難波賢二のe-bikeアラウンド
日本のe-bike市場に黒船上陸!! スペシャライズド「TURBO CREO SL」が遂に発売
2020年4月23日 07:30
この2年ほどヨーロッパのe-bikeトレンドでもっとも急成長しているカテゴリーが、ロードバイクタイプのe-bikeです。e-Road(e-ロード)と呼ばれ、数年前まで「ロードバイクをe-bike化して何が楽しいの? 25km/h(ヨーロッパのアシスト上限速度は日本より1km/h高い25km/h)までしかアシストされないのに」と言われていたのが嘘のようで、ユーザーの注目はe-ロードに移りつつあります。
ドイツのフォーカスが、欧州市場向けにファズーアのドライブユニットを搭載したフルカーボンのe-ロードを発表したのが2018年。どこから見てもロードバイクの仕上がりに市場全体がざわめいてから、一気にe-ロードへの注目が高まりました。
e-ロードのトレンドはイタリアから始まった
例えばフォーカスのe-ロードは12,000ユーロ(邦貨換算約1,450,000円)もします。この高額なe-ロードを誰が購入しているのでしょうか? この流れを牽引しているのはイタリアです。ヨーロッパ大陸から突き出た半島形状のイタリアは、ご存じのとおり、中央ヨーロッパとはちょっと違う文化です。そして、イタリアの地域によっても文化が全然違うことでも知られていますが、e-ロードに飛びついたのはイタリアの中でも裕福なスイスに近い北部のロンバルディア州やヴェネト州のおじさんたち。
多くのファッションブランドが本拠地を構えるイタリア北部では、世界三大自転車レースのひとつ「ジロ・デ・イタリア」が開催されています。そのため伝統的に自転車がスポーツとして盛んで、近年では人気スポーツ首位の座をサッカーに譲っているものの、約50年前から自転車レースを愛してきた60代が多くいる地域です。
そして“男子たるやカッコよく伊達であらねばならない”という意識も非常に強いのですが、さすがに50~60代になると昔のような絞れた体型を維持するのは難しく、お腹もたるんで、膝は痛みます。そんなイタリアの伊達おじさんたちの心を鷲掴みしたのが、e-ロードだったのです。
若かりし頃の華麗なヒルクライム、半世紀の経験で培った美しいペダリング、そして眺めても美しいe-ロードの組み合わせに、心をときめかせたのでしょう。フォーカスの開発責任者によると、発売するや初年度分のロットはドライブユニットの入荷台数が少なかったので瞬時に売り切れ、今でもバックオーダーを抱えているそうです。
日本のe-ロード市場は?
日本市場に目を向けてみると、実はこれまで本格的なカーボンフレームと、e-ロードバイク用に開発されたドライブユニットを搭載するモデルは存在しませんでした。もちろん、ヤマハ「YPJ-R」やBESV「JR-1」はe-ロードのカテゴリーに属するモデルです。しかし、私がここで言うe-ロードとは、シマノ・デュラエース(シマノのロードバイク用最高級コンポーネンツ)にハイエンドのカーボンホイールを装備したような問答無用のハイエンドのe-ロード。スーパーe-ロードとでも呼ぶべきモデルのことです。
しかし、すでにご存じの方も多いと思います。アメリカを代表する自転車ブランド「スペシャライズド」が、満を持して世界同時発表した新型e-ロード「TURBO CREO SL(ターボ クレオ エスエル)」を日本に導入することになりました。フラッグシップモデルの「S-WORKS TURBO CREO SL」は、1,350,000円(税抜)と価格も驚きのスーパーe-bike。
日本でドライブユニットの主要メーカーのシマノやボッシュなどは、欧州市場でもまだe-ロード用のドライブユニットを発表していません。その間隙を縫って発表したのが「ターボ クレオ SL」。というのも、スペシャライズドのe-bikeは欧州やアメリカでも自社開発のドライブユニットを搭載しており、今回の新モデル「ターボ クレオ SL」に搭載したのはe-ロード用途を考えて設計された新しい「スペシャライズド SL 1.1モーター」。約2kgという軽量なドライブユニットに合わせて専用設計したFACT 11rカーボンフレームを採用しています。
日本に投入されるラインナップは、フラッグシップの「S-WORKS」「EXPERT」「EXPERT EVO」「COMP CARBON」「COMP CARBON EVO」の5モデル。フラッグシップからエントリーモデルのCOMP(といっても670,000円・税抜)まで、フレームとドライブユニットはまったく同じです。超高級カーボンホイールやシマノ「DURA-ACE Di2」が装備されたS-WORKSと比べてみると、EXPERTでは普及グレードのカーボンホイールとシマノ「Ultegra Di2」、COMPではアルミホイールにシマノ「GRX」といった感じです。EVOが付くモデルはグラベル用途。林道のようなオフロード走行までも考慮したモデルで、幅広のノブ付きタイヤとドロッパーシートポストの装備が大きな違いです。
インチューブ方式にもオリジナルのアプローチ
スペシャライズドは他社とまったく違うアプローチで、その名のとおり個性的な製品を発売し、それが数年後のマーケットの中心となることでも知られるブランドです。「ターボ クレオ SL」もそのとおりで、革新的なのがディーラーでのサービス時以外はバッテリー取り外し不可能にしたことでしょう。ドライブユニットを脱着してダウンチューブから取り出すしくみを採用し、バッテリーインチューブ方式では不可避だったダウンチューブに設ける巨大な開口部が不要となります。
