大河原克行の「白物家電 業界展望」

新たな局面を迎えるパナソニックの新ブランド戦略「Wonders!」とは

新しいブランドスローガンを制定、原点回帰し人々の幸せを追求

Wonders! by Panasonicの広告を前にする竹安本部長

 パナソニックが、同社の活動を表現するキャンペーンワードとして、「Wonders! by Panasonic」を制定した。「現場で自ら変わろうとする動きを顧客視点で具体化、見える化し、加速する取り組み」とこれを位置づける。そして、今後は「Wonders! 商品」と呼ぶ商品が登場することになる。

 一方で同社は、創業100周年となる2018年に向けたパナソニックグループの目指す姿と、それに向けて会社が変革していくための合言葉として、「A Better Life, A Better World」を制定。これを新しいブランドスローガンと位置づけ、コミュニケーション活動に活用していく。

 さらに、液晶テレビの「VIERA」や乾電池の「EVOLTA」といった、これまで「サブブランド」と位置づけていたカテゴリーを廃止。これらをプロダクトネームに組み込む再編を行なった。「Wonders! by Panasonic」を加え、新たな局面を迎えるパナソニックのブランド戦略を追った。

 パナソニックは、2012年6月に津賀一宏社長が就任して以降、ブランド戦略を大きく変更している。

 大坪文雄前社長時代には、創業100周年を迎える2018年のパナソニックが目指す姿を「環境革新企業」とし、それを企業活動における最上位の考え方として位置づけていたが、今ではその言葉を使わなくなった。現在も、「大切な戦略という意味で、環境戦略は変わらない」とするが、トップダウン型の環境戦略ではなく、各事業において独自に環境活動に取り組むという姿勢をとっている。

 2012年10月に、パナソニックは環境本部を廃止。モノづくり本部環境・品質センター内に、環境経営推進グループを新設し、環境活動に取り組んでいる。この組織変更は、環境活動をトップダウンとしての全社活動から、モノづくり本部という事業に近いところで環境活動を推進していくという姿勢へと変更したことを示したものだと言える。

 また環境に関しては、「eco ideas」のロゴマークを持ち、社員がこのマークを「Panasonic」の社章とともに襟元につけていたが、これも廃止。これまでの環境マークという位置づけから、今後は、環境活動の際に使用するロゴへと役割を変えることになる。先頃、開催された環境イベント「エコプロダクツ2013」では、パナソニックブースに「eco ideas」のロゴが掲示されたが、こうした環境活動においては、継続的に使用するという。

BtoCのイメージから脱却

ブランド体系の変化を示した図
パナソニック 役員 ブランドコミュニケーション本部・竹安聡本部長

 では、新たなブランド体系はどうなっているのだろうか。

 最上位に位置づけるコーポレートブランドの「Panasonic」には変更はない。だが、その下に置かれるブランドスローガンは、従来の「ideas for life」から、「A Better Life, A Better World」へと変更された。

 また、パナソニックの目指す姿として、新たに「産業のパートナーと、お客様のいい暮らしを拡げる」という言葉を用いた。

 さらに、コーポレートブランドやブランドスローガンの下のレイヤーには、毎年、発表される年度ごとの経営状況を見た年度スローガンが存在する。

 ブランドスローガンとパナソニックの目指す姿では、これまでの家電を中心としたBtoCのイメージを持つパナソニックから脱却し、BtoBのイメージを際立たせるものになっているとも言えよう。これは、津賀社長が2013年1月に打ち出したBtoB事業へと舵を切る経営戦略に合致したものだ。

 パナソニック 役員 ブランドコミュニケーション本部・竹安聡本部長は、「パナソニックのこれからのブランドイメージは、家電で培った先進・洗練・信頼のブランドバリューをもとに、各地域・各事業展開に合わせて、作っていくものになる」と前置きし、「A Better Life, A Better Worldには、もう一度、一人一人のお客様と向き合い、人々の幸せを追求し続ける我々が原点へ回帰することを宣言するものになる。そのなかで、BtoCも、BtoBも含めた、あらゆる空間でのお役立ちを目指していくことになる」とする。

 A Better Life, A Better Worldの言葉の意味を読み解くと、その狙いが理解できる。

 「A」には、一人一人のお客様と徹底的に向かい合う姿勢を込め、「Better」には、時代の要請にかなった「より良い」価値を常に目指すとともに、「日に新た」という創業者の言葉を込めているという。そして、「Life」にはBtoCのイメージを、「World」では、BtoBへの取り組みを表現したという。

