ダイソンのシンガポール/マレーシア工場に行ってきた! その1
「吸引力の変わらない掃除機」というキャッチフレーズでおなじみダイソン。
これまでも家電Watchでは、さまざまなレビュアーが色々なダイソン製品を紹介してきたが、開発スタッフが声を大にして伝えたいことや設計思想までは伝えきれていなかった。
というわけで今回から数回に渡り、ダイソンのシンガポール/マレーシア工場に行った時の様子をレポートしよう。
今回訪れたダイソン マレーシアには、約400名のデザインエンジニアが常駐し、本社のNPI元に製品全体のディテールや部品、製造方法やコスト、素材といった詳細な部分まで落とし込み、量産モデルのデザイン・開発を進めていく。
通常の企業では、このような部門を「R&D」(Research And Development;研究開発)と呼んでいるが、ダイソンの場合はこれにデザインの要素も加わるので「RDD」(Research Design Development;研究・デザイン開発)と呼んでいる。つまりダイソン マレーシアは、ダイソンのRDD部門ということだ。
一方、ダイソン シンガポールでは、2月14日に発売されたばかりのスティック型コードレスクリーナー「Dyson Digital slim DC35 multi floor(ダイソンデジタルスリム DC35 マルチフロア)」(以下、DC35)の心臓部であるパワフルな小型モーターを生産している。
今回は、まずダイソンマレーシアに常駐する同社のデザインエンジニアに聞いた、ダイソンの製品作りの哲学を紹介する。
ダイソン マレーシア工場。シンガポール(とはいえ、国土の面積は東京23区を合わせた程度)から車で1時間ほど走りマレーシアとの国境を越えたところにあるマレーシア工場 | シンガポールにあるモーターの製造ライン。デザインエンジニアの話によれば、ここで製造しているダイソンデジタルモーターV2は、一般的なモーターより10年は進んでいるという |
■デザインエンジアリングという考え方
ダイソンのデザインエンジニアに詳しく話を聞いてきた。左からシニアデザインエンジニアのDamian Lee氏、Lim Chin Yap氏、筆者 |
今回お話を伺ったのは、ダイソンの「デザインエンジニア」。デザインエンジニアという聞き慣れない肩書きは、一体どんな職種なのだろうか?
日本をはじめ多くの国の企業は、デザイン部門とエンジニア(開発)部門が分かれている。それだけに、同じ会議の席に着くと意見の衝突も日常茶飯事だ。開発サイドはより性能を高くするために大型のモーターなどを使うことを提案するが、デザインサイドは小型で機能的な提案をする。そこには双方が納得できる、いわゆる「落としどころ」が必ず存在するのだ。
しかしダイソンは違う。開発チームの一人ひとりが、デザイナーでもありエンジニアでもある。つまりデザイナーの立場の自分からはモーターの大きさや性能を考慮してスケッチを描き、エンジニアの立場からはよりハイスペックな製品を目指す。一人のデザインエンジニアは、デザインと開発という両輪を同時に進めて開発を行なっていくのだ。
大きな車輪の左側には円筒形のモーターを、右側には円筒形のコードリールを納めている。いずれも重い部品なので低く車軸の中心に乗るようにして安定性を高めているのだ |
たとえば、ダイソンのキャニスター(床置き)式掃除機は、大きな車輪が特長だが、それは単なるデザインではない。車輪と同じ大きさの丸いモーターをそこに収めるためであり、車軸の上、そしてできるだけ低い位置にモーターを置くことで、本体を安定させるためなのだ。さらに電源コードのコードリール(巻き取り機構)も円筒系をしているので、モーターと並べて配置するのが合理的で小型化できる。
このようにダイソン製品がダイソンらしいのは、すべてのデザインはエンジニアリングの要素を踏まえているため、機能美として見えているからに他ならないだろう。デザインとエンジニアは表裏一体。それがダイソンの考え方の根本にある。
■日本向けの掃除機DC26ができるまで
シニアデザインエンジニアのDamian Lee氏。ノーネクタイのみならず作業着も着ておらず、自由な社内の雰囲気が見て取れる |
ダイソンの掃除機について「外資系のメーカーなので日本の家庭には向かないのでは」という疑問を聞くことがある。それに答えてくれたのが、ダイソンのデザインエンジニアのDamian Lee氏だ。
