを使って時間オーバーにならないようにしています。言うなれば、“鮮度”が大切といった感じでしょうか」

炉を引き上げ500kgの鉄を容器に移し替える。3mほど離れていても、間近で焚き火に当たっているように熱い
写真で見るとキレイかもしれないが、辺り一面に火花が飛び散りかなり危険
500kgの鉄は250kgの容器2つに移される。これは作業をしやすくするためだ

 一連の工程を写真で見てもらったが、その迫力や危険さをムービーでご覧いただこう。

鉄を溶解している動画(1分36秒)

 溶けた鉄は、ドロドロしたイメージだったが、まるで水のようにシャブシャブ。これが象印の内釜用に作られた、気泡ができにくく、製品の性能を最大限に引き出す溶けた鉄なのだ。

(4)注湯――煮えたぎる250kgの鉄を鋳型のわずか10cmの穴に流し込む

 鉄が溶けたところで、先ほど作った鋳型に鉄を流し込む「注湯」という作業になる。溶けた鉄が入っている容器は250kgもあり、サイズも大きい。それに比べると、鋳型の注湯口は直径10cmほどしかないのだが、工場の作業員は次々と正確かつ手早く注ぎ込んでいた。その姿は伝統工芸品の南部鉄器そのもの。かなり熟練していなければ成せない職人技のようだ。

鋳型1つ1つに鉄を流し込んでいく。鋳型のあちこちから炎が上がるほど高温
鉄を流し込む口はわずか10cmほどしかない

 「注湯は、早く、静かに、攪拌しないように注意します。だいだい5秒で鋳型いっぱいに流し込む感じです」

 容器いっぱいに入っていた鉄は、ズラリと並んだ14個ほどの鋳型に流し込んだ時点で空になってしまった。容器には250kgほどの鉄が入っていたので、1つの釜を作るのに18kg以上の鉄を使っているようだ。

鉄を注湯している最中の動画

 しかし、商品化された極め羽釜の内釜の重さは1.8kg。なぜこんなに“余計”な鉄が必要になるのかを聞いてみたところ、象印の内釜の特殊な事情があるという。

 「実際の製品の内釜は1.8kgしかありませんが、切削前の内釜は7kgほどあり、しかも鉄を流し込む方案部分があるので、合計約18kgの鉄が必要になります。それでも改良に改良を重ねて、使う鉄の量はだいぶ減らしたんですよ。工場ではほかの鉄製品も作っていますが、それに比べて極め羽釜は“方案歩留まり”がほかに比べて突出しています」

 「方案歩留まり」とは、鋳型に流し込んだ鉄の重さに対する、製品の重さのこと。溶けた鉄を流し込む方案は、製品出荷時に外されるので、いわば無駄な部分。方案を少なくするほど効率(歩留まり)がいいというワケだ。

 「普通の製品では方案歩留まりが平均で60%程度なのですが、極め羽釜の内釜は18kgの鉄を使ってできる製品は1.8kgですから、方案歩留まりは10%しかありません。作った鋳物は切削する工程もあるので、切削前の7kgの内釜で計算しても、およそ39%。やっぱり歩留まりは悪いです(笑)。でも、象印の求める品質を作るには、どうしても大量の鉄が必要になってしまうんです」

 極め羽釜の内釜の生産は「効率が悪い」というよりも、品質を保つのに「効率を上げられない」らしい。

(5)~(8)冷却、バラシ、砂落とし、バリ取り――おぼろげに見えてくる内釜の姿

 注湯後、1時間ほど冷却し、鉄が固まると、型から内釜を取り出す工程になる。しかし冷えたとは言え、まだ熱くて素手で触れるほどではない。ガタガタと振動するベルトコンベアを通り出てきたのは、方案部分のついた内釜。ちょうどプラモデルの部品が「ランナー」と呼ばれる枠に付いている状態だ。

