ダイソンのシンガポール/マレーシア工場に行ってきた! その2

~マレーシア工場で見た驚きの耐久&性能テスト
by 藤山 哲人
ダイソン マレーシア工場内にある耐久テストセンター。写真の右奥にも各種のテスト機器が広がっている

 ダイソンのマレーシア/シンガポール工場のレポートをお伝えするこの連載。第1回目はダイソンのものづくりについて、同社のデザインエンジニアにお話を伺った。どんな小さいアイディアも見逃さず、まずは試してみるという同社の姿勢は、ユニークな発想が光る製品を見れば良く分かる。

 2回目となる今回は、製品化されるまでのテスト段階を紹介しよう。開発プロセスでは、100以上のプロトタイプを作って、何度も試行錯誤を繰り返すというが、製品化するまでにはまだまだ工程がある。ダイソンでは、220ものテスト工程を設け、製品の性能や耐久性をチェックしているのだ。

[1回目は→こちらから]

ハンディクリーナーこそ頑丈であるべき

 前回、デザインエンジニアにインタビューした際、スティック型コードレスクリーナー「Dyson Digital slim DC35 multi floor(ダイソンデジタルスリム DC35 マルチフロア)」(以下、DC35)の開発を担当したデザインエンジニアが、DC35のパイプ部分について、

「アルミのパイプだけでは強度が足りないのです。そこでプラスチックの樹脂で二重構造にしました」

 と語っていた。氏が「アルミだけでは強度不足」と判断した基準は、ダイソンが独自に行なっている耐久テストにある。この耐久テストは、本体を落としたり、ぶつけたりというような、様々な状況を想定して行なわれている。

 これらの耐久テストを行なっているのが、今回紹介するダイソン マレーシアにあるテストセンターだ。現場で、まず手渡されたのが耳栓だった。

 「掃除機を落としたり、叩いたりと激しいテストをしているので、騒音が大きく耳に影響するかもしれない」というのだ。そしてテストセンターのいたるところに「SOUND HAZARD」や「防音保護具の装着」と大きく書かれた注意書きがされている。

防音保護具の装着を促す看板。作業員は、ヘッドホン型のゴツイ保護具をつけて作業している現地の作業員も防音保護具を身につけている


そこまでやるの!? 驚きの耐久テスト

 テストセンターでまず案内されたのは、掃除機のハンドルを固定し、絨毯の上を何度も往復させる「プッシュ・プル(押し引き)テスト」だ。このテストではヘッドの強度を調べるという。テスト時間は600時間で、昼夜休むことなく行なわれる。つまり25日間に渡ってこのテストが連続して行なわれていることになるのだ。

ハンドルを固定し、絨毯の上を何度も往復させるプッシュ・プルテスト。DC26やDC35、DC24をテストしている最中だ

 テストセンターではこれ以外にも、ヘッドを壁に何万回もぶつけていたり、ホースを何万回も曲げていたり、様々な部分の耐久テストが行われている。

こちらはヘッドを壁にぶつけた時の衝撃に耐えられるかをテストしているホースの疲労テスト。手元までつながるホースとヘッドの間にある、ジャバラ状の自由に曲がるホースを「く」の字に曲げるストレスをかけている。そのテスト回数は97万回以上だという
各テスト工程には、写真のような看板が掲げられ、目標値などが示されている
ヘッドを引っ張った際、角にヘッドが引っかかってしまった場合を想定したテスト。ヘッドが飛び跳ねるほど、強引に引っ張っている
およそ1mの高さからヘッドを床に叩きつけるというテスト。ヘッドをつけた状態で叩きつけるので、ドッタン、バッタンと物凄い音で、電車のガード下以上の騒音。エンジニアが「アルミだけでは不十分」と言っていたのもうなずける

 テストセンターでは、上のような外的な衝撃テストだけでなく、高温や低温下でのテストや、製品の段ボール箱を積み上げて振動を与えるというものまで様々な状況下でのテストが行なわれている。


吸込仕事率では語れない性能を

 次に案内されたのは、掃除機としての性能を測るテストだ。日本ではその性能を示す1つの指標として、吸込仕事率というものがある。単位はW(ワット)で表され、掃除機の吸い込む力がどれだけ強いかを示している。しかしこの数値、ヘッドを外した状態で測定しているのをご存知だろうか?

