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スマホ連携カラオケマイクにUSB PDアダプタも開発、GOPPA・九鬼氏が“1人メーカー”を続けるワケ

 カラオケと言うと、仲間と集まってカラオケボックスに行って歌うというのが定番だ。しかし近年ちょっと変わったアイテムが人気を集めている。それがスマートフォンと連携して、手軽にカラオケが楽しめる「Bluetooth カラオケマイク」だ。

スピーカー内蔵で、スマホから音楽を流しながら自ら歌える「Bluetooth カラオケマイク」

 製品の機能はシンプル。マイクにはスピーカーが内蔵されており、スマートフォンと連携する。スマートフォンで選んだ音源と、自ら歌う声がスピーカーから流れるという仕組みだ。カラオケの歌詞はスマートフォンの画面に表示されるため、自宅はもちろんのこと、パーティー会場や花見などの屋外イベントでもスマートフォンとこのマイクだけで手軽にカラオケが楽しめる。

 この「Bluetooth カラオケマイク」を開発・製造しているのが、ハードウェアベンチャーであるGOPPA(ゴッパ)だ。同社はPC周辺機器メーカー勤務や、スマートフォンのケースなどを取り扱うサプライメーカーの経営経験を持つ九鬼 隆則氏、たった1人の会社。

 1人で製品を企画し、設計から開発、そして深センの工場での量産まで手がけているという。そこGOPPAの九鬼氏に「Bluetooth カラオケマイク」の開発経緯と量産までの道筋を伺うと共に、ものづくりへの思いを語っていただいた。

GOPPA・九鬼 隆則氏

パソコン少年は自然とPC周辺機器メーカーでのものづくりに

 子供の頃から電気機器が好きで中学生の頃にはラジオを作り、PCを自作するのが当たり前という学生時代を過ごしていた九鬼氏。大学生になり就職を考える時には自然と、PC関連の企業を目指した。その中でも特に行きたかったのがPC周辺機器メーカーだったという。

 「PCメーカーに入ると作れるのはパソコンだけですが、PC周辺機器メーカーならそういう縛りがなくて、いろんな製品が自由に作れるんじゃないかと考えていました。ただ、2000年頃は大学生の3分の1くらいが就職できないという超氷河期だったので、最初に内定をもらったアイ・オー・データ機器にそのまま就職しました」(九鬼氏)

 新卒で就職したアイ・オー・データ機器では、カスタマーサポートや広報など様々な業務を担当した。また、製品担当として数々の製品を企画した。

 実は現在も続く「挑戦者ブランド」を立ち上げたのも九鬼氏だ。自作PCに慣れたユーザーは、周辺機器メーカーのハードディスクではなく、HDDメーカーが販売しているバルクのHDDを購入する。そういったユーザー向けに、アイ・オー・データ機器製の高品質のHDDケースを販売したのがスタートだ。このPC上級者向けのプロダクトは成功を収めた。

 このように担当商品でヒットを飛ばすなど、会社での仕事は順調だった。しかし学生時代から、いつか独立して自分で会社を起こしたい、と考えていたという。そして、2005年、九鬼氏は声がかかった外資系企業に転職。PC周辺機器ブランドの企画などを担当した後、2007年、有志3人でベンチャー企業を立ち上げる。学生時代から考えていた通り創業メンバーとして自分達の会社をスタートした。それが、のちにスマートフォンケースなどで多くのヒットを飛ばすレイ・アウトだ。

HDDケースやNAS組み立てキットなどを展開する「挑戦者ブランド」を立ち上げたのも九鬼氏

会社が成長するにつれて思いがズレていく

 九鬼氏は創業メンバーという事もあり、企画だけでなく会社のインフラ作りなど何でも行なったという。

 「3人で立ち上げたレイ・アウトでしたが、最初はハードウェアを開発していました。しかし、ハードウェアには非常にお金がかかります。2007年はちょうど初代iPhoneが出たタイミングだったこともあり、会社のプロダクトはだんだんとスマートフォンのケースなどにシフトしていきました」(九鬼氏)

 時代の波に乗り、スマートフォンのアクセサリーは予想以上の売り上げを記録、会社は大きく成長していく。しかし、ハードウェアをやりたかった九鬼氏の思いとは大きくズレていった。

 「会社が大きくなるにつれて、創業メンバーということで、自分でプロダクトを作り出すのではなく、人を管理する仕事が増えていきました。会社を大きくするという社長の方針はもちろん理解していましたが、僕自身は、増員には積極的ではなく、自分でプロダクトを作りたいという思いの方が強かったんです」(九鬼氏)

