特別企画
北欧の家電メーカー「エレクトロラックス」の魅力を徹底取材
北欧の家電メーカー「エレクトロラックス」の魅力を徹底取材 最終回
~100年間掃除機のトップメーカーであり続けた理由
(2012/12/12 00:00)
掃除機の製造から100年を数え、約150カ国で製品を展開する老舗家電メーカーであるエレクトロラックスの根底を支えるのがスウェーデン・ストックホルムにある本社とハンガリー・サトゥ・マーレにある工場である。連載の最終回となる4回目は、研究開発から生産までエレクトロラックスの掃除機を俯瞰してリポートする。
掃除機生産100周年を迎えたエレクトロラックスの歴史についてまとめた1回目は→コチラ
副社長、デザイナーにエレクトロラックスのモノ作りについて伺った2回目は→コチラ
日本向けに開発された紙パック掃除機「エルゴスリー」開発秘話の3回目は→コチラ
アジアではなくて、ハンガリー工場に投資を進める理由
ドナウ川を挟んでブダとペストの2つの街からなる世界でも有数の美しい首都、ブダペストからクルマで走ること約1時間半のところにエレクトロラックスのヨーロッパでの掃除機の生産を一手に引き受けるハンガリー工場がある。ブルーに塗られた工場の正門は時代を経た建物ではあるが、手を加えながらよく管理されている印象だ。
同工場は、1991年に旧東側向けの軍事工場だったLEHEL(レヘル)を買収し、エレクトロラックスの冷蔵庫を組み立て始めたのがスタートだった。現在、多くの家電メーカーがアジアに生産拠点を移す中、エレクトロラックスはハンガリー工場に対する投資を進めている。これには、質の高いエンジニアと労働力の存在がある。
フロアケアおよびスモール・アプライアンス部門のトップであるヘンリック・バーグストローム副社長によると、「アジアではノウハウの蓄積が難しいが、ここハンガリーでは地元に残る人が多く、企業へのロイヤリティも高い」という。事実、1990年代の後半から着々と外資系のメーカーが進出しており、アウディのような高級車メーカーも進出している。
エレクトロラックスのハンガリー工場では、2011年だけでも1,200万台の掃除機を生産し、59カ国に輸出している。工場のラインを見て、すぐに気づくのは人の多さだ。日本では多品種少量生産に対応するセル型が導入される傾向にあるが、ここではU字型ラインによる生産方式を採っている。各ラインに13~18人の作業者が並び、12のラインで年間200万機の掃除機を生産している。ユニークなのは、背中にProductor(生産者)、Quality(品質)といった役割を書いたTシャツを来ている点だ。そのほか、安全、コスト、デリバリーといった業務があり、それぞれの担当者が役割を明確にして責任を果たしている。
その中でも際立つのが日本向けに開発された紙パック掃除機「エルゴスリー」のラインだ。U字型になっており、他のラインより2倍ほど長い。全部で28の工程があり、品質管理の担当者がラインに常駐している。通常、ラインのスタート時を含め、全製品の5%程度を抜き取って検査しているが、エルゴスリーでは8~10%という高い割合で検査を実施している。
エルゴスリーの生産で独特なのは、ディスプレイが備わるボディパネル部分だ。高価な部品をボディパネルの裏側に装着したり、またパネルそのものにも高品質なパーツを採用する。従来の製品と比べて、取り扱いにも配慮が必要な高品質パーツを使っていたり、求められる品質も高いため、より厳重な品質管理体制を敷く。
社内の品質管理担当者が12人いるのに加えて、サプライヤー(部品供給メーカー)から運ばれてくる部品の品質を8人のエンジニアが管理している。現在、127のサプライヤーのうち、57社がハンガリー国内のサプライヤーである。地域のソリューションを活用すると共に、市場での課題を組んで常に新しいサプライヤーを模索している。コスト競争力の強化と同時に、品質の維持もサプライヤーを管理する大きな目的である。また、ライン上での抜き取り検査に加えて、完成品検査も行なわれている。
同工場では、掃除機のほかに冷蔵庫の生産も行なわれている。ユニークだったのは、工場内に直接鉄道が乗り入れて、製品の輸送を行なっているということ。これは、軍事工場だったときに残っている線路をそのまま使っているもので、ここから直接鉄道に製品を詰め込み、ヨーロッパ全土に輸送しているという。
