特別企画

北欧の家電メーカー「エレクトロラックス」の魅力を徹底取材 その3

~北欧の価値観を反映させながら、日本人を満足させられる掃除機とは

日本市場に特化して開発された紙パック掃除機「エルゴスリー」(右)。従来製品(左)に比べると圧倒的にサイズが小さい

 北欧の家電メーカー、エレクトロラックス社について、ご紹介している。これまでに同社の歴史や、モノ作りの考え方などをご紹介してきたが、3回目となる今回は、エレクトロラックスが日本市場に特化して作った紙パック式掃除機「エルゴスリー」について紹介しよう。

掃除機生産100周年を迎えたエレクトロラックスの歴史についてまとめた1回目は→コチラ
副社長、デザイナーにエレクトロラックスのモノ作りについて伺った2回目は→コチラ

日本人の体格や住宅事情を反映

 100年以上の歴史の中で、ユーザーの使い勝手を重視した商品開発を続けてきたエレクトロラックス。とはいえ、日本市場に特化したマーケティングを行なったエルゴスリーの開発には、日本という独特のマーケットゆえの困難があったようだ。スウェーデン本社にて、開発担当エンジニアとデザイナーの双方に開発秘話を訊いた。

ヘンリック・トゥロベリ氏。1980年代後半にエレクトロラックス入社。2000年代にR&D部門に移り、現在はフロアケアの担当としてグローバルR&Dに所属する

 重さは4kg程度、ノズルを付けたままで押入れに収納できる高さに収める。日本から上がってきた掃除機への要求を聞いたとき、スウェーデン本社の開発陣はその独特な要求について様々な考えを巡らせた。これまでエレクトロラックスが作ってきた標準的な掃除機とは異なる要求が随所にあったからだ。フロアケア部門で開発を担当するヘンリック・トゥロベリ氏は、そうした要求を分析して製品開発へとつなげたエンジニアだ。

 「掃除機に対する最終的なニーズである『家の中をきれいに掃除する』というのは、どの国でも同じです。ただ、地域や国によって住環境が異なるため、技術的な見地からは異なるニーズが生まれてきます。例えば、アメリカではカーペット敷きの大きな家が多く、重いアップライト型の掃除機が好まれます。ヨーロッパではホースで引っ張るキャニスター型が好まれます。日本もキャニスター型が主流ですが、日本人の体格や住宅事情を反映して小さくて軽いものが好まれます」

 欧米において掃除機とは、頑丈で吸引力が高いことが最優先であり、大きさや重さはあまり重視されてこなかった。ON/OFFのスイッチは本体についていて足で押すものだし、靴のままカーペットの上を歩く習慣ゆえにときには小さな砂利や泥も吸い込む吸引力が必要なのだ。当然、掃除機をあつかうときの感覚も異なる。ただし静粛性に関しては、ヨーロッパでも最近は日本同様の高い水準が求められはじめていた。それに対応したのが、100周年を記念して発売した「ウルトラ・ワン」と、それに続いた「ウルトラ・サイレンサー」だった。

 「エレクトロラックスは、創業当初から消費者のニーズを組むことを重視してきました。以前は、掃除機の開発にあたって静粛性を重視する人は少なかったのですが、私たちの調査で静粛性や扱いやすさに関して要求が高まっているということがわかりました。ウルトラ・ワンとウルトラ・サイレンサーの開発ではそうした要求を反映して製品開発を進めました。その結果、消費者テストで静粛性の高さと扱いやすさの点で高い評価を得ました」

左から、エレクトロラックス100周年を記念して発売したウルトラ・ワン、中央がエルゴスリー、右が翌年に発売したウルトラ・サイレンサー。3モデルを並べると、エルゴスリーがいかに小型かがわかる
現在のエレクトロラックスは、150の市場、60ヵ国に向けて、4000万台/年の製品を出荷している

 静音設計による新製品の発売は販売面でも功を奏し、ハイエンドクラスの売上を倍増させた。むしろ、最大の課題は小型・軽量化にあった。ウルトラ・ワンの本体重量は約7kg、ウルトラ・サイレンサーでも6kg。一方で、日本向けの新製品への要求はわずか4.5kgである。狭い収納スペースに対応するためにノズルヘッドは小さく、押入れに収納できるように組み立てた状態でも高さ70cmまでに収まる大きさで、なおかつヨーロッパのハイエンド・モデルと同様の吸引力を保つという厳しいものだった。