 この方案は、「ゲットペッカー」という機械を使って手作業で切り離していく。油圧スプレッダは、巨大なペンチのような形をしていて、油圧で先が開くようになっている工具だ。事故現場のレスキュー隊が運転席に閉じ込められてしまった人を救助する映像で見たことがある人もいるだろう。この油圧スプレッダを、内釜と方案のすき間に差し込み、油圧で引きちぎるのだ。

クサビ型の先を方案(矢印部分)と内釜の間にゲットペッカーを差し込み、油圧でクサビを広げると、音もなく引きちぎることができる
方案を取り去った内釜には、まだ砂がたくさん付着している。これはのちの「ブラスト」という工程で取り去る
冷却して固まった内釜を取り出し、方案を取り去る作業

 「18kgの鉄を鋳型に流し込み7kgの内釜を作りますので、11kgの方案が不要になります。これらは再び炉に戻してリサイクルしています」

 先に方案歩留まりの説明があったが、18kgの鉄の場合、通常の製品であれば約40%の7kgが不要となる。ところが内釜の場合は、それをさらに上回る11kgも不要になってしまうのだ。

 続く工程は、内釜に付いた砂や炭素を完全に取り除く「ブラスト」という工程だ。

 「プラストには何タイプかありますが、象印の内釜の場合は『ショットブラスト』という方法を使います。内釜を巨大なドラム式洗濯機のような機械に入れ、ドラムを回転させながら鉄製の小さな玉をぶつけて磨きます」

先ほどの砂だらけの内釜を、写真のドラム式洗濯機のような機械に入れてキレイにする。写真ではドラムのフチに隠れてしまっているが、中に真っ黒な内釜が30個ほど入っている。回転中は写真上部のフタが閉じる
ドラムの中には鉄製の玉(写真)が入っている。これが釜をキレイにするための秘密だ

 炭素で真っ黒な内釜をショットブラスト装置に入れると、ドラムが回転し始める。それだけでも、内釜がぶつかりあう「ガラーン! ガラーン!」という耳をつんざく音があたりに響く。そのうえ、中では直径1mmほどの鉄球が、内釜に嵐のように打ち付けられているので、その音たるや鉄道のガード下にいるような騒音だ。もちろん職人はヘッドフォンのような防音保護具をつけての作業となる。

ショットブラストを終えた内釜は、キレイな鉄の地肌が見える

 そして10分ほどすると、キレイになった内釜が出てきた(写真右)。鉄球の勢いは相当なようで、方案をスプレッダで引きちぎった「バリ」と呼ばれる部分のトゲトゲがなくなり、ちょうどヤスリを掛けたように、凸凹が丸くなっている。

ショットブラスト装置で内釜についた砂を取り去っているところ

 さらに続く工程では、バリをヤスリ(グラインダ)で削る。

釜を手で押すのではなく、体重をかけてグラインダに押し付け、バリを取る
ここでも大量の火花が飛び散る。1カ所を削るのにおよそ10秒ほど。計4カ所のバリを1分ほどで見事に削る

 内釜はグラインダに掛けると摩擦熱で熱くなるため、分厚いグローブをはめての作業だ。さらに削りクズや火花が飛び散るので、顔全体を覆うマスクを装着している。しかし腰から頭に伸びるホースは何なんだろう?

 「防護マスクは顔を完全に覆っているので、腰の部分に空気を送るポンプをつけています。ホースを通して新鮮な空気が送られるので、息ができるというわけですよ」

 ものものしい姿だが、それだけしなければ危険な工程であるということだ。

 こうしてようやく内釜らしくなった鋳物だが、これではまだ最終工程が残っている。

釜についたバリをグラインダで取り去っているところ

(9)切削――7kgの鋳物から1.8kgの内釜を削り出す、残りはすべて鉄くずに

 アルミの板をプレスするだけの一般的な内釜に比べ、多くの手間と時間と技術が注がれて作られている極め羽釜の鉄釜。バリ取りが終わった段階でも、一見すると完成品のように見えるが、今一度、製品版の釜と見比べてみたい。

バリを削った状態の内釜。重さは7kgもあり、腕力がないと片手で持ち上げるのは無理だ。ここから製品を削りだしていく
こちらは実際の製品の内釜。最終的にこのような状態になるまで削る

