【特別企画】

北欧の家電メーカー「エレクトロラックス」の魅力を徹底取材 その1

~100年前に発売された家庭用掃除機「LUX1」とは?
by 川端 由美

掃除機発売100周年を迎えた北欧の家電メーカー

100年前の1912年にエレクトロラックスが開発した「LUX1」(左)と、日本向けに開発した最新モデル「エルゴスリー」

 2012年、掃除機の発売から100周年を迎えた北欧の家電メーカー、エレクトロラックス社。人間を中心に考えられた使い勝手の良さと北欧らしいシンプルなデザインで、日本市場においても急激な成長を遂げている。今回、スウェーデンの首都ストックホルムにある本社とハンガリー工場を訪れて、その魅力を徹底取材した。4回に渡る連載の1回目は、掃除機の100周年を記念したイベントをリポートする。

 日本人の感覚からすれば、「掃除機の生産開始から100周年を迎える」という事実には驚くしかない。日本では1931年に国産一号が生まれ、戦後になってようやく家庭用として広がり始め、本格的に普及したのは1960年代である。

 一方、世界市場に目を向けてみると、掃除機の発明自体は1800年代後半に遡るが、電化されたのは1900年代前半である。そして、家庭用として普及する礎を築いたのがスウェーデンのエレクトロラックス社だ。

エレクトロラックスの創立者である、スウェーデン人のビジネスマン、アクセル・ヴェナー・グレンの彫像。ウィーンのショーウインドーで見た掃除機を見て、軽くて手頃な価格の掃除機を開発することを思い立った

 1908年、創始者のアクセル・ヴェナー・グレンがオーストリアの首都・ウィーンで電気掃除機を初めてみたときには”大きく不恰好な機械”という表現をするしかない代物だった。価格も73ドルと、当時としては破格に高かった。1912年に沈没したタイタニック号の乗船運賃が3等で約300ドル、1908年に発売されたフォードT型がアメリカ人の年収とほぼ同等の600ドルだった時代のことである。

 ビジネスマンだったグレン氏がスウェーデンに帰国したあと、当時、ガス灯やランプを製造していたAB LUX社にこの話を持ち込んで、家庭用電気掃除機の第一号機「LUX1」を開発した。ウィーンのショーウインドーで見たアメリカ製掃除機は40kg、73ドルだったが、「LUX1」は14kgと軽く、価格も300スウェーデン・クローネ(当時で約44ドル)と、手が届きそうな価格帯に設定。エレクトロラックスのスウェーデン本社には今でも動く状態で保存されているLUX1があるが、100年前のものとは思えないほどコンパクトでスリムなデザインには感心するばかりだ。

エレクトロラックスの歴史に大きなページを切り拓いた「LUX1」。100年前の掃除機だが、今でも立派にごみを吸い込む。本社にて、動態保存されているLUX1に内蔵されるごみフィルターは、布製だった。バキュームで吸い込んだごみと空気を、ここでわける役割を果たす

 LUX1の成功は秘訣は、性能と価格だけではない。グレン氏は生粋の営業マン。家々を巡って実演販売をして、分割払いの仕組みまで用意した。実際に使う主婦の言葉に耳を傾けた結果、彼女たちの心を鷲づかみにしたのである。

1920年代にはグローバル企業として、世界各国で製品を展開していた。国ごとに異なるライフスタイルを象徴したポスターで広告展開をはかっていた1960年代当時の幸せな家庭を想定して作られた「Luxomatic」のコマーシャル写真。世界的な経済成長によって、この時期、家庭用掃除機が爆発的に普及した

 その姿勢は創業当時からこんにちまで貫かれており、例えば、1921年に発表された「モデルV」では、カーペットの上を滑りやすくするための金属レールと持ち運びに便利な持ち手や肩掛けが付くといった顧客のニーズに耳を傾けたゆえの改良が施されている。

1930年代、エレクトロラックスの主力掃除機だった「Z30」。ホースを分割できる機能やコードの巻き取り機能など新しい技術を持つVolta社を買収し、デザインと機能を兼ね備えた掃除機へ進化。家庭用掃除機のマーケットシェア拡大へとつながった。スティックタイプの掃除機の歴史も古い。写真は、1930年代頃の製品。世界初の可動式掃除機、「モデルV」。そりのようなレールつけてカーペットの上を滑りやすくし、持ち運びに便利な肩掛け紐をつけた。「大型で縦置き型、持ち運びが困難」という従来の概念を打ち砕き、スウェーデン国内の家政婦たちが失業を懸念してデモを起こしたほど。写真のように、アタッチメントが充実していた。

 時を重ねて、30年代には工業デザイナーに依頼して、当時流行した流線型のボディを持つ掃除機を発売する。”口紅から機関車まで”と謳われた世界的に有名な工業デザイナーのレイモンド・ローウィも、エレクトロラックスの掃除機のデザインを手がけている。この時代すでに、ホースの分割やコードの巻取り機能なども備えていた。