 運転音に関しても、従来モデルで培った静音性を実現している。

 「43dBという数字だけを見ると、日本の掃除機の中で突出した値ではありませんが、私たちは人間工学に基いて音質を解析し、人間にとって耳障りな音を下げることに注力しました。例えば、掃除機のファンの回転数は1分間に4万回転と高回転で、4,000~5,000Hzのイラつく低周波を出すといわれています。そこで、柔らかいゴムのサスペンションを介してモーターを搭載することで振動を吸収し、さらにそのユニットを遮音材で囲んで静粛性を高めました。また、吸引力の元となる空気の流れも人間にとって癇に障る音を出します。流れる空気の量は毎秒44Lにも達し、わずかなエア漏れでも音が発生します。パイプにシーリングをし、本体からホース、そしてノズルまでの空気が流れる道にエッジやコーナーを極力減らして、内側もスムーズな形状にして、空気の流れを整えました」

日本の漆器や桜の風景からデザインインスピレーションを得る

エルゴスリーのデザインを担当したアンナ=カリン・グレイ氏(右)とキム・リム氏(左)。富士山の夕焼けや桜の写真を手に持ち、日本らしさを反映した色やデザインについて語ってくれた

 開発にあたっては当然、CADなどの現代的なツールを駆使するのだが、最終的な決定を下すのはあくまで消費者の声である。プロトタイプ、プリ・プロダクション、といった段階で消費者テストの俎上にのぼせて、生産前に何度も消費者の意見を汲むのだ。エンジニアリングで貫かれた精神は、デザインに関しても共通している。エルゴスリーのデザインを担当したアンナ=カリン・グレイ氏とキム・リム氏にも意見を聞いてみよう。

 「エルゴスリーのデザインにあたっては、掃除機を隠すものからインテリアとして楽しむものに変えようという発想の転換をしました。加えて、私たちの本社のある北欧の価値観を反映させたデザインでありながら、日本人の目を満足させられるだけの高品質を見た目でも感じてもらうことが求められました。全体のフォルムをシンプルで飽きのこない機能的なものとし、サイドビューでエレクトロラックスに共通する印象を与えつつ、ボディ表面のパネルは日本の漆器をイメージした高品質なものを採用しました。一方、シンプルでエレガントなラインで全体を構成することによって、クリーンであることをイメージさせると共に北欧らしさを演出しています」

日本の蒔絵や白磁からデザインインスピレーションを得たという
エルゴスリーのパネルのデザインは、蒔絵にある水の流れをイメージした

 日本らしさを取り入れつつ、北欧デザインに落としこむ手法は、1950年代には社内に工業デザイナーを擁していたエレクトロラックスならではといえる。また、日本語で”デザイナー”といえばスタイリングのみを担当したように聞こえるが、本来はパッケージングを含めた使いやすさに関わる部分までを担当するのがデザイナーの仕事だ。グレイ氏とリム氏は、エルゴノミクスに基づいた設計にも配慮してエルゴスリーの形状を考えている。

「奥さま、何かお手伝いできることはありませんか?」との問いかけをする1950年代のエレクトロラックスの広告。この時代からマーケティングと工業デザインにより力を入れ始めた
1960年代には消費者の品質へのこだわりを敏感に察知し、「Mr.Quality」なる高品質を象徴するキャラクターを生んだ

 「日本向けの製品は静かで軽いことが重視されます。一方で、日本の掃除機の真似ではないエレクトロラックス独自の日本向け掃除機を開発するためには独自性も必要です。その点は、エンジニアとデザイナーとマーケティングの担当者が、それぞれの立場から意見を出し合いました。エルゴスリーは日本の一般的な掃除機より車輪が大きいですが、より軽快な動きを意識してあえて大きな車輪を採用しました。ハンドル部分はヨーロッパの標準的なサイズよりひと回り小さく、日本人の手に馴染む大きさで設計しました。そうしたひとつひとつのこだわりを見た目でも感じられるデザインに仕上げたのです。ボディカラーにしても、日本の文化を学び、自然を愛する姿勢に共感し、夕焼けからソーラーオレンジを、満開の桜からアストロ・ホワイトを、エルゴスリー専用に開発したのです」

本体サイズはかなり違うが、実は車輪のサイズは3モデルとも一緒。これは、使い勝手にこだわった結果だという
右が一般的なヨーロッパ向けの掃除機のハンドル、左がエルゴスリーのもの。大きさの違いは一目瞭然だ
エルゴスリーのボディカラーのソーラーオレンジは、富士山の夕焼けからインスピレーションを得た

 日本人が掃除機に求める条件と品質の高さに、北欧らしいデザインとエルゴノミクス(人間工学)を融合させた。それが、エルゴスリーの独自性であり、エレクトロラックスが日本で劇的に成長をはじめた鍵に違いない。それは、エンジニアリング、デザイン、マーケティングの各部門が共に力を注いでこその成果でもある。

 エルゴスリー、エルゴラピードといった現代の製品の開発ストーリーを聞いたあと、当然気になるのがそれらの新製品を生んだ背景にある技術開発や生産技術である。最終回となる次回は、スウェーデン本社にある技術開発部門とハンガリー工場の訪問記を紹介しよう。

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川端 由美