ダイソンのシンガポール/マレーシア工場に行ってきた! その3

~サイクロン掃除機とダイソンのルートサイクロンは似て非なるもの
by 藤山 哲人
ダイソンの掃除機には「ルートサイクロンテクノロジー」(指を指している小さな三角錐の集合)が搭載されていて、最高15万Gの遠心力を与えることで、ダニやカビ、アレルゲンなどを吸い込んだ空気から完全に分離する

  ダイソンのマレーシア/シンガポール工場のレポートをお伝えしている。第3回目の今日は、掃除機の心臓部となっているダイソンの「ルートサイクロンテクノロジー」についてを、エンジニアの話を交えながら紹介していこう。

 ダイソンのモノづくりに対する考え方を紹介した第1回は→こちら
 品質を高めるための各種テストを紹介した第2回は→こちら

 今回紹介するルートサイクロンは、「吸引力の変わらない掃除機」を支えているダイソン独自の技術だ。「サイクロン=ダイソン」というイメージが根強いため、一部では「サイクロン式掃除機=吸引力が変わらない」という誤解を招いている。結論から言えば、これは大きな間違いだ。

 日本メーカーの一般的なサイクロン式掃除機は、サイクロン+フィルターでゴミを濾し取っているので、フィルターが目詰まりすると吸引力が落ちてしまう。一方、ダイソンのルートサイクロンは、フィルターを持っていないので目詰まりすることがないのだ(実際にはフィルターが内蔵されているが、ゴミを濾し取る用途ではない)。もちろん、違いはそれだけではない。ダイソンのルートサイクロンは特許技術が詰まったすごいシステムなのだ。

ゴミを濾し取るしくみは脱水機でおなじみの遠心力

自然界で起こる竜巻は地上の木々を飲み込んでしまうが、吸い込んだまま宇宙に放出されるわけではなく、やがて地上に落ちてくる。木をゴミと置き換えたのが、サイクロン式掃除機の基礎技術だ

 サイクロン式掃除機の基礎技術は、竜巻(サイクロン)のように猛烈に回る空気の流れを作って、ゴミと空気を分離させるところにある。

 しかし、なぜ猛烈な風の勢いに巻きこまれることで、空気とゴミを分離できるのだろうか。わかりやすく説明するために、まずジェットコースターに乗ったときのことを思い出して欲しい。ループや急カーブを抜けるとき、体が押しつぶされたように重くなったり、誰かに引っ張られているわけでもないのに体がカーブの外側に引っ張られるアノ感覚。

 これは体に遠心力がかかっているためだ。遠心力とは、円を描くように動くと体重の何倍もの力がかかるという物理の原理で、大きさはGで表される。1Gは地球が地上にあるものを引っ張る力のことで、地球にいる人や物に等しくかかっている。

 ジェットコースターの中でも絶叫系と呼ばれるものは、カーブなどで最大4~6Gがかかる。もし体重が60kgの人に6Gかかると、それは360kgの力で押されたり引っ張られたりで揉みくちゃにされるということだ。

ものが円を描くように動くと、円の外側に向けて遠心力がかかる。単位はGで表され、地球の引力と同様に考えることができる洗濯機の脱水では、竜巻ではなく洗濯槽と洗濯物が回転することで遠心力が生まれ、洗濯物をカラカラに脱水できる

 もう1つ分かりやすい例が洗濯機の脱水工程だ。洗濯槽の回転によって1kgの洗濯物に100Gの遠心力がかかると、100kgの力で洗濯物を押さえつけて脱水しているということになる。また絞った水自身にも重さがあるので、洗濯槽から水滴が弾き飛ばされ洗濯物がカラカラになるというわけだ。ダイソンのルートサイクロンは、最高15万Gの遠心力でゴミと空気を分離するという。

筆者が作ったサイクロンのモデル。1Lのペットボトルの上部に洗濯機のホースを取り付け、一方は底に取り付け空気を抜く。もう一方は横に取り付けゴミに見立てた発泡スチロールを吸わせている。ゴミはボトルの下で高速に回転しているが、空気は上部から抜けているのが分かるだろう。最後にキャップを外すと中のゴミが捨てられるというわけ

 と、その理屈がわかったところで、自分でサイクロンの模型を作ってみた。せっかくサイクロンのプロフェッショナル集団であるダイソンのデザインエンジニアに会えるのだから、その原理を詳しく聞きたいと思い作ったのだ。

 しかし筆者が作った模型では、ゴミと空気を分離できる割合は7割ほどにとどまった。ダイソンのように100%分離するためにはどうしたらいいのか。

「会長のジェームス・ダイソンもこのような模型から製品作りを始めたんですよ」(ダイソン デザインエンジニアのDamian Lee氏)