 比べれば一目瞭然、まったくの別物だ。外側に出っ張った羽(羽釜の羽部分)がなく、底の絞り具合のカーブも違っている。製品では重さ1.8kgなのに、加工前は片手で持ち上げるのがやっとの7kg。これを製品の形にしていくのが、通常の南部鉄器にはない切削という工程だ。

 「先ほど“気泡が入ってはならない”とお話しましたが、鋳造ではどうしても気泡が入ってしまいます。鉄や鋳型に加える添加物や鋳型に入れるフィルターなどさまざまな工夫をして、気泡を作らないようにしていても、わずかな気泡が出てしまいます。

 そこで根本的な解決策として、製品の数倍ある鋳物を作り、その外側を削り中心部の気泡が入りづらい場所のみを使うという手法をとっています。まあ、それでも気泡が入ってしまい、検査で不合格になるものも出てしまうのですが……」

 まるで原石からダイヤモンドを削り出すような作業だ。

 「切削は数段階に分けて行ないますが、まず釜の内側を削ります。次に外側を粗く削って大まかな形にします。最後は外側の羽の部分を作り、キレイに仕上げます。『NC旋盤』(コンピュータ制御の切削用工作機械)がどうやって切削しているかが見えるように、切削油が出るのを止めるので、ちょっと待ってください」

「NC旋盤」という工作機械。釜を回転させながら刃物で削っていく
釜の内側を削った状態。外側はまだ鋳物の肌が残っている
外側を荒削りした状態。鋳物の肌は残っていないが、外側の羽がない

 切削油は、刃と内釜の摩擦で発生する熱を冷ましたり、刃と釜のすべりをよくして精度を高めるために使われる油。通常はこの切削油を大量にかけながら切削するため、旋盤の中の様子は確認できないが、今回は撮影のために、特別に切削油を止めてもらった。つまり、撮影のために内釜1個を不良品にしてしまい、かつ旋盤の刃を痛めることになる。職人の心意気に感謝するとともに、不良品出してしまってすいません!

「NC旋盤」という工作機械。釜を回転させながら刃物で削っていく
特別に切削油を止めてもらい、切削中の様子を撮影した。写真はまだ角張っているが外側の羽ができている状態。最終型にかなり近くなった
大型の工作機械を使っても、一度に削れるのは数ミリ。刃を何度も何度も往復させて、製品の形に近づけていく
NC旋盤で釜を削っているところ。本来はここに切削油を大量にかけながら削るのだが、撮影のために特別に止めてもらった

 「切削は何段階かに分けて行ないますが、この1段階だけでも、1個を削り出すのに20~30分かかります。最終的には5.2kgもの鉄を削るので、刃の減りも早く、数十個の釜を削ると、刃を交換しなければなりません。また、本体にピッタリ収まらなければならないので、寸法の誤差は0.1mm以内、さらに重さの誤差は20g以内となっています。コンピュータ制御のため、寸法で不合格になることは稀ですが、重さで不合格になるものは結構出てしまいます」

これが削りあがった内釜。ようやく製品と同じ形になった
工作機械からは削りクズが大量に出てくる。この鉄クズは、切削油がついているのでリサイクルできない。業者が引き取り、鉄の質が影響しないものの原料になる

 素人考えだと、誤差20gはさほど難易度の高そうな問題ではなさそうだが、何が難しいのだろうか。

 「プラス側の誤差はそれほど出ないのですが、マイナス側が結構出るんです。確かな原因は今だ不明なのですが、工作機械の刃がなくなってくると、“鉄を削る”のではなく“鉄をむしる”状態になってしまうようです。つまりわずかですが、本来削る鉄よりも多くの鉄をむしっているんじゃないかと。そのため何度も刃を当てて削ると、誤差が積もって、マイナス20gを下回ってしまうときがあります」

 単に20gと言えば大きな誤差と思ってしまいそうだが、完成品が1.8kg(1,800g)であることを考えると、誤差は1%なのだ。家電の求める精度がいかに高いかが伺える。