 つまり日常で掃除している状態とはかなり違う条件になっているばかりでなく、ヘッドに設けられたゴミを吸い出す機構がまったく反映されていない。これでは掃除機というよりも、真空ポンプとしての性能を量っているに過ぎないのだ。

 一方ヨーロッパでは、International Electrotechnical Commission(IEC;国際電気標準会議)で定めたテスト結果が標準的な指標となっている。IECはヨーロッパの独自機関ではなく、ISO(国際標準化機構)との共同研究も行なっている国際的な標準化機関だ。そこで標準化している規格は幅広く、発電所や鉄道といった大規模なシステムから、家庭用の掃除機や洗濯機、電子レンジなどといった小物まで扱っている。IECで定めている家電のテスト方法は、家庭での使われ方に近い状態で行なわれるので、最近は国産の家電メーカーもIECのテスト結果を併記するようになっている。

 IECの掃除機のテスト内容については、IEC 60312「Vacuum cleaners for household use Methods of measuring the performance」という仕様書に定められており、内容の一部を挙げると次のようなものとなっている。(リンクはPDFファイル)

・硬く水平な床の掃除
・固い床の溝に入ったゴミの掃除
・カーペットの掃除
・壁に沿ったゴミ除去能力

 仕様書には、これらのテスト方法(準備や環境からヘッドの移動距離や回数に至るまで)や評価方法(どのようにして数値化するか?)が詳細に指定されているだけでなく、テストに使うサンプルのゴミやカーペットの仕様までもが指定されている。

 ダイソンがテストセンターで行なっている性能テストも、IEC 60312に準拠しているが、日本の住宅事情を踏まえて畳の掃除テストも加えている。

テストセンターに用意された様々な材質の床中には畳も用意されていた絨毯だけでも毛足の長いものから短いもの、フェルトのようなものまで色々な種類が用意されている

 今回見せてもらったのは、IECで定義されている「固い床の溝に入ったゴミの掃除」だ。まずIECで既定されている試験ゴミを溝の間にピッタリと入れ、板ごと重さを測定する。つぎに掃除機のヘッドを2回ストロークさせたあとに、板を含めた重さを測定。この差から、吸い込んだゴミの量を判断するというわけだ。

 テスト結果は、ゴミ集じん率105%以上。溝の中のゴミを100%完全に吸い取っただけでなく、溝の横のゴミも吸い込んでいるため、100%以上という結果が出ているという。

ヘッドを移動する速度を一定にするため、ロボットを使い既定回数のテストをする。今回は日本の掃除機で性能の差をチェックした。奥が国産、手前がダイソン溝にサンプルゴミを詰めて、吸込んだ量をチェックする掃除機をかける前後で重さを量り、吸い込んだゴミの量を算出する

 次に紹介するのは、三角形の特殊な装置を使った排気のテストだ。空気中のゴミを測定するため密閉された三角形の装置の中で、掃除機の排気をチェック、空気の質を調べるという。テストは、密閉された部屋の中で、さらに密閉された装置の中で行なう。

排気のきれいさを測定する装置。装置内にDC26の頭が僅かに見える。テストは、台形のフタを密閉した状態で行なうという日本の掃除機との比較テストもしていた。日本ほど、たくさんの新型機がリリースされる国はなく、その技術動向にも注目しているという
空気中の微粒子を部屋に拡散しないように、エアコンの吹き出し口は床に設けられている一方、天井にはエアクリーナーが設置され空気中の微粒子を除去するようになっている

エンジニアによる、排気テストを行なう三角形の装置の解説
DC26カーボンファイバーヘッドのテスト結果を見せてもらうと、右下にあるように99.9999536%とある。2,514Lのゴミを吸い込んでも、排気ではその99.99999%が取り除かれていることが示されている

 排気テストには時間がかかるので、前日に行なったテスト結果を見せてもった。DC26カーボンファイバーヘッドのテスト結果は、99.9999536%。2,514Lのゴミを吸い込んでも、排気ではその99.99999%が取り除かれていることが示されている。

 一方、比較対象として見せてもらったある日本の高級紙パック掃除機は、99.976%という結果に終わっていた。最近の紙パック掃除機では、高性能フィルターを採用したりして、微粒子までキャッチすると謳っているものもあるが、まだ課題は残るようだ。


「吸引力」だけではないダイソンの掃除機

テストセンターには、黒いビニールをかけられた製品が所々に見られた。これらはやがて私たちが手に取ることになる新製品だ

 ダイソンのテストセンターでは、様々な観点や状況を想定し、220ものテストを日々重ねている。これらのテストは発売済みの製品も対象としており、日々、更に優れた製品を生み出すために努力を続けている。ダイソンというと、「吸引力」ばかりがクローズアップされがちだが、実際には耐久性や排気対策にも力を入れているということが分かってもらえただろう。

 特筆すべきは、これらのテスト基準がかなり高く設定されていること。集じん率や排気のゴミ除去率など厳しい数値をクリアしなければならない。また、センターには畳や日本製の掃除機が多く見られた。ダイソンにとって、日本市場が重要なマーケットであるということの証だろう。

 第3回目では、「吸引力の落ちない掃除機」を実現したダイソン独自のルートサイクロンテクノロジーについて、エンジニアのインタビューを通してお伝えする。



2011年5月9日 00:00