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デザイン3賞を総なめ、シンプルに使える「子育てにちょうどいいミシン」誕生の理由

アックスヤマザキ「子育てにちょうどいいミシン」

アックスヤマザキの「子育てにちょうどいいミシン」は、コロナ禍において、マスクづくりはもちろん、家で過ごす時間を充実させるアイテムとして大いに注目され、各種デザイン賞を総なめにしました。家電 Watchと、アイテム情報誌「GetNavi」によって開催されているアワード「家電大賞 2020-2021」でも『巣ごもり充実家電部門』にノミネートされています。

筆者も愛用する一人で、7月に掲載した「ステイホームで役立った家電たち」の筆頭でご紹介しました。今回、この「子育てにちょうどいいミシン」(11,000円/税込)がどのようにして誕生したのか、大阪にあるアックスヤマザキの3代目社長、山﨑一史氏に取材した内容をご報告したいと思います。

この20年で販売台数が半減してしまった家庭用ミシンの復活を目指したい

アックスヤマザキは1946年、山﨑一史氏の祖父が創業し、2代目を父が継いで、3代目に就任したのは2015年のこと。ミシン業界全体での家庭用ミシンの販売台数は1999年には100万台を超えていたのに、その年をピークに販売台数は減少の一途をたどっていました。バッグやさまざまな袋物など、就園・就学の前に手作りしてそろえるのが当たり前だった時代から、豊富なデザインの既製品が安価に手に入る時代に変化したわけですから、仕方ないのかもしれません。ファストファッションの台頭で、洋裁への興味や“直して着る”という文化もだんだん廃れてきているのもあるでしょう。

そうした中で、山﨑氏は「ミシンを使わない理由の1つが、小学校の家庭科の授業で初めてミシンに触れて、『ミシンは難しい』という苦手意識を持ってしまうのが原因なのではないかと思ったのです」とのこと。子どものころから「ミシンって簡単、楽しい!」と思わせるような製品を作ろうとしたのは、社長に就任する3年前のことだったといいます。

3代目社長の山﨑一史氏
OEMなどで手掛けてきた歴代のミシンが並ぶ本社内のショールーム。最近、会社のロゴが変更された(取材時は旧ロゴの看板)
昭和の時代に見かけられたようなデザインのミシンも掲げてあった。このデザインを復刻させたものを作ろうとしたこともあるが、難しいという

まずは子どもをミシンのファンに~「毛糸ミシンHug」の誕生

「子ども向けミシンの開発に向けてアイデアをまとめた企画書を当時の社長だった父親に見せると、『会社をつぶす気か!』と放り出されてしまいました」(山﨑氏)。最初のプランではおもちゃのようだったといいますが、「付属のキットを使い終わったら、ミシンもそれで終わりというものにはしたくなかった。それで注目したのが毛糸を使ったミシンだったのです」。

遊びながら、裁縫の楽しさを味わってもらえるように、こだわったのが安全性。針から指を守るガードをつけ、針交換は大人にしかできない仕様にしつつも、簡単に使えるような子ども向けミシンを作りたい。その思いをもとに試行錯誤しながら生まれたのが、毛糸で生地と生地を縫合する特許技術でした。準備は毛糸をフックに引っかけるだけ、ミシンのいちばんのネックともいえる面倒な針穴の糸通しも下糸の準備も不要。ついに完成した「毛糸ミシンHug」が誕生するまでに約3年かかったといいます。

当時、4歳だった娘さんにもサンプル機を使ってもらい、楽しそうに遊んでいる様子を見て「これなら大丈夫だな」と安心したとのこと。2015年の秋の発売開始から2カ月で用意した2万台が完売するなど当初の思いが認められたスタートとなりました。2019年発売の「毛糸ミシンふわもこHug」では、毛糸のポンポンのような“ふわもこ”が作れるキットが追加され、さらに作る楽しさが増して人気商品に。ワークショップなどを行なうと、女の子だけでなく男の子も真剣に取り組んでいて、まさに「子どもをミシンのファンにしたい」という願いをかなえる、ミシンデビューの入り口になったのでした。

子ども用ミシン「毛糸ミシンHug」(手前の赤いもの)と。2019年発売の「毛糸ミシンふわもこHug」(右奥)について語る山﨑氏
安全性に配慮されたカバー付きの5本の針が特徴の毛糸ミシン
「毛糸ミシンふわもこHug」
新たに「ふわもこ」が作れるマジカルキットが追加された
購入してすぐに楽しめるようなキットのほか、1年中楽しめる「レシピブック」が同梱されている。友だちへのプレゼントづくりに毛糸ミシンを役立てている子どもも多いという

