【特別企画】

北欧の家電メーカー「エレクトロラックス」の魅力を徹底取材 その2

~技術力ではなくて、顧客にフォーカスする製品造り
by 川端 由美

 先週から北欧の家電メーカー、エレクトロラックス社について、ご紹介している。先週は、生産100周年を迎えた同社の掃除機の歴史についてまとめたが、今回は、この秋ドイツ・ベルリンで開催された家電見本市「IFA2012」での展示や、キーパーソンへのインタビューから見えてきた「現在のエレクトロラックス」を紹介しよう。

掃除機生産100周年を迎えたエレクトロラックスの歴史についてまとめた1回目は→コチラ

本格的な業務用厨房機器から、カジュアルなキッチン小物まで幅広く展開

 プロユーズのキッチンが整然と設置された広々とした空間で二人のシェフがテキパキと働き、下ごしらえしたフードをオーブンに入れたり、パスタをゆであげたりしている。有名レストランの舞台裏……でなはく、欧州随一の規模を誇るコンシュマーエレクトロニクス/ホームアプライアンスの展示会、IFAにおけるエレクトロラックス・ブースでの光景だ。

IFA2012のエレクトロラックス社ブース。黒と白のツートーンをグラデーションさせて、重厚感のある雰囲気を演出エレクトロラックスのブースでは、ビルトイン・キッチンを始めとするキッチン家電をプロユーズの機器と並べて家庭用をレイアウトして見せた。会場ではシェフが料理の実演。スウェーデンではスチームを使った料理が多い。アジア風のレシピもあったり、グローバルブランドとしての見せ方に工夫がなされている

 日本では、業務用と家庭用の双方の調理用電気機器を一手に引き受けているメーカーは珍しい。エレクトロラックスの業務用機器は、衛生面を考えて手入れのしやすいステンレスが多用され、大きな塊肉や箱ごとの野菜などをあつかえるように耐久性にも心が配られている。大量の調理を一斉に行なうため、容量も大きく、温度管理もシビアだ。同じ料理をする道具と言っても、家庭用と業務用とでは、トラックと乗用車ほどの違いがある。

 4回目に詳しく書くつもりだが、エレクトロラックス本社にはなんとキッチンのロールス・ロイスとさえ呼ばれる高級なモルテーニのキッチンが展示されているほか、100年以上の歴史を誇る世界料理オリンピックで優勝経験を持つスウェーデン・チームをサポートしたりもしている。

キッチンのロールス・ロイスと言われる「モルテーニ」もエレクトロラックス傘下のブランドだ。一流シェフも愛用しており、ほとんどがオーダーメイドで作られるエレクトロラックスがサポートするスウェーデン・チームが料理五輪などで入賞した際の表彰状の数々

 一方で、家庭用キッチン家電では現在、本家のエレクトロラックスに加えて、125年の歴史を誇るドイツのAEG、イタリアのザヌージといったブランドが同社の傘下にある。プレミアム・ブランドのAEGに対し、ザヌージはよりカジュアルなブランドだ。要するに、エレクトロラックスは若いカップルから世界最高峰のシェフまで、それぞれに適したキッチンを提供しているのである。

ドイツ生まれの家電メーカーとして125年の歴史を誇るAEG2005年からエレクトロラックス傘下に加わった。IFA2012でも隣のスペースにブースを出展していたAEGのブースで料理の実演をしていたシェフ。TVにも出演しており、ドイツでは人気の2人だ。この日は、ドイツ風のオーブンを使った料理を披露していた
エレクトロラックス傘下の家電メーカー、ザヌージカジュアルなデザインと手頃な価格帯ゆえ、若いカップルなど、新生活を始めるユーザー層が多いザヌージは、よりコストを下げるためにフラッシュサーフェースのような凝ったデザインは採用していないが、丸みを帯びたダイヤルでデザイン性をアピール

 掃除機やコーヒーメーカーといった小型家電も同社の得意とするところである。掃除機だけでも数えきれないほどの製品が並ぶ中には、再生素材を使った「ウルトラサイレンサー・エコ」、日本でも人気のスティック・ハンディ・クリーナー「エルゴラピード」と、様々な要求に応える製品をラインナップする。なかでもユニークなのが、日本市場に特化して開発された「エルゴスリー」である。詳しくは次回に譲るが、並べてみればわかる通り、ひときわ小さい。