 こうしてできあがった内釜は、最後に1個1個の重さを量って検査をする。

完成した釜は切削油をキレイにふき取り重さを量って検査する
釜の重さは1,788gだった。規準は1,800gだが、-12gと誤差の範囲内であるため合格品

 重さを測っている脇には、「不良品」と書かれたかごに詰まれている内釜があった。

 「この中には重さで合格しなかった内釜もありますが、気泡が入って不合格となったものもあります。ほとんど目には見えないのですが“気泡はNG”という象印さんからの厳しいオーダーがあるので、わずかなものでも不合格です。マジックで黒くマークしてある部分に気泡があるのですが、特に外側の羽部分にできやすいです」

検査で不合格になったもの。一見するとまったく問題なさそうだ
手元のマジックで囲ってある部分に気泡がある……らしいが、見えない。思わずどこですか? と聞いてしまった
左の写真のマジック部を、デジタル処理してズームした写真。0.1mmほどの気泡が2つあるだけだ。えーーーーっ! これで不合格なの!

 気泡のチェックは目視で行なうが、こんなに小さな穴でも見逃さないという。

水沢でできることはひと通り終了。でも、この後もたくさんの作業が待っている

 以上が、この工場での作業のすべてだ。しかし、これでもまだ完成品ではないという。

 「以降の工程は別の工場で行ないますが、できた内釜は表面に何の加工もしていない鉄の地肌が出ています。そのため輸送中に釜がさびてしまわないように、防錆紙に包んで出荷します」

輸送中に錆びてしまうので、防錆紙で釜を丁寧に包んで出荷する
防錆紙で包んでも錆びてしまう場合もあるので、完成後はしばらく扇風機に当てて乾かす。これも職人の知恵!
象印マホービン株式会社 第一事業部 サブマネージャーの野間 雄太氏。先にインタビューをした後藤氏に代わって、内釜工場の取材に立ち会っていただいた

 水沢で作られた内釜には、この後どんな工程が残っているのだろう? それに答えてくれたのは、象印の第一事業部 サブマネージャー 野間雄太氏だ。

 「水沢から出荷された内釜は、関西の工場に運んで、『焼鈍(しょうどん)』と呼ばれる作業を行ないます。焼鈍は、内釜を高温まで加熱した後、ゆっくり冷ますことで、釜内部の鉄の分子を安定させる工程です。さらに、鉄器は錆びやすいので、お客様に末長く手軽に使っていただけるよう、ホーロー加工やフッ素樹脂加工、そして水を張る水位の目盛りやロゴなどを印刷して、やっとお客様の元にお届けできる内釜になります」

 説明を受けながら製作工程を見学しただけでも2時間もかったが、さらに別の工場での加工が必要という。極め羽釜の内釜1つを作るのに、どれだけの手間と時間、そして職人の技と知恵が詰め込まれたか、お分かりいただけただろうか?

南部鉄器の内釜単体で「安い炊飯器なら数台買える」

 しかし、これだけ長い時間をかけて作るとなると、1日にどれだけの釜が生産できるのだろうか。アルミ製の内釜なら、プレス機にかければほんの数秒で、精度の高いものが作れるが。

 「今では1日100個程度作れるようになりました。しかし、試作段階では合格品が1個も作れない日なんてのもありました。試作の段階では量産の見込みなんて立ちませんでした」

 と田村氏。その頃を振り返って、野間氏も当時のエピソードを語る。

 「試作のときはスゴかったですね。重さは主婦でも持てる1.8kgという目標があったのですが、届いた試作の内釜は5kgもあったりして。軽くなったと連絡を受けて届いたのが4kgでした(笑)。

 ただ、お互いがお互いを理解し会えると強いです。量産の話をする前に“なぜ1.8kgにしなければならないのか”、“なぜ気泡が入ってはダメなのか”などを丁寧に説明して、工場側に理解していただきました。今となっては“こうしたい”という要望だけをお伝えすれば、工場側に改良・改善・創意工夫をすべてお任せできます」