 さらに、竹安本部長はこんなことも語る。

 「パナソニックの綱領には、産業人たる本分に徹し、社会生活の改善と向上を図り、世界文化の進展に寄与せんことを期すと記されている。これは、A Better Life, A Better Worldに近い言葉だといえる」

 A Better Life, A Better Worldの制定に向けて議論をしていた際には、綱領を意識していたわけではないと言うが、結果として、同じ意図を持った言葉が新たなブランドスローガンに採用されたことになる。

 一方、新たなブランドスローガンである「A Better Life, A Better World」の制定とともに、環境マークである「eco ideas」と、コーポレートメッセージである「ECO & Smart Solutions」は、コーポレートレベルのブランド体系からは外れることになり、そこに当てはまるものは新たなブランド体系の中では用意されていない。

 また、2015年度を最終年度とする中期経営計画の名称にも使われている「CROSS-VALUE INNOVATION」は、経営スローガンと位置づけられるものであり、「A Better Life, A Better Worldにおける事業成長を生み出していくためのキーワード。49の事業部同士の掛け合わせや、パナソニック以外の企業とのコラボレーションなどを実現するための取り組みになる」とし、ブランド体系とは別の位置づけとなる。

VIERA、LUMIX、DIGA、EVOLTAをプロダクトネームへ、サブブランドは廃止

 ブランド体系のなかで、大きな変更となったのが「サブブランド」の廃止である。

 これまでパナソニックでは、VIERA、LUMIX、DIGA、EVOLTAの4つの製品ブランドをサブブランドとし、そのほかの製品ブランドは「プロダクトネーム」としていたほか、ECO NAVIなどの技術名称を「テクノロジーネーム」、Panasonic Beautyなどを「カテゴリーネーム」と位置づけていた。

 今回のブランド体系の再編では、4つのサブブランドを、すべて「プロダクトネーム」に含め、サブブランドを廃止した。

 これまでサブブランドは、「パナソニックのブランドイメージを土台として、それをさらに高めることができるブランドであること、先進性を持ち尖った技術を搭載した製品であること、そのサブブランドを聞いてすぐにパナソニックの製品であることがわかること、そして、グローバルに通用するブランドであること」などを条件に、広告宣伝にも多くの投資を行なうものと位置づけていた。

 プロダクトネームの上位とされていたサブブランドの廃止は、これら4ブランドの格落ちを意味するようにも見えるが、竹安本部長は「格落ちではない」と説明し、「サブブランドは、かなりのコミュニケーション投資を行ない、ブランド力を維持してきた経緯があった。

 だが、今の経営戦略を見た場合、デジタル機器を中心に認定してきたサブブランドに引き続き大きな投資を行なうことは、姿勢が違うのではないかとの判断が働いた。

 そこで、これを一度リセットして、すべてをプロダクトネームに位置づけて、改めてBtoCではどの商品を強化するのか、BtoBではどの商品を強化するのか、ということを決めなおそうという議論から、サブブランドを廃止した」とする。

 サブブランドの廃止は、同社のコミュニケーション戦略、マーケティング戦略を大きく変更するものになると言えよう。

社内の閉塞感を打破し新たな発想を生み出すキーワードを制定

 パナソニックは、「Wonders! by Panasonic」という新しいキャンペーンワードを制定した。

 これは今年9月のIFA、10月のCEATECの同社ブースですでに使用していたほか、ショールームであるパナソニックセンター大阪、パナソニックセンター東京での展開、11月には山手線や大阪環状線での車両ジャック型の広告展開、日刊紙への広告展開も行なった。

 Wonders! by Panasonicの広告には、綾瀬はるかさんと西島秀俊さんを起用。NHK大河ドラマ「八重の桜」で兄弟を熱演した2人は、「今や日本で一番人気がある兄弟」と竹安本部長はジョークを飛ばす。

竹安本部長が「今や日本で一番人気がある兄弟」という、綾瀬さんと西島さんが出演する、Wonders! by Panasonicの広告

 また、社内向けの技術商品紹介イベントである「Super Box」でもこの言葉は使用されたという。そして、新年からの広告には、Wonders! の文字が多用されることになるようだ。