IFAの会場には、エルゴラピード、ウルトラワン、ウルトラパワーといった新製品が並ぶ日本市場向けに開発されたエルゴスリーも展示されていた

「技術を誇るために製品を作るのでは本末転倒」

フロアケアおよびスモール・アプライアンス部門担当 副社長 ヘンリック・バーグストローム氏

 欧州市場での存在感をそのまま示すように、IFA2012のエレクトロラックスのブースは、会場でもひときわ大きく目立っている。フロアケアおよびスモール・アプライアンス部門のトップであるヘンリック・バーグストローム副社長に、今回の展示についてお話を伺った。

 同氏は、1997年、エレクトロラックスに入社し、2008〜2010年まで北米でメジャー・アプライアンス担当副社長を勤めると共に、アジアにおける部品供給部門のトップも兼務した。ヨーロッパ、北米、そしてアジアという広いマーケットをよく理解する。

 「今回のIFAブースは、エレクトロラックスとは何かを表現するショーケースです。特にショーでは、他のブランドと並んで展示されていることもあって、デザインを重視した展示をしています。たとえば、エレクトロラックスの製品では、北欧らしいシンプルな中にも光るものがあるデザインを重視し、直に触れて、色合いを見てもらうことで質感の高さを実感していただけるように展示に工夫をしました。ただ製品に触ってもらうのではなく、我が社の歴史に触れて、企業哲学に触れて、製品にも触れて、エレクトロラックスらしさを感じ取っていただけるように考えました」

エレクトロラックスの製品は、極力段差が少なくなるようにデザインされており、ボタンを押すとすーっと滑らかにポップアップする

 実際、オーブンのドアを開けてみたり、操作ボタンに触れて見るなどすると、ポンと飛び出すのではなく、スムーズで浮遊感のある動きをする。そんなことをしながら、一つひとつの製品を手にとっていると時間が経つのを忘れそうになる。

 「私たちには、100年におよぶ伝統があり、プロフェッショナルのための製品から学んだノウハウがあります。同時に、個々の市場の違いも把握しています。特に、掃除機の場合、最初のLUX1がそうであったように、使う人や使われる地域から顧客の希望を吸い上げて、それを製品に反映することが重要です。さらに、北欧の伝統が加味されて、エレクトロラックスの製品になります」

 スウェーデンは資源がなく、工業が強い。その点は日本とよく似ている。しかし、人口が少ないゆえに、エレクトロラックスにとって初めての掃除機であるLUX1がそうだったように、最初から国内市場だけではなく、海外への輸出も視野に入れて製品を開発している。しかし、市場から学ぶと一口に言っても、エレクトロラックスの製品は実に世界150カ国で販売されている。それぞれの地域ごとに気候が異なり、生活様式や食文化も違う。しかも、その国を研究し尽くした結果、他の国に通用しないのでは意味がない。

 「例えば、エルゴスリーは日本市場をよく研究した結果、生まれた製品ですが、静粛性の高さ、スペース効率の良さ、排出ガスがクリーンであることは、日本だけではなく、ストックホルムではもちろん、ニューヨークやパリといった大都市の住人にとって共通の需要です。顧客のニーズにあった製品を開発するためにの技術は必要ですが、技術を誇るために製品を作るのでは本末転倒です。私たちは個人の生活に密着した製品を作る企業ですから、テクノロジー・ドリブン(技術力で製品を作る)ではなく、あくまでカスタマー・フォーカス(顧客に着目する)企業であろうと努力しています」

欧州で導入されているエナジー・ラベル。1990年代に始まったころはA〜Gの評価だったが、その後、開発が進み、2000年代前半からAより消費電力が低い製品にA+、A++のグレードを追加。最近では、A+++のグレードまで登場しているAと聞くと、省エネのような気がするが、A+では313kWh/年、A++では119kWh/年と大きな違いがある

 同じ理由から、現段階ではインターネットや携帯電話で操作、管理するような家電製品については懐疑的だ。

 「重要なのは、私たちの製品を購入したことによって『利益』を感じてくれるかなのです。現段階ではまだ、使いやすさと性能の高さが重視されていて、スマート化を喜びと感じる人は少数派です。今後、スマート化の機能を使うにしても、現在のようにむやみにつなげて複雑にするより、使いやすさを感じさせるインターフェイスを工夫するべきでしょう。もうひとつ、私たちの製品は人間を中心に心地よさを考える北欧デザインに基づいて設計されています。例えば、北欧のデザイナーであるアルネ・ヤコブセンが設計したセブンチェアは1950年代の革新的なデザインであり、今でも古びていません。同時に、エルゴノミクスを重視した使いやすさのおかげで50年以上経った今でも、日々の生活の中で使われて、人々に愛されています」