「私たちは日本の住宅事情を踏まえて日本専用モデルを出しています。それがDC26です。以前のモデルでは、日本からのお客様から『他の掃除機に比べると大きい』という声があることを聞きました。そこで私は東京に滞在し、どのように掃除機が使われているか? どのような声があるか? 日本の住宅事情は? などを徹底的に調査しました。その結果、ひとつの方向性が決まりました。それが『A4サイズの紙の上に乗る小型機を開発する』というプロジェクトでした」
ダイソンは、イギリスに本社を置くが、ワールドワイドで同じ製品を世界49カ国に提供しているわけではなく、「日本」に向けた専用機をわざわざ開発しているのだ。また連載の後半で詳しく紹介するが、ダイソンが独自に行なっているテスト項目は220もあり、小型化しても以前と変わらない性能、もしくはそれ以上の性能を確認できなければ製品として成立しない。そのためにどれだけの時間と労力、そして開発費がかかるかは、言うまでもないだろう。
実際、ダイソンでは優れた新しい製品を生み出すためには、研究デザイン開発費を惜しまないという。
テスト項目の1つとなっている、フローリングの隙間に溜まったゴミ集じん率チェック。日本製の掃除機と性能比較を行なっている。いかにダイソンが日本を意識しているのがよく分かる | 中央の溝にテスト用のゴミを埋め込み、テスト前後の重さを測ることで集じん力を数値化している |
■数々のモックアップを作ってトライ&エラー
DC26の開発は「A4サイズの紙の上に乗る」という課題から始まった。これを受けて約1,700名のデザインエンジニアが働くイギリスの本社では、コンセプトや基本設計を行なう。ただ部品の詳細までCADで作りこむという設計・開発ではなく、製品の青写真を描く程度だという。これをダイソンでは、NPI(New Product Innovation;新しい製品の開発)と呼んでいる。
「一般的な開発過程では、コンピュータで設計するCADが中心ですが、我々はアイディアをいち早く形にするため、『ダンボールモデリング』やSLSなどの『Rapid Prototypin』(ラピッド プロトタイピング;すばやく試作機を作る手法)を多用しています。デザイン画を形にしてから、検討やテストすることで、製品がイメージしやすく、人間工学的な使いやすさまでチェックできます。」
ラピッド プロトタイピングは、特殊な樹脂とSLS(Selected Laser Sintering)というシステムを使って作る樹脂製のモデルのこと。
SLSとは、簡単に言ってしまうと3Dプリンタの1種だ。レーザーを当てると固まるパウダー状の樹脂を使い、台の上に薄く樹脂を広げてはCADのデータに 基づいた形にレーザーを照射し、再びその上に薄く樹脂を広げてレーザーの照射を繰り返すというもの。レーザーを照射しなかった部分の樹脂は、固まらずパウ ダー状のままなので、遺跡発掘のようにハケでパウダーを落としていくと、図面通りの形の樹脂ができるというものだ。ダイソンでは図面ではなく、手に取れる模型を用いて開発を進めていくという。
「プロジェクトの立ち上げ当初は、1~2名のプロジェクトチームですが、さまざまなモデルを作る2ndステージになると、チームは15人ほどの体制になり、モデルを使ったトライ&エラーを繰り返し、デザインやコンセプトをまとめるのです。そして最終的なデザインが決まると、今度はマレーシアのRDD部門に引き継ぎ、3rdステージの開発となります」(Damian Lee氏)
その後、RDD部門のマレーシアで行われる3rdステージの開発では、量産のための最終デザインを詰めていく。
「3rdステージでは、特殊な樹脂とSLS(Selected Laser Sintering)というシステムを使って樹脂製のモデルをいくつも作り、アイディアを形にしてきます。最初に80個ほどの試作機を作り、テストを重ねることでさらにブラッシュアップしていくのです。このときのチームはおよそ30名です。最終的には試作機は100個ほどになり、その最終版が量産型の最終デザインとなるわけです」
こちらは先日発売されたばかりのDC35のラピッドプロトタイプ。手前のモデルは、元々白い樹脂製のものだが、ペイントしてパーツを見やすくしている | 左がDC26のラピッドプロトタイプに色を塗ったもので、右が製品。左のプロトタイプはかなり最終段階に近いが、ボディーは大きく2分割されている。しかし製品では組立工程の削減や機密性を高めるために一体型のボディーに変更された |