 製品企画として現場でプロダクトを作り続けたい。九鬼氏のその思いはその後も変わることはなく、レイ・アウトの顧問を経た2016年、会社を去ることにしたという。

 とはいえその時点では、辞めた後にすることや作りたいものは具体的に決めていなかった。いざという時のためにGOPPAの登記はしたものの、特に何かをするわけではなく、約1年ほど中国の工場などを回りながら、自分が何を作りたいか考えていたそうだ。

2016年にレイ・アウトを去ったが、すぐには事業を始めなかったという

 そして、すぐにビジネスを始めなかったのには理由があったのだという。九鬼氏のこれまでの経験や人脈を利用すれば、中国で商品を仕入れて販売をスタートすることはできたはずだ。しかし、それができなかったのだ。

 「プロダクトは色々知っていましたし、魅力的な選択肢もありました。ただ、それをどういう風に売ればいいのか、その道筋がなかったんです。これまでのキャリアでは、ずっと企画や開発、量産などものづくりをしてきましたが、営業や販売の仕事をしたことがなかった。その部分がすっぽり抜けていました」(九鬼氏)

古巣からカラオケマイクの製造を相談される

 そんな時に思いがけないところから声がかかる。アイ・オー・データ機器のOB会だ。それまで一度も参加してなかったOB会になぜか呼ばれたのだ。

 2005年にアイ・オー・データ機器をやめてから10年以上。仕事では全く関わってこなかったため、そのときに何が売れているか、といったことは何も知らなかった。そこでアイ・オー・データ機器の細野 昭雄会長から説明を受けたのが、音楽データをCDからスマートフォンに取り込めるスマートフォン用CDレコーダー「CDレコ」だった。

CDの音楽データを、スマートフォンに取り込めるスマートフォン用CDレコーダー「CDレコ」

 「会長から『カラオケもできるようになったんだけど、どこかでマイク作れるところないかな』って相談されたんです。ちょうど中国を視察しているときに、スマートフォンとつながるマイクはたくさん見ていたのでその話をして、ご提案したところ、作ることになったんです」

 それは設立した会社辞めた後、何を作るか決めていなかったときに訪れた話だった。久しぶりに面白いことができると動き出した九鬼氏。プロダクト自体はすでに中国で見た事があっただけに、簡単にできると思っていた。しかし、予想もしない問題が起こる。

マイクのオリジナル金型が見つからない

 マイク作りの話の後、九鬼氏はさっそく深センに飛び、サンプルとなるマイクを購入した。通常ならそのマイクを製造している工場を訪ねて、契約を行ない、必要な改良やカスタマイズをした上で、マイクの量産をすることになる。しかし、そんなに簡単にはいかなかった。深センで買ってきたマイクはコピー品だったのだ。

 「ご存知の通り、中国はコピー品がとにかく多くて、同じ形をした製品が市場にあふれているんです。私が試しに買ってきたものもコピー品だったらしく、フタの締まりが悪かったり、隙間があったりという問題がありました。しかも調べてみると、カラオケマイクはコピー品だらけだったんです」

 今回のハードウェアの製造において最もお金がかかるのが金型づくりだ。それほど大きくないガジェットでも、金型をゼロから起こすと、数百万円程度のコストがかかる。低コストに抑えるには金型業者が持つ汎用の金型を使って、それをカスタマイズしたり、金型の権利を金型業者とシェアする方法などがある。

 ところが深センにはこの金型をコピーする業者がいるという。量産するときは正規の金型業者から金型を借りて作るのだが、そのときにコピーしてしまえば、その後はお金を払って金型を借りる必要がなくなる。そうしたことが横行し、コピーの金型をそこら中の工場が持っているという状況が生まれるという。

 このコピー品の金型はオリジナルと比べると品質が落ちる上に、特許など権利上の問題が発生するリスクもあるため、利用できない。

 「1から金型を起こすと数百万円かかります。そこで正規の金型を探すところから始めました。ただし、マイクを作っている工場を訪ねると、工場側は発注が欲しいこともあり、自社の金型を本物だと言い張ります。中にはコピーであること自体知らない工場もあったと思います。そこで書類などの証拠を見せてくれと交渉を繰り返しながら、少しずつオリジナルに近づいて行きました」

金型をコピーする業者がいるため、まずは正規の金型を探すところから始まったという

 カラオケマイクを作っている工場は無数にあったが、調査を進めていくうちにオリジナルの金型にはシリアル番号がある、といった情報が集まってくる。このときに役立ったのが、これまで九鬼氏が培ってきた中国・深センのネットワークだ。金型に詳しい友人が、日本人には入ってこない中国人ネットワークで情報を集めてくれた。そしてついにマイクの特許書類を持っている工場を突き止めた。

 金型が見つかり、まずはリファレンスの状態でカラオケマイクを作ってみるが、深センでのものづくりでは、まだまだ問題が続く。

 「実際にマイクを作ってみたところいろんな問題が出てきました。例えば耐久性。塗装の質が悪くて、恒温恒湿試験をすると金属部に錆びが発生したんです。金型探しの次は品質のいい塗装業者を探しました」