 だが、Wonders! by Panasonicの意味や狙いについては、ほとんど対外的には説明されてこなかった。では、この言葉にはどんな意味があるのだろうか。

 Wonders! by Panasonicとは、変革を牽引するキーワードだと、竹安本部長は説明する。

 今年9月、津賀社長は、社内向けブログで次のように発信した。

 「今回、変革を牽引するキーワードとして、Wonders! by Panasonicを制定しました。この言葉には社内に漂う閉塞感から社員の皆さんを解き放ち、自ら変わろう、お客様が驚くような新しい発想を生み出そう、といった行動を後押ししたい、との思いを込めています」

 竹安本部長は、これを補足するように、「驚きや感動を与える商品、ワクワク、ドキドキするような商品を連打していくことで、A Better Life, A Better Worldを実現するものになる」とする。

 全体の概念は次のように位置づける。

 経営理念やブランドスローガンであるA Better Life, A Better WorldはMind Identityとし、これを視覚化したものをVisual Identityと呼び、ここでは、ロゴやフォント、広告表現などに取り組む。今回、新たなオリジナルフォントを開発し、テクニカルな工業製品のイメージから脱却し、やわらかいイメージを醸し出すものに変更した。

 これも、Visual Identityの取り組みのひとつだ。ここで採用したオリジナルフォントづくりについても、既成のものや、完成したものから選ぶのではなく、Wonders! のコンセプトをフォント開発者に話し、それをもとに新たに開発してもらったという。

新たなオリジナルフォントを用意したWonders! の文字
Wonders! のロゴが入った封筒やクリアファイル、ペンやクリップなどを用意するという

 そして、Behavior Identityとして、社員の行動を位置づけテーマごとに小プロジェクトを設置。現在は、Wonder Cloud Projectと、2020年の東京オリンピックを視野に入れた取り組みがあり、「来年には、3~5個の小プロジェクトを走らせることになる」とする。

 このVisual Identityと、Behavior Identityが事業活動の変革を牽引し、Wonders! by Panasonicが、キャンペーンワードとして存在するという仕組みだ。

顧客に驚きと感動を与えるアイデアを生み出す「Wonders! 創出プロジェクト」

 Wonders! の推進にあたり、パナソニック社内では、2013年10月から「Wonders! 創出プロジェクト」を開始している。

 このプロジェクトは、津賀社長をオーナーに、竹安本部長がリーダーを務める形でスタート。Visual Identityと、Behavior Identityにそれぞれ専任チームを構築し、「社内外へ強力に発信する活動」と「Wonderな取り組みを支援する活動」に取り組んでいる。

 ここでは、「社内の論理ではなく、顧客視点を様々な経営プロセスに加えること」や、「上意下達ではなく、やりたい人を起点に草の根的に取り組みの輪を広げること」、「スペックなどのモノではなく、顧客が驚きや感動を感じるコトをストーリーとして語ること」といったアプローチが検討されている。

 すでに一部で開始されている広告展開でも、炊飯器の「Wおどり炊き」では、「お米の甘みや、ねばりをとことん引き出す」特徴を訴求しながら、「この1台をつくるのに、お米3tかかりました」というストーリー訴求を行なっている。

 現在、炊飯器のほか、エアコン、ドラム式洗濯乾燥機、冷蔵庫、メンズシェーバー、薄型テレビなどの家電商品を対象に、12商品で広告を展開。「Wonders!」の「!」をアイコンとして、「あしたの家電をつくろう。」をキーワードに、驚かせるアイデアや微笑ませる気配りの家電を紹介している。

Wonders! by Panasonicの展開。驚きをストーリーで伝えている

 パナソニックでは今後、「Wonders! 商品」という商品群を創出し、パナソニックが目指す商品の姿を現実のものにしていく考えだ。

 「将来的には、これらの商品を集めて、Wonders! Landと呼びたい」と期待を込める。

実体化とスピード感を重視するWonders! 商品

 だが、現時点では、Wonders! 商品の具体的な経営目標数などは設定していないという。それどころか、Wonders! 商品の選定基準も作っていないとする。

 では、どうやって、Wonders! 商品を創出するのだろうか。

 竹安本部長は、「基準づくりは、水面下では検討している」と前置きしながら、「基準は重要な議論だが、基準づくりを待ってWonders! 商品の活動に入ると時間がかかりすぎてしまう。基準づくりの議論をするとあっという間に半年、1年が経ってしまい、Wonders! 商品そのものの発信が3年後になってしまう可能性もあった。これでは遅い。

 まずは、定性的でもいいから、Wonders! と思える商品があれば、その活動を積極化させていくことで、実体化とスピード感を重視する。社内の閉塞感の打破がWonders! 商品の役割。理屈を超えて、Wonders! 商品という概念を発信することを優先した」という。