「デザインとはモノではなくイメージ」

楠目 靖(くすめ やすし)氏。ブランド・アイデンティティ/エクスペリエンス・デザインを担当する

 今回の取材では、もうひとり興味深い人物に出会った。エレクトロラックス本社でブランド・デザインを担当する楠目靖(くすめ やすし)氏だ。同氏は、武蔵野美術大学を卒業後、アメリカに渡る。Art Center College of Designで学んだ後、オランダ・フィリップスに就職。デザイン畑一筋で活躍し、2012年からエレクトロラックス本社のブランド・デザイン担当へ就任したという経歴の持ち主で、物静かな人物だ。今回は、エレクトロラックスの考えるデザインについて、話を伺ってきた。

 「デザインすることは、モノの形を作るだけではありません。私の仕事は、パッケージ、サービスといった、エレクトロラックスに関するすべてをデザインすることです。ある商品に出会ってから、購入して実際に使うまでには、顧客とメーカーがつながっていく、いくつかのポイントがあるはずです。私たちはそれを『タッチポイント』と呼びますが、製品そのもののデザインだけではなくて、いかにタッチポイントを作っていくかまでを考えるのがデザインだと思います」

 人間と同様、プロダクトにとっても、まずはひと目見て手に取らずにはいられないような魅力を感じるスタイリングを与えることが重要だ。ただし、そこに留まっていてはいけない。製品を通じて顧客と対話することもデザインの役割だ。購入したあとも、ときには驚きがあり、ときには顧客とメーカーが人生における価値観を共有するまでに至る。その過程に、デザインが必要なのだ。

 「デザインとは、ブランドが製品やロゴを通じて発信するメッセージです。だからこそ、見た目だけではなく、本質を理解し、今必要なものではなく、これからも必要とされるものとは何かを考えています。製品そのもののユニークな特徴というのは、実は消費者にとってそれほど大きな意味はありません。どんなにユニークな機能を持つ製品でも、品質や使い勝手など、どの製品にも共通する評価の方が重視されます。消費者にとって最も大きな価値はブランドなのです」

 文章にしてしまうと、哲学的に感じるかもしれないが、楠目氏の口から穏やかにこれらの言葉が発せられると、非常に説得力があって聞き入ってしまう。たくさんの喩え話を使ってわかりやすく解説してくれた中でも、コーラの消費者テストの話が面白かった。MRIの中に入って、ブランド名を伏せてコーラを飲んでもらうと、ペプシ・コーラの方が美味しいと思う人が多かったのに、ブランド名を明かすとコカ・コーラの方が美味しいと思う人が増える。美味しいという感情を生む要因は味だけではなく、ブランドも含まれるのである。家電に置き換えれば、使いやすくて性能がいいと判断される要因にもやはりブランド力が含まれるのである。

 「長く愛されるものを考えると共に、トレンドも追っています。流行するものには流行する理由があります。流行するものの中には、色、形など、本質的な何かが潜んでいます。ただ時折、そうした本質的な何かが、オーディオらしさ、歯磨きらしさといったカテゴリーにはまらないものが登場します。それが、長く愛されるものであり、単なるトレンドで終わらないものとなる要素なのです」

リサイクル・プラスチックを使ってボディを作ったエコ・シリーズ。再生したプラスチックは色が安定しないため、必然的にブラック・ボディを採用した

 欧州で発売されているエコシリーズの掃除機が好例だ。リサイクルしたプラスチックは色が混じっているため、必然的に黒い掃除機がデザインされた。従来はリサイクルしたプラスチックであっても、漂白して白くするなどしていたが、今はリサイクル製品であることに価値が置かれている。化石燃料由来のプラスチック資源の不足などを考えれば、今後、黒い家電は必然のデザインとしてますます増えていくだろう。

 最後に、同氏にとってデザインするとはどんなことを意味するのか訊いてみた。

「ブランドマーケティングで良く知られるマーティ・ニューマイヤーもその著書の中で、『デザインとは製品の形やブランドロゴではなく、消費者の心の中にあるもの』と書いています。私自身もデザインとは具体的なものではなく、感情的に持っているイメージとして捉えています。企業にとってデザインとは、お客さまのことを考えて、お客さまとの感情のつながりを作ることですそうした意味で、デザインとは『愛する』という行為に似ていると思うのです。消費者に愛してもらいたいなら、その前に消費者のことを考えて対話する、つまり愛することからはじめなくてはなりません」

 消費者が掃除機やコーヒーメーカーを手にしたとき、それを作った企業や人々とつながっていると感じられるかどうか、そこがデザインされているかどうかの大きな違いであり、消費者に愛される製品を作れるかの違いなのである。

 次回は、日本市場に特化したマーケティングと製品開発を行なって成功を収めたエルゴスリーを担当した技術者とデザイナーにその開発秘話を訊く。






2012年11月27日 00:00