トピック

ダイソンの新製品はビール!? ジェームズ ダイソンさん国内独占インタビュー

ダイソンの創業者兼チーフエンジニア ジェームズ ダイソンさんに国内独占インタビュー

ダイソンといえば、サイクロン式のスティック掃除機のイメージが最も強いだろう。編集部にはよく「どの掃除機がおすすめ?」との相談はあるが、実は相談者が本当に聞きたいのは「ダイソンが欲しいけれど、やっぱり他よりもいいの?」だったケースも少なくない。日本の中でも、高性能な掃除機のスタンダードとして根付いていることの表れだろう。

ご存じの通りダイソンは掃除機のほかにも、ドライヤーやスタイラーといった美容家電、“羽根のない”扇風機や空気清浄機に代表される空調家電などが人気だが、近年はヘッドホンなど従来と違ったカテゴリーへの参入や、同社が多く投資する研究開発で得たテクノロジーをもとに教育、農業といった分野まで幅を広げている。

日本でもおなじみのスティック掃除機などダイソン製品

創業者でありチーフエンジニアのジェームズ ダイソンさんは、これまで様々な発明と再定義によって同社を発展させ、消費者にワクワクを提供してきた。最近はどんな考えをもとに製品を作り、どんな未来の姿をイメージしているのだろうか? 2024年12月にオンラインインタビューを国内独占で実施。最新製品の開発経緯から、これからダイソンが何を世に出そうとしているのかまで、その内容をお伝えする。

ダイソンがなぜ水拭きクリーナーを? 他とどこが違う

日本では2023年ごろから新たなカテゴリーとして数多く登場した「水拭きできるスティック掃除機」。ダイソンからも2024年に「Dyson WashG1」(正式名称はDyson WashG1TM)」が登場した。その特徴は集めたゴミを水分と固形物に分けて捨てられることで、掃除後の手入れのしやすさに配慮している。1台でゴミを集めつつ水拭きできる掃除機としては、他社よりも少し遅れた形での参入ともいえるが(ヘッド付け替え式のモデルは2023年に発売済み)、どんな製品を目指して開発されたのか聞いた。

ダイソン初となった水拭きクリーナーの「Dyson WashG1」

ダイソンさんは「水拭きクリーナーを実現するにあたり、他社と違うアプローチをとりました。高い吸引力があっても、いろいろ吸い取ると汚い水になってしまいます。これを集めてフィルターが汚くなるのは気持ちがいいものではありませんし、洗う時も不快ですよね。これは大きな問題だと思っていました。そこで採用したのが2つの逆回転するウェットローラーです。これは非常にコストのかかる方法ではありますが、可能なことだと思い着手しました」と語る。

他社の一般的な水拭き掃除機といえば、きれいな水(清水/せいすい)と汚水(おすい)のタンクに分かれ、清水を1本の回転ローラーブラシに含ませて汚れを拭き取り、汚水タンクにためた後、まとめて捨てるという方法が多い。

「1つのローラーだと、前進と後退で床の仕上がりが違ってしまうのは大きな問題です。Dyson WashG1は前進と後退の2つのウェットローラーがお互いに違う方向に回っていますので、前進しようが後退しようが問題ありません。特にコーヒーなどのステイン(着色汚れ)を簡単に取り除きます」(ダイソンさん)

2つのウェットローラーが逆方向に回転。汚れを広げず効率的に集める

もう一つ、これまで水拭き掃除の後の課題として「固形物と液体の混ざった汚水をどこに捨てたらいいのか?」を問題視する声もあった。

「Dyson WashG1は、事前に掃除機をかける必要はありません。いろいろなゴミなど細かいものを集めても、拭いた後のキレイな状態を保っています。大きいゴミはトレイの中にしっかり集まるので、それを捨てます。汚水はボトル内に回収されます。これでメンテナンスが簡単なのがメリットです」

「私たちは“スティック掃除機”というカテゴリーを作り上げたことで、それまで重い掃除機を引っ張り、場所を移動するたびにコードを抜き差しして……といった面倒な問題を解決しました。Dyson WashG1も同じです。拭き掃除は楽しくありません。誰でも汚い水を見るのはイヤですよね。常に水がキレイな状況で掃除をして、汚い物と混ぜる必要がないというだけで気持ちがよくなるものです」(ダイソンさん)

汚水と固形のゴミを分けて捨てられる

自らを情熱家と語るダイソンさん。その情熱が、いままでと違う方向へ進むことが次の発明につながっているようだ。

「例えばサーフボードは、そのデザインを愛している人が作っていますよね。私は少し違います。皆があまり好きではない家事に対して、そこに楽しさを実感してもらえるものを生み出したかった。成功するかどうかなんて、簡単にわかることではありません。でもそこが楽しみなんです。だれも知らないことですから」と目を輝かせながら語る。

ダイソンの考える未来の家電。AIやスマートホームは

最近は生活家電においても「スマートホーム」や「IoT」「AI」のキーワードを聞くことは珍しくない。家電のネット接続やAI活用で、メリットはいろいろ考えられるものの、人によっては不要だと感じたり、操作が煩わしくなると思えて使う前から敬遠するケースもあるだろう。実際、まだ日本国内でもこうした分野が根付いたとはいいづらい状況だ。

ダイソンの掃除機や空調家電はいまのところ直接ネットにつながってはいないが、ジェームズ ダイソンさんはいまの状況をどう考えていて、どんな未来を描いているのか聞いた。

「AIやIoTにより、これまでできなかったことができるようになることから、私たちも研究に取り組んでいます。特にハードウェアとソフトウェアを組み合わせることで面白いものが生まれるのではないでしょうか」