コードレスで軽く、本棚に置けるスタイリッシュなミシンを

子ども用ミシンの企画・開発と新たな市場の開拓の成功を経て、おもちゃ売り場ではないところで販売される“大人のためのミシン”の開発が次なるミッションとなりました。

なるべくシンプルに操作できて、使いたいときにサッと取り出して使えるように「本棚に置けるミシン」をコンセプトにし、カラーもイマドキのインテリアに合うようなマットなブラックに。重量は約2.1kg、ACアダプターだけでなく単三形電池4本で駆動するコードレスのミシンが誕生したのです。

「コードレスミシンというアイデアは、子ども用の毛糸ミシンがあったからこそ生まれました。ただ、デニムなどの厚物の生地にも対応できるパワフルさと電池の持ちを両立させるためには、モーターのトルクを軽くするなど大変なこともありました」と山﨑氏。発売にあたっては、「これまでよくあったような『電子制御ミシン』というような機能ベースの名前でなく、どんな人に使ってほしいミシンなのかがメッセージとして伝わるようにという思いから『子育てにちょうどいいミシン』としたのです」。

2020年12月現在では社員数も少し増えたようですが、開発当時は社員数15名という業界最小の企業の社運をかけた挑戦だったというわけですね。2020年3月に発売されてまもなく新型コロナのための緊急事態宣言が出され、ステイホームやマスクの着用を余儀なくされる中で、このスタイリッシュなミシンは大きな注目を集め、入荷予約待ちの状態が続きました。今でも品薄の状態が続いているほど、人気を集めています。

子育てにちょうどいいミシン

グッドデザイン賞金賞、キッズデザイン賞、JIDAデザインミュージアムセレクションの3賞を受賞

「子育てにちょうどいいミシン」は、この秋に発表された第14回キッズデザイン賞優秀賞(少子化対策担当大臣賞)、2020年グッドデザイン賞金賞(経済産業大臣賞)、そして社会に寄与する質の良い製品として毎年50アイテムが選出される「JIDAデザインミュージアムセレクションVol.22」という3つのデザイン賞をすべて受賞するという快挙を成し遂げました。

グッドデザイン賞など、こうしたデザイン賞は単に意匠としての美しさだけでなく、生活者に寄り添った開発の視点や新しいライフスタイルの提案が重要視されていることは広く知られているとおりです。ミシン離れが顕著化している中で、子育てのタイミングで初めて手作りのグッズに挑戦してみようとする人に「使いやすさと安心感」を提供している点で、このミシンがデザイン賞を受賞するのはもっともだと納得できます。

スマホで検索して料理を作っている人が多いことから、QRコードのシールを作って、使い方やレシピ動画に簡単にアクセスできるようにしているところなども素晴らしいなと思います。同梱されているミシン糸が多彩な柄やカラーの生地にも映える“黄色い糸”を採用している点も心憎いなと思うのです。

すぐに使えるようにリビングの棚の上に置いている(筆者自宅)

再び「一家に一台」へ~ミシンはリメイクのサステナブルなアイテム

大成功の「子育てにちょうどいいミシン」の次の一手はどのように考えているのでしょう?

山﨑氏は「今後は、同じコンセプトで上位クラスのモデルを作ったり、別のターゲット向けのモデルを作るなど、さらに市場を広げていきたいですね。そして、祖父の時代のころのようにミシンが再び“一家に一台”となるようにしたいと思っています」と語ります。

先にデザイン賞のことを書きましたが、私自身はこれからの視点として、『ミシン』というアイテムそのものが、長年愛用してきた衣類をリメイクしたり、ソファカバーやカーテンなどのファブリックを小物にリメイクしたりというような、サステナブルな要素があることに注目しています。「子育てにちょうどいいミシン」がそれを推進させるための入り口として大きな役割を示していることも、受賞の裏にはあったのではないかと思うのです。

リメイクの楽しさに気づかせてくれた「子育てにちょうどいいミシン」

使い捨てずに長く大切に愛用していくこと、ちょっと立ち止まって考えること――こうした考えはニューノーマルな暮らしの中で少しずつ広まっています。山﨑氏が目指す「一家に一台」も決して夢ではないのかもしれません。「子育てにちょうどいいミシン」に続くミシンは、すでに新しいモデルの構想があり、開発も始まっているとのこと。どんなふうに私たちを驚かせ、わくわくと楽しい道を切り開いてくれるのか楽しみです。

神原サリー

新聞社勤務、フリーランスライターを経て、顧客視点アドバイザー&家電コンシェルジュとして独立。現在は家電+ライフスタイルプロデューサーとして、家電分野のほか、住まいや暮らしなどライフスタイル全般の執筆やコンサルティングの仕事をしている。モノから入り、コトへとつなげる提案が得意。企画・開発担当者や技術担当者への取材も積極的に行い、メーカーの現場の声を聞くことを大切にしている。 テレビ・ラジオ、イベント出演も多数。