 これもこれまでのパナソニックにはない取り組みだといえる。

 社内イベントのSuper Boxでは、照明器具とプロジェクターの融合商品が公開され、「これがパナソニックの次をみせるという意味では、Wonders! に適した商品だといえる。こうしたものがWonders! 商品になっていく」とする。

 Wonders! by Panasonicは当初、「Wonder Panasonic」が第一候補だったという。目指すのは、Wonderなパナソニックというわけだ。

 だが、これでは「Wonderful Panasonic」の印象が強くなり、自画自賛というイメージが強いため、「Wonders! by Panasonic」へと変更した経緯がある。Wonderを提供するのがパナソニックであるというスタンスを強調したのだ。

 また、Wondersという言葉には、「驚き」という意味とともに、「摩訶不思議」という意味もあることや、発音によってはWanderとなり、「さまよう」という言葉につながることも懸念された。

 そこで米国およびドイツで市場調査を行ない、どんな印象を受けるかを調べたという。

 それによると、北米では78%がWonders! を肯定的に捉え、ドイツでは40%が肯定的に捉えたという。ドイツでは肯定的に捉える声が低かったともいえるが、英語が中心ではないドイツでは、「どちらともいえない」という回答も多く、結果として肯定的な意見が最も多かったという。

 もうひとつ気になるのは、Wonders! という言葉がBtoC寄りの言葉に聞こえる点だ。BtoBを打ち出すパナソニックにとっては、あまり適切ではないとも受けとける。

 これに対して、竹安本部長は次のように答える。

 「これは津賀(=津賀社長)とも議論したことであるが、パナソニックはコンシューマから事業を開始し、家電で大きくなった会社。つまり、家電、コンシューマ、BtoCはパナソニックのDNAであるということ。そのDNAをベースに、BtoBにも伸びて行くという意味を込めた」として、Wonders! が家電を強く意識した言葉であることを認める。

 しかし、その一方でこうも語る。

 「創業者の言葉に、毎日を愉快に働いておられるか、というものがある。こうした考え方も、Wonders! に通じるものがあるのではないか」

 BtoB、BtoCを問わず、愉快に働くことが、Wonders! につながるというわけだ。

言葉の浸透より変革の実態を重視するブランド戦略

 だが、今のパナソニックには、いくつかの言葉が林立しているのも事実だ。

 A Better Life, A Better World、CROSS-VALUE INNOVATION、そして、Wonders! by Panasonic。さらに、年明けには新たな年度スローガンも制定される。

 混乱はないのだろうか。

 竹安本部長は、「グループ30万人が所属する会社。言葉の意味が浸透するまで時間がかかるのは当然のこと。根気強く伝えていく」としながら、「制定したスローガンやワードが、しっくりこないという職場があるかもしれない。また、それぞれの立場で、適切な言葉が異なるということがあるかもしれない。

 たとえば、開発現場ではCROSS-VALUE INNOVATIONのほうが、仕事の方向性にはしっくりくるかもしれない。すべての言葉にこだわるのではなく、それぞれの立場で最適な言葉を使い、結果として、自らを変革する活動につなげもらえばいい」とする。

 また、Wonders! についても、「非英語圏と英語圏では捉え方に差がある。そのため、Wonders! 以外の言葉を使うことを考えている地域があるのも事実。言葉を押し付けることよりも、Wonders! と言えることが起きることの方が大切であり、それを大事にしたい」とする。

パナソニックブランドコミュニケーション本部Wonder推進室の稗田悟室長

 Wonder推進室の稗田悟室長も「これまでは、100人のうち、80人、90人がいいといったものしか作れなかったのがパナソニック。だが、1人の開発者や企画者がいいと思い、それを1人でも多くの人が、いいねといってくれる商品作りを目指していく必要がある。Wonders! はそうした意識改革を狙ったものになる」と補足する。

 社外の有識者を交えたWonders! ブレイン会議も定期的に行ない、ここで意見を取りまとめて、方向性や取り組み方法についても修正していくことになるという。

 言葉の浸透を図るよりも、変革の実態を重視するのが、今回制定したブランドスローガンやキャンペーンブランドの狙いといえそうだ。これは従来のブランド戦略の姿勢とは大きく異なるものだといえる。

 そこにもパナソニックの変化が見てとれるとはいえまいか。

大河原 克行