「ただ、大事なのはユーザーの視点に立つことで、私はそこから始めたい。“あなたの使い方に合わせました”といえる、テイラーメイドなものの実現。そうしたいままでできなかったことが、こうした技術により可能になるのではと考えます」(ダイソンさん)

家電が便利になっていく一方で、操作が複雑になっている現状についても、新しいテクノロジーが課題解決になるのではとの考えも示している。

「最近は操作ボタンを違うやり方(編集部注:長押しや2度押しのような方法)で押さないと何かの機能が使えないなど、いろいろ複雑になってきましたね。その複雑さを、その人の使い方に合わせて決めておけばいいわけです。もし変更したい場合は後から修正もしやすくなりますし、何より“こう使いたい”という一人ひとりの要望に合わせて実現できるのが、こうしたテクノロジーを活用する一番のメリットではないでしょうか」(ダイソンさん)

もし家電がもっと賢くなって、1台で家事をいろいろお任せできる技術が進んでいけば、未来はそれほど多くの家電を持たなくても済むようになるのだろうか?

「私は逆だと思っています。本当に効果があることが必要なら、より専門的に特化した製品が必要ではないでしょうか。家電を使うみなさんのニーズはすごく厳しいものであり、まだまだできないことも多いです」

「例えば掃除機は自動で階段の掃除はできませんし、エアコンも外では使えません。1台で多機能な製品というのは、夢に描くものとしてはありますが、それと同時にもっと専門的なもの、特化したものが次に必要なのではと考えています」

専門性がさらに必要なものの一例として、ダイソンさんはドライヤーやスタイラーといったヘアケア製品を挙げる。

「髪の長さや髪質は一人ひとり違って、スタイリングのニーズも違います。1つの製品で全てに対応しようとすると、それは皆さんが満足できるレベルにはならないのではないでしょうか」(ダイソンさん)

ダイソンのビールも登場する?

「私はエンジニアでありデザイナー。事業のポートフォリオありきで製品を開発するのではなく、その製品がちゃんと整った時にこそ世に出したい」と語るダイソンさん。いまある同社の製品カテゴリー以外には、いったいどんな領域に興味を持っているのか尋ねると、予想外の新情報が返ってきた。

「私はいま農家でもありますから、ワインも作っていますし、ビールも作ろうとしているところです」

これは決して冗談ではないようだ。ダイソンは既に農業にも本格的に取り組んでおり、農法や機械、発電など様々なアプローチで、より効率的で持続可能な農業の実現に向けた研究開発を推進。既に英国内では最大級のエンドウ豆生産者でもあるという。

農業にもさらなるイノベーションが期待される

「いまは生産している農作物を使って、何かへ加工するところまで始めています。農業というのは非常に難しいですが、そこから面白いものがいずれ出てくると思います。イチゴなど、いま通年で生産できている作物には、発電機から出るガスをムダにせず燃料として活用していて、20ヘクタールの広さの温室に使っています。農地を走っているのもすべてガス車です。私たちが使って排出したものをうまく利用して燃料としているわけです。こうしたサステナブルな取り組みを、私たちのビジネスとどのように掛け合わせていこうかといろいろ考えています。その実現まではあまりお待たせしません」と笑顔で語っていた。

日本でも取り組みの一例として、大規模に生産しているイチゴは以前試食の機会もあった。大粒で甘く、日本人にも受け入れられそう

エネルギー問題とサステナビリティ、これからのエンジニアへの期待

これまでも触れられた通り、家電とも切り離せない課題として注目されるエネルギー。電気代の高騰が話題となる中、家電 Watchの記事でも、節電機能の進化や、太陽光発電に代表される再生可能エネルギーなどへの関心は高い。

これは家計の負担を減らしたいニーズはもちろん、CO2削減など環境配慮に関する意識の高まりでもあるだろう。ダイソンさんもエネルギーや環境については今後も非常に重要なポイントであるとの認識を示している。

「私たちは、スティック掃除機でモーターを小型にして効率化することで、消費電力をかつての掃除機の1/10まで削減しました。ドライヤーについていえば、旧式のものはヒーターの熱などで3,000Wの電気を使っていましたが、私たちは強い熱ではなく風の力で水分を物理的に飛ばす方法だと700Wで済みませることができました。その差は歴然です」

「ただし、バッテリーに関しては、まだやりたいことの全てを実現できていません。改善は見えていますが、やはりバッテリーは私が重視したい部分であり、今後もっと注力していきます」(ダイソンさん)

将来的なエネルギー効率の向上やサステナビリティについては、大学生を含むこれからの若いエンジニアにも大きな期待を寄せている。

「デザインやエンジニアリングを学ぶ学生を対象とした『ジェームズ ダイソン アワード』では、まさにこうした問題の解決が競われました。フィリピンのエンジニアが開発したのは“腐ってしまった果物”を活用した発電です」

「フィリピンでは自然災害で果物が被害を受けて腐ってしまうことがあるのですが、これを活用することで、ガラスに塗ると発電するものを作って、自身のiPadを充電して見せてくれました。こうした若い科学者、エンジニアたちが良いアイディアを具現化することで、問題解決につながっていくと思っています」(ダイソンさん)

腐ってしまった果物を活用して発電

1つの質問に対して、次々と新しいアイディアやいまの取り組みを本気で楽しんでいる様子を見せてくれたジェームズ ダイソンさん。掃除機や空気清浄機など家電の進化にとどまらず、私たちの想像を超える新しい分野にもテクノロジーの未来を見据えていることが、今回の取材で改めて感じられた。次にどんなワクワクを見せてくれるのか、そしてダイソン製ビールがいつ味わえるようになるのかも楽しみだ。

中林 暁