 正規の金型屋で作ったカラオケマイクだが、ほとんどのパーツが見直しに至った。例えば基板は設計から見直した。基本的にはリファレンスの設計基板があり、それを元にして、より高品質なパーツに変更するといったカスタマイズをするのだが、中国のものづくりでは1回で仕様通りになることはないという。修正点を伝えるために何度も深センへ飛び、そうして「Bluetooth カラオケマイク」が完成した。

 マイクは発売以降、高い評価を受けた。その後、第2弾となる「Bluetoothカラオケデュエットマイク シンガソン」を製造。第1弾ではモノラルだったスピーカーを、第2弾ではステレオに改良したほか、キーの調整ボタンなどを搭載。さらに2本のマイクを使って、デュエットで歌えるような機能を搭載するなど、大幅な機能拡張を実現した。これもすでに販売がスタートしている。

左から、「Bluetooth カラオケマイク」、第2弾となる「Bluetoothカラオケデュエットマイク シンガソン」
第2弾のマイクはステレオに改良し、2本のマイクでデュエットできる

 だが、第2弾の製造でも問題が発生。「最終版の基板を確認していたら、何かが足りない気がするんです。よく見ると外部から高電圧が入ってきたときに、それをカットする小さなIC(回路)がないんです。カラオケマイクはUSB経由で充電するんですが、充電器を添付していなかったので、どんな充電器で充電されるかわりません。そういったときの安全対策だったんですが、向こうの人の感覚ではこんな無駄な回路はいらないだろう、という考えだったみたいです」

 これは決して単純な悪意や手抜きではないという。そもそもの常識が違うのだ。だからこそ、常に疑って、基板の回路の一つ一つまで、自分で確認していった。

 「最初は深センで見かけたマイクを上手く改良して持って来られたらいいなと思っていたのですが、中身は全部作り直しでした。だから、同じ形でも音質は全然違います。検査機関で音質をしっかり調べて、多くの人がいい音だと納得する音にチューニングしました」

最終版の基板を確認すると、高電圧をカットする回路が見つからないという問題が発生

自社ブランドの開発を目標にひとりでのもの作りは続く

 現在、GOPPAでは「Bluetooth カラオケマイク」のほかに、USB PDアダプタやケーブルなど様々なサプライ品を取り扱っている。これらは前職時代に友達として知り合ったものの、協業に至らなかったメーカーとの新しいビジネスだ。

 そしてこれらも、カラオケマイクと同様に、アイ・オー・データ機器に卸す形で販売とサポートをお願いしている。GOPPAが負荷検査なども含めた、徹底的な品質チェックを行なうことで、取り扱ってもらっているという。

USB PDアダプタなども取り扱っている

 「基本的には依頼されたら何でもやるつもりなんです。まずは受注製造とサプライ品を製造しながら、完全自社ブランド製品の開発も進めたいと考えています」

 GOPPAの社員は基本的に九鬼氏1人。自ら基板と回路をチェックし、プレスリリースの執筆や商品撮影も行なう。東京の事務所には、いつでも海外に飛べるように置いているキャリーバッグとともに、検査用の治具や撮影用のスタジオセットが並んでいた。

事務所で自ら基板と回路をチェックし、プレスリリースの執筆や商品撮影も行なう

どれだけ忙しくなっても、人を雇う考えはないが、プロジェクトごとに多くの仲間が関わっている

 「会社を大きくすることにあまり興味がないんです。自分たちが食べていければいい。ただ、自分でできないことはいろんな人にお願いをしています。例えば自分で分からないエンジニアリングは、前職でお世話になった技術屋の方にお願いするといった具合です。雇う雇われるという関係ではなく、お互いにそれぐらいの距離感の方がいいと考えています」

 今取り組んでいる自社ブランドのプロダクトについて、今年の夏頃には何らかの発表をして、秋頃には完成させたいと語る九鬼氏。すでに深センの工場と量産に向けた打ち合わせがスタートしている頃かも知れない。

 九鬼氏のものづくりの源流にあるのは、大須の電気街を走り回ってラジオを作っていたときのよぅな純粋な楽しさと、PC周辺機器メーカーであるアイ・オー・データ機器と、スマートフォンのアクセサリーメーカーであるレイ・アウトの2社で経験した多くのノウハウだ。

 アイ・オー・データ機器時代に、細野会長からものづくりにおいては『常識という言葉に注意するように』という指導を受けたことがあった。それは深センを初めとする海外でのものづくりの心がけとして心に刻まれている。さらにレイ・アウトでは海外から商品を調達するときの、税金や法律、各種認定などについて、様々な失敗を重ねながら学ぶことができた。その経験がGOPPAと九鬼氏のものづくりを支えているのだ。