工場に併設されたラボでは、耐久性の実証試験や品質管理に関する対策が日々行なわれている。残念ながら撮影は許されなかったが、次世代の掃除機がすでにここで試作されて耐久性をテストされていた。カルーセル(回転木馬)と呼ばれる試験装置はあちこちの出っ張りに掃除機を引っ掛けて耐久性を検査、150時間もの間、ガタゴトとあちこちにぶつかっても壊れないことを証明する。スイッチのON/OFF、じゃばらの伸縮、1万回のキャニスターの落下、ケーブルの巻取り、ヒートテストなど、様々な試験が行なわれている。生産に近いところに技術者がいて、問題を迅速に解決することで開発スピードを高めるだけでなく、顧客の信頼も同時に得ることができるという。
本体性能や音質はラボで細かくチェック
一方で、電気的な試験、静音や吸引性など基礎レベルの研究・開発はスウェーデン本社で行なっている。エレクトロラックスの本社があるのは、スウェーデンの首都、ストックホルムだ。バルト海に浮かぶ島々からなる水の都と謳われる美しい町である。
ちょうど、市の中心部にあるオペラ座の上に白いモダーンなパビリオン・レストラン「The Cube by Electrolux」を期間限定でオープンしていた。ヨーロッパでミシュラン・ガイドの星を獲得したシェフの約半数がエレクトロラックス社製のキッチンを使っていることをアピールするために、絶好のロケーションで、一流のシェフたちがエレクトロラックスの最新キッチンで腕を振るうという趣向だ。これまでに、ロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールの屋上、ミラノのドゥオモ広場を一望できる場所など、世界各国で開催している。
エレクトロラックスの本社は、市街地から地下鉄でもアクセスできる至便なエリアにある。本社機能に加えて、前回紹介したデザイン部門やR&D部門、今回紹介するラボなどが備えられている。
はじめに案内されたのは、音に関するラボだ。日本向けに開発された紙パック掃除機エルゴスリーの開発では、ヨーロッパ向けのフルサイズの掃除機と同等の吸引力を保ちながら、組み立て時に最大70cmまでというサイズの制約があったため、遮音性は大きな課題だったという。
このラボでは、音の大きさはもちろん、音の性質までも完璧に把握するため、部屋全体がスプリングの上に乗っていて衝撃が完全に取り除かれる無響音室と、全ての音が反響する反響室の両方を備える。
無反響質では、壁が音を吸収する形状になっており、測定対象の製品をどの位置に置いても同じ音が計測できるように設計されているという。実際、中に入るとあまりにも音が聞こえず、自分の声も遠くにあるような錯覚に陥る。背景にある音をすべて消して音の大きさをはかると共に、同じ音の大きさでもエルゴノミクス(人間工学)の観点から耳障りな音質を下げるなどの開発をしているという。
一方、反響室では、全ての音が反響する構造になっている。普段は気にならない足音まで反響するので、中ではとても話ができない。
今回残念ながら、撮影の許可は出なかったが、パフォーマンス・ラボでは、掃除機の本質である吸引性能や電気的な試験を行なっていた。日本では公開されていないので馴染みが薄いが、一定の幅に入り込んだ粉状のごみをどれだけ吸収できるか測定する吸引率は、ヨーロッパでは掃除機の性能の目安として浸透している。廃棄される空気の汚れを見るダストテストも掃除機の性能にかかわる試験だ。特に、ヨーロッパでは喘息などのアレルギーに関する視点がシビアなため、重要視されているという。
本社には、連載第1回目でも紹介した100年前に生産された「LUX1」も大事に保管されている。20kgと当時としては“軽量”で、価格も300スウェーデン・クローネ(当時で約44ドル)と、“コストを抑えた”画期的な掃除機である。実はこの掃除機、100年経った今でも電源を入れて、動かすことができる。大きなお釜のような本体に布製のフィルターをつけて、吸引ノズルとアタッチメントを付ける。スイッチを入れると、大きな音とともに空気が吸い込まれて、布製のフィルタを通じてごみが集められていく。大ぶりではあるが、今の掃除機に通じるメカニズムは高いレベルで完成されていたということだ。
100年とひと口で言うのは簡単だが、100年間もの間、同じ製品を発展させ続けるということは難しい。そのためには、実際に使う人たちの声に耳を傾け、彼らの望みを着実にエンジニアリングやデザインに反映させ、製品そのものだけではなく、ブランド全体としてのあり方も含めて顧客を満足させる。100年以上もの間それを続けてきたからこそ、100年を越えて生き残れる企業となったに違いない。