 と非常に興味深そうにしていた。そして、完全分離できない理由については

 「サイクロンが最適化されていないからですよ。私たちはコーン(三角錐)の直径や長さ、空気の流量などを数学的や物理的に最適化して掃除機に内蔵しているのです。でも原理は合っていますよ」(Damian Lee氏)

 当たり前のことだが、ダイソンのルートサイクロン完成までには何千、何百という緻密な計算がなされているのだ。

「この模型だとどうして100%ゴミを取り除けないのか?」という質問に対して、「逆三角錐の形状や風量が最適化されていないから」と丁寧に教えてくれたダイソンのデザインエンジニアのDamian Lee氏DC35内部にあるコーンは、このような形をしている。ルートサイクロンは、小さいコーンをいくつか内蔵することで、大量の空気からゴミを分離できるようになっているのだという

1gのゴミに150kgの遠心力をかけてキャッチするルートサイクロン方式

 冒頭で、一般的なサイクロン式掃除機とダイソンの違いはフィルターの有無にあると言ったが、実際自分で模型を作ってみると、遠心分離だけではとりきれないゴミが残った。

「一般的なサイクロン式掃除機では、すべてのゴミを空気から分離できないのです。そこで取りきれなかったゴミはフィルターで濾し取ってます。しかしフィルターには、時間とともにゴミが溜まってしまい、これが空気流れを阻害して吸引力が低下する原因となるのです。紙パック式の掃除機も、紙パックにゴミが溜まるにつれ吸引力が落ちます」(Damian Lee氏)

 では、なぜダイソンの掃除機は吸引力が落ちないのだろう。

「ダイソンの掃除機には、吸引力を阻害するフィルターはありません。なぜなら私たちのルートサイクロンテクノロジーは、3段階の分離段階を設け、最終段階で8万G~15万Gの遠心力をかけているのです。カビやバクテリアといった微細なゴミでもそれ自体に重さがあります。しかし空気には(前者に比べて)重さがないので、15万Gをかけることで空気と微細なゴミを完全に分離できるのです」

一般的なサイクロン式の掃除機では、サイクロンで取りきれなかったゴミは、フィルターで濾し取るようになっている掃除をしていると、やがてフィルターにはスライドのようなゴミが溜まってしまい吸引力の低下を招くというダイソンのサイクロンは、3つのサイクロンを使い分け、大きさごとにゴミを分離していく。写真は最終段階のルートサイクロンで、コーンの上部では8万G、下部では15万Gをかけてゴミを分離しているという

 15万Gといわれると、想像のつかない世界だが、これはつまり1gのゴミに150kgの遠心力をかけているということ。さらにダイソンではゴミ分離工程を3つに分けることで、よりゴミが詰まりにくい構造としている。

 ダイソンの掃除機というと、透明なダストボックスの中をゴミと空気がぐるぐると回っているのが印象的だが、それは第1段階のサイクロンで500Gをかけて大きなゴミを取り除いているに過ぎない。

 ここまでは一般的なサイクロン式掃除機と変わらないが、ダイソンの場合はこれ以降が決定的に違う。第2段階では、メッシュ状のシュラウド(カバー)を抜け内側にあるサイクロンで、第1段階では取りきれなかった小さなゴミに、さらに高い遠心力をかけ分離する。

 最終の第3段階は、小さなコーンを多数束ねたルートサイクロンで、直径が大きな上部では8万G、小さな下部で15万Gといういう脅威的な遠心力をかける。そのためフィルター不要で吸引力が落ちることなく、かつフィルターなしでも一般的な掃除機よりもクリーンな排気を実現しているのだ。

ダイソンの掃除機でゴミがクルクル回って見えるのは、第1段階のサイクロン。実はその中央に見えない第2の強力なサイクロンが隠されている第3段階のルートサイクロンは、小さいコーンをいくつか組み合わせ、空気の流れを阻害せずに8万~15万Gの遠心力を与え微細なバクテリアまで分離する。これがフィルターを不要にしている要で、他社がマネできないところなのだ円状のゴムパッキンは、第1段階のサイクロンと第2~第3段階のサイクロンを遮蔽するためのもの。そのため集じんビンの外周には大きなゴミが、中央部には微細な粉末状のゴミが集まるようになっている

 ダイソンと、そのほかのサイクロン式掃除機の間には大きな性能差があることがおわかりいただけただろう。

ダイソンが独自に設計・開発・製造を行なう「ダイソンデジタルモーターV2」

 次回は、掃除機の要とも言えるモーターについてを紹介しよう。充電式スティッククリーナーというダイソンとしては新しいスタイルで注目されている「DC35」に搭載されている「ダイソンデジタルモーターV2」。これは同社が12年かけて開発・製品化にこぎつけたモーターで、その性能やサイズは他のモーターを圧倒する。

 シンガポールにあるモーター製造工場に伺ったので、その時の様子をお伝えする。

 



2011年5月18日 00:00