 では、工場側が独自に行なっているという改良・改善とはどのようなものだろうか。

 「先に説明した方案歩留まりの改善や気泡対策などが中心ですね。あとは不良率の改善です。普通の製品なら平均で0.7%程度ですが、象印の内釜は初期に比べれば、だいぶよくなって4%です(笑) 品質管理担当としては、他の製品の足を引っ張っちゃってる形なので、少しでも不良率を低くするようにがんばっています」(田村氏)

 1日100個程度作れるというから、不良は1日あたり数個も出る計算。検査工程の不良品カゴに入ってたたくさんの内釜にも納得だ。

 ここで気になったのが、炊飯器全体ではなく、内釜1個当たりの価格はいかほどのものだろうか?

製造ラインが組まれているものの、1日100個程度しか作れないという内釜。それだけ職人の手作業が多いということだ

 「もし象印の内釜を店で売るとしたら、一般的な南部鉄器よりずっと高い値が付きます。きっと、ほかの南部鉄器が安く思えてしまうぐらいに(笑)。どうやってもできてしまう鉄の内部の気泡をなくさないと製品として使えないので、一般の南部鉄器では考えられないような作り方をしていますし、普通の南部鉄器にはない工程もあります。普通の南部鉄器なら気泡が入っていてもまったく問題なく使えますから、極め羽釜の内釜に比べれば安いものですよ」(田村氏)

 伝統工芸品の南部鉄器よりも高くつくというのは分かったが、具体的な数字は最後まで聞けず。しかし、ヒントだけは教えてもらった。

 「高いですよ~南部鉄器の内釜は(笑)。詳しくは申し上げれませんが、内釜の原価だけで、安い炊飯器なら数台買えますよ」(野間氏)

極め羽釜の内釜は、南部鉄器以上に手間と苦労が込められた南部鉄器だった

 内釜工場を取材して「なぜ他のメーカーが鉄の炊飯器を作らないのか」という疑問が解けた。鉄はIH炊飯器に最適な内釜でかつ原材料も安いが、錆びやすく加工が面倒なので、原材料費の安さは加工費で吹っ飛んでしまう。ましてや、さらに製造が困難で効率が悪い鋳物で作るとなると、量産できない上に、コストが跳ね上がり、技術的にも非常に困難になる。2013年2月現在、100%鉄製の内釜を持つ炊飯器は象印の「南部鉄器 極め羽釜」だけな理由はそこにあるようだ。

 そして、伝統工芸品の南部鉄器に工作機械を使ったら普通の工業製品にならないか? という疑問もクリアになった。見学した各工程には、匠の技と知恵と経験が各所に活かされ、工作機械は職人をアシストする道具として使っているだけ。言い換えれば、鋳型を作る機械も内釜を切削するNC旋盤も、職人の使うハンマーや刃物と変わらないのである。

100%鉄製の内釜の製造には、多くの危険な作業がともなうことも見学できた
切削前の7kgの内釜。中心部分の気泡がないところだけを使うという、民芸品の南部鉄器以上に贅沢な製造方法だ
1個作るのに数時間を要する内釜は、南部鉄器よりも手間と時間と、職人の多くの手が入ったものだった

 その一方で、極め羽釜を覆う炊飯器本体は、ハイテクの結晶だ。多数のセンサーとコンピュータを搭載し気温なども考慮した上で、象印が長年培ってきた炊飯の極意に、“メシ炊き仙人”に学んだノウハウがプログラム化され、安い米でもワンランク上のおいしいごはんに炊き上げる。

自宅でおいしいごはんが毎日食べられる幸せは、何事にも代え難い

 南部鉄器伝統の匠の技に、象印開発陣のハイテクな匠の技が調和して、これまで味わったことのないおいしいごはんが食べられる。それが象印の「南部鉄器 極め羽釜」だ。そのごはんを一口食べれば「高い買い物をした」と思う人は少ないだろう。

 伝統とハイテクの匠が作り出した日本人のDNAを持つ「南部鉄器 極め羽釜」は、家電という枠を超え、それ自体が伝統工芸品なのかもしれない。

藤山 哲人