1963年、掃除機の製造から50年が経ったことを祝って作られたポスター。最初の「LUX1」と比べて、1933年発売の「Electrolux Model 12」は格段に小型化している。1963年発売のモデルでは、1921年発売の「モデルV」で提案されたカーペット状を滑るレールがより洗練された形で採用されている

 その後、1960年代にコード巻取り、自己密閉ダストバック、ダスト・インジケーターなどの機能を搭載した「ルクソマティックZ90」を発売。その10年後に発売された「Z320」に車輪がついて、現在の掃除機の原型がほぼ完成した。

第二次世界大戦中の混乱期、従業員の仕事を守るべく、キッチン用家電や洗濯機など新分野の開拓に挑戦した。写真は、1940年に発売したスタンドミキサー「アシステント」。パン生地を練ったり、じゃがいもの皮をむくなどのマルチ機能を搭載した。機能性とベーシックなデザインの評価は高く、70年以上経った現在もほぼ同じデザインのまま販売されている工業デザイン界の巨匠、レイモンド・ローウィがデザインした冷蔵庫
1960年代に一世を風靡した紙パックフィルター式掃除機、「Luxomatic」「Luxomatic」のフィルター。スウェーデン製である1960年代以降、ザヌージ、AEGなどの買収によって、家電業界の中でエレクトロラックスの地位を不動のものとした

掃除機の生産100周年イベントをハンガリー工場で開催

ハンガリー工場で行なわれた掃除機100周年記念式典。会場ではプロのモデルによるファッションショーが開催された

 これだけ長い時間を掃除機の発展に費やしたメーカーだけに、掃除機の生産100周年を記念するイベントを盛大に開催したのも理解できる。普段は整然と作業が行なわれている工場の一角に、特設の舞台が設けられ、暗転した舞台にスポットライトがあたり、ファッションショーが開催された。

 時代を感じさせるファッションを身につけたモデルが、その時代の掃除機を抱えて軽快な音楽にあわせて続々とランウェイを歩いてくる。掃除機メーカーらしくもあり、古くから時代を意識した工業デザインを取り入れてきた企業らしくもある。

ハンガリー工場で行なわれた100周年記念式典を彩ったファッションショー。その時代の服装を身にまとったモデルたちが、当時の掃除機を携えて、工場内に設えられたランウェイを歩いた
オリンピックをスポンサーした時代の映像が流れた後、スポーツ選手風のコスチュームを身につけたモデルが当時の掃除機を手に登場したヒット作の「Z30」は1960年代の製品
2001年に世界で初めて開発されたロボット掃除機「トリロバイト」2004年に発売されたスティック型掃除機「エルゴラピード」。ファッションもその時期のものを再現しているレインコートを身にまとったモデルが持っているのは、2011年に発売されたハンディクリーナー「rapido(ラピード)」

 イベントには、副社長のヘンリック・バーグストローム氏も駆けつけて、ハンガリー工場への期待を語ると共に投資の拡大を発表した。詳しくは本社と工場を解説する回に譲るが、多くの家電メーカーがアジアに生産拠点を移す中、エレクトロラックスがハンガリー工場に期待をかけるには理由がある。従業員の定着率が高く、若くやる気のある社員が多いので、ノウハウの蓄積がしやすい。スウェーデンにいる開発陣との距離も近く、開発に関する情報共有もしやすい。

 舞台の上に「100」の文字を象ったロウソクを立てたケーキが運ばれてきて、ヘンリック氏とハンガリー工場のトップが並んで勢いよくその火を吹き消した。このときばかりは休憩時間以外に止めることのない生産ラインを一時的に停止して、全従業員が一斉に集まって拍手喝采していた。ハンガリー工場の活気と誇りがうかがえる瞬間だった。

ハンガリー工場の経営陣とバーグストローム氏の全員が揃って、100のろうそくに灯った炎を吹き消すシーン。副社長のヘンリック・バーグストローム氏(写真中央)もかけつけた100周年を祝って作られたケーキには、LUX1とエルゴスリーが仲良く並んでいた

 発明されたあとしばらくは実用性の低さや価格帯の高さでなかなか普及しなかった掃除機を、一家に一台必ずある家電へと育てたエレクトロラックスの功績は大きい。一般家庭のニーズに沿った価格帯と仕様で開発し、時代の変遷に沿って改良を加えて、デザイン性も高めるといった努力を積み重ねてきた成果が100年という歴史になったのだ。

 掃除機の製造に限っても100年の歴史を積み重ねた企業ゆえ、記念イベントでも掃除機の発展に寄与した誇りが感じられると同時に、時代に沿って新たな製品を送り出していこうという意気込みがうかがえた。第2回目は、エレクトロラックス社の役員に製品の背後にある企業哲学やデザイン・フィロソフィーを訊く。






2012年11月20日 00:00