自転車のフレーム剛性は、マッチ箱を想像するとわかりやすいのですが、マッチ箱の横にその面積の7割にも達するような穴を開けるのと、開けない状態ではどちらが剛性を確保できるかは語るまでもありません。インチューブ方式は昨年から本格的に採用され始めましたが、各社はカーボンの設計方法を見直して、レイアップを厚盛することで多少の重量を犠牲にしながら剛性問題を解決してきました。しかし、スペシャライズドは逆転の発想で解決したのです。
そして、注目すべきはドライブユニット。各社は70N・m、75N・m、80N・mと大トルク競争に突入しつつありますが、「ターボ クレオ SL」では最大トルク35N・mと驚きの細いトルクに仕立ててきました。その一方で、最高出力は240Wと競合各社のドライブユニットと遜色ありません。
トルクが細いのに、最高出力は高い。「トルク×回転数=出力」ですから、「スペシャライズト SL 1.1モーター」はクランクの回転数、ケイデンスが低い状態よりも高い状態でアシストされる高回転型ドライブユニットといえます。そもそもロードバイクはMTBと違って高いケイデンスで回して走る乗り物ですから、トルクの細さは関係ない、それよりも自転車全体の軽さが大切。というのがスペシャライズドの狙いなのです。
また、軽量化のためにダウンチューブ内のメインバッテリーは、500Whが主力となっている2020モデルのe-bikeとしては少なめの容量の320Wh。と思いきや、外付けのボトル形状のサブバッテリーシステム「レンジエクステンダー」を用意してきたのがスペシャライズドらしい点です。レンジエクステンダーは160Whの容量を持っており、メインバッテリーと協調して使用したり、先にレンジエクステンダーを消費させるような設定も可能。S-WORKSモデルには標準装備で、単品でも購入可能となっています。ではその設定をどうするのか?
実にロードバイク然とした「ターボ クレオ SL」には、メインスイッチがあるのみでライトはおろかサイクルコンピューターすら装備されません。その設定はスマートフォンの専用アプリ「ミッションコントロール」で操作できます。バッテリーの設定だけでなく、アシスト特性の調整やサイクルコンピューターとしての仕様、システムの診断などもアプリで行なえます。
「ターボ クレオ SL」の走りは?
「ターボ クレオ SL」の走りが気になる方も多いと思いますが、まずロードバイクとして考えたときの走行性能は9割方満足できる仕上がりです。S-WORKSの重量は12.2kgで、e-bikeとしては超軽量。とはいえ、同等の値段のロードバイクと比較すると、5kgほど重くなります。ロードバイクとして考えると、決して軽くはありませんが、平坦路での巡航時に気になりません。アシスト域を完全に超えているスピードになると、ふつうは重たいロードバイクになるはずですが、高級なホイールを装着しており、非常に良く回るので、サイクリングペースの巡航速度なら不満はないでしょう。
その一方で、フロントフォークには内蔵の油圧サスペンション「Future Shock 2.0」を装備しているので、ハンドル周りの快適性は別格です。専門的な話をすると、ドライブユニットを支える影響でフレームの下回りの剛性を高めているので、リアホイールからの突き上げは気になりますが、この程度のことを気にするのは相当な経験値を持ったサイクリストだけでしょう。
上り坂に入ると、「スペシャライズド SL 1.1モーター」は小気味良く滑らかにアシストしてくれます。トルクが細いことが功を奏しているのは、24km/hちょっと手前でアシストが切れるときや、減速して再度アシストが入ったときで、ほとんど違和感なく人力モードに移行します。そして、車体が軽量なので入アシスト領域外でも激重とならないのが「ターボ クレオ SL」の特徴です。
勾配20%に迫るような坂道では、さすがに大トルクのドライブユニットに比べるとパンチの少なさを感じますが、一般的な舗装路で現れる坂道ではそこまでケイデンスが下がらないためアシストは十分にあります。単に坂道をラクに上りたいだけならば、シマノやボッシュユニットを搭載したe-MTBでも同様にラクに走ることができます。しかし、「ターボ クレオ SL」の本領は、何よりもアシスト領域を超えたスピードでのロードバイクとしての自然な走りでしょう。
特にダウンヒルでの安定性やハンドリングは、軽量化を意識しすぎている人力のロードバイクよりも気持ち良いといえます。フレームのジオメトリー自体は、リラックスしたエンデュランスロード系なので、根っからの“レース用ロードバイクこそがロードバイクと”いう人には気になるかもしれません。しかし、そんな人はそもそも「ターボ クレオ SL」には興味がないでしょうし、これで良いのだと思います。
豊富なラインナップでどれを選ぶ?
グレード別の比較では、一番高いS-WORKSが、ホイールなどの違いから走りは別格ですが、COMPとS-WORKSでは約2倍の価格差があるため、とりあえずCOMPを購入してホイールやハンドルなどをあとから交換する方法も考えられますし、そもそも坂道がラクなロードバイクが欲しいのであればCOMPで十分です。EXPERTが一番の落としどころだと感じますが、やはりS-WORKSのアシスト領域外の走りを味わってしまうと、やはりS-WORKS一択というのが個人的な印象です。
日本のロードバイク史・e-bike史の分水嶺になるであろう「ターボ クレオ SL」。ショップに試乗車が用意され始めています。外出できるようになれば、欲しくなるのを覚悟のうえで試乗してはいかがでしょうか?