DC35を担当したデザインエンジニアのLim Chin Yap(リム チン ヤップ)氏。ネジは1本も使われていないが、アルミパイプの中にしっかりプラスチックがはめ込まれている。ちょっとした知恵の輪だ |
DC35の開発を担当したLim Chin Yap(リム チン ヤップ)氏は、製造工程のこんな面白いエピソードを披露してくれた。
「DC35のホースはアルミ製です。でもテストの結果、アルミでは柔らかく衝撃で曲がってしまうことが分かりました。もっとアルミを厚くすれば強度を出せますが、それはコストがかかりすぎる。“それじゃアルミの内部をプラスチックで強化(ハイブリッド化)すればいいじゃないか”という結論に至ったのですが、今度は製造工程が難しいんです。
パイプと同じ長さのプラスチックを内部に入れるのは難しいので、プラスチックをまず半分に切りました。でも今度はパイプの中でプラスチック同士を接着しなければならないのですが、内部なので接着も難しい。結局どうしたかというと、プラスチックのパイプを回転させ摩擦熱で樹脂を溶かし接着したのです」
このようにシンガポールのデザインエンジニアは、製造工程にまで踏み込んだ設計も行なう。そして隣接する製造ラインでは、世界49カ国に向けた製品のアッセンブリ(組み立て)もしているのだ。
こうして掃除機本体からモーターに至るまで自社でデザインエンジニアリングし、数々のテストを行い、各国の住宅事情にマッチした製品を送り出しているのだ。
■最先端の技術にも目を光らせる
DC26は小型であるだけではない。炭素繊維(炭素(炭)をヒモ状にした新素材)を使ったクリーナーヘッドを新たに採用している。
炭素繊維とは「糸のように自由に曲げることができるが、強く引っ張っても切れない。しかも板状にすると金属より軽く強度が高い」という特性から、流線型をしたF1の一体型ボディーや最新式の旅客機の骨組みや外装に使われるハイテク素材だ。これをヘッドブラシに採用することで、粒子のゴミも確実にキャッチし、雑巾がけが必要ないほどキレイに仕上げるという。
DC26の最新機種に用意されている“カーボンファイバーヘッド”。黒いブラシが炭素繊維、モーターで高速に回転する | 赤いブラシは一般的な掃除機にも見られる樹脂性のブラシ。黒い炭素繊維の方がずっと細かい |
「ヘッドの構造は以前から意欲的に取り組んできたトピックの1つです。“レーザーを使う”“超音波を使ってゴミを掻き出そう”なんていう突拍子もないアイディアもありましたよ。それでも、私たちは1つ1つの可能性を排除することなく、すぐ形にしてテストを重ねていきます」
「カーボンファイバーヘッドもこのようなアイディアの中の1つでした。カーボンファイバーは電気を通すから、高速で回転するヘッドと床の間で発生する静電気を抑えられるのではないか? というので、すぐにテストを始めました。私たちの社内には物理や科学のエキスパートがいて、常に大学の研究をはじめとした先端技術に注目しています。生まれたばかりの先端技術が製品に使えないか、常に目を光らせているのです」
強く軽い素材として広く認識されているカーボンファイバーを、「掃除機のヘッドに使えないか?」という発想にも驚かされるが、クリーナーヘッドのしくみひとつを取ってもさまざまなアイディアを製品化していくダイソンの先見性とチャレンジ精神が垣間見られる。
■ダイソン製品がダイソンらしい理由
ダイソンのデザインエンジニアの話は、実に面白い。それは彼らがエンジニアとして賢いというだけでなく、どんなに小さなアイディアであってもそれに耳を傾け、製品に応用できないか、というハングリー精神を持っているからだ。
エンジニアらしくその説明は理路整然としている反面、機能を最大限に発揮するデザイナーとしての茶目っ気も持ち合わせているので、インタビュー中も笑いが絶えない。そしてデザインエンジニア全員が「自分は最高の製品を作っている」という自信に満ちているように感じた。
広大なフロアでは、各種の耐久テストや性能テストが行われている。ブツけたり叩いたりといったテストがあり電車のガード下以上の騒音のため、入り口には「バイオハザード」ならぬ「サウンドハザード」警告がされているほどだ |
連載第2回は、ダイソン独自の220工程にもおよぶテストの中から、耐久テストの現場をレポートする予定。ダイソンは「吸引力の変わらない、ただひとつの掃除機」というキャッチフレーズを掲げているが、筆者は驚くべき耐久テストの現場を見て「世界一屈強な掃除機」と肌身で感じた。
2011年4月21日 00:00